第二十三章

スワード博士の日記

十月三日

ゴダルミングとクインシー・モリスが来るのを待っている時間はとても長く感じられた。教授は僕たちの心を、考えさせることで常に活性化させようとした。教授が時折ハーカーを横目で見るので、教授の目的を理解できた。哀れなハーカーは、見るもぞっとするような惨めさに打ちひしがれている。昨夜の彼は、率直で幸せそうな男で、力強く若々しい顔をしており、元気一杯で、髪は濃い茶色だった。現在、彼は痩せこけた老人のようで、白い髪が、くぼんだ燃えるような目と、悲しみが刻まれた顔の皺とよく合っている。しかし、彼のエネルギーはまだ衰えておらず、まるで生ける炎のようだ。これは彼にとっては救いかもしれない。うまくいけば、絶望的な時期を乗り越え、ある意味での人生の現実に再び目覚めることになるだろう。哀れなやつだ、僕の抱える問題も充分ひどいと思ったが、彼ときたら──! 教授はこのことを充分承知しており、彼の心を活発にするために最善を尽くしている。教授が話したのは、このような状況下では引き込まれるような、興味深い話であった。僕が覚えている限りでは、次のような内容だ。

「この怪物に関連するすべての論文が手元に届いてから、何度も何度も読み返した。調べれば調べるほど、完全に抹殺する必要を強く感じられた。彼の力だけでなく、彼の知識も、強力になっている兆しが見受けられる。ブダペストの友人アルミニウスの研究から学べたところによると、彼は生前きわめて立派な人物であった。兵士であり、政治家であり、錬金術師だった──錬金術は、彼の時代の科学的知識の最高峰だ。彼は優れた頭脳と比類なき学識、そして恐れや後悔を知らない心を持っていた。彼はあえてショロマンツァに出席した。当時の知識分野で彼が論考を書かなかったものはなかった。彼の場合、頭脳力は肉体の死後も残ったが、残った記憶は完全ではなかったようだ。彼は頭脳のいくつかの能力において、子供のようであり続けている。しかし成長しており、当初は未発達だったものが、今では大人並になっている。彼は実験をしていて、さらには実験をうまくやっている。もし我々が彼の道を阻まなければ、彼は──もし我々が失敗したら──生ける物の新秩序の父あるいは促進者となっていただろう。その生物は、生ではなく死の道を進むこととなっただろう」

ハーカーは呻きながら言った。

「そして、それらすべてが僕の愛しい人に敵対しているんですね! で、彼はどのような実験をしているんですか。それを知れば、打ち負かすのに役立つかもしれない!」

「彼はここに来てからずっと、ゆっくりと、しかし確実に、その力を試している。彼の大きな未発達の脳が働いているのだ。我々にとっては未発達の脳だ。もし彼が最初に、ある種のことを試みたなら、とっくに我々の手には負えなくなっていただろう。しかし、彼は成功するつもりでいる。そして、これから何世紀も時間をかけることのできる人間は、待つことも、ゆっくりとことを進めることもできるのだ。《ゆっくり急げ》【訳注:Festina Lente】が彼のモットーかもしれない」

「僕には理解できません」とハーカーは疲れたように言った。「どうか、もっとわかりやすく話してください! おそらく悲しみと悩みが僕の頭を鈍らせてるんです」

教授は彼の肩に優しく手を置きながら話した。

「そうだね、我が子よ。簡潔に言おう。どうやって近日、この怪物がひっそりと実験により知識を増やしているのかわかるかね。ゾウオファガス狂の患者を利用して、どうやってジョン君の家に入り込んだか、わかるかね。ヴァンパイアは、一度招かれた後はいかようにでも家に入れるが、最初は入居者に招かれたときにしか入れないのだ。しかし、これは彼のおこなった最も重要な実験ではない。これらの大きな箱は、最初はすべて他者によって運搬されていた。彼は当時、そのやり方しか知らなかったのだ。しかし、その間に彼の優れた未発達の脳が成長し、自分で箱を動かしてはどうかと考えるようになった。そこで、運搬を手伝い始めた。そして大丈夫だとわかると、一人で全ての箱を動かそうとした。このようにして彼は進歩して、その上で墓の土を散在させたので、彼以外の誰もそれらがどこに隠されているかを知らない。箱を地中深くに埋めるつもりかもしれない。さすれば、彼には好都合なことに、夜間にだけ、あるいは彼が姿を変えられるような時にだけ、箱を使うことができる。更には、埋められてしまえば誰にも隠し場所がわからないのだ! しかし我が子よ、絶望してはならない。この知識を彼が知ったのは、あまりにも遅すぎたのだ! 既に彼の隠れ家は一軒を除いて浄化されており、日没前には全てが浄化されるだろう。そうなれば、彼が隠れられる場所がなくなる。私は今朝、確実さを求めて出発を遅らせた。彼よりも我々の方が危機的状況にあるのだから、彼よりも我々の方が注意深くあるべきではないかな。すべて順調なら、私の時計ではあと一時間で、アーサー君とクインシーがこちらに向かうところとなる。今日という日は我々のものだ。ゆっくりでもいいから確実に進み、機を逃さないようにしなければならない。ほら! 留守の者たちが帰れば、我々は五人になるだろう」

彼が話している最中に、広間の扉をノックする音が響き、僕たちは驚いた。電報を持ってきた少年の二連ノック【訳注:Double postman knock。当時の郵便配達人が通例2回続けてドアベルを鳴らしたり、ノックをしたことから。】だ。僕たちは一斉に広間に移動した。ヴァン・ヘルシングは静かにするようにと手を挙げて合図すると、扉の前に進んで扉を開けた。少年は郵便物を手渡した。教授は再び扉を閉め、差出人を見た後、それを開いて音読した。

「Dニ キヲツケヨ。イマ ジュウニジ ヨンジュウゴフン カーファックス ヨリ イソギ ミナミニ ムカッタ。マワリミチ デ アナタニ アイニイク ヨウダ。ミナ」

しばらく間をおいて、ジョナサン・ハーカーが声を上げた。

「さあ、神に感謝しよう、僕たちはじきに奴に会えるのだから!」

ヴァン・ヘルシングはすぐに彼の方を向いて言った。

「神は、自らの道と時に従って行動なさる。今はまだ恐れるべきでも、喜ぶべきでもない。今、我々が望むことは、我々の破滅に繋がるかもしれないのだから」

「今の僕は何も気にしませんよ――」ハーカーは熱く答えた。「――あの怪物をこの世から消し去ること以外は。そのためなら魂を売ってもいい!」

「黙れ、黙りなさい、我が子よ!」ヴァン・ヘルシングは言った。「神はこのような形で魂を買ったりはしないし、悪魔は魂を買うだろうが信用できない。神は慈悲深く、公正であり、君の苦しみと、親愛なるミナ奥様への君の献身を知っている。もし彼女が君の乱暴な言葉を聞いたら、彼女の苦しみはどれほど増すか考えてみなさい。我々は皆、この大義のために献身しており、今日でそれも終わるのだから、恐れてはならない。今こそ行動を起こす時だ。今日、このヴァンパイアは人間の能力の限りにおいてしか力を使えない。そして、日が暮れるまで彼は変身できない。彼が到着するには時間がかかる──ほら、今はもう一時二十分だ──彼は決してそんなに早くないから、ここに来るにはまだまだ時間がかかるだろう。我々が望むべきは、アーサー閣下とクインシーが先にここに到着することだ」

ハーカー夫人からの電報を受け取ってから約三十分後、広間の扉に静かだがはっきりとしたノックがあった。何千人もの紳士が毎時しているような普通のノックだったが、教授と僕の心臓は大きく鼓動した。僕たちは互いに顔を見合わせ、一緒に広間に行った。僕たちはそれぞれ、左手に霊的なものに対する武器、右手に人間に対する武器を持って、それを使えるように備えていた。ヴァン・ヘルシングは掛け金を外し、扉を半開きにしたまま、両手を構えて後ろに下がった。ゴダルミング卿とクインシー・モリスが扉のすぐそばの階段にいるのをみたとき、僕たちの心の底からの喜びは表情に表れていただろう。二人はすぐに中に入って扉を閉め、ゴダルミング卿は広間を進みながらこう言った。

「もう大丈夫。私たちは両方の場所を見つけました。それぞれ六つの箱があり、それらをすべて破壊したのです!」

「破壊とは?」と教授は尋ねた。

「奴にとって使い物にならないということですよ!」

僕たちは一分ほど黙ったが、クインシーが言った。

「この場で待つしかないだろう。しかし五時までに奴が現れなかったら、ここを出るほかない。日没後にハーカー婦人を一人にするのはよくないからな」

「じき来るだろう」手帳を見ていたヴァン・ヘルシングは、こう言った。「いいかね。奥様の電報によると、彼はカーファックスから南下しており、つまり川を渡ろうとしている。彼は潮止まり【訳注:slack of tide。ここでは憩流ではなく、満潮および干潮のことを指していると思われる】のときしか渡れず、つまり今現在から一時前でなければ渡れないのだ。南へ行ったということは、我々にとって意味がある。つまり、彼はまだ疑いを抱いているだけなのだ。彼はまずカーファックスから、邪魔が入ったと最も考え難い場所へと向かったのだ。君たちがバモンシーにいたのは、彼が到着する少し前だったはずだ。まだここにいないということは、彼は次にマイルエンドに行ったのだろう。そうすると、何らかの方法で川を渡らなければならないので、時間を取られただろう。間違いなく、我々はもう長くは待たされまい。機会を逸しないよう、何か作戦を立てなければならない。静かに、もう時間がない。武器を全部持て! 準備しろ!」

広間の扉の錠に鍵をそっと差し込む音を僕たちは聞き、教授は警告の手を挙げながら話した。このようなときでさえ、人を統制する精神が台頭する様子に感嘆せざるを得なかった。世界各地での狩猟や冒険では、常にクインシー・モリスが作戦を立て、僕とアーサーは彼に従うのが常だった。そのとき、その古い習慣が本能的によみがえったようだった。クインシーは部屋を素早く見回すと、すぐに僕たちの攻撃計画を立て、何も言わずに身振りで僕たちを所定の位置に配置した。ヴァン・ヘルシング、ハーカー、僕は扉のすぐ後ろにいて、扉が開いたときに教授が扉を守り、僕とハーカーは侵入者と扉の間に入れるようにした。ゴダルミングは後ろで、クインシーは前で、窓の前に移動できる死角に立った。僕たちは、悪夢のような遅さで数秒が過ぎていく緊張の中で待った。ゆっくりとした慎重な足音が廊下をすすむのが聞こえた。伯爵は明らかに何らかの急襲に備えていた──少なくとも、彼は急襲を予期していた。

突然、彼は部屋に飛び込み、僕たちの誰かが手を出して阻止する前に、僕たちの横を通り抜けた。その動きには豹のような、人間離れしたものがあったので、彼が出現した衝撃から我にかえった。最初に行動したのはハーカーであり、素早い動きで家の正面部屋に通じる扉の前に身を投げた。伯爵は僕たちを見て、唸るような表情を見せ、長く尖った犬歯を見せた。しかし、邪悪な笑みはすぐに、軽蔑を込めたライオンのように冷たい視線に変わった。僕たちが一斉に彼の前に進み出ると、彼は再び表情を変えた。僕はこのときでさえ、どうしたらいいのかと考えていたのだから、もっときちんとした攻撃計画がないのは残念だった。僕はこれらの武器が役に立つかどうかわからなかった。ハーカーは明らかに自らの試みでこの疑念を晴らすつもりだったようで、大きなククリナイフを構えて、激しく、突然、彼に切りかかった。その一撃は強力なものだったが、伯爵は悪魔的な素早さで飛び避けた。もう一秒遅ければ、その鋭い刃は心臓を突き破っていただろう。その刃はコートの布を切り裂くにとどまり、その大きな切れ込みから紙幣の束と金塊が流れ落ちた。伯爵の憤怒の表情に一瞬ハーカーの身を案じたのだが、ハーカーは再び恐ろしいナイフを高々と振り上げ、もう一振りしようとしていた。僕は防衛本能に駆られ、左手に十字架と聖餅を持って、前進した。自らの腕に強い力がみなぎるのを感じた。なので、僕たち各人が自発的に行った同様の動作の前に、怪物が後ずさるのを見ても驚かなかった。そのとき伯爵の顔に浮かんでいた、憎悪および混乱した悪意の表情──激怒および地獄のような憤怒の表情は、筆舌に尽くしがたいものだった。彼の蝋のような顔色は、燃える目との対比によって緑がかった黄色になった。額の赤い傷は、蒼白い肌の上でまるで脈打つようだった。次の瞬間、彼はしなやかな動きでハーカーの腕の下をくぐり、その隙に床に落ちていた金を掴んで部屋を駆け抜け、窓に向かって身を投じた。ガラス片が落ちるときの音ときらめきの中、彼は板石が敷かれた場所に転落した。ガラスが割れる音に紛れて、金貨の一部が板石の上に落ちたときの《チリン》という音が聞こえた。

僕たちが駆け寄ると、彼が無傷で地面から飛び起きるのが見えた。彼は階段を駆け上がり、石畳の敷かれた庭を横切り、厩舎の扉を押し開けた。そこで彼は振り返って、僕たちに話しかけた。

「私を謀ったな。お前たち──青白い顔を並べて、まるで肉屋の羊のようだ。お前たちそれぞれが後悔することになるだろう! 休息できる場所を全て奪ったと思っているのだろうが、まだあるのだ。私の復讐はまだ始まったばかりだ! 私は何世紀にもわたって復讐を続けてきたのだし、時間は私の味方だ。お前らが愛する娘たちは既に私のものだ。そして娘たちを通じて、お前らや他の者たちも私のものとなる──私の命令を聞き、私が食事をしたい時には私のジャッカルと化すような、私の獣たちとなるのだ。ハッ!」

彼は侮蔑的な笑みを浮かべながら、素早く扉を通り抜けた。扉を締めるとき、錆びた閂がきしむ音がした。その向こうの扉が開き、閉じた。厩舎の中を通って彼の後を追うのは難しいことを悟り、僕たちは広間の方に移動した。僕たちの中で最初に言葉を発したのは教授だった。

「我々は多くのことを学んだ! 勇ましい言葉とは裏腹に、彼は我々を恐れている。彼は時間を恐れており、彼は欠乏を恐れている! そうでなければ、なぜこんなに急ぐのだろうか。聞き違いでなければ、彼の口ぶりが裏目に出たのだ。なぜ床の金を取ったのだろうか。君たちは早く追いなさい。君たちは野獣の狩人であり、それを理解している。私は、彼が戻って来た時のために、ここに彼に役立つものが残ってないよう確認することとしよう」

彼は話しながら、残っているお金をポケットに入れ、ハーカーが残していった権利書を束のまま手に取り、残った書類を暖炉に流し込んでマッチで火をつけた。

ゴダルミングとモリスは庭に飛び出し、ハーカーは窓から身を下ろして伯爵の後を追った。しかし、彼は厩舎の扉に閂をかけており、無理やり開けた時には既に彼の姿はなかった。ヴァン・ヘルシングと僕は家の裏で聞き込みをしようとしたが、通りは閑散としており、彼が去るのを見た者はいなかった。

午後も更け、日没もそう遠くない。僕たちは、もう打つ手がないことを認める必要があった。僕たちは重い気持ちで、教授の言葉に同意した。

「ミナ奥様の所へ戻ろう──哀れなミナ奥様のところへ。今、我々ができることはすべて終わったが、少なくとも家で彼女を守ることはできる。しかし絶望する必要はない。土の箱がもう一箱あるはずだ。それを見つけなければならない。それが終われば、まだすべてがうまくいくかもしれない」

彼はハーカーを慰めるために、できる限り勇ましく話していた。哀れなハーカーはすっかり参ってしまい、時折、抑えきれない低いうめき声をあげていた──妻のことを思ってのことだった。

悲しい気持ちで僕たちは家に戻った。そこにはハーカー夫人が待っていた。彼女の勇敢さと無私の精神を示す、朗らかな様子だった。僕たちの顔を見ると、彼女の顔は死人のように青ざめ、一、二秒の間、まるで密かに祈るように目を閉じたが、それから明るくこう言った。

「皆さんには感謝してもしきれません。哀れなあなた!」彼女は話しながら、夫の灰色の髪の頭を手で包み、キスをした。「頭をここに寝かせて休ませてちょうだい。あなた、全部まだ大丈夫! 神はお望みとあらば、私たちを守ってくださるんだから」

哀れな男は、うめき声をあげた。惨めさのあまり絶句するしかないのだ。

僕たちは形だけの晩餐をともにして、いくらか元気が出た。食物が空腹の人々に与える単なる動物的な熱量のせいかもしれない──僕たちの誰もが朝食以来何も食べていなかったのだから──あるいは仲間意識かもしれない。とにかく、僕たちはみな惨めさを和らげ、明日への希望がまったくないわけではないと考えはじめた。僕たちは約束どおり、経過をすべてハーカー夫人に伝えた。彼女は、夫に危険が迫っていると思えたときには雪のように白くなり、彼女への夫の献身が明らかになったときには赤くなったが、勇敢に、冷静に話を聞いてくれた。ハーカーが無謀にも伯爵に突進したところでは、彼女は夫の腕にしがみつき、あたかもそのしがみつきによりあらゆる危害から夫を守るかのように力強く抱きしめていた。しかし、話が一段落し、経過が今に至るまで、彼女は何も言わなかった。そして、夫の手を離すことなく、僕たちに囲まれて立ち上がり、次のように言った。この光景を少しでも想像してほしい。あのとても優しく、とても善良な女性が、若さと生気に満ちた輝ける美しさを纏っていたのだ。額には本人も自覚している赤い傷跡があった。その傷跡がいつどのようにしてできたのかを思い出して、僕たちは歯を食いしばった。僕たちの厳しい憎しみに反した彼女の愛情深い優しさ、僕たちのあらゆる恐れと疑念に反した彼女の優しい信仰。しかしながら、これらの善良さや純粋さや信仰といった象徴たちは、神から見捨てられた物であった。

「ジョナサン」彼女はそう言った。その言葉は彼女の唇から音楽のように響き、愛と優しさに満ちていた。「ジョナサン、そして私の真の友人たちよ、この恐ろしい時を乗り越えるために、心に留めておいてほしいことがあります。皆さんが戦わなければならないことは分かっています。真のルーシーを生かすため、偽のルーシーを破壊したみたいに。しかし、これは決して憎しみによる戦いではありません。このような不幸をもたらした哀れな魂は、いっとう哀れな存在です。彼の邪悪な部分が破壊されることで、彼の善良な部分が霊的な永遠を得ることを念慮して、彼の喜びは何であろうかと考えてみてください。彼の死は避けられませんが、彼を哀れまなければなりません」

彼女が話すにつれ、その夫の表情が暗くなった。まるで彼の中の激情が、彼をその芯まで縮めているように、顔を引きつらせた。妻の手を握る力は本能的に強くなり、指の関節が白く見えるほどだった。彼女はその痛みを感じていただろうに、たじろぐこともなく、いつになく魅力的な瞳で彼を見つめた。彼女が話すのを止めると、彼は立ち上がり、彼女から手を離さんばかりになりながら話した。

「神よ、奴の地上での生活を終わらせるのに充分な時間だけ、奴を僕の手に委ねてください。奴の魂を以後永遠に灼熱の地獄に送れるのなら、僕は手を下します!」

「黙って! 黙ってちょうだい! ジョナサン、あなた、神の名において、そんなことを言わないでちょうだい。そうでなければ、恐れと不安であなたに押しつぶされてしまう。あなた、考えてみてちょうだい──この長い長い一日の間ずっと考えていたんだけど、その──おそらく──いつの日か──私も同じく哀れみを必要とするかもしれないの。そして、あなたのような、同じように怒る理由のある人が、哀れみをかけてくれないかもしれない! あなた! 他の方法があったなら、こんな思いをさせなかったのに。神があなたの暴言を、愛情深くて苦悩する男性の、心を痛めた叫び以上のものとして受け取らないよう祈ります。ああ神よ、この哀れな白髪を、生涯何の罪も犯さず、多くの悲しみを背負った彼の苦難の証として、彼をお許しください」

僕たち男は今、みんな涙を流していた。堪えられず率直に泣いた。彼女もまた、自分の優しい助言が効いたことを知り、涙を流した。夫は彼女のそばに膝をつき、両腕を彼女に回して、彼女の服のひだに顔を隠した。ヴァン・ヘルシングが手招きしたので、僕たちは部屋を出て、愛する二人を神と共に部屋に残した。

教授は退室する前に、ヴァンパイアが来るのを防ぐために部屋を整え、ハーカー夫人に安らかに眠れることを保証した。彼女はその保証を信じるように自らを律し、明らかに夫のために、喜んでいるように見せようとした。その態度は勇敢なものであった。その努力が報われたことを信じる。ヴァン・ヘルシングは手元に呼び鈴を置き、緊急時には二人のうちどちらかがそれを鳴らすことにした。二人と離れたあと、クインシー、ゴダルミング、そして僕は、三人で交代に夜を徹して、哀れな女性の安全を見守ろうと決めた。最初の見張りはクインシーに任されたので、残りの者はできるだけ早く寝なければならない。ゴダルミングは二番手なので、すでに寝た。用事が終わったので僕も寝よう。

ジョナサン・ハーカーの日記

十月三日から十月四日にかけての真夜中近く

昨日という日は永遠に終わらないと思っていた。目覚めれば事態が変わっているだろう、どのような変化でも今よりはマシだろう、というある種の盲信から、僕は眠ることを熱望していた。僕たちは別れ際に、次に何をすべきかを話し合ったが、結論は出なかった。僕たちが知っているのは、土の箱が一箱残っていることと、在処は伯爵だけが知っていることだけだ。もし彼が身を隠すことを選べば、何年もの間、僕たちは翻弄されることになる。さすれば、その間に何が起こることか! あまりにも恐ろしいことで、今でさえ考える勇気がない。分かることは次のことだけだ。完璧な女性がいるとすれば、それは僕の哀れな愛しい人だ。昨夜の彼女の優しい憐れみは、僕の怪物への憎しみを卑しく思わせ、それにより僕は彼女を千倍も愛することとなった。このような存在を失って世界がより悪くなることを、神はきっとお許しにならないだろう。これは僕にとっての希望だ。僕たちは今、皆、岩礁の上を漂っている。信仰だけが僕たちの錨だ。神よ、感謝します! ミナは夢も見ずに眠っている。このような恐ろしい経験を土台にして、ミナの夢がどのようなものになるのか、心配だ。僕の目には、夕日が沈んで以来、彼女が落ち着いているように見えなかった。それがしばらくの間、彼女の顔には、三月の寒さの後の春のような安らぎがもたらされた。その時は、彼女の顔を照らした赤い夕日の柔らかさのせいだと思ったが、どういうわけか今は、もっと深い意味があるような気がする。死ぬほど疲れているけれど、眠くはない。しかし、眠らねばならない。明日のこともあるし、もし休息が訪れることがあるとしたら、それは僕が遂に──。

その後。

僕は眠ってしまったのか、ベッドに座ったミナによって起こされた。ミナは驚いた顔をしていた。部屋を真っ暗にしなかったので、よく見えた。彼女は僕の口に警告するように手を当てて、今度は耳元でささやいた。

「静かに! 廊下に誰かいる!」

僕はそっと立ち上がり、部屋を横切り、静かに扉を開けた。

外では、マットレスの上にモリス氏が目を覚まして横たわっていた。彼は手を上げて沈黙を促し、こう囁いた。

「静かに! 大丈夫だからベッドに戻れ。一晩中、俺たちの誰かがここにいる。どんな賭けに出るつもりもないのさ!」

彼の表情と仕草に交渉の余地が見受けられなかったため、部屋に戻ってミナに伝えた。彼女は息をつき、哀れな青白い顔に微笑みを浮かべながら、僕に腕を回して優しくこう言った。

「勇敢な方々に感謝します!」

彼女は息をつき、再び眠りについた。今、眠くないのでこれを書いているが、再び寝られるよう努めねば。

十月四日、朝

夜中にもう一度、ミナによって起こされた。今回は二人ともよく眠れた。夜明けの灰色の光が窓を鋭い長方形に照らし出し、ガスの炎は光の円盤というよりむしろ斑点のようになっていた。彼女は急くように僕に言った。

「行って、教授を呼んで。すぐにでも教授に会いたいの」

「どうしてだい」僕は尋ねた。

「思いついたの。きっと夜中に思いついて、知らないうちに熟成されたのね。夜明け前に催眠術をかけられたら、話せるんだって。あなた、早くして。時間が迫ってる」

僕は扉に向かった。スワード博士がマットレスの上で休んでおり、僕を見て急いで立ち上がった。

「どうかしましたか」彼は心配そうに聞いた。

「いいえ」と僕は答えた。「でも、ミナがすぐにヴァン・ヘルシング博士に会いたがっているんです」

「呼んでくる」と彼は言い、教授の部屋へ急いだ。

二、三分後、ヴァン・ヘルシングがガウンを着て部屋に入り、モリス氏とゴダルミング卿はスワード博士と一緒に扉の前にいて質問していた。ミナの笑顔を見て、教授は表情から不安を消し、手を擦りながら言った。

「親愛なるミナ奥様、見違えるようだ。ほら! ジョナサン君、我々は今日、昔のようなミナ奥様を取り戻したんだ!」

そして、彼女の方を向いて、明るくこう言った。

「それで、私はどうすればいいのかな。この時間帯に呼んだんだから、必要ないことはないだろう」

「私に催眠術をかけてほしいんです!」彼女は言った。「夜明け前にお願いします、そうすれば自由に話せると思うからです。早くしてください、時間がありません」

彼は何も言わず、彼女にベッドに座るように指示した。

そして、ミナの頭の上から下に向かって、両手を交互に動かしながら、ミナを見つめた。ミナは数分間、じっと彼を見つめていた。その間、僕は何かの危機が迫っているように感じ、心臓はトリップ・ハンマーのように鼓動した。だんだん彼女の目が閉じてきて、じっと座って動かなくなった。胸元がゆるやかに動いていたので生きていると分かった。教授はさらに数回手を往復させた後に止めた。彼の額には大きな汗の玉が浮かんでいた。ミナは目を開けたが、同じ女性とは思えなかった。ミナの目は遠くを見ているようで、声も悲しげに茫然としており、僕には覚えのないものだった。手を上げて沈黙を強いたのち、教授は僕に他の人たちを連れてくるよう合図した。彼らはつま先立ちで部屋に入り、扉を閉めると、ベッドの足元側に立って様子をうかがった。ミナは彼らを見ていないようだった。その静寂を破ったのは、彼女の思考の流れを断ち切らないように低い調子で話す、ヴァン・ヘルシングの声だった。

「どこにいるんだね」

その答えは曖昧なものだった。

「わかりません。眠りは自らの場所と呼べるものを持ちませんから」 

数分の間、沈黙が続いた。ミナは固まったように座り、教授もじっと彼女を見つめている。他の人たちはほとんど息をする勇気もない。部屋が明るくなってきた。ヴァン・ヘルシング博士はミナの顔から目を離すことなく、僕にブラインドを上げるように指示した。ブラインドを上げると、朝がすぐそこまで来ているように思えた。赤い光が放たれ、バラ色の日差しが部屋の中に拡散していくようだった。その途端、教授が再び口を開いた。

「今、どこにいるのかね」

その答えは、夢うつつながらも意志があり、まるで彼女が何かを解釈しているかのようだった。速記を音読するときに同じ調子で話しているのを聞いたことがある。

「わからない。すべてが奇妙なんです!」

「何か見えるのかね」

「何も見えません、真っ暗です」

「何か聞こえるかね」

僕は教授の忍耐強い声に緊張を感じることができた。

「水がひたつく音が聞こえます。沸き立つようで、さざ波が立っています。外から聞こえます」

「では、君は船に乗っているのかな」

僕たちは皆、互いに顔を見合わせ、それぞれの表情から何か手がかりを得ようとした。考えるのが怖かったのだ。答えはすぐに出た。

「そうね、その通りです!」

「他に何か聞こえるかな」

「頭上で男たちが走り回る足音。鎖のきしむ音と、鎖が軋む音と、キャプスタンの爪がラチェットに引っかかるときの大きな音がします」

「何をしてるのかね」

「私はじっとしています──ええ、とてもじっとしています。死んでいるみたいに!」

その声は、眠っているような深い呼吸に消えていき、開いていた目は再び閉じられた。

このときには太陽は昇っており、僕たちは皆、陽光の中にいた。ヴァン・ヘルシング博士がミナの肩に手を置き、その頭を枕にそっと寝かせた。彼女はしばらく子供のように寝ていたが、長い息をついて目を覚まし、周りの僕たちを不思議そうに見つめた。

「私、寝言してたかしら」

彼女はそうとだけ言った。しかし、彼女は伝えられるまでもなく状況を把握しており、自分が何を話したのか知りたがった。教授が会話を繰り返すと、彼女は言った。

「それなら一刻の猶予もありません。まだ手遅れではないかも!」

モリス氏とゴダルミング卿は扉に向かい始めたが、教授の穏やかな声が彼らを呼び戻した。

「友よ、ここにいてくれ。この船は、それがどこにいるかは分からねども、彼女が話している間に錨を降ろしていた。今、大きなロンドン港には多くの船が停泊している。君たちが探しているのはどれかね。手がかりを再び得られたことを神に感謝するが、手掛かりがどこへ導いてくれるかはわからない。我々はいささか盲目であった。人並みに盲目であった。人は、それを予見するには後からわかったことを事前に知っている必要があるにもかかわらず、後から振り返ってみて初めて、あの時予見できたのにと思うものなのだ! 伯爵の言葉は意味不明だったと思わないかね。ジョナサンの強烈なナイフの危険に晒されることを恐れながらも、伯爵があの金を奪取した理由を、今知ることができる。彼は逃亡しようとしていたのだ。聞いてくれ、逃亡だ! 彼は土の箱が一つしか残っていないことと、そしてキツネを追う犬のように彼を追う男たちの一団とから、このロンドンに居場所がないことを理解した。彼は最後の箱を持って船に乗り込み、この地を去ったのだ。彼は逃げようと思っているが、そうはさせん! 我々が後を追う。アーサー君が赤いフロックに身を包んだ時に言うように表現すると、《タリホー!【訳注:狩りで獲物が見つかった際の、伝統的な掛け声】》だな。我らが老狐は、とても狡猾だ! なので我々も狡猾に追わなければならない。私も狡猾なので、しばらくすれば彼の考えを理解するだろう。それまでの間に、我々は安らかに休める。我々の間には、彼が渡ろうとしない海があり、渡ろうと思ったとしても渡れない海がある。──船が陸に触れるか、満潮か干潮のときは別だが。ほら、ちょうど太陽が昇ってきたところだ。一日中、日没までが我々の出番となる。風呂に入り、外出着を着て、必要な朝食をとろう。彼が同じ土地にいないのだから、快適に食べられるだろう」

ミナは訴えかけるように彼を見つめながら、こう尋ねた。

「でも、どうしてこれ以上彼を捜す必要があるのでしょうか。彼は私たちの前からいなくなってしまったというのに」

彼はミナの手を取り、それを軽くはたいてこう言った。

「まだ何も尋ねるときではない。朝食を食べたら、質問に答えよう」

彼がもう何も言わないので、僕たちは服を着替えるために解散した。

朝食の後、ミナは再び質問をした。彼は深刻そうな顔で一分ほど彼女を見つめ、悲しげに言った。

「親愛なるミナ奥様、今こそ我々は彼を見つけなければならないのだ。たとえ地獄の淵まで追いかけなければならないとしても!」

彼女は青ざめながら、小声で尋ねた。

「どうしてかしら」

「なぜなら」彼は厳粛に答えた。「彼は何世紀も生きられるが、あなたは死すべき女性に過ぎない。時間の問題となったのだよ──彼があなたの喉に傷をつけてからね」

彼女が気を失って倒れたとき、僕は寸前で受け止めるのに間に合った。

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