第七章

八月八日発刊 デイリーグラフ紙からの切り抜き(ミナ・マレーの日記に貼付)

特派員報告 ウィトビーにて

史上最大かつ最も急激な嵐がウィトビーにて発生し、奇妙で特異な結果をもたらした。天候はやや蒸し暑かったが、八月としては珍しいことではなかった。土曜の夜はかつてないほどの好天に恵まれ、昨日は大勢の行楽客が、マルグレイブウッズ、ロビンフッズベイ、リグミル、ランズウィック、ステイズ、そしてウィトビー近郊のさまざまな観光地へと出かけていった。エマ号とスカボロ号が海岸を往復し、ウィトビーに尋常ではない数の《旅行者》が来たり出たりしていた。その日は午後までとても良い天気だったが、午後になると東崖の教会墓地から北東に広がる海をよく見て談笑している人たちが、北西の空高く突然《馬尾雲》が現れたことに注意を促した。その時、風は南西から吹いていて、気象用語でいうところの《風力二号:穏やかな微風》だった。当直の沿岸警備隊員がすぐに報告すると、半世紀以上にわたって東崖から気象標識を監視してきたある老漁師が、突然の嵐の到来を力強く予言した。夕日がとても美しく、絶妙に色づいた雲の塊が壮大であり、古い教会墓地の崖沿いの散歩道には、その美しさを楽しむ人々が大勢いた。西の空に堂々とそびえ立つケトルネス岬の影に太陽が沈む前には、太陽の下に位置した無数の雲が、紫、ピンク、緑、紫、そしてあらゆる黄金色の夕焼け色で染め上げられ、あちこちには小さな黒雲が、まるで巨人の影のようにあらゆる形で聳えていた。この出来事は画家たちにも目撃されたので、《大嵐への序曲》と題された何枚かのスケッチが、来年五月に王立美術院と王立美術協会の壁に飾られるに違いない。多くの船長がその場で、嵐が去るまで自分の《コッブル》や《ミュール》──この地では小型船の等級によって呼び方が異なる──を港に泊めることを決心した。風は夕方には完全に止み、真夜中には死んだような凪と蒸し暑さ、そして繊細な人に影響を与える、雷が近づいたときのような空気の緊張があった。海上の灯りはほとんど見えず、いつもは海岸から離れようとしない沿岸航路の汽船でさえ沖に出て、海には漁船がほとんど見えなくなった。目立った船は、すべての帆を張った外国のスクーナー船だけで、西へ向かっているようだった。この船が岸から見える間、この船の船長の無鉄砲さや無知さが盛んに議論され、危険に備えて帆をたたむように合図する努力がなされた。夜に紛れてしまうまで、帆を無造作にはためかせながら、うねる海を静かに流れていく姿が目撃された。その姿は、まさにこう言えただろう。

絵に描かれた海に浮かぶ絵に描かれた船のようにのんびりと。

十時少し前になると、空気の静寂が著しくなり、内陸の羊の鳴き声や町の犬の吠え声がはっきりと聞こえるようになった。また、桟橋で演奏されるバンドが、フランスの音楽を生き生きと奏でる音も、自然の静けさの大きな調和の中で不協和音を奏でているような感じになってきた。真夜中過ぎに海から奇妙な音がして、空高くから、奇妙な、かすかな、空虚な轟音を伝えはじめた。

そして、何の前触れもなく、大嵐が発生した。その時でも信じられないような、思い返しても理解できないような速さで、自然の全貌が一転した。波はますます激しくなり、後から来る波ごとに高さを増し、数分のうちに、ガラス張りのごとくだった海が、轟々と音を立てて食い荒らす怪物のようになった。白波は平らな砂浜を激しく打ち、段状の崖を駆け上がった。他の波は桟橋を乗り越え、その飛沫でウィトビー港の桟橋の端に立つ灯台の灯火を覆った。風は雷鳴のごとく轟き、力強く吹き荒れ、屈強な男たちでさえ、懸命に立つのが難しく、鉄の支柱に必死にしがみついているほどであった。このため、大勢の見物人を桟橋から取り払わなければならず、そうでなければ、この夜の死者は何倍にもなっていたであろう。その状況の困難と危険に加わるように、大量の海霧が内陸に流れ込んできた。白い湿った雲が幽霊のように押し寄せ、とても湿っぽく寒かったので、海で亡くなった人々の霊が生きている仲間に死の冷たい手で触れているという考えに、想像力を働かせる必要もなく思い至り、海霧の渦が押し寄せると多くの人々が震え上がった。時折、霧が晴れ、稲妻が激しく光り遠くまで海が見えるようになると、稲妻は頻度を増し、突然雷鳴もとどろき、頭上の空全体が嵐の足音に震えているようだった。このようにして見えてきた光景は、計り知れないほどの壮大さと強烈な印象を与えてくれた。──海は山のように高く、波が立つたびに白い波の花を空へ散らし、その泡は嵐の手で掠め取られて空へ巻き上げられた。そこかしこで裂けた帆を靡かせた漁船が爆風の前に避難するために一目散に駆け、時々、嵐に吹き上げられた海鳥が白い翼を広げていた。東崖の頂上では、実験的に新しいサーチライトが準備されていたが、まだ実用されてはいなかった。この灯台を担当する将校が正常に作動できるようにし、押し寄せる霧の間隙を縫って、海面を照らした。このサーチライトは一たびならず、その役目を果たした。船縁を水につけながらも港に突入してきた漁船が、灯火の導きによって、桟橋に衝突する危険を避けられたのだ。一艘一艘が無事に港に着くたび、岸辺にいた大勢の人々から歓声が上がった。その歓声は一瞬、強風を切り裂くかのようだったが、やがて風の勢いに押し流された。やがてサーチライトが、帆を張ったスクーナー船を少し離れたところに発見した。この船は、夕方に発見されたのと同じ船だったようだ。この時、風は東に吹き、崖の上の見物人たちは、船が今置かれている恐ろしい危険を悟り、身震いした。この船と港の間には、かつて多くの優秀な船でさえ乗り上げた大きく平らな礁があり、現在の方角から吹く風では、港の入り口に到達することは全く不可能であった。満潮に近い時間だったが、波が非常に大きかったため、その谷間には砂州がわずかに見える有様だった。帆を張ったスクーナー船は、あるご年配の言葉を借りれば、《地獄でもいいからどこかにたどり着かなければならない》ほどのスピードで駆け出していたのだ。それからまた、これまで以上に大きな海霧が押し寄せてきた。──じめじめした霧の塊が、灰色の棺衣のようにすべてのものを覆っているようで、人々には聴覚だけが残され、大嵐の轟音、雷の音、巨大な潮流のごう音が前よりもさらに大きな音でその霧に響いた。サーチライトの光は、衝撃が予想される東埠頭の向こうの港口に向けられ、人々は息を殺して待っていた。風は突然北東に変わり、海霧の残骸は疾風に溶けていった。そして、奇跡のように【訳注:mirabile dictu】、埠頭の間から波から波へと跳びながら猛スピードで、帆をすべて張った奇妙なスクーナーが、爆風に先んじて、港の安全地帯へと駆け入った。サーチライトが船を照らすと、見た者はみな震え上がった。舵に縛り付けられた、頭の垂れた死体が、船が動くたびに恐ろしく揺れ動いたからだ。甲板には他の姿は全く見えない。まるで奇跡のように、この船は死人の手のみにより港にたどり着いたのだ! 人々はそう気づくと大きな畏れを抱いた。しかし、全ては、こうして言葉で説明するよりもっと早く進行した。スクーナー船は停止することなく港を駆け抜け、多くの潮流と嵐に洗われてきた砂と砂利の堆積物の上に身を投じ、地元ではテートヒル埠頭として知られている、東崖の下に突き出た埠頭の南東隅に突き当たった。

船が砂山に乗り上げると、当然ながらかなりの衝撃があった。すべての円材、索具、支索が衝撃を受け、帆や綱具装置の一部が崩れ落ちてきた。何よりも不思議だったのは、岸に着いた瞬間、巨大な犬が衝撃に打たれたように船中から甲板に飛び出し、前方に走っていって船首から砂浜に飛び降りたことだ。東埠頭に向かう小道の上には墓地がせり出している。平板の墓石──ウィトビーの方言で《スラッフ・スティーンズ》または《スルー・ストーン》と呼ばれる──の一部が崖を支えている部分から突き出ている、その険しい崖に向かって犬は直進し、サーチライトの明かりのためにいっそう深くなっている暗闇へと姿を消した。

たまたまその時、テートヒル埠頭には誰もいなかった。家が近接している人はみな就寝中か、上の高台に出かけていたからだ。そこで、港の東側で警備にあたっていた沿岸警備隊員が、すぐに小さな埠頭に駆け下りてきて、最初に船に乗り込んだ。サーチライトを操作していた男たちは、港の入り口をくまなく照らしたが何も見つからなかったので、廃船に光を当ててそのままにしておいた。沿岸警備隊員は船尾に走り、舵輪のそばまで来て腰をかがめて調べると、突然のことに動揺したかのように、すぐに後ずさりした。これを見た人たちは好奇心を刺激されたようで、かなりの人数が船に向かって走り出した。西崖から跳ね橋を渡ってテートヒル埠頭までは結構な距離があるのだが、皆さんの特派員──つまり私──はかなり走るのが得意なので、群衆よりかなり先に到着した。ところが到着してみると、桟橋にはすでに群衆が集まっていて、沿岸警備隊や警察が乗船を拒否している。船頭の好意で、私は特派員として甲板に上がることを許され、実際に舵に縛り付けられたまま死んでいる船員を見た少人数の一人となった。

沿岸警備隊員が驚いたのは当然で、こんな光景はそうそう見られない。この男は両手を束ねて舵の取っ手に縛りつけられていた。舵側の手と木の間には十字架があり、両手首と舵は十字架のビーズの紐で固定するように巻き付けられ、その上からすべて紐で縛られていた。このかわいそうな男は、一時は座っていたのかもしれないが、帆のはためきと衝撃で舵が回るたびに、あちこちに引きずられ、縛っている紐が肉を骨まで切り裂いてしまったのだ。事態は正確に調書に記録された。私のすぐ後に来た医者、イースト・エリオット・プレイスの外科医J・M・カフィン氏三十三歳は、診察の結果、この男は死んでから二日は経っているに違いないと宣言した。ポケットの中には、丁寧に栓がされた瓶があり、小さく撒かれた紙を除いては空っぽで、それが航海日誌の追記だと証明された。沿岸警備隊員の話では、この男は自分で手を縛り、歯で結び目を止めたのだろうということだった。沿岸警備隊員が最初に乗船したという事実により、後に海難審判でややこしいことにならずに済むかもしれない。廃船の引き揚げは最初に乗り込んだ民間人の権利であるが、民間人ではない沿岸警備隊はこれを請求できないからだ。すでに法を語る舌鋒は鋭く、ある若い法学生は、所有者の権利はすでに完全に失われていると主張している。所有権が委任された証拠とは言わないまでも、その象徴である舵柄が死人の手で握られていたため、その所有物は死手法に違反して所有されているからだというのだ。死んだ舵取りが、死ぬまで名誉ある見張りをした場所から恭しく運び出され──若きカサビアンカに劣らぬ立派な姿であった──霊安室に安置されて検視を待っているのは言うまでもない。

すでに突然の嵐は過ぎ去り、その猛威は弱まっている。群衆は家路につき、空はヨークシャーの山々の上に赤く染まり始めている。この嵐の中で奇跡的に港にたどり着いた廃船について、次号に間に合うよう詳細をお送りすることにしよう。

デイリーグラフ紙からの切り抜き(ミナ・マレーの日記に貼付)

八月九日、ウィトビー

昨夜の嵐の中の奇妙な廃船入港の続報は、入港自体よりも驚くべきものであった。そのスクーナーはヴァルナ発のロシア船で、デメテル号と呼ばれていることがわかった。船はほとんど珪砂を底荷にしており、その他はわずかに積荷があるのみだった──つまり、土でいっぱいの大きな木箱が多くあるだけだ。この貨物はウィトビーの事務弁護士、クレセント七番地のS・F・ビリントン氏宛に輸送されていたが、今朝ビリントン氏が乗船し、託送された貨物を正式に受け取った。ロシア領事が船舶所有者の代理として、船を正式に所有し、すべての港湾使用料などを支払った。今日のウィトビーでは奇妙な本事件の話題で持ちきりであり、商務庁【訳注:Board of Trade】の役人は、既存の規則をすべて遵守しているかどうか、非常に厳格に見守っている。この問題も《九日間は不思議だが、その後忘却》【訳注:シェイクスピア『ヘンリー六世』】となるだろうから、彼らは明らかに、後に苦情が出るようなことがあってはならないと決意しているようだ。船が衝突したときに上陸した犬には、かなりの関心が持たれており、ウィトビーにおいて名のある動物愛護団体【訳注:SPCA(Society for the Prevention of Cruelty to Animals)】の構成員の何人かは、この動物に友好的であろうとしている。しかし、残念なことにその犬の姿は見つからず、町から完全に姿を消したようだ。もしかしたら、怖がって荒野に行き、そこでまだ怯えているのかもしれない。荒野にいる可能性を心配し、明らかに凶暴なこの犬が後々危険な存在になることを危惧する人もいる。今朝早く、テートヒル埠頭近くの石炭商が飼っていた大型の雑種のマスチフ犬が、飼い主の庭の反対側の道路にて遺体で発見された。争った跡があり、明らかに野蛮な相手と戦っていたようで、喉は引き裂かれ、腹部は野蛮な爪で切り裂かれたように開いていた。

その後。

貿易検査官のご好意により、デメテル号の日誌に目を通すことを三日間許可されたが、行方不明の船員の情報を除いては、特に興味深いことは書かれていなかった。最も興味深いのは、今日に審問で提出された、瓶の中から発見された文書だ。航海日記と瓶の文書の二つの文書の間で展開された物語よりも奇妙な物語に出くわしたことは、私は未だかつてない。隠蔽する動機がないので、これらの文書を使うことが許され、従って、操舵技術や船荷の監督に関する技術的な詳細を省いた全内容を書き写してお送りする。船長は青海原に入る前にある種の躁病にかかり、それが航海中も持続的に進行していたように見受けられる。この文章は、ロシア領事館の書記官が時間がない中で親切にも口述翻訳してくれたのを書き起こしたものなので、私の印象は当然話半分に受け取らなければならないが。

デメテル号航海記 ヴァルナ発ウィトビー着 

不思議なことが起こるので、上陸するまで正確に記録しておこう。記述日七月十八日。

七月六日

この日は、珪砂や土の入った箱など、積荷の搬入を終えた。正午に出航。東風強し。船員五人、航海士二人、料理人一名、あと私(船長)。

七月十一日

この日は、夜明けにボスポラス海峡に入る。トルコの税関職員が乗り込む。賄賂。問題なし。午後四時、航行。

七月十二日

この日は、ダーダネルス海峡を通過。さらなる税関職員と警備隊の旗艦。再び賄賂。将校の仕事は徹底しているが、素早い。速やかに出航したい。夜にエーゲ海に入る。

七月十三日

この日は、マタパン岬を通過。乗組員は何か不満があるようだ。怖がっているようだが、口には出さず。

七月十四日

この日は、乗組員について多少心配した。船員は皆、以前私と一緒に航海したことのある、しっかりした連中。航海士には何が悪いのか見当がつかず。船員はただ何かがあると告げ、十字を切るだけ。この日、航海士は船員の一人に腹を立てて殴った。激しい喧嘩になると思ったが、全員静か。

七月十六日

この日は、朝、船員の一人、ペトロフスキーが行方不明になっていると、航海士から報告。原因不明。昨夜八点鐘に左舷の番。アブラモフと交代したが、寝床には戻らず。船員たちは、以前にも増して陰鬱な表情をしていた。全員が、このようなことを予期していたと言ったが、何かが乗船している以上のことは言おうとしない。このような状況下、航海士は船員に立腹。問題が起こるのではと心配。

七月十七日

この日は、前日、船員の一人、オルガーレンが私の船室にやってきて、怯えた様子で、この船には知らない男が乗っていると思うと打ち明けた。当直中に風雨に見舞われ、甲板室の後ろに避難したところ、どの乗組員とも違う背の高い痩せた男が、通路を上がってきて、甲板に沿い前に行って、姿を消したのを見たそう。彼は用心深く後を追ったが、船首に着いても誰もおらず、ハッチもすべて閉まっていたそう。彼は迷信的な恐怖で狼狽しており、狼狽が広がるのが心配。それを和らげるために、今日、船首から船尾まで注意深く船全体を捜索することにする。

その後、乗組員全員を集め、船内に誰かがいると思っているようなので、船尾から船首まで捜索すると告げた。一等航海士は怒り、愚かなことであり、そのような愚かな考えに屈することは部下の士気に影響すると言い、自分は棍棒で部下を守るからと言った。彼に舵を取らせ、残りの者はランタンを持ち、皆一列に並び、隅々まで捜索を開始した。大きな木箱しかなく、人が隠れるような隙間はなし。捜索を終えた男たちは大いに安堵し、元気よく仕事に戻った。一等航海士は顔を顰めたが、何も言わず。

七月二十二日

この三日間、荒れた天候で、総員帆走に忙殺され、怯えている暇なし。みな恐怖を忘れているよう。航海士はまた陽気になり、皆仲良くやっている。悪天候の中で働く男たちを褒め称えた。ジブラルタルを通過し、海峡を抜けた。万事順調。

七月二十四日

この船には破滅が待ち受けているようだ。すでに一人分足りず、荒れた天候の中で、ビスケー湾に入った。そして昨夜、また一人、行方不明になった。最初の男と同じように、彼は見張りから外れて、二度と姿を現さなかった。船員たちは恐怖のあまり動揺し、一人になるのが怖いので見張りを二人にしてほしいと訴え。航海士は立腹。彼や男たちが暴力を振るっての事態悪化を恐れる。

七月二十八日

地獄の四日間、大渦の中でたたき回されたよう、風は大荒れ。誰も眠れず。男たちは皆、限界まで疲弊。誰も向かえず、どう当直すればいいのかわからず。二等航海士が進んで舵取りと見張りをし、男たちに数時間の睡眠を取らせた。風は弱まった。海はまだ恐ろしいが、船がより安定しているため、マシになってきた。

七月二十九日

またしても悲劇。今夜、乗組員疲弊で二人体制になれず、一人での見張り。朝の見張りが甲板に上がると、操舵手以外誰もおらず。大声で叫ぶと、全員が甲板に上がった。徹底的に探したが誰もおらず。二等航海士がいなくなり、乗組員は動揺。私と航海士は、今後武装し、原因に関するあらゆる兆候を待つことに合意した。

七月三十日

昨晩。英国に近づいていることを喜ぶ。天候は良好で、すべての帆が張られている。疲れ果てて眠りについた。そして、航海士と操舵士が行方不明だと航海士に告げられ、目が覚めた。船を動かすために残されたのは、自分自身と航海士、そして他二人だけ。

八月一日

二日間霧が続き、帆も見えず。英仏海峡に着けば、救援信号を送るか、どこかに乗り込めると思っていた。帆を動かす人がおらず、風のまま走るしかない。再び帆を上げられないので、あえて下げないでいる。私たちは何か恐ろしい破滅へと流されているようだ。航海士は誰よりも意気消沈している。彼の強い性格が、内向きに自分に対して働いているようだ。男たちは恐怖を超え、最悪の事態を想定し、堅実に、忍耐強く働く。船員はロシア人、航海士はルーマニア人。

八月二日、真夜中

数分眠ったが、私の船室の外から叫び声を聞いて目が覚めた。霧の中で何も見えなかった。甲板に駆け上がり、航海士にぶつかった。叫び声を聞いて走ったが、人の気配はなかったと言う。もう一人いなくなった。神よ、我らを助け給え! 航海士によると、我々はドーバー海峡を越えたに違いない。男が叫ぶのを聞いたのと同時に霧が晴れ、ノース・フォアランドを見たからだ。つまり、私たちは今北海にいることになる。共に動く霧の中では、神だけが私たちを導ける。そして、神は私たちを見捨てたようだ。

八月三日

真夜中に、舵取りを助けに行くと、そこには誰もいなかった。風は安定している。その風に押されて、針路が取れない。しかしそのままにしておくわけにもいかず、航海士を大声で呼ぶ。数秒後、航海士はフランネルを着たまま甲板に駆け上がってきた。彼は目を見張り、やつれた様子だった。私は航海士の理性が失われたことを非常に恐れた。航海士は私に近づき、まるで空気に聞こえることを恐れているかのように、私の耳に口を近づけて、嗄れた声で囁いた。

「あれはここにいます、今わかりました。昨夜当直で見ました。人のようで、背が高く、痩せていて、ぞっとするほど青白かった。あれは船首で外を見ていた。私はその背後に忍び寄り、ナイフを刺したが、ナイフはあれの体を通り抜けた。空気のようにそこには何もなかった」彼はそう言うと、ナイフを手に取り、荒々しく空に突き刺した。そして、こう続けた。

「でも、ここにいるんです。船倉の中にいる、たぶんあの箱のどれかに入っているはずです。一箱ずつネジを外して見よう。あなたは舵取りを」そう言うと、唇に指を当て、警告するように目配せし、彼は下に降りて行った。風が強くなってきたので、舵を離れることができなかった。彼が道具箱とランタンを持って再び甲板に出てきて、前方のハッチから降りていくのが見えた。彼は気が狂っている、ひどく気が狂っている、彼を止めようとしても無駄だ。あの大きな箱を傷つけることはできない。あれは《土くれ》として登録されているのだから、あれをひっくり返したところで損害はない。だから私はここにいて、舵取りに気を配り、この覚書を書いている。ただ神を信じ、霧が晴れるのを待つしかない。そして、もし風が強くてどの港にも行くことができなければ、帆を切って動かず、救援の合図を送る。

もう終わりだ。航海士が落ち着いて出てくることを期待し始めた矢先──船倉で何かを叩いている音がしたし、作業すると心が落ち着くだろうから──ハッチから突然、驚愕の叫び声が上がり、私の血が凍りついた。まるで銃から撃たれたかのように、甲板に上がってきたのは、目を回し、恐怖で顔を引きつらせた、いかれた狂人であった。

「助けてくれ! 助けてくれ!」

そう叫びながら、彼は一面の霧を見渡した。恐怖は絶望に変わり、しっかりとした声で彼は言った。

「手遅れになる前にあなたも来た方がいいですよ、船長。奴はそこにいます。私は今、その秘密を知っています。海が私を救ってくれる、もうこれしかない!」

私が言葉を発する前に、あるいは彼を捕まえようと前進する前に、彼は舷側板に飛び乗り、わざと海に身を投げた。私も今となっては秘密を知ってしまった。この狂人が、男たちを一人ずつ海に突き落とし、今度は自分が飛び込んだのだ。神よ、お助けください! 港に着いたらこの恐怖をどう説明すればいいのだろう。港に着いたら! そんなことがあるのだろうか。

八月四日

まだ霧があり、朝日も届かない。私は船乗りだから日の出があることは知っているが、そうでなければ気づけないだろう。下に行く勇気はなく、舵を離れる勇気もなかった。だから一晩中ここにいのだが、夜の薄暗がりの中で見たのだ──《彼》を! 神よ、次のように考える私をお許しください。航海士が船外に飛び出したのは正しかった。男らしく死ぬ方がよかった。青い水の中で船乗りらしく死ぬのに、誰も異議を唱えることはできない。しかし、私は船長であり、船を離れるわけにはいかない。この悪魔、この怪物を阻止する。私の力が衰えはじめたら、私の手を舵に縛り付け、彼──あれ──が触れないものも一緒に縛りつける。そうすれば、良い風が吹いても悪い風が吹いても、自分の魂と、船長としての名誉を守れる。衰弱しつつあるし、夜が近づいている。再び彼と会うことがあったとしても、行動する隙がないかもしれない。難破しても、この瓶が見つかれば、見つけた人は理解できるかもしれない。難破しなければ、すべての人が、私が自分の勤めに忠実であったことを知るだろう。神よ、聖母よ、聖人たちよ、自分の責務を果たそうとする哀れで無知な魂をお助けください。

もちろん、船長の死に関する判決は不審死となり、有罪無罪は評決されなかった。証拠となるようなものは何もなく、この男自身が殺人を犯したかどうかも、今では誰も証言できないからだ。この地の人々はほとんど例外なく、船長は英雄であり、公の葬儀に値すると考えている。すでに、彼の遺体はボートの列と共にエスク川を遡上し、テートヒル埠頭から修道院の階段を登って運ばれることが決定している。彼は崖の上の教会墓地に埋葬されることになっている。すでに百隻以上の船の所有者が、彼を墓まで送ることを名乗り出ている。

巨大な犬の消息は知れない。世論がこのような状況であるし、本来であれば町で飼われることになっただろうから、多くの人が嘆き悲しんでいる。明日には葬儀が行われ、この《海のミステリー》の終焉となる。

ミナ・マレーの日記

八月八日

ルーシーは一晩中落ち着きがなく、私も眠れなかった。嵐は恐ろしく、煙突から大音響で聞こえてくるので、私は身震いした。鋭い風が吹くと、遠くから銃声が聞こえてくるような気がした。不思議なことに、ルーシーは起きなかったが、二度ほど寝たまま起き上がって服を着た。幸いなことに、そのたびに私は目を覚まし、何とか彼女を起こさずに服を脱がせてベッドに戻した。夢遊病はとても奇妙で、彼女の意志が物理的に妨げられると、意志があったとしてもすぐ消えてしまい、日常の習慣に身を任せてしまうのだ。

朝早く、私たちは起きて港に行き、夜の間に何か起こったか見てきた。人はほとんどおらず、太陽は明るく、空気は澄んで新鮮だったが、大きく険しい感じのする波は、波の上を覆う雪のような泡と対比されて格段暗く見え、港の狭い口から無理やり入ってきた。まるでいじめっ子が人混みの中を通り抜けるようだった。昨夜は、ジョナサンが海上ではなく陸上にいたことに、なぜか安心できた。しかし、彼は本当に陸にいるのだろうか。彼はどこにいて、どうしているのだろう。彼のことが心配でたまらない。どうしたらいいのかわかっていて、何かできればいいのだけれど!

八月十日

今日執り行われた気の毒な船長の葬儀は、とても感動的だった。港のすべての船が参列したようで、棺は船長たちによってテートヒル埠頭から教会墓地まで運ばれていった。ルーシーも一緒に来て、私たちは早々にいつもの席に着いたが、その間に船の群れが川を上って高架橋まで行き、また下っていった。見晴らしがよく、その葬列の全貌が見られた。このかわいそうな船長は、私たちの席のすぐ近くに安置されたので、その時に私たちは立ち上がり、すべてを見ることができた。かわいそうに、ルーシーはとても動揺しているようだった。ずっと落ち着きがなく、不安な様子で、夜中の夢遊が影響しているとしか思えない。彼女は一風変わっていて、落ち着かない原因があることを私に認めようとしないし、原因があったとしても自分では理解していないのだ。哀れなスワレスさんが今朝、私たちの席で首が折れて死んでいるのを発見されたのが原因かもしれない。医者が言うには、明らかに驚いて座席に倒れこんだのだとのこと。恐怖と怯えの表情が残っており、人々は震え上がったそうだ。かわいそうなおじいさん! 死ぬ間際に死神を見たのかもしれない! ルーシーはとても優しく、繊細なので、他の人よりも敏感に影響を受ける。ちょうど今も、動物好きな私すらあまり気にしないようなちょっとしたことで、とても動揺していた。船を見によくここに来る男性の一人が犬を連れていた。その犬はいつも彼と一緒だ。どちらも物静かで、男性が怒るのを見たこともなければ、犬が吠えるのも聞いたことがない。葬儀の間、その犬は私たちと一緒に席に座っている主人のところに来ず、数ヤード離れたところで吠えたり遠吠えしたりしていた。主人は優しく話しかけていたが、やがて厳しくなり、しまいには怒り出した。犬は近くに来ることも騒ぎを止めることもなかった。その目は血走り、毛は怒った猫のしっぽのように逆立っている。ついに男も怒って席から飛び降り、犬を蹴って首根っこを掴み、座席が固定されている墓石の上に、半ば引きずり、半ば投げつけて連れてきた。その石に触れた瞬間、かわいそうに犬は静かになって全身を震わせた。逃げようとはせず、震えながらうずくまり、あまりに怯えて哀れな状態だったので慰めようとしたが、効果はなかった。ルーシーも同情していたが、犬に触ろうとはせず、苦悩の表情を浮かべていた。彼女があまりに繊細な性格なので、この世を無事に渡っていけるか、とても心配だ。今夜もきっとこれらの夢を見ることだろう。死んだ男が操る船、十字架とビーズで車輪に縛られた彼の姿、感動的な葬儀、興奮し怯える犬など、あらゆることが彼女の夢の材料になるだろう。

疲れた体で寝るのがルーシーにとって一番だと思うので、ロビンフッド湾まで崖の上を散歩して帰ってこようかしら。そうすれば、眠りながら歩くようなことはしないだろう。

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