『紳士は金髪がお好き』
アニタ・ルース
『Gentlemen Prefer Blondes』の完訳を無料公開しています。
著者:アニタ・ルース
原本出版年:1925年
ジャンル:書簡体(日記風)、コメディ、ロマンス、詐欺・窃盗、シスターフッド
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ジョン・エマーソン[1]に捧ぐ
第一章 紳士は金髪がお好き
三月十六日
夕べ、あるお友だちの紳士とリッツで食事をしてたとき、私が鉛筆と紙を手に取って考えをぜんぶ書き留めたら本が一冊できるって言われたの。実際にできるのは百科事典全巻だろうから、その言葉には笑顔になっちゃいそうだった。私ったらほとんどずっと考えごとをしてるの。考えごとって私のお気に入りの楽しみで、ときどきは何時間も座って考えてるだけってことも。それでね、その人によると、頭の良い女の子は、おつむを考えるほかにも使うべきなんだって。彼ったら、自分は上院議員で、ワシントンDCでかなりの時間を過ごしてるから、頭の良い人に会うといつも気づくのさ、って。おしゃべりだけで終わってたかもしれないんだけど、今朝、その人が本を送ってくれたの。メイドがそれを持ってきたときに「ルル、また本が届いちゃった。私たち、前に手に入れた本の半分も読んでないのにね」って言ったんだけど、開いてみたらぜんぶのページが白くて、そこでお友だちの言葉を思い出して、日記だって気づいたの。だから今は、本を読むんじゃなくて書いてるってわけ。
今は三月十六日だから、もちろん一月のことから書きはじめるには遅すぎるんだけど、気にしない。というのもね、お友だちの紳士のアイズマンさんが一月と二月のぜんぶをニューヨークで過ごしてて、彼がニューヨークにいるときってぜんぶの日が同じに感じるの。
アイズマンさんはシカゴでボタンの卸売をしていて、シカゴ中で《ボタン王のガス・アイズマン》として知られてる。それでね、彼ったら私の教育に関心があるから、私がどれだけ賢くなったかを確かめるために、いつもニューヨークに来るの。アイズマンさんがニューヨークにいるときって、まるでいつも同じことをしてるみたいだから、もし日記に一日のことを書いたら、他の日はぜんぶ点々で済んじゃう。いつもコロニー[2]でお夕食をとって、ショーを見て、トロカデロに行って、それからアイズマンさんがアパートまで送ってくれるの。紳士が女の子の教育に関心があるときって、時事問題について遅くまでおしゃべりをしたがるから、私ったら次の日はとてもくたびれちゃって、コロニーでのお夕食のために着替える時間まで起きられない。
もし私が作家になったら変な展開ね。というのも、アーカンソーのリトルロック[3]の近くにある私の家では、私が音楽の道に進むことを家族みんなが望んでたから。私のお友だちがみんな、私には才能があるからって、お稽古するようにしつこく言ってきたからよ。でも、どうしてかお稽古にそれほど興味が持てなくて。お仕事のためだけに何時間も座ってお稽古なんて、どうしたってむりだったってこと。ある日、かなりの気まぐれを起こして古いマンドリンを部屋の向こう側に投げ飛ばしてから、まったく触ってないの。でも書くことは違うわね。お勉強やお稽古なしに、もっと気まぐれにして良いから。お稽古って私から気まぐれさを無くしちゃうの。そろそろ笑顔になってもいいかしら。だって、気がついたら二ページにわたって書き進めて、三月十八日のところまで書いちゃったんだもの。これで、今日と明日の分まで済んだってわけ。書いてるときの私がどれだけ気まぐれになるか、よく分かるわ。
三月十九日
夕べ、ドロシーが電話をかけてきた。リッツのロビーで自己紹介をしてくれた紳士に会ってきたそうよ。それからお昼とお茶とお夕食をして、ショーを見てトロカデロにも行ったって。ドロシーによると、その紳士の名前はロード・クックスリーだけど、実際はクークーって呼んでるみたい。ドロシーったら、今夜は私とあなたとクークーでフォリーズ[4]に行かない? もしニューヨークにいるならガスも連れて行きましょ、って。ドロシーとそれでちょっとした喧嘩になったの。ドロシーったら、アイズマンさんのことをしゃべるたびにファーストネームで呼ぶんだもの。アイズマンさんみたいに女の子の教育にかなりのお金を使ってる立派な紳士をファーストネームで呼ぶのは敬意が足りないって気づいてないみたい。私はアイズマンさんをファーストネームで呼ぶなんて考えたこともないけど、私だったら、どうしても何かで呼びたい場合は「ダディー」って呼ぶし、おおやけでは「ダディー」とすら呼ばない。だから、アイズマンさんは明後日までニューヨークにいないってドロシーに伝えたの。それからドロシーとクークーが来て、一緒にフォリーズに行ったわ。
今朝、クークーが電話をかけてきて、リッツでのお昼に誘ってきた。つまり、外国人はとても図々しいってこと。クークーがイギリス人でロードだからって、リッツでのお昼のためだけに女の子が何時間も彼とムダな時間を過ごすだなんて考えて。それで彼がすることなんて、チベットってところの何かの博覧会についてのおしゃべりだけで、しかも、何時間もおしゃべりしたすえに、ただのたくさんの中国人についてのお話だってわかったの。だから、アイズマンさんが来るのがとても楽しみ。彼っていつもとてもおもしろい話のたねを持ってるんだもの。例えば、前にニューヨークにいたときは、とてもきれいなエメラルドのブレスレットを贈ってくれた。来週は私の誕生日で、アイズマンさんはいつも記念日にすてきなサプライズを用意してくれるの。
今日はドロシーとリッツでお昼をとるつもりだったけど、クークーが台無しにしちゃった。今日は一緒にお昼をいただけないのよ、お仕事でニューヨークに来てる兄がおたふく風邪にかかってて一人にしておけないから、ってクークーに言ったんだけど、今リッツに行ったらクークーに会っちゃうかもしれないもの。たまに自分の想像力に思わず笑っちゃうわ。当たり前だけど、私には兄なんていないし、おたふく風邪のことなんて何年も考えたことがないの。つまり、私がこうして文を書けるのも不思議じゃないってこと。
そもそもリッツでお昼を取りたかったわけは、チャップリン[5]さんがリッツにいるから。私は昔からのお知り合いと会うのが好きなんだけど、チャップリンさんとは前に一回、ハリウッドの同じ撮影現場でお仕事をしてたことがあるの。私のことは覚えてるはず。紳士の方々っていっつも金髪の子を覚えてるみたいだから。私が作家のほかにやってみたい唯一のお仕事は映画スターで、映画業界でかなりうまくいってたんだけど、アイズマンさんに言われてやめたの。アイズマンさんみたいに女の子の教育に親身になってくださる紳士にはとうぜん感謝を示したいし、彼は女の子が映画業界で働くことに反対してるから。彼のお母様はオーソドックス[6]だもの。
三月二十日
アイズマンさんは明日、私の誕生日に間に合うように到着するみたい。だから、アイズマンさんが来る前に少なくとも一度は楽しい時間を過ごしたいと思って、夕べは文学的な紳士の方々をお招きして夕方を過ごしたの。だって、アイズマンさんはいつも、私のアパートに文学的な方々が出入りすることを好むから。つまりアイズマンさんは、女の子の教養を深めることにとても熱心で、彼が私に関心があるのは、私がいつも教養を深めたがっていて、時間をムダにしないようにしてるからなの。それでね、アイズマンさんはフランスの人が《サロン》と呼ぶものを、私に持ってほしいんだって。みんなが夕方に集まって教養を深めるようなもののことね。だからね、思いつく限りの頭のいい紳士をお招きしたわ。例えばコロンビア大学の経済学のいろんなことの教授、ニューヨーク・トランスクリプト誌の有名な編集者、そしてとっても有名なお芝居を《人生》についてばかりで書いてる劇作家。誰でも名前を知ってるはずだけど、私たち親しい友だちは「サム」と呼ぶから、よく名前を思い出せなくなる人ね。サムが、小説を書くイギリスの紳士を連れてきてもいいかって訊いて、私がどうぞって言ったから、その方を連れてきてくれた。そして、みんなで集まって、私はグロリアとドロシーに電話をかけて、紳士方は自分の酒を持参したわ。だから今朝の部屋の散らかりようったらなくて、ルルと一緒にまるで犬みたいに働いて掃除したんだけど、シャンデリアが直るまでどれくらいかかるかは神のみぞ知るって感じ。
三月二十二日
さて、誕生日が過ぎたけど、とてもがっかり。ガス・アイズマンみたいに女の子の教育に親身になってる紳士なら、ニューヨークで一番大きなスクエアカットのダイヤモンドを女の子に持たせたいはずでしょ。つまりね、ほとんど見えないようなちっちゃなダイヤモンドを持って彼がアパートにきたとき、かなりがっかりしたってこと。だから、これはかわいいけど、頭痛がひどいから一日中暗い部屋にいた方が良さそうだわ、明日なら会えるかも、たぶん、って言ったの。ルルですら、かなりちっちゃいって思ったみたい。ルルによると、もしルルだったらぜったいに何か決定的なことをしちゃうだろうって。あと「見た目が良いうちに別れなさい」っていう古い格言を信じてるとも言ってた。でも、彼がお夕食のときにほんとうにとてもきれいなスクエアカットのダイヤモンドのブレスレットを持ってきてくれたから、とてもうれしかった。だから私たち、コロニーでお夕食をとってショーを見て、いつもみたいにトロカデロで夜食をとったわ。あのダイヤモンドがちっちゃいってわかったらしいことは評価できるわね。アイズマンさんったら、お仕事の状況がいかに良くないかや、困りごとばかり引き起こすボルシェビキ[7]でボタン業界がいっぱいだってことばかりおしゃべりし続けてた。アイズマンさんは、アメリカはほんとうにボルシェビキに乗っ取られる寸前だって感じてて、かなり心配になったわ。だってボルシェビキがこの国に入ってきたら、それに対応できる紳士はD・W・グリフィス[8]さんだけだもの。グリフィスさんが『イントレランス[9]』を監督してたときのことは忘れられない。アイズマンさんが私にお仕事を諦めさせる前の最後の映画で、私は塔から人が落ちたときに戦場で気を失う女の子の一人を演じてたの。それでね、グリフィスさんが『イントレランス』で群衆役をどう扱ったかを見たとき、彼なら何でもできるって感じたの。もしボルシェビキが行動を起こしはじめたら、アメリカ政府はグリフィスさんに備えるよう促すべきだって、心から思う。
そういえば、私が文学的だと知って、小説を書くっていうイギリスの紳士が私にかなり関心を持ったみたい。彼ったら毎日電話をかけてきて、二度も一緒にお茶をしたの。誕生日には、コンラッド[10]さんって紳士の本を全巻揃いで送ってくれた。ぜんぶ海の旅に関するものみたいだけど、まだざっと目を通す時間しかないの。マクグラス[11]が書いた海の旅についての小説の表紙のために、クリスティさんにポーズをとってから、海の旅についての小説は好き。蒸気船やヨットに乗ってるときほど女の子がきれいに見えることはないっていうのが、私の考えだから。
そのイギリスの紳士の名前はジェラルド・ラムソンさんで、彼の小説を読んだことがある人ならご存じね。自分の小説も送ってくれたんだけど、ぜんぶロンドン郊外に住んでる中年のイギリスの紳士についてのもので、みんなが自転車に乗ってるみたい。パームビーチ[12]を除いて、アメリカとはかなり違う感じがするわね。ラムソンさんに、自分の考えをぜんぶ書き留めてるって伝えたら、初めて会ったときから何か特別なものを感じてたって言ってくれた。もっと親しくなったら、日記を読ませてあげるつもり。あのね、アイズマンさんにラムソンさんのことを言ったら、とてもよろこんでたの。というのもラムソンさんはとても有名で、アイズマンさんはラムソンさんの小説を列車で行き来するときにぜんぶ読んだことがあるみたい。アイズマンさんは有名な人と会って土曜日の夜にリッツでのお夕食に連れて行くのが好きなの。私はラムソンさんにちょっと惹かれてて、自分では本気だと思ってるんだけど、もちろんアイズマンさんには言ってない。アイズマンさんは、私のラムソンさんへの関心がもっと文学的なものだと思ってる。
三月三十日
ついにアイズマンさんが二十世紀特急[13]で出発。正直なところ、かなりくたびれてるから、ちょっと休めるのはありがたいわね。踊るために毎晩遅くまで出かけるのは構わないんだけど、アイズマンさんはそれほど良い踊り手じゃないから、ほとんどの時間はシャンパンを飲んだり、何か軽食を取ったりするだけだもの。もちろん、アイズマンさんと一緒にいるときに他の人と踊ったりなんてしないわ。アイズマンさんとジェリー──ラムソンさんはこう呼んでほしいそうよ──がとても仲良くなったから、三人で一緒に何度か夜を過ごしたわ。アイズマンさんがついにニューヨークを離れたから、今夜はジェリーと二人で出かける予定。ジェリーはおめかししなくていいって言ってた。どうやら私の見た目より中身を好いてるのね。だからジェリーに、もし紳士がみんなジェリーみたいなら、マダム・フランセス[14]のドレス仕立て事業がぜんぶ倒産しちゃうわって言わなきゃならなかった。ジェリーは、女の子がただのお人形さんでいるのを好かないみたい。でも、家に帰ってきた夫に毎晩スリッパを持って行って、その日経験したことを忘れさせてくれるような存在であってほしいとは思ってるの。
アイズマンさんはシカゴに向かう前に、この夏には専門的なお仕事でパリに行くつもりって言ってた。私にパリ旅行を贈るつもりなのね。旅行ほど教育的なものはないっていうのが彼の言い分だもの。ドロシーが昨春に海外に行ったときにとても良い影響を受けたのと同じ。ドロシーから、パリのメリーゴーラウンドには馬じゃなくて豚がいるって話を聞くのは飽きないわ。でも、実際にパリに行くかは分からない。だって、パリに行ったらもちろんジェリーと離れなきゃいけないし、ジェリーとはこれからお互いに離れないって決めたから。
三月三十一日
夕べは、ジェリーととても素朴なところでお夕食。ローストビーフとベイクドポテトを食べたわ。彼はいつも「滋養がある」って彼が呼んでる食べ物を食べさせたがるけど、これってほとんどの紳士が考えないことね。そのあとハンサムキャブ[15]に乗って、公園の周りを何時間も散策したわ。公園の空気が体に良いってジェリーが言ったから。紳士がめったに考えないことを考えてくれる人がいるのはとってもすてき。そのあとにたくさんおしゃべりしたわ。ジェリーは女の子の内心を引き出す方法を知ってるから、日記にも書かないようなことをしゃべっちゃった。私の人生のすべてを聞いた彼ったらとてもしょげちゃって、私たち二人とも涙を浮かべたの。彼ったら、私みたいなことを経験してもなお、女の子がこんなにも優しいままでいられるとは夢にも思わなかったって。ジェリーの考えによると、ほとんどの紳士が残酷で、女の子の心について考えることはめったにないんだって。
ジェリーも、かなりの苦労をしてきたみたい。奥さんがいるから結婚すらできないんだって。お互いに恋してなかったんだけど、サフラジェット[16]の彼女のほうからジェリーに結婚を申し込んだらしいの。彼に断れて? 私たちは遅くまで公園をまわりながらたくさんおしゃべりして、哲学的な議論をしたわ。私、結局は鳥の生活がもっとも高度な文明の形だわって彼に伝えたの。ジェリーは私のことをかわいい思想家って呼んでた。私の考えのぜんぶが彼の小説にかなりの着想を与えることになったとしても、不思議じゃないわね。ジェリーったら、私みたいな見た目の女の子がこんなに頭が良いのを見たことがないんだって。そして、理想の人を探すのをほぼ諦めてたところで、私たちの道が交わったんだって言うの。私、こういうことはたいてい運命によるものねって伝えたわ。
ジェリーによると、私はトロイアのヘレネー[17]を思い出させるみたい。ギリシャ系ね。私が知ってる唯一のギリシャ人は、ヨルゴプロースさんって名前の紳士。とてもお金持ちで、ドロシーと私が《お買い物好きさん》と呼ぶような人よ。電話してお買い物に誘ったら、いつでもよろこんで応じてくれるから。そういう紳士はとっても少ないの。それに、彼ったら値段を気にしないみたい。それにね、ヨルゴプロースさんはとても教養のある人で、ウェイターにフランス語でしゃべれる紳士なら何人も知ってるけど、彼は珍しいことにギリシャ語でもウェイターとしゃべれるのよ。
四月一日
四月一日
これからは特に注意して日記を書くことにする、だってジェリーのために書いてるんだもの。夜に暖炉の前で一緒に読むつもり。ジェリーは彼の作品の講演のために今夜ボストンに向かうけど、できるだけ早く戻ってくるんだって。彼がいない間は自分磨きにぜんぶの時間を使うつもり。今日の午後、私たちは五番街の美術館[18]に行くの。ジェリーは、骨董品の宝飾職人のチェッリーニ[19]さんが作ったとってもきれいなカップを見せたいみたい。それと、ジェリーがボストンにいる間に読むべきものだって、チェッリーニさんの生涯についての、とってもすばらしくておもしろい本をすすめられたわ。
友だちの有名な劇作家のサムが今朝電話をかけてきて、サムと他の文学者たちが夜にハーレム[20]でフローレンス・ミルズ[21]のために開く文学パーティーに行かないかって誘ってくれた。でも、サムはいつもキワどい話をすることにこだわるから、ジェリーは私に行ってほしくないみたい。でも私はかなり心が広いから、ほんとうにおもしろければキワどい話でも構わないってよく言ってるの。つまり、ユーモアのセンスがあるってこと。でもジェリーは、サムは話の選び方に気を遣わないことがあるから、一緒に出かけてほしくないって言うのよ。だから代わりに家にいて、チェッリーニさんの本を読むことにした。私、自分の教養を深めることにしか関心がないもの。だから、ジェリーがボストンにいる間は、教養を深めることだけに力を注ぐつもり。ヨーロッパから到着するって電報がウィリー・グウィンから届いたところだけど、彼にだって会わない。すてきな男の子だけど、何も進展させようとしないんだもの。ジェリーみたいな紳士に会ったあとで、そんな人に時間をムダにするつもりはないってこと。
四月二日
考えることがないといつもこうなるんだけど、今朝はとても気がふさいじゃう。というのも、チェッリーニさんの本を読まないって決めたの。まばらにキワどくておもしろいところもあったんだけど、丸ごと通してそういうところをいちいち探し出すのが嫌で。おもしろいところも少なそうだし。それでね、そんな本で時間をムダにしないで、代わりに今朝はルルに、家事をすっかり休んで『ロード・ジム[22]』っていう本を読んで一日過ごして内容を教えてちょうだいって頼んだの。そしたらジェリーがいない間に教養も深められると思って。でも、その本を手渡すとき、うっかり『ナーシサス号のニガー[23]』って題の本を渡しそうになった。渡してたらルルの気持ちを傷つけたわね。作家たちはなんで《ニガー》じゃなくて《ニグロ[24]》って書けないのかしら。あの人たちにも私たちと同じように感情があるのに。
ちょうどジェリーから電報が届いて、明日まで戻れないみたい。あとウィリー・グウィンからは蘭が届いたの。だから今夜は、ウィリーと劇場に行って気を紛らわせることにした。彼ったら、決して嫌なことはしない、とてもすてきな男の子だから。それに、何もせずに家で読書ばかりしてるのってとても気がふさぐし。読むのに値する本があれば別だけど。
四月三日
今朝はとても気がふさいでて、アイズマンさんから手紙をもらったのさえうれしかった。夕べはウィリー・グウィンがフォリーズに連れて行ってくれる予定だったんだけど、彼ったら酔っ払っちゃってて、彼のクラブに電話してタクシーを呼んで家に帰らせなくちゃならなかったわ。そんなこんなで、夜の九時にルルと二人きりで何もすることがなくなっちゃったの。それで、ボストンのジェリーに電話をかけようとしたんだけど、繋がらなくて。それで、ルルがマージャンのやり方を教えてくれようとしたんだけど、気がふさいで集中できなかった。だから今日は気分を上げるために、マダム・フランセスのところへ行って新しいイブニングガウンをいくつか注文しようかな。
ルルがジェリーからの電報を持ってきた。今日の午後に到着するそうだけど、どこから帰ったときでも駅で記者たちが待ち構えてるから、駅で会うのは避けたいみたい。でも、私のところに真っ直ぐ来てしゃべりたいことがあるんだって。
四月四日
夕べはなんて夜だったのかしら。ジェリーは私に夢中みたい。ボストンで婦人クラブに講演してるときに、そのクラブの女性たちの顔を見て、私の美しさを改めて感じたんだって。それで、世界中で私だけしかいないって言うの。でも、ジェリーはアイズマンさんをひどい人だと思っていて、私とアイズマンさんとの友情からは良いことが生まれないだなんて言ってた。二人はうまくやってるように見えたから、びっくり。もうアイズマンさんに会ってほしくないんだって。それと、私にぜんぶをあきらめてフランス語を学んでほしくて、奥さんとは離婚して私と結婚したいって。ジェリーは私たちがニューヨークで送ってるような生活を好いてなくて、私にはアーカンソーのお父さんのところに帰ってほしいみたい。さみしくないように本を送ってくれるって。そして、彼の叔父さんのフリーメイソン[25]の指輪を婚約指輪として渡してくれたの。ソロモンの時代から伝わる、彼の奥さんにも着けさせたことがない指輪。そして今日の午後には彼の女友だちが、彼女自身が考案した新しいフランス語の教材を持ってきてくれる。でも、どうしても気持ちがふさいでるの。ジェリーがニューヨークやアイズマンさんについて言ったひどいことを考えちゃって、夕べは一晩中まんじりともできなかった。私の友だちの紳士にジェリーがやきもちを焼くのはわかるし、アイズマンさんをルドルフ・ヴァレンティノ[26]だと思ったこともないわ。それでも、私みたいな純粋な女の子がアイズマンさんと友だちなことに身の毛がよだつっていう、ジェリーの言葉にとても心を痛めたの。ジェリーはおしゃべりが好きだけど、私の考えだとおしゃべりばかりだと気持ちがふさぐし、忙しいときには気にも留めないようなことで頭を悩ませることにつながるわ。まあ、会うのに値するような男性と出かけるのは気にしないってジェリーが言うのなら、ゴールドマーク・フィルムズのエディ・ゴールドマークとお昼に行くつもり。ゴールドマークさんは、いつも映画に出る契約を私と結びたがってる人。というのも、ゴールドマークさんはドロシーに夢中なんだけど、ドロシーったら、私が映画業界に戻ったら自分も戻るからなんて言って、いつも私に戻るようにすすめてくるの。
四月六日
ついにアイズマンさんに結婚するって書いてお知らせしたわ。すぐにこっちに来るみたいで、たぶん忠告をくださるつもりね。結婚はとても大事なことだから、ジェリーは何時間もそのことについておしゃべりしてる。ジェリーはおしゃべりに飽きないみたいで、ショーを見たりダンスをしたりっていう、他のことをする気もないの。もし私に心を集中させられるものがなきゃ、叫び出しちゃってるかも。
四月七日
今朝到着したアイズマンさんと、かなり長くおしゃべりしたわ。けっきょくアイズマンさんが正しいわね。だって、これは私が初めて手にした本物の機会だもの。パリに行って、知見を広げて、筆力を上げる機会をほっぽってまで、作家と結婚して、夫がすべてで私はジェラルド・ラムソンの妻でしかない状況を選ぶの? その上、離婚裁判の醜聞に巻き込まれて名前に泥を塗られることになるのよ。アイズマンさんによると、女の子の人生っていうのは滅多に機会がないから、手にしたはじめての機会を逃すべきじゃないって。だから、火曜日にドロシーを連れて、フランスとロンドンに向けて出発するわ。アイズマンさんはあとから私たちと会うんだって。ドロシーはなんでもコツを知ってるから、まるでフランス語を知ってるみたいにパリでうまくやっていけるわ。それにドロシーの知人のフランスの紳士なんて、フランスで生まれ育って、フランス語をフランス生まれみたいにしゃべって、パリをよく知ってるのよ。あとは、ドロシーによると、どうせロンドンに着いたら、ほとんどの人が英語をしゃべるんだって。ラムソンさんがシンシナティで講演中で、水曜日まで戻ってこなくてツイてた。ヨーロッパに行かなきゃいけないけどいつかまた会えるかもって、手紙で伝えられるから。ともかく、彼の気のめいるようなおしゃべりをもう聞かなくて済むわ。アイズマンさんは私にすてきな真珠のネックレスをくれて、ドロシーにはダイヤモンドのピンをくれたの。それで、みんなでコロニーでお夕食をして、ショーを見て、トロカデロでお夜食を取って、とても楽しい夜を過ごしたわ。
第二章 因縁はひっきりなし
四月十一日
この海原を見たら誰でもわかるんだろうけど、ドロシーとヨーロッパ行きの船に乗ってるわ。海はいつだって大好き。船も大好きで、マジェスティック号は特に気に入ってる。まるでリッツホテルにいるみたいで、船だってことにまったく気づかないくらいなんだもの。客室乗務員によると、今月の海はいつもほどやっかいじゃないみたい。アイズマンさんもお仕事でパリに行くから、来月にパリで会う予定。アイズマンさんによると、ボタンの最新の流行を見るにはパリが一番なんだって。
ドロシーったら、タラップで出会った紳士と一緒に、デッキを行ったり来たりの散歩をしてるけど、私は紳士と付き合って時間をムダにしたりなんかしない。そんなことばかりしてたら、日記を書くことも、教養を深めるためにいつも読んでるような良い本を読むこともできないから。でもドロシーったら自分の教養についてまったく気にしてないみたいで、何も持ってない紳士と付き合って時間をムダにしてばかりだから、いつも叱ってるの。ゴールドマーク・フィルムズのエディ・ゴールドマークみたいに、とてもお金持ちで、女の子にすてきな贈り物をできる人がいるっていうのに。ドロシーはひたすら時間をムダにしていて、昨日、つまり私たちの船が出る前の日にも、ゴールドマークさんじゃなくて、ボルチモアから来たメンケンさんっていう紳士とお昼を取ってた。その人ったら、写真すら載ってないような、ぽっと出の雑誌を印刷してるだけなのよ。アイズマンさんはいつも、女の子みんなが私みたいに進んで教育を受けたいわけじゃないって言ってるわ。
アイズマンさんとルルがボートで見送りに来てくれて、ルルはたくさん泣いてた。ルルの肌の色がもっと明るければ、こんなには私のことを気にかけないわね。ルルはとてもかなしい人生を送ってきたの。とっても若いころに、プルマン式車両[27]の係員が彼女に夢中になって、ルルはその人を信じたの。その人は、ルルを家から離してアシュタビューラ[28]に連れて行ってから裏切ったの。やっぱり騙されてたんだってルルが気づいて、しょげかえって家に戻ろうとして、もう遅いことに気づいたんだって。というのも、信頼してた親友がルルの夫を奪っていて、夫がもう受け入れてくれなかったから。だからルルにはいつも、いつでも私のために働いてもらってかまわないわって言ってある。ルルは留守の間のアパートを預かってくれるの。ドロシーが昨年ヨーロッパに行ったときにアパートを転貸したんだけど、そのときに貸した男性が素行の良くない女性たちを訪ねさせてたから、転貸しないことにした。
アイズマンさんは私たちの部屋を花でいっぱいにしてくれて、客室乗務員はそれをぜんぶ入れられるだけの花瓶を見つけるのにかなり苦労してた。客室乗務員によると、ドロシーと私を見たとたんに花瓶が入り用になるって分かったみたい。もちろんアイズマンさんはいつも通り、私にたくさんの良い本を送ってくれた。アイズマンさんは、良い本がいつも歓迎されるって知ってるから。とっても大きなエチケットの本を送ってくれたの。彼によると、イギリスやロンドンにはいろんなエチケットがあって、女の子がそのエチケットを学ぶのは良いことなんだって。だから、お昼のあとにデッキに持って行って読むつもり。初めて会った紳士がタクシーで何か言ったときに、女の子がどうするべきかを知りたいことがよくあるのよね。もちろん、いつもかなり腹が立つんだけど、でもそういう紳士にもやり直す機会を与えるのが良いんだろうし。
さて、客室乗務員がお昼の時間だって言うから、上の階に行ってくる。ドロシーがタラップで会った紳士が、私たちをリッツでのお昼にお誘いしてくれたの。リッツは船にある特別なダイニングルームのことで、かなりのお金を使えるの。それに比べたら他のダイニングルームの食べ物の値段ったら、ほとんどタダ同然ね。
四月十二日
今朝はベッドにいることにする。ある紳士を見かけてとっても動揺したんだもの。バーでかなり遠くから見たから、その人かどうかは確かじゃないけど、もしほんとうにその紳士だとしたら、因縁だらけの女の子の人生には因縁が続くってことね。その紳士を見かけたときにはドロシーとファルコン少佐と一緒にいたの。ファルコン少佐は、ドロシーがタラップで出会った紳士。ファルコン少佐は私が動揺したのに気づいて、何があったのか教えてほしいって言ったんだけど、とてもひどい話だから誰にも言いたくなかったの。それで、ファルコン少佐におやすみなさいをして、ドロシーと彼を残して部屋に戻って、泣きじゃくっちゃった。あと、気分を上げるために客室乗務員にシャンパンを頼んだわ。シャンパンは哲学的な気分にしてくれる。飲むと、女の子の人生が私みたいに因縁に満ちてるときには、どうしようもないって感じさせてくれるから。今朝になって客室乗務員がコーヒーと大きな水差しに入った氷水を持ってきてくれたから、今日はお昼までベッドにいて、シャンパンは飲まないことにしたの。
ドロシーにはまったく因縁がなくって、時間をムダにしてるだけ。ルルじゃなくてドロシーを連れて来たのが正解だったかは考えものね。というのも、ドロシーはかなりスラングを使っておしゃべりするから、紳士に良くない印象を与えるの。昨日、お昼のためにドロシーとファルコン少佐に会いに行ったとき、ドロシーが《めちゃくちゃ》たまには酔っ払いたいってファルコン少佐に言ってるのを聞いちゃった。ほんとうは《酔っ払う》とすら言わずに《酔っ払う》って意味のスラングを使ってたの。私はいつも彼女に《めちゃくちゃ》はスラングだから使っちゃダメって言わなきゃならないの。
ファルコン少佐は、イギリス人にしてはとってもすてきな紳士。つまりね、彼はかなりお金を使う人で、私たちはリッツですてきなお昼とお夕食を楽しんだってこと。その楽しさも、私の心を乱す紳士らしき人を見かけるまでだったけど。とても動揺しちゃってるから、これから着替えてデッキに上がって、ほんとうに私が思ってる人かどうか確かめてくる。今日は日記を書き終えたしエチケットの本を読むのもやめたから、今のところ他にすることはないの。本にはざっと目を通したんだけど、知りたいことが何も書かれてないみたいだし。貴族(ロード)にどう呼びかけるかについてばかりにページをムダにしてたんだもの。私が今までに会った人は、みんなどう呼んだらいいかを教えてくれたし、その名前はたいていかわいらしくて、例えば《ロード・クックスリー》が本名の人で《クークー》って感じだった。だから、こんな本に時間をムダにするつもりはないの。あの紳士についてこんなに動揺しなきゃ良いのに。
四月十三日
ほんとうにあの紳士だった。彼だとわかったとたん心臓が止まるかと思ったわ。というのもね、誰であっても思い出したくないことをぜんぶ思い出しちゃったから。昨日、デッキに上がってほんとうにその紳士かどうか確かめようとしたら、かつてパーティーで会ったことのあるとてもすてきなギンズバーグさんって紳士に出会ったの。ただし、ギンズバーグさんって名前じゃなくなってたんだけど。あのね、ある王族の親戚に当たるバッテンバーグさんっていうロンドンの紳士が、名前をマウントバッテンさんに変えたんだって。ギンズバーグさんによると、どちらの名前も同じ意味みたい。それでギンズバーグさんも名前をマウントギンズさんに変えたの。そっちの方がもっと貴族的だって考えてるみたいだった。私たちがデッキを歩き回ってたときに、例の紳士と真正面から出会ったの。それで私はその人であることを確かめて、その人も私を見たの。その人は顔を真っ赤にして、まるで絵みたいだった。私ったらとっても取り乱してたから、マウントギンズさんにさよならして、部屋に駆け戻って泣こうとしたの。でもね、階段を降りる途中でファルコン少佐とばったり会ったの。彼ったら私が取り乱してるのに気づいたみたいで、私をリッツに連れて行って、シャンパンを飲ませて話を聞いてくれたのよ。
それでファルコン少佐に、アーカンソーにいたころについてしゃべったわ。お父さんが私をリトルロックに送り出して速記者になる勉強をさせようとしたときのこと。つまりね、お父さんとちょっとした喧嘩をしたの。お父さんは公園で私に話しかけてくる紳士が好きじゃなくて、しばらく家を離れるのが良いと思ったみたい。それでリトルロックのビジネスカレッジに一週間くらい通ってたら、ジェニングスさんっていう紳士が新しい速記者を探しに来て、カレッジの女の子を見渡して、私を選んだの。ジェニングスさんは先生に、私が教育課程を完了させるのを自分の事務所で手伝うって言ったの。自分はただの弁護士だから、私はあんまり多くを知らなくて大丈夫って。ジェニングスさんはたくさん助けてくれて、その事務所で一年間ほど働いたんだけど、あるとき、彼が若い女の子にとって安心できる紳士じゃないって気づいたの。つまり、ある晩にアパートの彼を訪ねたとき、リトルロック中で評判の良くない女の子がそこにいたの。ジェニングスさんにそんな子が訪れてるって知って私ったらひどいヒステリーを起こしちゃって、頭が真っ白になって、気がつくと拳銃を持っていて、どうやらその拳銃でジェニングスさんを撃っちゃったみたいなのよ。
この船に乗ってた紳士は、私の裁判の地方検事だったの。裁判のときにとっても厳しくって、日記にすら書けないような言葉で呼ばれたわ。裁判では、地方検事以外の方々はとても優しくしてくださった。陪審員の紳士は、弁護士が私を指して《皆さんにも母親や姉妹がいるでしょう》って言ったとき涙を流してたの。陪審員はたったの三分で戻ってきて、私を無罪にしたわ。みんなとても優しかったから、みんなにキスしなきゃいけなかった。判事にキスしたら、その目に涙が浮かんで、判事の妹さんのところに連れて行ってくださったのよ。私、ジェニングスさんが撃たれたときに、映画業界に行こうって思いついたの。それでヒバード判事がハリウッドへのチケットを手配してくださった。実は、ヒバード判事が私に名前をつけたの。女の子はその個性を表す名前を持つべきだって思っていて、もともとの私の名前がお好きでなかったみたい。それで、名前をローレライにするべきだって。ドイツで岩の上に座ってて有名になった女の子の名前[29]ね。そうしてハリウッドの映画業界にいるときにアイズマンさんに出会ったの。アイズマンさんは、頭のいい女の子は映画業界にいないで教育を受けるべきだって、教育できるように映画業界から引っ張り出してくださったわ。
ファルコン少佐はぜんぶの話がとても気になったみたい。これがとんでもない巡り合わせだって言うの。というのも、地方検事のバートレットさんは今、アメリカ政府のために働いていて、ウィーンってところに何か国家機密の任務で向かってるからって。ファルコン少佐はその秘密が何かをすごく気にしてる。ロンドンの政府がファルコン少佐を特別にアメリカに送り込んだのも、その秘密を知るためみたい。もちろん、これは大きな秘密だから、ファルコン少佐の正体をバートレットさんは知らないんだけど、私には教えてくれるの。ファルコン少佐は誰を信頼できるか知ってるから。ファルコン少佐は、私みたいな女の子は、バートレットさんに言われたことを許して忘れるべきだって思ってるみたい。それで、私たちを仲直りさせたいらしいの。バートレットさんがほんとうの私を知って、私がリトルロックでのことを許せば、バートレットさんは私にかなりしゃべるだろうって。バートレットさんと私が仲良くなるのはロマンチックなことだし、アンクル・サム[30]のために働く紳士はたいてい女の子とロマンチックになるのが好きだからって。だから、今日のお夕食のあとでバートレットさんとデッキで引き合わせてくれるみたい。そしたら私、バートレットさんを許して、彼とたくさんおしゃべりするつもり。だって、しなきゃいけないことをしただけの紳士を女の子が恨むわけなんてないもの。ファルコン少佐は私にかなり大きな香水の瓶と、船内のちっちゃなお店で買ったとてもかわいい大きな犬のぬいぐるみを持ってきてくれた。彼ったらほんとうに女の子を元気づける方法を知ってるのね。だから今夜はバートレットさんと仲直りしようっと。
四月十四日
夕べ、バートレットさんと仲直りして、これからはお友だちになることになって、たくさんしゃべったわ。部屋に戻ったのはかなり遅かったんだけど、ファルコン少佐が部屋に来て、私とバートレットさんがほんとうにお友だちになるつもりかどうか確かめた。彼によるとね、私みたいに頭の良い女の子は、アンクル・サムのぜんぶの秘密を知ってる頭の良い紳士であるバートレットさんとたくさんしゃべるべきなんだって。
それでファルコン少佐に、バートレットさんが私たちの関係をまるでお芝居みたいに考えてることをしゃべったわ。リトルロックで私にひどい呼び方をしてたとき、彼はほんとうに私をそう思ってたの。でも、私がほんとうはそうじゃないって分かって、私が紳士のためにならないことに頭を使う冷たい人だと思ってたって打ち明けてくれたの。今は私に、リトルロックでああやって呼ばれた七年後に、そう呼んだ人とお友だちになったことについて、お芝居を書くべきだって思ってるみたいなの。
お芝居は書きたいけど、日記を書くのと良い本を読むのにかなりの時間がかかるから時間がないってバートレットさんに伝えたことを、ファルコン少佐に言ったの。バートレットさんは私が本を読むことを知らなかったんだけど、なんと偶然にも彼も本を読むんだって。今日の午後に『スマイル、スマイル、スマイル』って哲学書を持ってきてくれるの。ワシントンの頭の良い上院議員のみんなが読んでる本で、かなり気分が上がるしろものらしいわ。
ファルコン少佐には、バートレットさんとお友だちでいるのはとってもくたびれるって伝えたわ。だって、バートレットさんったら何も飲まないし、彼のダンスなんて何か言うのも気が引けるほどなんだもの。お昼のテーブルにもお誘いしてくれたんだけど、リッツじゃなかったしお断りした。ファルコン少佐には行くべきだって言われたけど、何にでも限度があるって伝えたの。だからお昼の時間までは部屋にいて、お昼はリッツでマウントギンズさんととることにしたわ。彼は女の子の扱い方を知ってるから。
ドロシーはただのテニスチャンピオンでしかない紳士とかなりの時間をデッキでムダにしてる。だから客室乗務員を呼んでシャンパンを頼むことにしたわ。船に乗ってる人にとってシャンパンはとても良いものだもの。その客室乗務員はとても親切な男の子で、とってもかなしい人生を送ってきたみたいで、自分のことをぜんぶしゃべりたがった。あのね、彼はフラットブッシュ[31]で逮捕されたことがあるんだって。とある紳士にとても良いスコッチを持っていくって約束して、そのせいで警察にお酒の密売人[32]と間違えられたんだって。刑務所では、とっても有名な泥棒二人と同じ牢屋に入れられたの。ぜんぶの新聞に写真が載っていて、みんなが話すくらい有名な泥棒よ。フレッドっていう名前のその客室乗務員は、そんな有名な泥棒たちと同じ牢屋に入れられたことをとっても誇りにしてたの。何をしたのかを二人に訊かれたとき、ただのお酒の密売人だって言いたくなくて、オクラホマで家に火をつけて、大家族を焼き殺したって言ったの。ぜんぶうまくいくはずだったんだけど、警察が牢屋にディクタフォン[33]を仕掛けていて、その発言を彼に対して使ったものだから、オクラホマのぜんぶの火災が調査されるまで出られなかったんだって。フレッドみたいに多くの経験をしてとっても苦労してきた男の子とおしゃべりするほうが、バートレットさんみたいな紳士とおしゃべりするよりも教育的だっていうのが私の考え。でも、今日の午後はずっとバートレットさんと過ごすようにファルコン少佐が予定を組んでくださったから、午後はバートレットさんと話さなきゃ。
四月十五日
夕べ、船上でなかなかのカメン舞踏会があったわ。ぜんぶ慈善のためのものなの。というのも、ほとんどの船員は、荒海を航海したときとかに引き取ることになった孤児を養ってるみたいだから。かなりの寄付が集まったわ。バートレットさんは、特に親が船員だった孤児たちのために、長いスピーチをしたのよ。バートレットさんはスピーチをするのがとても好き。女の子と二人きりでデッキを歩いてるときもスピーチをしたがるの。ともかく、カメン舞踏会はとてもすてきで、紳士のお一人なんかはチャップリンそっくりだった。ドロシーと私は舞踏会に行きたくなかったんだけど、バートレットさんが船のちっちゃなお店でスカーフを二枚買ってくれたから、それを腰に巻いて出たの。私たちのこと、みんながとてもかわいらしいカルメンだって言ってくれた。バートレットさんとファルコン少佐とテニスチャンピオンが審査員で、ドロシーと私が賞をもらったわ。もう大きな犬のぬいぐるみは欲しくないんだけど。もう三つも持ってるから。船長はどうしてカルティエさんに頼んで船に宝飾店を置かないのかしら。紳士と船でお買い物をして犬のぬいぐるみばかり買うのって楽しくないのに。
賞をもらったあと、バートレットさんと一緒にデッキのてっぺんに行く約束をしたわ。彼ったら月明かりを見るのがとても好きみたいだから。私、あとで上がるから先に行って待っていてって言ったの。マウントギンズさんとダンスを約束してたんだもの。そしたら、どれくらいダンスに時間がかかるか訊かれたんだけど、上で待ってたらわかるわよって応えておいたわ。マウントギンズさんとはダンスとシャンパンをとっても楽しんでたんだけど、ファルコン少佐に見つかっちゃったの。ファルコン少佐は私を探していたみたいで、バートレットさんを待たせたらだめって言うの。だからデッキに行ったらバートレットさんが待ってた。どうも私にぞっこんみたい。私たちがお友だちになってからまんじりもしてないって言うんだもの。前のバートレットさんは私の頭が良いって思ってなかったけど、頭が良いって知った今は、何年も私みたいな女の子を探してたんだって言うの。それでね、彼が帰国したあとに私がいるべきところは、彼の住んでるワシントンDCだって言うのよ。私は、そういうことは運命にまかせるしかないわねって言ったの。彼ったら、明日フランスで船を降りて一緒にウィーンへ行くように頼んできた。つまりウィーンってフランスにあって、イギリスからは遠すぎるみたい。でも、彼が私にぞっこんなのなら、彼の方が私と一緒にロンドンへ旅行すべきだと思ったから、行けないって言ったの。彼によると、ウィーンでとっても大切な秘密のお仕事があるんだって。私は、お仕事じゃなくって女の子に会うんでしょうって言ったわ。だって、そんなに大切なお仕事なんてあって? 彼によると、ワシントンのアメリカ政府のためのお仕事で、誰にも言えないんだって。それから、一緒に月明かりをたくさん眺めたわ。私は、女の子じゃなくてお仕事だって納得できればウィーンに行くって言ったわ。どうしてお仕事がそんなに重要なのかわからなかったから。そしたら彼はぜんぶをしゃべってくれたの。どうやら他のみんなが、特にイギリスが欲しがってる新しいヒコーキを、アンクル・サムも欲しがってるらしいの。そしてアンクル・サムには、それを手に入れるための、私の日記に書くには長すぎるようなとってもうまい方法があるの。それで私たちは座って朝日を見たんだけど、私はかなり体が凝っちゃって、部屋に帰らなきゃって言ったの。船がフランスに着くのは今日だし、もし一緒にウィーンに行くために船を降りるなら荷造りしなきゃいけないからって。
それで部屋に戻ってベッドに入ったわ。そしたらドロシーがやってきたの。ドロシーはテニスチャンピオンとデッキにいたんだけど、自然を愛してないから日の出に気付かなかったみたい。ドロシーったらいつも時間をムダにしてるし、船が揺れるからデッキでシャンパンを瓶から飲まないようにっていつも言い聞かせてるのに、いつもこぼして服を台無しにしてるのよ。これから部屋でお昼を取って、手紙でバートレットさんに、ひどい頭痛のせいでフランスで船を降りるから一緒にウィーンに行けないけど、またお会いしましょうって伝えるつもり。ファルコン少佐は十二時に来る予定。リトルロックでバートレットさんになんて呼ばれたか思い出してかなり動揺したわ。紳士はそういうことを気にしないけど、女の子はいつも気にするの。だから、ファルコン少佐にヒコーキのお仕事のことをぜんぶしゃべることにする。だって、とても知りたがってるから。そして何より、たとえ七年前のことだとしても、リトルロックでバートレットさんが私にああいう呼び方をしたのは紳士的じゃなかったから。ファルコン少佐はいつも紳士だし、ロンドンでは私たちにかなりいろいろとしてくださるみたい。彼はウェールズ公[34]をご存知で、私たちも会ったらきっと好きになるだろうって。だからバートレットさんがフランスで船を降りるまで部屋にいるつもり。だって正直なところ、もうバートレットさんに会えなくてもかまわないんだもの。
明日の早朝にイギリスに着く予定で、とてもわくわくしてる。今朝もアイズマンさんから毎朝お決まりの電報が届いて、旅行は最高の教育だから、出会ったすべての人を利用しなさいって。アイズマンさんはいつも正しいの。ファルコン少佐は、ウェールズ公を含めたロンドンの名所をぜんぶ知ってるから、ドロシーとロンドンでとても楽しい時間を過ごせそう。
第三章 ロンドンってつまらない
四月十七日
さて、ドロシーとロンドンにいるわ。昨日、列車でロンドンに到着したの。船はロンドン近くまで来ずに海辺で泊まっちゃって、列車に乗らなきゃならなかった。ぜんぶ、ニューヨークのほうがずっと良い。ニューヨークでは船もすぐそばに泊まるし、ロンドンってあんまり教育的じゃないのかもって思えてきたから。でもね、夕べアイズマンさんに送った電報にはそうは書かなかった。教育のためにロンドンに送ってくださったアイズマンさんに、ニューヨークのほうが良いからロンドンにはがっかりだって伝えるのは嫌だったんだもの。
ドロシーとリッツに行ったら、うれしいことにアメリカ人でいっぱい。ここはニューヨークかしらってくらい。旅行していて一番楽しいことは、アメリカ人に出会って故郷にいるみたいに感じることだっていうのが私の考えよ。
昨日、ドロシーとリッツでお昼に行ったの。お隣のテーブルにとてもかわいいブロンドの女の子がいたから、テーブルの下でドロシーを肘でつついたの。だって、テーブルの上でつつくのはよくないし、ドロシーにマナーを教えたいから。私は「あの子ったらとってもかわいいから、きっとアメリカの子よね」って言ったの。そしたら彼女はきついアメリカ訛りでウェイター長を呼びつけたの。彼女はかなりおかんむりでこう言ったわ。このホテルに三十五年間来ていて、待たされたのははじめて、って。声を聞いてファニー・ウォードだってわかった。彼女を私たちのテーブルにお誘いして、お互いに再会をとてもよろこんだわ。私とファニーは五年くらいお知り合いなんだけど、彼女をもっと深く知ってるように感じてるの。だって、四十五年前に私のお母さんが一緒に学校に通っていて、彼女の結婚式ぜんぶをお母さんが新聞でいつも追いかけてたから。今のファニーはロンドンに住んでいて、ロンドンでももっともかわいい女の子の一人として有名。ファニーったら、ほとんど歴史的な存在ね。だって、女の子が五十年間もかわいいなんて、ほとんど歴史的なことだもの。
もしお母さんがドーミャクコーカで亡くなってなかったら、私とファニーと一緒にロンドンでとても楽しい時間を過ごせたわ。だってファニーはお買い物が大好きなんだもの。私たちは帽子を買いにお買い物に行ったんだけど、ふつうのお店の代わりに子ども服コーナーに行って、ファニーと私でとってもかわいい帽子を買ったの。子ども用の帽子は大人用の半額で買えるから、ファニーはいつもそうしてる。ファニーは帽子がとても好きで、毎週子ども服コーナーで何個か買うから、かなりの節約になってるわね。
ファルコン少佐がレディ・シェルトンの家でのお茶に誘ってくださったから、ファルコン少佐と会うためにリッツに戻ったわ。ファルコン少佐はファニーも誘ったんだけど、残念ながら音楽のレッスンがあるからって断ってた。
レディ・シェルトンの家では、いかにもイギリス人って方々に会ったの。ロンドンにはレディと呼ばれる女の子がいて、ロードの反対みたい。レディじゃなくてオナラブル[35]と呼ばれる人もいる。でも多くの人はレディでもオナラブルでもなく、私たちと同じでふつうの人で、ミスって呼べばいいの。レディ・シェルトンは私たちアメリカ人が家に来てうれしかったみたい。ドロシーと私を奥の応接室に招いて、貝殻で作ったお花を二十五ポンドで売ろうとしたわ。私たちがいくらか訊いたら、百二十五ドルだったの。ドロシーとロンドンで過ごすのはかなり苦労しそう。ドロシーが言ったようなことって言うべきじゃないもの。ドロシーは、アメリカでは貝殻に乾燥した豆を隠すゲーム[36]で貝殻を使うのよ、なんて言うべきじゃなかったってこと。貝殻のお花はいらないってレディ・シェルトンに伝えたわ。そしたらレディ・シェルトンが、アメリカ人は犬が大好きらしいから、お母様に会ってほしいって。
そのあとレディ・シェルトンは、ドロシーとファルコン少佐と私を、彼女の家からすぐ近くにあるお母様の家に連れて行ってくれたわ。彼女のお母様は伯爵夫人と呼ばれていて、犬を育ててるみたい。その人もパーティーを開いていて、お年を召した女性にしてはとても赤い髪とかなりの化粧をしてた。はじめに娘から貝殻のお花を買ったかって訊いてきたから、いいえって答えたわ。彼女ったら、お年を召した伯爵夫人らしいふるまいをしなかったの。だって「それが良いわ──娘に騙されないで──一週間ももたずに崩れちゃうもの」って言ったんだもの。そのあとで犬を買いたいか訊いてきたの。ドロシーが「犬はどれくらいで崩れるの?」って言うのを止められなかったわ。でもね、伯爵夫人は伯爵夫人らしくふるまわなかった。だって彼女ったら、とっても大きな声で笑って、ドロシーのことをとってもおもしろいって言って抱きしめてキスをして、ずっと腕を回してたの。伯爵夫人ったら、ドロシーの無作法を励ますべきじゃないわよ。励ましたわけじゃないとしたら、伯爵夫人はドロシーと同じくらい無作法なのね。ともかく、犬はいらないって伝えたわ。
そのあと、とてもすてきなイギリスの女性に会ったの。ハンドバッグにとってもきれいなダイヤモンドのティアラを持ってたわ。とってもお買い得で、アメリカ人がパーティーに来ると思って持ってきたって言ってた。ダイヤモンドのティアラってとてもすてき。頭の上をダイヤモンドを身につけるところとして考えたことがなくて、それを見るまではほとんどぜんぶの箇所のためのダイヤモンドを持ってると思ってたから。そのイギリス人はウィークス夫人といって、ティアラは家族で何年も受け継がれてきたものだけど、ダイヤモンドの良いところはいつも新しく見えることねって言ったの。とってもそそられて、いくらで買えるのか訊いたわ。そしたら、七五百ドルだって。
そのあとに部屋を見回してたら、とても身だしなみが良い紳士に気づいたの。ファルコン少佐に訊いたら、サー・フランシス・ビークマンっていう、とってもお金持ちなお人らしいの。それでファルコン少佐に引き合わせてもらったわ。サー・フランシス・ビークマンに、ダイヤモンドのティアラを被ってみる間に帽子を持っていてもらえるか頼んだの。私の髪は短く切られてるから、後ろ側にリボンでとめたかったのよ。それでね、サー・フランシス・ビークマンに、このティアラってとてもかわいいわねって言ったの。彼もティアラがかわいいと思ったみたいなんだけど、どうやら他の予定があるみたいだったの。そしたら伯爵夫人が私のところにやってきたんだけど、まったく無作法な人でね。彼女ったら「彼に時間をムダに使わないことね」だって。彼女によると、サー・フランシス・ビークマンがちょっとでもお金を使うたびに、ネルソンさんっていう紳士の像[37]が帽子をあげてお辞儀をするんだって。無作法な人って、どんなことにも無作法な考えを持ってるみたいね。
ダイヤモンドのティアラのとりこになって、落ち着かなくなっちゃった。ウィークス夫人によると、すてきなアメリカ人がたくさん集まるすてきなパーティーに夜に行くから、ティアラはすぐに売れちゃうかもって。だからとても心配になって、百ドル渡してダイヤモンドのティアラをとっておいてもらうことにしたの。せっかく旅行をしてるのに機会を活かさないなんてもったいないし、イギリスの女性からお得なお買い物をするのはかなり珍しいことだもの。だから夕べにアイズマンさんに電報で、旅行先で教育を受けるためにどれだけお金がかかるのかよく分かってないのねって伝えたの。そして、ぜったいに一万ドルが要るって。あと、このままだと知らないイギリスの紳士からお金を借りなきゃいけないかも、もしその人がとってもすてきな見た目をしていても仕方ないわね、って。一晩中まったく眠れなかったわ。ダイヤモンドのティアラを買うお金を手に入れなかったら、百ドルを取り戻すのはかなり難しいだろうから。
そろそろ着替えなきゃ。ファルコン少佐がドロシーと私を連れて、ロンドンの見どころをたくさん見せてくれる予定なの。でも、もしダイヤモンドのティアラが手に入らなきゃ、ロンドン旅行は失敗ってことになるわね。
四月十八日
昨日はとても盛りだくさんの一日。ファルコン少佐がロンドンの見どころをまわるためにドロシーと私を迎えにきたの。もう一人紳士がいたら楽しいだろうと思って、ファルコン少佐にサー・フランシス・ビークマンを呼んでもらったわ。アイズマンさんからの電報では一万ドルじゃなくて千ドルしか送れないって言われたんだけど、それじゃダイヤモンドのティアラにはまったく足りないもの。サー・フランシス・ビークマンは来られないって言ってたんだけど、電話越しに焦らしつづけたら、やっぱり来るって言ってくれたわ。
ファルコン少佐は自分の車を運転するから、ドロシーは彼と一緒に座って、私はサー・フランシス・ビークマンと一緒に座ったの。彼には、サー・フランシス・ビークマンじゃなくてピギーって呼ぶつもりよって伝えたわ。
ロンドンでは、つまらないことにも大騒ぎをするのよ。つまりね、ロンドンってつまらないの。例えば、人が大騒ぎする塔[38]も、アーカンソーのリトルロックのヒコックスビルよりも低いし、ニューヨークの塔の煙突くらいの大きさなんだもの。サー・フランシス・ビークマンによると、その塔では、ある有名な女王がある朝に首を切られた[39]みたいで、車から降りて塔を見るようにすすめられたの。そしたらドロシーが「そんな朝に起きたなんてお馬鹿さんね」って言ったんだけど、それがロンドンでドロシーが言ったなかでただ一つの賢明なことね。私たち、車を降りたりなんてしなかった。
私たち、もう他の見どころには行かなかった。だってロンドンにはカフェ・ド・パリっていう、とてもおいしいシャンパンカクテルを出す、とてもおしゃれな新しいレストランがあって、ニューヨークではお金や愛を費やしても手に入れられないんだもの。ピギーには、旅行中は家ではできないことをするべきよねって言ったわ。
ドロシーと一緒にカフェ・ド・パリのお化粧室で鼻を白粉をはたいてるとき、ドロシーが前にフォリーズで知りあった、今はロンドンに住んでるアメリカ人の女の子に会ったの。その子はロンドンのことをぜんぶ教えてくれたわ。ロンドンの紳士には、女の子にあまり贈り物をしない、古風な習慣があるんだって。イギリスの女の子は金のシガレットホルダーや《バングル》で満足してるみたい。《バングル》は英語でブレスレットのことなんだけど、宝石がなくて金だけの、アメリカの女の子だったらメイドにあげちゃうようなもの。その子によると、イギリスの女性すら何ももらえないことから、イギリスの紳士がどんなものかわかるそうよ。サー・フランシス・ビークマンは、ほとんどのイギリスの紳士と同じであまりお金を使わないことでロンドン中で有名とも言ってた。ドロシーのお友だちにさよならしたあと、ドロシーったら「頭痛がするって言って二人にさよならして、アメリカの男性方がいるリッツに戻ろう」って。サー・フランシス・ビークマンみたいな紳士と社交して得られるのがシャンパンカクテルの数杯っていうのはあんまりだって言うのよ。だからドロシーに、やってみるのには価値があるし、私みたいなアメリカの女の子が、ピギー、つまりサー・フランシス・ビークマンみたいなイギリスの紳士を教育するのは良いことだって言ったわ。
それからテーブルに戻ったんだけど、ドロシーがピギーについて正しかったって認めたくなっちゃった。だってピギーはおしゃべりが大好きで、いつもロンドンの有名な王様のエドワード国王[40]っていうお友だちの話をしてるの。ピギーは、エドワード王がいつも言ってた冗談を決して忘れないんだって。ある時、みんなでヨットに乗っていて、テーブルについてたときに、エドワード王が立ち上がって「皆さんが何をしようと構わないが──私は葉巻を吸うことにしよう」って言ったんだって。そう言って、ピギーはとても大きな声で笑ったの。もちろん私もとても大きな声で笑って、冗談を言えるってとってもすてきねってピギーに言ったわ。つまりね、ピギーがいつも先に笑うから、笑うべきときがいつもわかるのよ。
午後、ウィークス夫人の女友だちがたくさん、私がダイヤモンドのティアラを買うことを聞きつけて、私たちを電話で家のお茶にお誘いしてくれたの。私たち、ドロシーがロビーで出会ったとてもハンサムな男性を連れて伺ったの。彼ったら、お仕事があるときでもカフェのボールルームのダンサーに過ぎない人なんだけど。
エルムズワース夫人っていうレディの家にお茶に行ったわ。彼女が私たちアメリカ人に売りたいものは、彼女のお父様の肖像画の油絵で、その人は笛吹き(ホイッスラー)[41]だったんだって。彼女には、私のお父さんもいつも口笛を吹いてたけど、リトルロックに帰るたびに写真館に行くよう頼んでも行かなかったから、写真すら持ってないって伝えたわ。
それからレディ・チッズルビーっていう方に会って、家のお茶に誘われたの。何も買いたくないって伝えたら、売るものはないけど五ポンド借りたいって言われたから、行かなかった。ロンドンにアイズマンさんが来なくて良かったわ。イギリス中のレディにお茶に招かれて、やくたいもない貝の花や犬や古美術をたくさん持つことになってただろうし。
夕べ、ピギーとドロシーと、ジェラルドっていうダンサーと一緒に、キット・カット・クラブに行ったの。ジェラルドは仕事がないから他にすることがなかったのね。ドロシーとはちょっと喧嘩をしちゃった。お仕事のない紳士とのお付き合いは時間のムダってドロシーに言っても、ドロシーはいつも誰かにぞっこんで、どうやってふるまうべきかを学ばないから。女の子が紳士と一緒にいるのをほんとうに楽しむと、その子に不利なことになるし、良い結果をもたらさないっていうのが、私の考えなのに。
さて、今夜はすごい夜になるわ。というのもフォルコン少佐が夜、私たちをあるレディの家の舞踏会に連れて行って、ウェールズ公に会わせてくれるから。そろそろピギーに会う支度をしなきゃ。彼はまだ花を贈ってくれてないけど、かなり仲良くなってきたから。
四月十九日
夕べ、ほんとうにウェールズ公に会ったの。フォルコン少佐が十一時にドロシーと私を迎えに来て、舞踏会を開いてるレディの家に連れて行ってくれたの。ウェールズ公はとってもすてきな方だった。彼が皇太子でなくてもきっとすてきね。ウクレレをもうちょっとお稽古したら、その腕で生活していけるくらいだったもの。主催のレディがこちらにきて、ウェールズ公が私に会いたがってるからって引き合わせてもらったの。ウェールズ公にダンスに誘われて、私ったらとってもわくわくしたわ。だから、彼が私に言ったことをぜんぶ日記に書き留めることに決めたの。そしたら、年を取ったときに何度も読み返せるから。それからダンスをはじめて、まだ馬がお好きなのかしらってウェールズ公に訊いたら、そうだよって言ってたわ。ダンスが終わったあとに、彼はドロシーもダンスに誘ったんだけど、ドロシーは皇太子の前でのふるまいをまったく学ばないのよ。ドロシーったら私に扇を渡して「イギリスの歴史に新しいページを加える間、これを持っていてちょうだい」ってウェールズ公の前で言ったの。ドロシーがウェールズ公とダンスをしてる間、とても心配してたわ。だって、ドロシーがずっと彼にしゃべりかけてたから。それにダンスが終わったあとに、ウェールズ公はドロシーがいつも使うスラングを袖口にメモしてたのよ。もし彼が女王に《エルクのあんちゃん[42]》とかのスラングを使ったら、女王様はきっと、こんな女の子をイギリスの社交界に連れてきた私を責めるわね。だから、ドロシーが戻ってきたあとに、ちょっと喧嘩したの。ドロシーは、私はウェールズ公に会ってからあまりにもイギリスにかぶれてるって言うの。でもね、ときどきアーカンソーのお父さんのことを思い出すの。お父さんのお爺ちゃんはイギリスのオーストラリアっていうところから来たって、お父さんはよく言ってたのよ。つまり私が言いたいことは、私からイギリスっぽさが滲み出ちゃっても不思議じゃないの。それに、女の子のアクセントがイギリス風になるのって、かなりすてきなことだわ。
四月二十日
昨日の午後、アメリカでは紳士が女の子にどう接するべきなのかを、ピギーに教えはじめようって思ったの。それで、頭痛がするからってホテルの応接間でのお茶に誘ったの。あのね、ピンクのネグリジェを着た私ってとてもかわいいのよ。それでね、ドロシーと私がよくしゃべるとても良い子のベルボーイ、ハリーに頼みごとをしちゃった。十ポンドほどイギリスのお金を渡してから、一番高級なお花屋さんでとってもお値段の張る蘭を十ポンド分買って、五時十五分に応接間に持ってきて、私にとだけ言ってちょうだいって頼んだの。ピギーがお茶に来てるときにハリーが来て、かなり大きな箱を私にとだけ言って渡してくれた。箱を開けたら、とってもきれいな蘭が一ダース入ってたわ。カードを探したけど、もちろんカードはなかったから、ピギーを抱きしめて、ピギーからに違いないからぎゅっとハグしなきゃって言ったの。彼は違うって言ったわ。でも、こんなにたくさん蘭を贈ってくれるほど優しくて心の広い紳士なんてロンドンには他にいないから、ピギーに違いないって言い切った。それでも彼は違うって。それでも、毎日一ダースの蘭を贈ってくれるなんてすばらしくてすてきな紳士ねって言い続けたの。それで、ぎゅっとハグをしちゃったことを謝ってから、こう言ったの。これから毎日一ダースの蘭を贈ってくれるって知って、衝動的になっちゃったわ、って!
そのあと、ドロシーとジェラルドが部屋に入ってきたから、ピギーがどれだけすてきな紳士だかわかったって二人にしゃべったわ。毎日蘭を一ダースも贈ってくれる紳士なんて王子様みたいって。ピギーはかなり赤くなって、とてもうれしそうにしていて、もう自分じゃないって言わなかったわ。だから私はピギーを褒めてから、注意しなさいねって言ったの。こんなにかっこいいんだし、私には気まぐれなところがあるから、いつか心のはずみでキスしちゃうかもって。ピギーはかっこいいって言われてとっても気分が良くなって、ずっと赤面して、口が耳まで届くかもってくらいにこにこしてたわ。それから彼は私たちみんなをお夕食に招いて、ジェラルドと一緒にお夕食用の服に着替えに行ったの。そのあと、ドロシーとちょっと喧嘩したわ。ドロシーったら、私の父がジェシー・ジェームズ兄弟[43]のどちらかだったのかって訊いてきたの。それで私、あなたと違って洗練されてるから、お仕事があったとしてもボールルームダンサーでしかない紳士と時間をムダにしたりしないのよって言い返してやった。ドロシーったら、ジェラルドは紋章入りの手紙を書いてくれたから紳士だなんて言うから、私、その紋章入りの手紙でも食べてなさいよって言い返したの。私たち、そのあとで着替えをしたわ。
今朝の十時に、私たちのベルボーイのお友だちであるハリーが、ピギーからの蘭一ダースの箱を持ってきて私を起こしてくれた。ピギーが数ダースの蘭を買うころには、きっとダイヤモンドのティアラはとてもお買い得に思えるわ。お金を使うのはただの習慣だから、紳士に蘭を一ダースずつ買わせられればとても良い習慣が身に付く、っていうのが私の考えよ。
四月二十一日
さて、昨日の午後にピギーをボンドストリートのお買い物に連れて行ったの。彼の写真を入れるのに銀の写真立てがいるからって宝飾店に行ったわ。あなたみたいにハンサムな紳士と知り合った女の子は、写真をいつでも見られるように化粧台に置きたくなるものよ、ってピギーに言ったの。ピギーは、それにそそられたみたい。それで、お店にある銀の写真立てをぜんぶ見てから、彼の写真には銀の写真立てじゃ足りないわって言ったの。だって、お店で見るまで金の写真立てがあるってことを忘れてたんだもの。それで今度は金の写真立てを見はじめたの。それから、彼の写真はセイフク姿で撮られたものだって分かったの。だから、あなたのセイフク姿はすごくハンサムだろうから金の写真立てでも足りないわって言ったの。でもプラチナの写真立てはなかったから、ある中で一番いい写真立てを買ったわ。
それから、明日セイフクを着てちょうだいって頼んでみたの。彼のセイフク姿が見たかったし、それでウィークス夫人の家でお茶できたらすてきだと思ったんだもの。そしたら彼ったらすごくうれしがったわ。とってもにこにこして、いいよ、って。それから彼に、かっこいいセイフク姿の隣にいたらあわれな私はまったく見劣りするわねって言ったの。それでブレスレットを見はじめたんだけど、彼のお友だちの女性がお店に入ってきたの。そのお友だちは田舎の家にいる彼の奥さんと親しいみたい。だからピギーは、何年も入ったことのない宝飾店で見つかったら困るってすごく慌てて、すぐに出なきゃいけなかったの。
今朝、ジェラルドがドロシーに電話をかけてきて、明後日に慈善活動のために物を売るためのお芝居風のガーデンパーティーがあるって。それでね、ドロシーと私も慈善活動のための店子にならないかって。だから私たち、引き受けたの。
ということで、今からウィークス夫人に電話して、明日はサー・フランシス・ビークマンを連れてお茶に行くって言わなきゃ。ぜんぶうまくいくといいんだけど。ともかくピギーにはおしゃべりばかりしないでほしいわ。紳士が新しい話をたくさんするのは気にならないんだけど、同じ話をたくさんする紳士ってほんとうにくたびれる。ロンドンってぜんぜん教育的じゃないわね。ここで覚えたことなんてピギーの話ばかりで、むしろ忘れたいくらい。ロンドンにはうんざりしてきちゃった。
四月二十二日
昨日はピギーがセイフクで来たんだけど、彼ったら手紙を受けてとても慌ててた。彼の奥さんがロンドンに来ることになったみたい。奥さんは毎年ロンドンに来て、古い服をお直ししてもらうの。とても安くお直ししてくれる女の子がいるんだって。それで、宝飾店で私たちを見た女性の家に泊まることになってるの。だって、お友だちの家に泊まれば節約できるもの。それでピギーを元気づけたくて、あの人は私たちを見てなかったみたいだし、見てたとしても彼が宝飾店にいるなんて信じられないわよって言ったの。実はね、私とドロシーはそろそろパリに行ったほうがいいかもって思ってるの。ピギーとのお付き合いがおっくうになりはじめてるから。ともかく、セイフク姿についてはピギーをいい気分にしてあげたわ。それで、ダイヤモンドのティアラ無しでは一緒にいるのにふさわしくないわって言ったの。あとは、奥さんがロンドンにいても私の尊敬は変わらないから、奥さんがロンドンにいてもお友だちでいられるわ、って。これって運命のなせるわざね、とも言ったわ。それからウィークス夫人の家でお茶をしたの。ピギーはウィークス夫人にダイヤモンドのティアラの支払いをしたわ。夫人はびっくりしてたけど、誰も信じないだろうから秘密にしてくださるんだって。今、ダイヤモンドのティアラを持ってるの。ぜんぶがうまくいったってこと。ピギーには、ずっとロンドンにいて、ずっとお友だちでいられるって約束しちゃった。ピギーったら、ほんとうの彼を尊敬してくれるのは私だけっていつも言ってるんだもの。
四月二十五日
さて、とても忙しかったわ。日記を書く時間もなかったくらい。今はパリ行きの船に乗ってるんだけど、この船はパリに向かうにはちょっとちっちゃい気がするわ。ロンドンに行くのに比べて、パリに行くのはそんなに時間がかからないから、午後にはパリに着く予定。ロンドンに行くのには六日もかかってパリに行くのは一日だけなんて、ちょっと不思議ね。
ドロシーはジェラルドに夢中で離れたくなかったから、とても心を乱してるの。ジェラルドは、せっかくイギリスにいるんだから、ロンドンを離れてイギリスを見てまわるべきだって。でも私はね、もしイギリスがロンドンと同じようなところなら、そんなものに時間を割かなくていいって知ってるって言ったの。駅でちょっと揉めごとがあったわ。ジェラルドが駅に来てドロシーにバングルを渡したから、そんな人とはもう関わらなくていいってドロシーに言ったの。結局、ドロシーは私と一緒に来なきゃいけなかったわ。だってアイズマンさんがドロシーの旅行のお金を出していて、私の付き添いをして欲しがってるから。
だから、ロンドンでの最後のイベントはガーデンパーティーだったの。私はたくさんの赤い風船を売ったわ。有名なスコットランド人のテナー歌手、ハリー・ローダー[44]にも二十ポンドで赤い風船を売ったの。ドロシーは、そんなことができるなら、パリ行きの船のチケットなんて買わなくても歩いて海峡を渡れるだろうって言ってたわ。
ピギーは私たちの出発を知らないんだけど、またいつかお会いしましょうって手紙を書いたわ。リッツの部屋を出られてとてもうれしかった──五十本や六十本もの蘭があると、まるで葬式みたいに感じるものね。アイズマンさんには電報で、私たち物知りだからロンドンでは何も学べなかったけど、パリに行けば少なくともフランス語を学べるかも、もしその気になればの話だけど、って伝えたの。
パリにはとても興味をそそられてるの。パリについての話はたくさん聞いてるし、ロンドンよりもずっと教育的よね。パリのリッツホテルを見るのが待ちきれないわ。
第四章 パリってすてき
四月二十七日
パリってすてき。昨日ドロシーとパリに着いたんだけど、とてもすてきだわ。フランス人がすてきだからね。あのね、船を降りて税関を通ってるときに、かなり暑くて、なんだか臭い気がして、それに税関のフランスの紳士がとても騒がしかったの。だからあたりを見渡して、すごく立派な服を着た、とてもお偉い方っぽいフランスの紳士を見つけたの。その人に二十フラン[45]ほどフランスのお金を渡したら、とても親切に他の人たちを押しのけて、私たちの荷物を税関に通してくれたの。ズボン抜きでコートだけでも、少なくとも百ドルはする金の飾りを身につけた紳士が、二十フランでこうしてくれるなんて、とってもお得ね。
ともかく、フランスの紳士はいつもとっても騒がしいの。タクシーの運転手が、チップに《五十サンチーム[46]》っていうちっちゃい黄色いコインだけをもらったときは、なおさらね。でもフランスの紳士のいいところは、それが誰であろうと五フラン渡せばすぐに騒ぎを止められるところ。フランスの紳士が騒ぐのを止めるのはとてもすっきりするから、十フラン払っても十分お得だわ。
そうしてリッツホテルに到着したんだけど、とてもすてきだわ。すてきなバーに座っておいしいシャンパンカクテルを飲みながら、パリの立派なフランス人たちを眺められるのってとてもすてき。ドリー姉妹[47]やパール・ホワイト[48]、メイベル・ギルマン・コリー[49]、それにナッシュ夫人[50]を見られるんだもの。特にナッシュ夫人を見て、彼女が紳士から何を手に入れてきたかを考えると、息をのむほどびっくりさせられるの。
そして、街を歩きまわって歴史的に有名な名前が書かれた看板を読んでも、息をのむような気持ちになるわ。私たちが散歩に出たとき、ほんの数ブロック歩いただけなのに、コティ[51]やカルティエみたいな歴史的に有名な名前を目にできて、ついに教育的なものを見てるってわかって、旅がムダではなかったと思ったの。私はね、ドロシーに教育を受けさせて、ものごとに敬意を持つようにさせたいの。ヴァンドーム広場[52]の角に立ったときに、まんなかの記念碑を背にして見上げると、あのコティの看板が見えるの。それでドロシーに、ここがあのコティ氏が香水を作ってる歴史的なところだって考えると感動しないこと? って言ったの。そしたらドロシーったら、コティ氏はパリに来て、パリの匂いをかいで、何かしなきゃいけないと気づいたのね、だって。ドロシーったら、敬意ってものを持てそうにないのよ。
それから宝飾店を見つけて、ウィンドウに飾られたジュエリーを見たら、とてもお買い得に見えたの。でも、値札にはぜんぶフランで書かれていて、ドロシーと私はフランがどれくらいのお金になるのか計算できるほど数学的じゃないの。それで中に入って訊いてみたら、二十ドルにしかならないことと、ダイヤモンドではなくて《ペースト》だってことがわかったの。この《ペースト》は模造品って意味みたい。ドロシーったら、女の子はそれを渡した紳士を伸す(ペースト)べきだって。恥ずかしい思いをするところだったけど、その紳士はドロシーの英語がわからなかったみたいだった。
本物とただの模造品の見分けがつかなかったなんて、とっても気がめいる。紳士が二十ドルの価値しかない贈り物で女の子を騙せるんだから。だから、来週アイズマンさんがパリに来て私に贈り物をしたくなったら、ご一緒することにしたわ。アイズマンさんは根っからの特売品好きだから。宝飾店の紳士によると、パリの有名な女の子たちのほとんどがぜんぶのジュエリーの模造品を持っていて、本物は金庫に入れて模造品を身につけて楽しんでるそうよ。でも私は、どんな子でもレディであれば、ジュエリーを身につけてることを忘れるほどべらぼうに楽しんだりしないものよって返したの。
それで、リッツに戻って、荷物を解きはじめたの。とても感じの良いウェイターが手伝ってくれて、おいしいお昼も持ってきてくれたわ。彼の名前はレオンで、ほとんどアメリカ人みたいに英語をしゃべる人で、ドロシーと私はよく彼とおしゃべりするの。レオンは、リッツばかりにいないでパリを見てまわるべきだって言うの。そこでドロシーは、パリを案内してくれる紳士をロビーで見つけてくるわって。数分後にロビーから「フランスの貴族で、子爵[53]っていう肩書きを持つ人を見つけたから、下りてきて」って電話がかかってきたから「どうしてフランス人がリッツにいるの?」って訊いたの。ドロシーは「雨宿りに入ってきて、雨が止んだことに気づいてないの」って。私は「またタクシー代も持ってない人を見つけたのね。どうして、お金があるアメリカ人の紳士を見つけないの?」って言ったの。フランスの紳士ならパリをよく知ってるはずだからよってドロシーが答えたから「雨が止んでることすら知らない人なのに」と返したけど、ともかく降りていったわ。
結局、その子爵はとてもすてきだった。一緒に車に乗ってパリを見て回って、そのすばらしさを感じたわ。アイフル塔[54]はとてもすてきだし、ロンドン塔よりもずっと教育的。だって、ロンドン塔は二ブロック離れただけで見えなくなるけど、アイフル塔を見ると特別なものを見てるんだと感じられるし、見逃すのもとても難しいもの。
それで、そのあとにマドリッドっていうところに行ってお茶をしたんだけど、とてもすてきだった。ドリー姉妹やパール・ホワイト、コリー夫人、ナッシュ夫人にもまた会えたの。
それからお夕食をしてモマルト[55]に行ったら、とてもすばらしかったわ。そこでもまた同じ方々に会えたのよ。モマルトには本物のアメリカのジャズバンドがあって、私たちが知ってるニューヨークの人もたくさんいて、ほんとうにニューヨークにいるみたいですばらしかった。だからリッツに戻ったのはかなり遅い時間。それでね、ドロシーとちょっとした喧嘩をしたの。パリを見てまわってるときに、私がフランスの子爵に、大きな記念碑の下に埋葬されてる兵士の名前を訊いたからってドロシーは咎めてきたのよ。私がもしそう訊いたのだとして、私がほんとうに訊きたかったのは、その兵士のお母様の名前の方だったのに。だって私、亡くなった兵士よりも、兵士を失ったお母様のことをいつも考えちゃうから。
フランスの子爵は明日の朝に電話をくださる予定だけど、もう会うつもりはないわ。だって、フランスの紳士はほんとうに油断ならないんだもの。おしゃれなところに連れて行ってくれて、自分についてすてきに感じさせてくれるし、とても楽しい時間を過ごせたように思っても、家に帰ってよく考えてみると、手元にあるのは二十フランの扇や、レストランでただ同然でくれた人形だけなのよ。つまり、パリでは女の子は気をつけなきゃいけないの。さもないと、楽しすぎて何にも手に入れられないもの。そして、やっぱりアメリカの紳士が一番だわ。手にキスされると浮かれちゃうかもしれないけど、ダイヤモンドとサファイアのブレスレットはずっと残るから。それに私は、パリではもう他の紳士とは出かけないほうがよさそう。だって、来週にはアイズマンさんがここに来るし、彼ったら私に、女の子の頭に良い影響を与えるようなチテキな紳士とだけ出かけてほしいって言ってたもの。リッツの近くでは女の子の頭に良い影響を与えそうな紳士はあまり見かけないのよ。明日はお買い物に行く予定だけど、アイズマンさんの目から見て女の子の頭に良い影響を与えるような紳士で、なおかつお買い物に連れて行ってくれるような人を見つけるのは難しいかも。
四月二十九日
昨日は大変な一日。ドロシーと私がお買い物に出かける支度をしてると、電話が鳴って、レディ・フランシス・ビークマンが下にいて部屋に上がりたいそうだって言われたの。だから、びっくりしちゃって、どうしたらいいのかわからなかったけど、お通ししたの。ドロシーに電話のことを伝えて、二人で頭をひねったわ。ロンドンで私にぞっこんで、私にダイヤモンドのティアラを贈りたいって言ってくれたサー・フランシス・ビークマンの奥さんが、レディ・フランシス・ビークマンなのよ。だから、そのことを聞きつけて、わざわざロンドンからやって来たに違いないと思ったの。ドアがとても大きな音でノックされたから、どうぞって言ったら、レディ・フランシス・ビークマンが入ってきた。かなり大きな女性で、ビル・ハート[56]に似てた。私でなくてドロシーが、ビル・ハートに似てるって考えたってこと。ただし、ビル・ハートの馬のほうにもっと似てると思ってるみたいだけど。彼女、すぐにダイヤモンドのティアラを返さないと、大事(おおごと)にして私の評判を台無しにするって言ったの。サー・フランシス・ビークマンと結婚して三十五年になるけど、彼に最後に贈られたのは結婚指輪だから、なにかがとっても間違ってるって言ってたわ。そのとき、ドロシーが「レディ。あなたが私の友だちの評判を傷つけるのは、ユダヤの艦隊を沈めるよりも無茶なことよ」って。ドロシーが私の評判を守ろうとしてくれたこと、とっても誇りに思う。二人の女の子が互いを守り助け合うことほどすてきなことってないもの。レディ・フランシス・ビークマンは威勢が良かったけど、艦隊は沈められないって気づいて、私の評判を傷つけるっておしゃべりをやめるしかなかったの。
それから彼女は、裁判に持ち込んで、私に誘惑されたんだって主張するって言ったの。だから彼女に「妻のあなたがその帽子をかぶって裁判所に行って、サー・フランシス・ビークマンが女の子を見るのに誘惑が必要だって、裁判官が思うかしら」って言ったわ。そしたらドロシーが「私の友だちが正しいわ、レディ。その帽子をかぶって許されるのはイギリスの女王様だけよ」って。レディ・フランシス・ビークマンはかなりおかんむりになったわ。それから、このことがバレたと知ってすぐにスコットランドに狩猟に行っちゃったサー・フランシス・ビークマンを呼び戻すって言ったの。そしたらドロシーは「あなた、サー・フランシス・ビークマンを、スコットランドの散財家たちの中に置いてきたって言うの?」って。それから、気をつけないとその人たちと一緒に夜に集まって大金を浪費するわよって言ったの。レディ・フランシス・ビークマンみたいな無作法な人たちとしゃべるときには、いつもドロシーにたくさんしゃべってもらうようにしてるわ。だってドロシーは、洗練された女の子の私よりも彼らのコトバでのおしゃべりが得意だから。ドロシーは「サー・フランシス・ビークマンを呼び戻さない方がいいわ。もし私の友だちがほんとうにサー・フランシス・ビークマンに狙いを定めてたんだとしたら、彼には称号しか残されてないでしょうからね」って。そこで私はすぐに口を開いて、そうよ、私はアメリカの女の子で、アメリカの女の子は称号には興味がないの。だって、アメリカの女の子はいつも、ワシントン[57]がいらなかったものは私たちにもいらないって言うんだから、って言ったの。レディ・フランシス・ビークマンはますますおかんむりになったわ。
それから彼女は、必要なら裁判官に、サー・フランシス・ビークマンがそれを渡したときに気が狂ってたって主張するって言ったの。そしたらドロシーが「レディ、もしあなたが裁判所に行って裁判官によく見られたら、サー・フランシス・ビークマンは三十五年前に気が狂ったと思われるわよ」って。そこでレディ・フランシス・ビークマンは、どんな人を相手にしてるのか分かったし、そうした人と関わったら品位を傷つけられるから関わらないって言うの。そしたらドロシーが「レディ、もし私たちがあなたの品位を、あなたが私たちの目を傷つけたのと同じくらい傷つけたんだとしたら、あなたがクリスチャン・サイエンス[58]であることを祈るわ」って言ったの。これでレディ・フランシス・ビークマンはますますおかんむり。そして彼女は、ぜんぶを事務弁護士[59]に任せるって言って出て行ったの。彼女ったら去り際に、スカートのかなり長い引き裾に躓いて、ほとんど転びそうになったの。そこでドロシーがドアから身を乗り出して「スカートを短くしなさいよ、イザベル。今は一九二五年なのよ」って廊下に向かって叫んだの。レディ・フランシス・ビークマンみたいな無作法な女性と関わらなきゃいけなかったせいで、その朝がすっかり洗練されてないものになって、気がめいっちゃったわ。
四月三十日
昨日の朝、レディ・フランシス・ビークマンの事務弁護士が来たわ。でも、ほんとうは事務弁護士ではなくて、名刺に書いてあったことによるとムッシュ・ブルサードっていう名前らしいの。そして、彼はアヴォカなんだけど、フランス語で弁護士のことらしいのよ。ドロシーと私は着替えにさしかかったところで、いつもみたいにネグリジェを着てたんだけど、大きなノックの音がして、私たちがどうぞって言う前に部屋に飛び込んできたの。どうやら彼はフランス系らしいわ。つまりね、レディ・フランシス・ビークマンの事務弁護士もタクシー運転手みたいに金切り声でがなるのよ。部屋に飛び込んできたとき、かなり金切り声をあげていて、入ってもそれを続けてたの。だから、私たちは急いで応接室に走ってったの。ドロシーは彼を見て、このままだと私たちの神経が耐えられないから、「この街ったら、毎朝私たちに冗談を仕掛けるのをやめてほしいわね」って。ムッシュ・ブルサードは名刺を手渡して、叫び続けて、腕をかなり振り回してたの。ドロシーは、ムーラン・ルージュ[60]の真似よって言ってたわ。ムーラン・ルージュは赤い風車だけど、彼はもっと大きな音を出して自分の風で回ってるんだってね。私たちは彼をしばらくの間見てたけど、彼はずっとフランス語でしゃべっていて私たちにはまったく響かなかったから、ちょっと退屈に感じはじめたの。ドロシーは「二十五フランで止められるか試しましょ。タクシー運転手を止めるのに五フランなら、二十五フランでアヴォカを止められるわよ」って。タクシー運転手の五倍ほどの音を出してたから、五かける五は二十五だっていう計算。私たちがフランについてしゃべりはじめると、彼はちょっと落ち着いたの。ドロシーは財布を取り出して、彼に二十五フランを渡したの。そしたら彼は叫ぶのを止めてポケットにそれを入れたけど、今度は紫色の象の模様が入った大きなハンカチを取り出して泣きはじめた。ドロシーはとてもがっかりして「ねえ、おかげでとってもおもしろい朝を過ごせたけど、これ以上続けるなら、泣いていようがいまいが出て行ってもらうわ」って。
それで彼は電話を指さして、電話を使いたいみたいだったの。ドロシーは「その電話がかかると思うならやってみたらいいけど、私たちが調べたところただの壁の飾りよ」って。そしたら彼は電話をはじめたから、私たちは着替えを続けることにしたの。彼は電話を終えたあと、私とドロシーがいるドアに走ってきて泣きながらたくさんしゃべり続けたの。でも私たちには彼の目新しさがすっかり無くなってたから、もう注意を払わなかった。
それで、また大きなノックの音がドアからして、彼がドアに駆け寄る音を聞いたの。私たちも応接室に行って何があったのか見てみたら、びっくり。なぜって、そこには別のフランス人がいたんだもの。新しいフランス人は駆け込んできて、パパと叫んで元からいる人にキスをしたの。それで、アヴォカのお仕事を一緒にしてる彼の息子だって分かったの。その人のパパはたくさんしゃべって、私とドロシーを指さしたの。息子の方は、私たちを見て、大きな金切り声をあげてから、フランス語で「メ・パパ、エル・ソン・シャルマン!」って言ったの。つまり、フランス語で私たちがとても魅力的だってパパに言ったみたい。だからムッシュ・ブルサードは泣き止んで眼鏡をかけて、私たちをよく見たわ。息子が窓の日除けを上げて、パパが私たちをよりよく見られるようにした。パパは私たちを見終わると、とてもよろこんでた。笑顔で私たちの頬をつまんで、シャルマンって言い続けたの。シャルマンはフランス語で魅力的っていう意味。そのあと、息子は英語でしゃべりはじめたんだけど、アメリカ人みたいに上手な英語だった。彼はね、パパが電話で自分を呼んだわけは、パパのおしゃべりが私たちに通じてなかったからだと教えてくれた。それで、ムッシュ・ブルサードははじめから英語でしゃべってたんだけど、私たちには彼が使ったような英語が分からなかったことがわかったの。ドロシーは「もしあなたのパパがしゃべってたのが英語なら、私だってギリシャ語で金メダルが取れるわ」って言った。息子がパパにそれを説明すると、ムッシュ・ブルサードは大声で笑ってドロシーの頬をつまんで、自分が冗談にされたのにうれしそうだった。そのあとで私たちは息子に、パパが英語でなんて言ってたのか訊いたの。息子は、依頼人であるレディ・フランシス・ビークマンのことをしゃべってたと説明してくれたわ。それから息子に、なぜパパが泣いてたのかを訊いたの。息子によると、レディ・フランシス・ビークマンのことを考えて泣いてたんだって。ドロシーったら「彼女のことを考えただけで泣くなら、彼女を見たらどうなっちゃうの?」って。息子がそれをパパに説明すると、ムッシュ・ブルサードはまた大声で笑ってドロシーの手にキスをしたわ。そして彼は、これからみんなでシャンパンを飲まなきゃと言って、電話でシャンパンの瓶を注文したの。
それで息子がパパに「今日はすてきなレディたちをフォンテーヌブロー[61]に誘おう」って言ったの。パパも、それはすてきだって。だから私は「あなたたちをどう呼び分けようかしら? パリでもアメリカと同じなら、どちらもムッシュ・ブルサードになるじゃない」って言ったの。そして私たち、二人をファーストネームで呼ぶことを思いついたの。息子の名前はルイらしくて、ドロシーは「パリではルイに数字をつけるって聞いたことがあるわ」って。いつも誰かが、アンティーク家具業界にいたらしいルイ十六番[62]とやらの話をしてるから、だって。ドロシーがこんなに歴史に詳しいのを聞いてびっくり。もしかしたら彼女はいろいろと学びはじめてるのかも。でもドロシーったらルイに、見たとたんに彼の番号が分かったから、自分がルイの何番なのかは教えてくれなくていいわよ、って。パパの名前はロベールで、フランス語でロバートのことみたい。ドロシーは二十五フランを思い出して、ロベールに「あなたのお母様は名前をつけるとき、文法をよくご存知だったのね[63]」って。
それでドロシーは、ルイが黄色のセーム革とピンクの真珠ボタンで作られた黄色のスパッツを脱いでくれたら、ルイとロベールと一緒にフォンテーヌブローに行ってもいいって言ったの。ドロシーによると「楽しむのは良いことだけど、ずっと笑ってたい女の子なんていないわ」だって。ルイは私たちをよろこばせようとスパッツを脱いだの。でもスパッツを脱いだら靴下が見えてね、靴下はスコットランドの格子柄で、細い虹模様が走ってるのがわかったの。ドロシーはちょっとの間それを見てから、すっかりしょげて「まあ、ルイ、スパッツを着直したほうがいいわ」って。
それから、私たちのお友だちのウェイターのレオンが、シャンパンの瓶を持ってきたの。レオンがシャンパンの瓶を開けてる間、ルイとロベールはフランス語でたくさんしゃべってた。ダイヤモンドのティアラのことかもしれないから、彼らがフランス語でなんて言ったのかを知らなきゃならないわ。フランスの紳士はとても優しいけど、すぐに信頼するのは難しいわね。だから、機会があったらレオンに、なんて言ってたのか訊いてみるつもりよ。
それからフォンテーヌブローに行って、それからモマルトに行って、とても遅くに帰ってきたの。お買い物には行かなかったけど、とても楽しい一日を過ごしたわ。でも、もっとお買い物するべきね。パリの主な楽しみはお買い物みたいだから。
五月一日
さて、今朝はお友だちのウェイターであるレオンを呼んで、ルイとロベールがフランス語でなんて言ってたかを訊いてみたの。そしたら、彼らはフランス語で、私たちがとても魅力的だからとりこにされたってことと、こんなにすてきな女の子に会ったのは久しぶりだって言ってたらしいの。それで、私たちをたくさんお外に誘って、その費用をぜんぶレディ・フランシス・ビークマンに請求するって言ってたんだって。そのなかで機会を見計らってダイヤモンドのティアラを盗むつもりだったらしいわ。でも、たとえ盗めなくても、私たちと一緒にいるのが楽しいから、それでも構わないとも言ってたの。だから、どっちにしても二人は損しないのね。レディ・フランシス・ビークマンは、盗む機会をうかがうために私たちをたくさん連れ出さなきゃいけないって言えば、よろこんでお金を出すらしいの。つまり、レディ・フランシス・ビークマンは、いつもは締まり屋さんだけど、訴訟だけにはお金を惜しまない類のお金持ちなのね。それに、私かドロシーがレディ・フランシス・ビークマンに言ったことが彼女を怒らせたみたいで、訴訟にお金をかけるのを惜しまないらしいの。
それで、考えなきゃいけないときが来たと思って、いろいろと考えたの。そしてドロシーに、本物のダイヤモンドのティアラをリッツの金庫に入れて、宝飾店でペーストって呼ばれてる模造品のダイヤモンドのティアラを買おうと思ってるって伝えたの。そして、その模造品のダイヤモンドのティアラをぞんざいに置いておけば、私がそれをぞんざいに扱ってるように見えたルイとロベールのやる気が出るでしょ。それで、ルイとロベールと一緒に出かけるときは、ハンドバッグに模造品のダイヤモンドのティアラを入れて行けば、ルイとロベールはダイヤモンドのティアラがいつも手の届くところにあるって感じるわけ。そしたら、ドロシーと一緒に二人をお買い物に連れて行って、かなりのお金を使わせられるの。二人が諦めそうになったら、その度にハンドバッグを開けて模造品のダイヤモンドのティアラをちらりと見せれば、またやる気が出て、さらにお金を使ってくれるわ。最終的には盗ませてもいいかもって思ってるの。だって、ルイとロベールはとってもすてきな紳士だから助けて差し上げたいんだもの。彼らがそれをレディ・フランシス・ビークマンのために盗んで、彼女が高い報酬を払ったあとにペーストだって気づくのはおもしろいじゃない。レディ・フランシス・ビークマンったら本物のダイヤモンドのティアラを見たことがないから、少なくともルイとロベールが彼らの努力に見合ったお金をもらうまでは、模造品のダイヤモンドのティアラに騙されるわ。模造品のダイヤモンドのティアラなんてたったの六十五ドルくらいだし、ドロシーと私が楽しくお買い物をして、すてきな贈り物を手に入れて、それもレディ・フランシス・ビークマンのお金で支払うんだと考えたら安いものよ。レディ・フランシス・ビークマンに、私たちみたいに守ってくださる紳士も無しにパリでたった二人きりでいるアメリカの女の子に、ああいうことを言ってはいけないっていう教訓を教えられるだろうし。
ドロシーに考えたことをしゃべり終えたら、ドロシーはこちらを見つめて、私の頭が奇跡的だって言ってくれたわ。ドロシーによると、私の頭はラジオみたいなんだって。何日も続けて聞いてるとうんざりするけど、ちょうど叩き壊そうしたときに傑作が流れてくるから。
ルイから電話がかかってきたから、ドロシーは、ルイとロベールに明日の朝にお買い物に連れて行ってもらえたらうれしいって伝えたの。そしたらルイはパパに訊いて、パパは了承してくれたわ。それから彼らは、夜にフォリー・ベルジェールっていうお芝居[64]を観に行きたいかどうか訊いてきたの。ルイによるとね、パリに住むフランス人はみんな、フォリー・ベルジェールに連れて行く口実になるからアメリカ人を歓迎するんだって。だから行くことにしたの。さて、ドロシーと私は今から模造品のダイヤモンドのティアラを買いに行くわ。それからウィンドウショッピングして、明日のお買い物でルイとロベールにどこに連れて行ってもらうか選ぶ予定よ。
きっと、ぜんぶがうまくいくわ。結局のところ、アイズマンさんがパリに来るまでの間、私たちを連れ回してくれる紳士が要るし、アイズマンさんは私が頭のいい紳士とお付き合いすることを望んでるから、どうせあまりすてきな紳士とは一緒に行動できないの。だからドロシーに言ったの。ルイとロベールの頭があまり良さそうに見えなくても、フランス語を教えてもらってるだけだってアイズマンさんに言えばいいって。フランス語はまだ身につけてないけどロベールの英語はほぼわかるようになったから、アイズマンさんの前でロベールがしゃべって、私にそれがわかってるようなら、アイズマンさんは私がフランス語を知ってると思うかも。
五月二日
夕べ、フォリー・ベルジェールに行ったんだけど、とってもすばらしかったの。裸の女の子たちが出ていてとっても芸術的だった。女の子の一人はルイのお友だちで、彼によるととてもすてきな子で、まだ十八歳らしいわ。そしたらドロシーが「ルイ、その子にだまされてるわ。どうやったら十八年でそんなに汚い膝になるの?」って。ルイとロベールは大笑い。ドロシーはフォリー・ベルジェールでとても無作法だった。私は裸の女の子たちって芸術的だと思う。芸術的な考えを持っていればきれいに感じるものよ。だから、フォリー・ベルジェールみたいな芸術的なところでは笑ったりしないの。
ところで、フォリー・ベルジェールにはダイヤモンドのティアラの模造品をつけて行ったの。専門家でも騙せるくらいのもので、ルイとロベールは目を離せなかった。でも私はティアラをとてもしっかりかぶってたから、二人に困らせられたりはしなかったの。ドロシーと私が二人をたくさんのお買い物に連れて行く前にティアラを取られたら致命的でしょ。
今朝はお買い物に行くの。ロベールが早くから来てドロシーと応接室にいて、みんなでルイを待ってるところ。私はダイヤモンドのティアラを応接室のテーブルに置いたままにして、どれだけ物に無頓着かをロベールにわからせてるんだけど、ドロシーがロベールを見張ってるわ。今、ちょうどルイが入ってきたみたい。ルイがロベールにキスしてる音が聞こえたから。つまりね、ルイはいつもロベールにキスしてるの。ドロシーはルイに、そんなにロベールにキスばかりしてると、ろうけつ画家[65]だと思われるわよって言ってたわ。
それじゃ、今からみんなと合流して、いつも近くにあるとルイとロベールが感じるようにダイヤモンドのティアラをハンドバッグに入れるわ。それから、みんなでお買い物に行くの。レディ・フランシス・ビークマンのことを考えると、笑っちゃいそう。
五月三日
昨日はとても楽しかった。ルイとロベールが、ドロシーと私にすてきな贈り物を買ってくれたの。ただ、フランがだんだん尽きてきてちょっとしょげてたわ。でもね、彼らがしょげはじめたときに、ブラウスを試しに試着室に行く間だけロベールにハンドバッグを持ってもらったの。そしたら彼、すごく元気になった。もちろん、ドロシーが一緒にいてロベールが盗めないよう見張ってたんだけど、ロベールは持ってるだけでかなりやる気が出たみたい。
二人のフランがすっかりなくなったあと、ロベールは誰かに電話をしなきゃいけないって言ったの。たぶんレディ・フランシス・ビークマンに電話をして、彼女がいいわよって言ったのね。だって、ロベールは私たちをカフェ・ド・ラ・ペ[66]に残して、用事を済ませて戻ってきたときにはかなり多くのフランを持ってたんだもの。それから彼らは私たちをお昼に連れて行ってくれたわ。お昼のあとにまたお買い物に出かけられるようにね。
実のところ、かなりのフランス語を学んでるのよ。例えばね、おいしいチキンとグリーンピースをお昼に食べたいなら「ペティパ」[67]と「プッレ」[68]って言うだけでいいの。フランス語ってとても簡単ね。例えば、フランス人は何にでも《シーク[69]》って言うのよ、私たちはルドルフ・ヴァレンティノに似てる紳士にしか使わないのに。
午後のお買い物の最中に、ルイがドロシーを隅っこに連れ出して、こそこそしゃべってるのを見かけたの。その次はロベールがドロシーを連れ出して、同じようにこそこそしゃべってたの。リッツに戻ってから、なんて話されたかドロシーが教えてくれたわ。ルイがドロシーにしゃべったのは、ドロシーが私からダイヤモンドのティアラを盗んで彼に渡して、彼のパパに知らせないなら、千フランをくれるってことだったの。レディ・フランシス・ビークマンがそれをとても欲しがっておかんむりで、おかんむりのときにはそれしか考えられない質(たち)らしいから、かなりの額を支払うってことらしいのよ。ルイがティアラを手に入れて、パパに知られなかったら、そのお金を独り占めできるってことらしいの。あとからロベールがドロシーにしゃべってたのは、同じ提案で二千フランをくれるってことだったの。そしたらルイに知られないようにして、ロベールがぜんぶのお金を独り占めできるってことね。ドロシーが自分でお金を稼げたら、彼女にやる気が出るかもしれないから、とってもすてきね。だから明日の朝、ドロシーはダイヤモンドのティアラを持ち出して、盗んできたって伝えてルイに売る予定なの。でもね、はじめに彼にお金を渡させて、ティアラを渡そうとする直前に私が部屋に入って「まあ、私のダイヤモンドのティアラ。どこを探しても見つからなかったのに」って言って、取り戻すの。そのあとでドロシーから彼に、午後にまた盗んであげるから千フランは返さないでおくって言うの。そして午後にはロベールにそれを売っちゃう。ロベールのことは気に入ってるから、私たち、ロベールにそのまま持たせてあげるつもり。ロベールはとても優しい老紳士だし、彼と息子が愛し合ってる姿を見るのはとても新鮮だから。息子が父親にいつもキスしてるのを見るのはアメリカ人にとっては珍しいことだけど、とても新鮮に感じる。アメリカの父と息子もルイとロベールみたいに愛し合うべきね。
ドロシーと私はたくさんのすてきなハンドバッグ、ストッキング、ハンカチ、スカーフなどなどに加えて、ダイヤモンドの模造品で覆われたとてもかわいいイブニングガウンをいくつか手に入れたの。服についてるものは《ペースト》じゃなくて《ダイアモンティー》って呼ぶんだって。《ダイアモンティー》で全身を飾られた女の子って、とてもかわいらしく見えると思うわ。
五月五日
昨日の朝、ドロシーがダイヤモンドの模造品のティアラをルイに売ったの。それから私たちで取り戻したわ。午後にはみんなでヴェルサイユに行ってきた。ルイとロベールはもうお買い物に行かなくて済むことにとてもよろこんでたから、レディ・フランシス・ビークマンも流石に限度があるって思ってるのね。ヴェルサイユでは、ドロシーがロベールに売る機会を作るために、ルイを連れて散歩に出かけたの。その間に、ドロシーはティアラをロベールに売って、ロベールはポケットに入れたわ。でもね、帰り道でいろいろ考えて、ダイヤモンドの模造品のティアラはやっぱり持っておくべきだと思ったの。パリでフランス系の崇拝者たちと一緒に出かけることが多い女の子なら、なおさらね。それにね、守ってくれる紳士もいないままパリで二人きりのアメリカ人の女の子から何かを盗むってことを、ロベールがするように仕向けるべきじゃないもの。それでドロシーに、ロベールがどのポケットに入れたのかを訊いて、帰りの車で隣に座って取り戻したの。
お夕食のためにとても風変わりなレストランにいたら、ロベールがポケットに手を入れてまたもや大声で騒ぎはじめたの。どうやら何かを失くしたみたいで、いつもみたいにルイと大声で叫んだり肩をすくめたりし合ってたわ。でもね、ルイはポケットから盗んだりしてないって説明したわ。そしたらロベールは、自分の息子が父親のポケットから何かを盗むなんてって泣きはじめた。しばらくしてドロシーと私は耐えられなくなって、ぜんぶしゃべったの。ロベールがかわいそうだったから、ただのペーストだから泣かないでって。そのあと、ティアラを見せたの。そしたらルイとロベールはドロシーと私を見つめて息をのんでたわ。多分、パリの女の子たちのほとんどって私たちアメリカの女の子ほど知恵がないのね。
そうしたことが終わったあと、ルイとロベールがすっかりしょげてたから、とても気の毒だった。それで、あることを思いついて、二人にこう言ったの。明日は模造品の宝飾店にみんなで行って、レディ・フランシス・ビークマンに渡すための別の模造品のダイヤモンドのティアラを買おうって。請求書にハンドバッグって店員に書かせたら、他の経費と一緒にレディ・フランシス・ビークマンに請求できるわ。どうせレディ・フランシス・ビークマンは本物のダイヤモンドのティアラを一度も見たことがないんだし。そしたらドロシーが、レディ・フランシス・ビークマンがダイヤモンドについて知ってることなんて、氷のかけらを渡してもわからないくらいよ、って。ただし氷だと溶けちゃうけどね。そしたらロベールはこちらをじっと見て手を伸ばして、私の額にとても敬意を込めてキスをしてくれたの。
そのあと、私たちはとても楽しい夜を過ごしたわ。私たちみんなが互いを分かり合ってるように感じたの。というのもね、ドロシーと私は、ルイやロベールみたいな紳士とほんとうにプラトニックな友情を築けると思うの。特に、レディ・フランシス・ビークマンのことを考えるときには、どこか通じ合えるものがあるみたい。
それでね、二人はレディ・フランシス・ビークマンに模造品のダイヤモンドのティアラを渡すときにかなりのお金を請求するつもりみたい。私こう言ったわ。もし彼女が文句をつけたら、私たちがロンドンにいる間にサー・フランシス・ビークマンが毎日十ポンドもする蘭を贈ってたことを知ってるか訊いてみてって。そしたら彼女、とても怒って、ダイヤモンドのティアラを手に入れるためなら何でもよろこんで払うだろうから。
それでね、レディ・フランシス・ビークマンがお金をぜんぶ支払ったら、ルイとロベールは私たちを称えるためにシロ[70]で夕食会を開いてくれるの。だからね、土曜日にアイズマンさんが到着したら、ドロシーと私は、パリで二人きりでフランスのコトバもしゃべれないアメリカ人の女の子を助けてくれたルイとロベールを称える夕食会を、アイズマンさんにシロで開いてもらうつもりよ。
今日、ルイとロベールが妹さんの家でのパーティーに招いてくれたんだけど、ドロシーは行かない方がいいって言ったの。ドロシーによるとね、雨が降ってるうえに私たちはとてもおしゃれな新しい傘を持っていて、フランスの女性の家の玄関に新しい傘を置いていくなんて考えられないし、パーティーでずっと傘を持ってるのも楽しくないから、だって。だから私たち、念のために行かないことにした。ルイには電話で、頭痛がするから行けないけど、今までの親切に感謝してるって言ったわ。ルイやロベールみたいなフランスの人たちが私たちアメリカ人にこんなに親切にしてくれるからこそ、パリはこんなにもすてきなんだもの。
第五章 ヨーロッパのまんなか
五月十六日
日記を書いてなかったのは、アイズマンさんがパリに到着したから。アイズマンさんがパリにいるときって、ずうっと同じようなことばかりしてるの。
つまりね、お買い物に行ったり、ショーを見たり、モマルトに行ったりしたんだけど、アイズマンさんといつも一緒にいると何も起こらないの。あと、もうフランス語をわざわざ学ぼうとするのもやめたわ。だって、フランス語でのおしゃべりしかできないような人にフランス語を任せちゃった方が良いもの。アイズマンさんったら、とうとう私とのお買い物をうっちゃるようになっちゃったわ。それからアイズマンさんは、ウィーンで安く売りに出されてるボタン工場の話を聞いたらしくて、アイズマンさんはボタン業界にいるものだから、ウィーンの工場を持つのは良いことだと思って、ウィーンに行っちゃったの。もう二度とルー・ド・ラ・ペ[71]を見られなくても惜しくないって言ってたわ。それでね、ウィーンが女の子の頭に良いところだと思ったら、ドロシーと私を呼んでウィーンで合流して何かを学べるようにするって言ってたわ。というのもね、アイズマンさんは私がもっと教育を受けることを何よりも、なんならお買い物よりも望んでるのよ。
それでね、私たちはアイズマンさんから電報を受け取ったところなの。電報でアイズマンさんは、ドロシーと私はヨーロッパのまんなか[72]を見るべきだからオリエンタル急行[73]に乗るようにって書かれてるの。私たちアメリカの女の子たちがヨーロッパのまんなかで学ぶべきことはたくさんあるんだって。ドロシーったら、アイズマンさんが私たちにヨーロッパのまんなかを見せたいなら、きっとそこにはルー・ド・ラ・ペはないに違いない、って。
だから、明日はドロシーとオリエンタル急行に乗るの。きっと私やドロシーみたいなアメリカの女の子二人がオリエンタル急行に乗るって、とても珍しいことよね。だってヨーロッパのまんなかでは、フランス語以外の私たちがわからないコトバもしゃべるみたいだから。でもね、私の考えによると、私やドロシーみたいなアメリカの女の子が二人きりで学ぶためにヨーロッパのまんなかを旅してたら、たいていどなたか紳士が守ってくださるものよ。
五月十七日
オリエンタル急行に乗ってるんだけど、ぜんぶがとても変。ドロシーと私が今朝起きて客室の窓の外を見たら、とっても変だったの。というのもね、農場が広がっていて、たくさんの女の子がちっちゃい干し草の山を大きい干し草の山に積み上げてるのが見えたの。その間、その子の夫たちは木陰のテーブルでビールを飲んだり、柵に座ってパイプを吸いながら見てたりしてるだけみたい。ドロシーと私は、牛の力だけを借りて地面を耕してる二人の女の子を見てたの。そしたらドロシーが「ニューヨークから一歩遠くに来すぎたかもね。ヨーロッパのまんなかって、私たち女の子には向かないみたいじゃない」って。それで私たち、とても心配になっちゃった。私ったら気がめいっちゃったわ。だって、もしこれがアイズマンさんがアメリカの女の子に学んでほしいことなのなら、とっても気がめいることだもの。だから私たち、ヨーロッパのまんなかで生まれ育った紳士に会うのは気が進まないの。旅行をすればするほど、よその紳士に会えば会うほど、アメリカの紳士が恋しくなるわ。
だから、これから着替えて食堂車に行って、アメリカの紳士を探しておしゃべりをするつもり。だって、とっても気がふさいでるんだもの。ドロシーは私に、あなたはヨーロッパのまんなかで鋤(すき)と仲良く畑を耕す羽目になるわよって冗談ばかり言ってしょげさせようとするの。ドロシーの冗談はとても無作法なのよ。でも、食堂車に行ってお昼を食べれば、きっと気も晴れるわ。
さて、食堂車に行ったら、とてもすてきなアメリカ人の紳士に出会って、とってもびっくり。あのね、私たちがいつも噂に聞いてたヘンリー・スポファードって方がいるんだけど、その方こそがかの有名なヘンリー・スポファードだったの。スポファード家はとても有名な由緒ある家で、とてもお金持ちなの。スポファードさんはニューヨークでは誰もが知ってる家の紳士なうえ、他の多くのお金持ちな紳士とは違って、いつも人のために働いてるの。あのね、彼は道徳的に良くないお芝居をいつもケンエツしてることで知られていて、だから彼の写真がいつも新聞に載ってるの。私たち、彼がリッツでお昼を取ってたときのことを覚えてるわ。彼のお友だちもそこにいて、そのお友だちはペギー・ホプキンス・ジョイス[74]とお昼を取っていて、そのお友だちがペギーをヘンリー・スポファードに引き合わせようとしたら、ヘンリー・スポファードがその場で踵を返して去ったんだって。というのも、ヘンリー・スポファードはとても有名な長老派教会[75]の信者で、ペギー・ホプキンス・ジョイスみたいな人とお知り合いになるには信心深すぎたってわけ。この若さでこれほど熱心な長老派の紳士は珍しいわ。ふつう三十五歳ごろの紳士って、もっと他のことに関心があるみたいだから。
だから、かの有名なスポファードさんがいるのを見て、とてもワクワクしちゃった。私たちはヘンリー・スポファードに引き合わせてもらおうといろいろ試してたんだけど、なんとヨーロッパのまんなかを走る列車に一緒に閉じ込められることになったんだもの。それでね、少なくとも長老派教会に見えるような子じゃなきゃ女の子に見向きもしないスポファードさんみたいな紳士と、私みたいな女の子がお友だちになったら、めったにないことだなって思ったの。つまり、私の家族はリトルロックではまったく長老派教会ではなかったの。
それで、彼のテーブルに座ることにしたわ。それから、彼にお金について訊かなきゃいけなかったの。というのも、ヨーロッパのまんなかで使われてるお金は、パリで使われてるフランみたいにまったく意味がわからないから。どうやら《クローネン[76]》って呼ばれてるみたいで、かなりたくさん必要みたいで、タバコのちっちゃな箱を買うだけでも五万もかかるの。ドロシーったら、もしそれに紙タバコじゃなくて刻みタバコが入ってたら、箱を買うのにいるクローネンをカウンターに持ち上げられないだろう、って。今朝、ドロシーと私は乗務員にシャンパンの瓶を持ってきてもらったんだけど、チップをどのくらい渡せばいいのかわからなかったの。それでドロシーが私に、百万クローネンって呼ばれるものを一つ取るように言って、彼女も百万クローネンを一つ取ったの。それでね、私がはじめに彼に渡して、彼が物欲しげな顔をしたら彼女も渡すからって。それでね、シャンパンの瓶の代金を払ったあと、私が百万クローネンを彼に渡したら、ただちに彼は私の手を掴んでキスをして、膝をついちゃったの。ついには彼を客室から押し出さなきゃいけなかったわ。つまり百万クローネンで十分だったみたい。私はスポファードさんに、ミネラルウォーターの瓶を持ってきてもらったときにどのくらい渡せばいいのかわからなかったことをしゃべったの。それから、《稼いだ銭は貯めた銭に》っていうのが私の考えだから、ぜんぶの種類のお金についてぜんぶを教えてほしいって頼んだの。そしたら、とっても珍しいことに、スポファードさんは、それは彼のお気に入りのモットーでもあるって言ったの。
それから私たち、たくさんおしゃべりしたわ。私、教育を受けるために旅行してることと、改心させたい女の子を連れてることと、学ぶことにもっと関心を持てば改心が進むだろうって思ってのことだってことを伝えたの。だってやっぱり、スポファードさんがいつかドロシーに会うのは避けられないし、私みたいな洗練された女の子がドロシーみたいな子と一緒にいるわけを不思議がるかもしれないもの。そしたら、スポファードさんがとても興味を持ったようなの。というのもね、スポファードさんは人々を改心させることが好きで、何でもケンエツするのが好きなのよ。彼がヨーロッパに来たわけっていうのもね、アメリカ人がヨーロッパに見に来る、本来であれば代わりに博物館に行くべきようなものを見るためなの。もし私たちアメリカ人がヨーロッパに来て見るのがそんなしろものなら、まずは家にいてアメリカを見たほうがいい、って言ってたわ。つまりスポファードさんは、人の道徳を損なうものを見るためにぜんぶの時間を費やしてるの。ということは、スポファードさんはとっても強い道徳心を持ってるのね。そうじゃなきゃ、他の人の道徳心を損なうものは彼の道徳心も損なうはずだけど、スポファードさんの道徳心は損なわれないんだもの。強い道徳心を持ってるってすてきだわ。それで私はスポファードさんに、今の文明は本来あるべき姿じゃないから、何か代わりになる他のものが要るわって言ったわ。
それでスポファードさんは、午後にドロシーと私の客室に行くからこうしたことについてぜんぶ話し合おうって。ただし、彼のお母様に客室で必要とされなかったらの話ね。というのも、スポファードさんのお母様はいつもスポファードさんと一緒に旅行していて、彼は何をするにもお母様にぜんぶを言って、お母様にそれをすべきかどうか訊くの。それが、スポファードさんが結婚してないわけなんだって。というのも彼のお母様は、近ごろ見かけるフラッパー[77]たちは、スポファードさんみたいに多くの道徳を持った若い男性が結婚すべき相手じゃないと思ってるんだって。そこでスポファードさんに、私は古風な女の子だからフラッパーについては彼のお母様と同じ気持ちだって伝えたの。
それから、ドロシーのことがとても心配になってきたの。ドロシーはぜんぜん古風じゃないから、私みたいに古風な女の子がドロシーみたいな女の子と一緒にいるのはおかしいってスポファードさんが不思議がるようなことを、スポファードさんの前で言うかもしれないでしょ。だから、ドロシーを改心させるのがいかに大変かをスポファードさんに伝えてから、ドロシーみたいな女の子を改心させようとするのは時間のムダかどうか、ドロシーに会って教えてほしいって言ったの。それから彼はお母様のもとに行かなきゃいけなかったの。ドロシーがスポファードさんの前でいつもより改心したようにふるまってくれることを願うわ。
さて、さっきスポファードさんが私たちの客室からお暇したところよ。つまり、ほんとうに私たちに会いに来てくれたってこと。スポファードさんはお母様のことをいろいろ教えてくれて、すごく興味深かったわ。だって、もしスポファードさんが私と仲良くなったとしたら、彼みたいな紳士はお母様を引き合わせたいと思うだろうから。つまり、女の子が紳士のお母様がどんな人かを知ってたら、そのお母様に会ったときに何をしゃべればいいかがよりよくわかるってこと。私みたいな女の子はいつだって紳士のお母様に会うことになるかもしれないからね。一方で、ドロシーみたいな無作法な女の子は、紳士のお母様に会うような子じゃないわね。
スポファードさんによると、お母様はかなり手がかかるんだって。というのもスポファードさんのお母様は頭があまり強くないみたい。つまりね、お母様はとても由緒ある良家の出身で、とてもちっちゃいころから、由緒ある良家の出で頭に負担をかけちゃいけない人のための、特別な学校に送られてたみたい。だから今でも頭に負担をかけないようにしないといけなくて、いつもチャップマンさんっていう女の子が付き添いとしてどこにでも一緒に行くんだって。スポファードさんによると、お母様が学校では教わることがなかったような新しいことが世の中では次々と起こるからだって。今は、チャップマンさんがそうしたことを教え続けてるってわけ。チャップマンさんに教わらなきゃ、例えばラジオみたいに新しいものについては、お母様は分からないの。ここでドロシーが口を挟んで「その女の子の責任は大変なものね。だって例えば、ラジオは火をくべるものだってチャップマンさんが教えたら、お母様が寒くなったときにラジオに紙を詰めて火をつけちゃうかも」って。でもスポファードさんによると、チャップマンさんがそんな間違いをすることはぜったいにないんだって。というのも、チャップマンさんもとっても由緒ある良家の出身で、とても賢いからだって。そしたらドロシーが「もしほんとうにそんなに賢いなら、その由緒あるご家族のどこかに信頼のおけない冷血漢がいたんでしょうね」って。でもスポファードさんと私は、ドロシーの話にはもう耳を貸さなかったわ。だってドロシーったら、ほんとうにおしゃべりの仕方を知らないんだもの。
それで私とスポファードさんは道徳について話し合ったの。スポファードさんは、すべての未来が地方検事のブランクさんの手にかかってると考えてるのよ。ブランクさんは有名な地方検事で、ニューヨークでお酒を売ってるところをぜんぶ閉じさせてるの。スポファードさんによると、数か月前、ブランクさんが地方検事の職を目指すことを決めたとき、千ドルの値打ちのお酒をシンクに流したらしいの。それで今、他の人たちにもお酒をシンクに流すように言ってるの。そしたらドロシーが口を挟んで「その人は千ドルのお酒を流して百万ドルの値打ちの評判と良い仕事を手に入れたわけだけど、私たちがシンクに流して何が手に入るの?」って。でも、スポファードさんはそんな馬鹿げた質問に答えるには賢すぎたってわけ。彼ったら品位に満ちた表情をドロシーに向けて、お母様のところに戻らなければって言ったの。ドロシーにはとっても腹が立ったわ。だから列車の通路でスポファードさんを追いかけて、ドロシーみたいな子を改心させるだなんて私ったらムダな時間を費やしてるのかしらって訊いたの。スポファードさんは、ドロシーみたいな子は決して敬意を持たないだろうから、私の努力はムダだろうって。それで私は、ドロシーにこれまで多くの時間を費やしてきたから、失敗するのはとても心が痛むって言ったの。そしたら、目に涙が浮かんできたの。スポファードさんはとっても思いやりがある人だった。というのも、私がハンカチを持ってないのを見て、ハンカチを取り出して涙を拭いてくださったの。そして、ドロシーが教育的なことに関心を持てるように、私とドロシーの手助けしてくださるんだって。
それで彼は、私たちはミュニクってところで列車を降りるべきだって言ったの。芸術で溢れてて、ミュニクでは芸術は《クンスト》と呼ぶらしいんだけど、それがとっても教育的なんだって。それで彼ったら、彼とドロシーと私でミュニクで降りよう、なんて言うのよ。彼のお母様にはどこも同じに見えるみたいだから、彼のお母様とチャップマンさんはウィーンに行かせても良いんだって。だから私たちはミュニクで降りることにしたの。誰にも見られてないときにアイズマンさんに電報するわ。だって、スポファードさんにアイズマンさんのことは言わない方がいいだろうし。というのも、やっぱり二人は宗派が違うし、宗派が違う紳士ってあまり話が合わないものね。だからアイズマンさんには、芸術を見るためにドロシーとミュニクで列車を降りることにしたって電報するつもり。
それで、ドロシーのところに戻って、これからは言うべきことがないなら何も言わないでほしいって言ったの。だって、スポファードさんが由緒ある良家の人で厳格な長老派教会だとしても、私とはとっても仲良くなってたくさん一緒におしゃべりできるかもしれないんだもの。スポファードさんは自分のことをしゃべるのが好きだから、やっぱり彼も他の紳士と同じなのよってドロシーに言ったの。でもドロシーによると、そんなことじゃ証拠にならないんだって。それでドロシーったら、私はスポファードさんと仲良くなるかもしれないし、彼のお母様とは共通点がたくさんあるから特に仲良くなるかもしれないけど、チャップマンさんに会ったらやっかいなことになるって言うの。というのも、ドロシーはチャップマンさんをお昼のときに見たんだけど、乗馬してないときでも着け襟とタイをしてる類の女の子らしいの。そのお昼のときにチャップマンさんから受けた視線で冷血漢のことを思いついたらしいわ。それで、ドロシーによると、チャップマンさんがあの三人のジーガンのうちの三分の二のおつむを持ってるんだって。ジーガンっていうのは、ドロシーが社交界の人を指すために使ってるスラングなの。ドロシーったら、スポファードさんみたいな頭の男性は、電動ピアノ[78]に硬貨を入れてる方がお似合いよ、って。でも、ドロシーみたいな子にわざわざ言い返す気も起きなかったわ。さて、ミュニクに着いたらクンストを見に列車を降りられるように、支度をしないとね。
五月十九日
昨日、スポファードさんとドロシーと、ミュニクのクンストを見るためにミュニクで列車を降りたの。列車に乗ってる間はミュニクって呼んでたのに、列車を降りたとたんに、みんなミュンヘン[79]って呼ぶのよ。ミュンヘンがクンストでいっぱいだってことはすぐにわかったわ。もしクンストについて知らなくても、ミュンヘンのあらゆるものに《クンスト》って大きな黒い文字で書かれてるんだから。靴磨きのスタンドですらクンストでいっぱいで。
スポファードさんによると、ミュンヘンの劇場もクンストでいっぱいだから劇場に行くべきなんだって。それで、私たちには劇場のプログラムの意味がわからなかったから、なんて書いてあるか理解して教えてくれるチテキなフロント係に助けてもらって、ぜんぶ見てみたのよ。どうやらミュンヘンではキキ[80]をやってるらしかったから、見に行こうって言ったの。ニューヨークでレノア・ウルリック[81]のを見たことがあるから、たとえ英語のコトバをしゃべってなくてもわかるだろうと思って。それでクンスト劇場に行ったの。どうやらミュンヘンはドイツ人でいっぱいみたい。だってクンスト劇場のロビーは、ビールを飲んだり、バミューダオニオン[82]やガーリックソーセージ、ゆで卵をビールと一緒に食べたりして、立って幕間を待ってるドイツ人でいっぱいだったから。ロビーの匂いがすごくて、この劇場であってるのかしらってスポファードさんに訊かなきゃならなかったわ。ビールの匂いって時間が経つととってもひどくなるのよ。でもスポファードさんはミュンヘンの他のところと比べてクンスト劇場のロビーが特に良くないとは思わないみたいだったの。そしたらドロシーが口を開いて「ドイツ人が《クンスト》に満ちてるって言うのは勝手だけど、実のところデリカテッセン[83]で満ちてるみたいね」って。
それで、私たちはクンスト劇場に入ったんだけど、クンスト劇場の中もロビーと似たような匂いで。しかも、ガラクタを壁に貼って金メッキしたような飾りがたくさんされてたけど、その金メッキもたくさんの埃で覆われて、ほとんど見えなかったの。ドロシーったらあたりを見回して、もしこれが《クンスト》なら、世界の芸術の中心はニュージャージーのユニオンヒルね、って。
それで、劇場で『キキ』がはじまったんだけど、アメリカの『キキ』とはまったく違って、ドイツの大柄な家族がお互いに邪魔しあう話みたいだったの。舞台が大柄なドイツ人二人とか三人とかでいっぱいになると、どうしてもお互いに邪魔になっちゃうのは仕方ないわね。そしたら、ドロシーが後ろの席にいたドイツ人らしい若い紳士とおしゃべりしはじめたの。拍手してるのかと思ったら、実はゆで卵を彼女の席の背で割ってたらしいわ。ドイツの訛りらしい、訛りのきつい英語でしゃべってた。キキはもう出てきたかドロシーが訊いたら、彼が、まだだけど、ベルリンから来たきれいな女優だから、物語が分からなくても待ったほうがいいよって。それで、ついに彼女が出てきたの。ドロシーのドイツ人友だちのその紳士がソーセージでドロシーをつっついたから彼女だと分かったの。それで私たち、彼女を見てみたの。そしたらドロシーが「シューマン・ハインク[84]に祖母がいるとしたら、私たちがミュンヘンで掘り起こしたことになるわ」って。それで私たちは『キキ』を見る気がもっとしなくなったの。それでね、ドロシーはこう言ったの。最終幕で彼女が気絶する有名な場面を見て命を危険に晒す前に、建物の基礎についてもっと知りたいわ、だってこの建物の基礎が匂いと同じくらい古いなら、キキが床に倒れたときに大惨事になるもの、って。スポファードさんもすっかりがっかりしてたけど、彼は歴としたアメリカ人だから、ドイツ人はアメリカに戦争を仕掛けた報いをこうして受けるべきだってよろこんでたわ。
五月二十日
さて、今日はスポファードさんにミュンヘンの博物館巡りに連れて行ってもらうの。ミュンヘンの博物館はクンストでいっぱいだから、ちゃんと見ておかなきゃいけないのよ。でもドロシーったら、夕べだけですべての罪を償えるだけの罰を受けたとか言っていて、今日から新しい人生をはじめるために、ドイツ人友だちの紳士と出かけて、ハーフ・ブロー・ハウス[85]っていう、世界最大のビアホールに連れて行ってもらうんだって。ドロシーったら、あんたは高尚(ハイブロー)にクンストに浸るかもしれないけど、私はハーフ・ブローになってビールに浸るので満足よって。まったく、ドロシーはいつも無作法なことばかりしてるわね。
五月二十一日
さて、スポファードさんとドロシーと一緒に、また列車でウィーンに向かってるわ。スポファードさんとは丸一日ミュンヘン中の博物館を巡ったけど、正直なところ思い出したくもない。何かひどいことが起こったら、私はクリスチャン・サイエンスの教徒として、そのことを考えないようにして、そんなことは起きなかったって否定しちゃうの。たとえ足がまだすごく痛くてもね。ドロシーもミュンヘンでは大変な一日を過ごしたみたい。彼女のドイツ人友だちの紳士のルドルフって人が十一時に彼女を迎えに来て朝ごはんに誘ったの。ドロシーが、もう朝ごはんは済ませてるって言ったら、そのお友だちは、自分も一回目の朝ごはんは食べたけど、今は二回目の朝ごはんの時間だって。それで彼女をハーフ・ブロー・ハウスに連れて行ったんだけど、そこではみんな十一時に白ソーセージとプレッツェルとビールを食べるのよ。白ソーセージとビールを食べたあとに、その紳士がドロシーをドライブに連れて行こうとしたけど、数ブロックしか走れなかったの。そのときにはもうお昼の時間だったから。で、またたくさんお昼を食べたあと、彼がリキュール入りのチョコレートの大箱を買ってくれて、マチネに連れて行ってくれたの。そしたら一幕目が終わったころにルドルフのお腹がまだ空いちゃって、ロビーに行ってサンドイッチとビールを立っていただいたんだって。ドロシーはあんまりお芝居を楽しめなかったみたいなんだけど、そしたら二幕目が終わったあとにルドルフが、どっちにしろお茶の時間だから出ようって。それでまたたっぷりお茶を飲んでからルドルフがお夕食に誘ってきて、ドロシーは断れなかったみたい。そしてお夕食のあと、ビールとプレッツェルのためにビアガーデンに行ったの。でもついにドロシーが正気を取り戻して、彼にホテルに戻りたいってお願いしたの。そしたらルドルフが、もちろん連れて行くけど、その前に軽く何か食べようよって。だから今日、ドロシーも私と同じくらいめいっちゃってるみたい。でもドロシーはクリスチャン・サイエンスじゃないから、ただ苦しむしかないのよね。
でも、クリスチャン・サイエンスな私でも、ウィーンについてはちょっと気がめいってきたわ。アイズマンさんがウィーンにいるのに、アイズマンさんとスポファードさんの両方とたっぷりお付き合いしながら、二人を会わせないのは無理に思えるのよ。アイズマンさんが私の教育にお金をかけてるわけが、スポファードさんにわかるとは思えないし。それにドロシーが、チャップマンさんについて私をしょげさせようとするの。ドロシーによると、私とスポファードさんが一緒にいるのをチャップマンさんが見たら、一家のかかりつけの精神科医に電報するかもって。だから、できるだけクリスチャン・サイエンスの精神でいっぱいになって、最善を祈るしかないわ。
五月二十五日
これまでのところ、ぜんぶうまくいってる。アイズマンさんはボタンのお仕事で毎日とっても忙しくて、私にはドロシーと一緒にいろいろ楽しんできてって言ってくれるの。だからスポファードさんと一緒にいろいろ楽しんでるのよ。そしてスポファードさんには、夜に行くようなところにはあまり興味がないから、明日に備えて早く寝るわねって伝えるの。それから、ドロシーと私はアイズマンさんと一緒にお夕食を食べて、そのあとにショーを見て、シャポー・ルージュ[86]ってキャバレーで遅くまで起きてるの。シャンパンの助けを借りて、ぜんぶを楽しめてるわ。スポファードさんがアメリカ人が見るべきじゃないものを見に行くときに、彼に会わないように気をつければ、ぜんぶうまくいくわ。自然の方が好きだってスポファードさんに言って、なんと博物館を見に行くのまでやめさせたのよ。自然を楽しむときは、馬車で公園を散策するから、足に優しいの。それでね、スポファードさんったら、私をお母様に引き合わせたいって言いはじめてるから、結局のところ、ぜんぶうまくいってるみたいね。
でも、夜にアイズマンさんと一緒にいるのはとても大変なの。というのも、アイズマンさんは夜になるとかなりいらついてるの。ボタン工場について約束をするたびに、ウィーンの紳士はみんなコーヒーハウスに行って座り込んだり、もしくはピクニックをすることを思いついて、みんなショートパンツに裸の膝、羽根をつけた帽子姿でチロル[87]まで歩いて行ったりするんだって。これで、アイズマンさんはとてもしょげちゃうの。でも、しょげるべきなのは私の方じゃないかしら。一週間も眠れないでいると、どうしても気持ちが沈んじゃうものじゃなくて。
五月二十七日
ついに限界が来たの。スポファードさんによると、私みたいなか弱い女の子が世界中を改革しようとするのは大変すぎる、特にドロシーみたいな子からはじめるなんて無理だって。それでウィーンにいるフロイト博士[88]っていう有名な医者なら私の心配事を解消できるって言ってくれたの。フロイト博士は薬を使わずに、話を通じて精神分析で治療するんだって。だから昨日、スポファードさんがフロイト博士のところに連れて行ってくれたの。フロイト博士と英語のコトバでかなり長いことおしゃべりしたわ。どうやら、みんな抑圧ってものを持っていて、それは何かをしたくてもしないことらしいわ。だから代わりに、夢でそれをしちゃうんだって。それでフロイト博士が、何を夢見るのか訊いてきたの。だから、何の夢も見ないって言ったの。日中におつむをたくさん使うから、夜になるとおつむは休むだけで何もしないみたい。そしたらフロイト博士は、夢を見ない女の子がいることにとってもびっくりしてた。それから博士は私の人生についていろいろ訊いてきたの。すごく共感してくださって、女の子から話を引き出すのがお得意なの。日記にも書かないようなこともしゃべったくらい。それで、いつもしたいことをぜんぶしてるらしい私に、博士はとっても興味を持ったみたい。それで、やりたかったけどしなかったようなことはほんとうにないのかって訊いてきたの。例えば、とっても暴力的なことをしたくなったこととか、誰かを撃ちたかったこととか。だから、実際に撃ったことがあるけど、弾はジェニングスさんの肺に入っただけでまたすぐに出てきたのよって言ったの。そしたら、フロイト博士はほんとうに信じられないって。それから助手を呼んで、こちらを指差しながらウィーン人のコトバでいろいろしゃべってた。助手も私を見てたわ。どうやら私はかなり人気の症例みたいね。フロイト博士は、私にはある程度の抑圧と、しっかりとした睡眠が入り用だって言ってたわ。
五月二十九日
最近、この状況がとても大変になってきちゃったわ。昨日なんて、ブリストルホテルのロビーにスポファードさんとアイズマンさんが両方ともいて、どっちも見なかったことにしなきゃならなかったのよ。紳士一人を見なかったふりをするのは簡単だけど、二人を見なかったふりをするのはとっても難しいの。何かが早く起こらないと、今起こりつつある状況がよろしくないって認めなきゃいけなくなるわ。
今日の午後、ドロシーと私は四時にサルム伯爵とのお茶の約束があったの。といっても、ウィーンではお茶じゃなくて《ヨーゼル[89]》って呼ぶし、お茶じゃなくてコーヒーを飲むのよ。ウィーンの紳士がいっせいにお仕事をやめて、お昼は済ましたあとなのに一時間くらいのヨーゼルに行くのはとても不思議だけど、ウィーンの紳士にとってはコーヒーハウスに行く時間のほかってあまり大切じゃないみたい。コーヒーハウスに行く時間は本能で分かるのか、もしくは間違えて早く着いても気にしないみたいね。というのもアイズマンさんによると、ボタンのお仕事に取り掛かる時間になると、ウィーンの紳士はすっかりやる気を失っちゃうらしくて、アイズマンさんはいらついて叫びたくなっちゃうらしいわ。
それで、私たちはデイメルズ[90]に行ってサルム伯爵と会ったの。でも、サルム伯爵と一緒にヨーゼルをしてるときに、スポファードさんのお母様がチャップマンさんと一緒に入ってきたのを見かけたの。チャップマンさんはこちらをじっと見て、お母様に私のことをたくさんしゃべってるみたいだった。サルム伯爵と一緒じゃなきゃよかったのにって、とてもドキドキしちゃったわ。ドロシーを改心させようとしてるって信じさせるのも大変だったのに、もしサルム伯爵を改心させようとしてるって信じさせようとしたら、スポファードさんだってさすがに限度があると思うだろうから。スポファードさんのお母様はお耳が遠いみたいで、耳用トランペット[91]を使ってたから、チャップマンさんが私についてしゃべってるのがかなり聞こえちゃったの。盗み聞きはあまり良いエチケットじゃないけど、仕方なくて。チャップマンさんはお母様に、私のことを《奴》だとか言って、息子さんが最近お母様に構わずに過ごしてるのは私のせいだとしゃべってたみたい。それで、スポファードさんのお母様は、これもあまり良いエチケットじゃないけど、こちらを見つめ続けたの。チャップマンさんはそのあともお母様に話し続けたんだけど、ウィリー・グウィンの名前を出してたから、チャップマンさんが私について何か調査をして、私とウィリー・グウィンと結婚しないようにご家族の方々が長々と話して一万ドルで折り合いをつけたことを聞いたのかも。だから、お母様が先入観でいっぱいになっちゃう前に、スポファードさんが私を引き合わせてくれるといいのに。困りごとが次々と重なってきて、神経質になりそうだし、まだフロイト博士に言われたことをする時間も取れてないのよ。
それで今夜はアイズマンさんに、早く寝なきゃいけないって言おうと思ってるの。そしたらスポファードさんと一緒に自然を見ながらゆっくりと馬車に乗れるし、そしたら彼が何か具体的なことを言ってくれるかも。だって、月明かりの中で自然を見てるとき以上に、紳士が具体的なことを言うことってないもの。
五月三十日
さて、夕べはスポファードさんと馬車で長い散策を公園でしたの。ウィーン人のコトバでは公園じゃなくてプラーター[92]って呼ぶのよ。プラーターはとってもすてきだった。コニーアイランドみたいなのに、森の中にあって木がたくさん生えてて、馬車でのんびり散策するにはもってこいの長い道があるのよ。どうやらチャップマンさんが私をあれこれ悪く言ってたみたい。彼女ったら私のことを調べまくってたみたいで、彼女が調べ出したらしいことを聞いてびっくりしたわ。でも、アイズマンさんが私を教育してることは調べ出せなかったみたい。それで、スポファードさんに、かつての私は今ほど改心した人間じゃなかったって話さなきゃいけなかったの。というのも世の中には、私たち女の子を利用するだけの、羊の皮をかぶった狼みたいな紳士がたくさんいるからだって。それからとってもたくさん泣いたわ。それで、リトルロックから出てきたばかりのころは純真で若い女の子だったことをしゃべったんだけど、そのころにはスポファードさんも目に涙を浮かべてた。彼に伝えたのは、私がとっても良家の出だってこと。というのも私のお父さんはすごくチテキで、エルク慈善団体の重要な一員で、みんなもお父さんのことをチテキなエルク慈善団体の会員だって言ってたのよ。それでね、リトルロックを出たばかりのころは紳士は女の子を守ってくださるものだって思ってて、ほんとうはそんなに守ってくださらないって気づいたときにはもう遅かったことを、スポファードさんに伝えたの。それを聞いて、スポファードさんったらとってもたくさん泣いてたわ。それから私、新聞で彼のことを読んでついに改心できて、オリエンタル急行で会ったのは運命に感じたって言ったの。それから、改心する前の自分を知ってる女の子の方が、はじめから改心していて自分のことを知らないような子よりも、ほんとうに改心してるって言えるかもって。そしたらスポファードさんが敬意を込めて私のおでこにキスをして、私のことを聖書に出てくるらしいマグダレンって女の子[93]みたいだって言ってくれたの。それでね、彼も聖歌隊の一員だったことがあるから、私みたいな子に石を投げるわけにはいかないよって言ってたわ。
それから、遅くまでプラーターを馬車で乗り回してたんだけど、とってもすてきだった。というのも、月明かりがあったし、道徳についてたくさんおしゃべりできたし、プラーターのバンドがみんなで遠くで『ママ・ラブ・パパ[94]』を演奏してたの。というのも『ママ・ラブ・パパ』がウィーンにちょうど入ってきたところで、みんなが『ママ・ラブ・パパ』に夢中なの。アメリカではそんなに新しくないんだけど。それから彼がホテルまで送ってくれた。
というわけで、結局ぜんぶうまくいくのよ。今朝、スポファードさんから電話があって、彼のお母様に会ってほしいって言われたの。だから彼に、お母様と二人きりでお昼をいただきたいって言ったの。二人だけの方がいろいろと内緒のおしゃべりができるもの。それで、お母様を私たちの部屋に連れてきてお昼を食べましょうって。そしたら、チャップマンさんが部屋に入ってきてぜんぶを台無しにすることはないもの。
彼はお母様を私たちの応接室に連れてきてくれたの。私は飾りをすっかり取り外した簡素なオーガンジーのガウンを着て、ドロシーがフォリーズで使ってた黒いレースの手袋をはめて、ヒールのない靴を履いたの。彼がお母様に引き合わせてくれたとき、膝を曲げてお辞儀をしたわ。女の子が膝を曲げてお辞儀をたくさんするのって、すごく古風ですてきだもの。それから彼は私たちを二人きりにしてくれて、いろいろとおしゃべりしたわ。私は、古風に育てられたから今どきのフラッパーたちは好きじゃないって言ったの。そしたらスポファードさんのお母様が、チャップマンさんはどうやら、あなたはそんなに古風じゃないって聞いたことがあるみたいよって。私はそれに、私はとても古風で、年上の方々にはいつも尊敬の気持ちを持ってるから、チャップマンさんみたいに、すべきことぜんぶを教えて差し上げるなんて恐れ多いわって言ったの。
それからお昼を注文したわ。シャンパンを飲むとお昼での気分がよくなると思ったから、シャンパンはお好きか訊いたの。そしたら、お母様はシャンパンがとても好きなんだけど、チャップマンさんはお酒を飲むのはあまり良くないと考えてるらしいわ。でも私はこう言ったの。私はクリスチャン・サイエンスの信者で、クリスチャン・サイエンスでは何にでも害はないと信じてるんだけど、ちっちゃなシャンパンの瓶に害があるはずがあって? お母様はそんなふうに考えたことがなかったみたい。どうやらチャップマンさんもクリスチャン・サイエンスの信者だけど、彼女の考えでは水とかを飲むべきらしいの。だから、お昼を食べてる間にお母様はとても気が良くなってきたの。それで、もう一本シャンパンを開けるべきだと思って、とても熱心なクリスチャン・サイエンス信者の私は、二本のシャンパンにも害がないと信じてるわって言ったの。それで二本目のシャンパンを開けたら、クリスチャン・サイエンスは長老派教会よりも良い宗教みたいねって、クリスチャン・サイエンスについて興味を持ちはじめたようなの。チャップマンさんもお母様にクリスチャン・サイエンスの教義を使うようにすすめてたけど、チャップマンさんは私ほどクリスチャン・サイエンスを深くわかってないようだって言われたわ。
それからね、チャップマンさんに美しさを妬まれていらっしゃるみたいねって言ったの。そしたらお母様は、その通りね、チャップマンさんったら馬の毛はおつむに重みをかけないからなんて理由で、いつも黒い馬の毛で作られた帽子をかぶらせたがるのよ、って。そこで私、大きなバラがついてる私の帽子を差し上げますって言ったの。そして帽子を荷物から取り出したんだけど、最近は女の子の髪が短くなって帽子も小さくなってるから、お母様の頭にかぶせられなかったの。それでハサミを持ってきてお母様の髪を切ろうかと思ったけど、今日はもう十分にお母様のためにいろいろしたわって思い直したの。
ヘンリーのお母様ったら私のこと、今までの人生で一番の陽だまりのようだって言ってくれたの。そして、ヘンリーが戻ってきてお母様を部屋に連れ戻そうとしたときにも行きたがらなかったの。それでね、連れて行ったあとに、ヘンリーがすごく興奮して電話をかけてきて、とっても大切なことを訊きたいって。だから私、今夜お会いしましょうって答えたの。
でもね、今からアイズマンさんに会わなきゃならないの。だって、すぐにしなきゃならない、とっても大事なことを思いついたんだもの。
五月三十一日
さて、ドロシーとアイズマンさんと、ブダ・ペスト[95]ってところに向かう列車に乗ってるわ。ヘンリーには出発前に会えなかったけど、手紙を残してきたの。彼が私に訊きたかったことを、言わせるんじゃなくて書かせるのはいい考えだと思ったから。同じ町にいたら手紙を書けないでしょ。だから手紙には、ドロシーがもうちょっとでとんでもなく良くない方向に行きそうだってわかって、連れ出さなきゃ彼女のためにしたことがぜんぶムダになっちゃうから、あと五分で出発しなきゃって書いたの。だから、私に言いたいことをブダ・ペストのリッツホテル宛に手紙で送ってって伝えたの。やっぱり古い格言通り、何でも文面にするのが一番だもの。
アイズマンさんをウィーンから連れ出すのはとても簡単だった。昨日、彼はボタン工場を見に行ったんだけど、工場の人はみんなお仕事をしてなくて、ある聖人の誕生日パーティーを開いてたの。どうやら聖人の誕生日ごとに仕事を休んでパーティーを開くみたい。それでアイズマンさんがカレンダーを見たら、毎週みたいに何らかの聖人の誕生日があるのよ。だからアイズマンさんは、アメリカで十分って決めたみたい。
ヘンリーのお母様がフロイト博士の治療を受けてるから、ヘンリーはブダ・ペストには追いかけて来られないわ。私よりもずっと大変な病例なのね。お母様は夢と現実の区別がつかないみたいで、フロイト博士にぜんぶしゃべって、それを博士が判断しなきゃならないから、フロイト博士はとっても大変みたい。例えばお母様が、五番街でとってもハンサムな若い紳士が思わせぶりなことをしてきたって言ってきたら、博士は自分の判断を使うのよ。
もうすぐまたリッツホテルに到着するわね。ヨーロッパのまんなかにリッツホテルがあるなんて、とてもすてき。
六月一日
さて、昨日はヘンリーからの手紙が届いたの。そこにははっきりと、彼も彼のお母様も私みたいな女の子に会ったのは初めてで、私と結婚したいって書いてあったわ。だから、その手紙を写真館に持って行って、たくさん写真を撮ってもらったの。だって、もしヘンリーからの手紙をなくしちゃったら、ヘンリーを思い出せるものが何もなくなっちゃうでしょ。でもドロシーは、写真だとその価値が十分に伝わらないから、ヘンリーからの手紙はちゃんと持っておいた方がいいって言ってたわ。
今日の午後、ヘンリーから電報が届いたの。そこには、ヘンリーのお父様がニューヨークでとても重い病気にかかったから、すぐニューヨークに戻らなきゃならないって書いてあったわ。それで、私にもう一度会えなくて心が痛むことと、ニューヨークに戻ってる間の気持ちが楽になるように答えを電報で送ってほしいってことも。だから、電報でプロポーズを受け入れたわ。そしたら夜にまたヘンリーから電報が届いて、彼もお母様もとっても幸せだってことと、ヘンリーのお母様はもうチャップマンさんに我慢できなくなってきてるってことと、私がすぐにニューヨークに戻ってたくさんお母様に付き合ってあげてほしいってことが書いてあったわ。ヘンリーはね、どっちにせよ禁酒法のあるニューヨークの方がドロシーを改心させやすいだろうって考えてるみたい。
だから今度は、ほんとうにヘンリーと結婚したいのか決めないといけないの。何も考えずにヘンリーみたいな紳士と結婚するには、私はいろいろ知りすぎてるってわけ。ヘンリーはしょっちゅう女の子の神経の逆なでをする類の紳士なんだけど、神経を逆なでされてばかりだと限界が来ちゃうもの。お仕事がある紳士なら職場に行かなきゃいけないけど、他人のお仕事ばかり気にするのがお仕事の紳士は、いつも家に出たり入ったりしてるの。そしたら、女の子は自分の時間が持てないのよ。そして、ヘンリーが家に出入りしてないときも、私が陽だまりのようだからって理由で彼のお母様が出たり入ったりするのよ。これってとっても大変なことだし、私ったら板挟みになってるの。だって、ヘンリーが結婚をやめることにして、気を変えて私を捨てることになったら、それはそれでいいってことだもの。そうなったら、彼を婚約破棄で訴えるべきよね。
どっちにしろ、ドロシーと一緒にニューヨークに戻った方がいいみたい。だから、アイズマンさんに送り返してもらえるか訊いてみる。アイズマンさんは嫌がらないだろうし、もし嫌がっても、お買い物したら折れるわ。ニューヨークに戻る道中で、この先どうするか気持ちを決めなきゃね。だって女の子って理想があるから、ときどき、ついロマンチックなことに思いを馳せちゃうの。それでね、世界のどこかにサルム伯爵みたいな見た目やふるまいで、しかもお金もある紳士がいるかもって思っちゃう。そうしたロマンチックなことを考えると、ヘンリーと結婚するべきかどうか分からなくなっちゃうのよ。
第六章 おつむが肝心
六月十四日
さて、昨日ドロシーと一緒にニューヨークに着いたわ。アイズマンさんがついに、ボタンのお仕事をしながら私をヨーロッパで教育するのはもう無理だって決めて、家に送り返すことにしたの。アイズマンさんはベルリンに行って、世界大戦からずっと飢えてる親戚たちを探し出さなきゃならなかったから、ブダ・ペストでアイズマンさんと別れたの。それで船が出る前に手紙をくれたんだけど、飢えた親戚をみんな探し出して調べた結果、アメリカに連れてくるのは無理だって決めたんだって。体重超過の追加料金をかけずに列車で旅行できる人がいなかったみたい。
ドロシーと船に乗って帰る間、ほんとうにかの有名なヘンリー・H・スポファードと結婚したいか決めなきゃならなかったの。だって、ヘンリーはニューヨークで私を待っていて、待ちきれないほどなんだもの。でも、もし結婚しないことになったとしても、ヘンリーに時間をムダにしたってわけじゃないわね。だって、もし結婚しなかったときにとっても役に立つようなヘンリーからの手紙を何通か手に入れたんだもの。ドロシーも私に賛成してくれてるわ。というのも、彼女がヘンリーとの関係として耐えられるのは、十八歳で彼の未亡人になることだけだそうだから。
船に乗ってる間は、紳士に会おうとしたりなんてしなかったわ。だって船では、五ドルもしないものしか置いてないちっちゃなお店でのお買い物くらいしかできないのに、紳士に会っても仕方がないでしょ。それに、船で会った紳士は船から降りても会いたがるだろうし、そしたらヘンリーと鉢合わせすることになるしね。でもね、アムステルダムって町から来た、組み込み前のダイヤモンドでかなりの商売をしてる紳士が船にいるって聞いたの。だから、その紳士に会って、かなり一緒に過ごしたんだけど、上陸前の夜に大喧嘩したから、タラップを降りるときにはその紳士を見ることすらしなかった。組み込み前のダイヤモンドはハンドバッグに入れておいたから、税関で申告しなくてよかったのよ。
ヘンリーはペンシルバニアからわざわざ会いに来てくれて、税関で待ってくれてた。一家の田舎の邸宅がペンシルバニアにあるんだけど、ヘンリーのお父様の具合がすごく良くないから、ヘンリーはほとんどの時間をペンシルバニアで過ごさなきゃならないの。税関にはたくさんの記者がいて、ヘンリーと私が婚約したって話を聞きつけて、私がヘンリーと婚約する前は何をしてたのか知りたがってた。だから、アーカンソーのリトルロック出身のただの社交界の女の子だって言ったの。そしたら、記者の一人が私がリトルロックの社交界でデビューしたのはいつかってドロシーに訊いたんだけど、ドロシーったら私が十五歳のときにエルク慈善団体の年次ストリートフェアとカーニバルでデビューしたって言ったから、とっても腹が立った。ドロシーって、記者なんていう文学的な紳士とのおしゃべりでも、無作法になる機会を逃さないのよね。
それでね、ヘンリーがロールス・ロイスでアパートまで送ってくれたんだけど、アパートに向かう途中で婚約指輪を渡したいって言われて、とってもわくわくしちゃった。彼によると、カルティエに行って、カルティエの婚約指輪をぜんぶ見たけど、私にはまったくふさわしくなかったんだって。それからポケットから箱を取り出したから、とっても惹かれた。でもね、ヘンリーったら、大きなダイヤモンドを見ていて、どうにも感情がこもってないと思ったから、代わりにアマースト大学のクラスリングを渡すことにしたって言うのよ。私は彼をじっと見つめたけど、こんな大切な段階では何も言わないくらいのジセイシンがあるから、感情がこもってるのはとってもすてきなことねって言ったわ。
それからヘンリーは、ペンシルベニアに戻って、結婚についてお父様と話さなきゃならないって。というのも、お父様は私たちが結婚することにとっても反対してるからなの。それでヘンリーに、もしかしたら私が彼のお父様に会えば、うまく説き伏せられるかもって言ったの。だって私ったら、いつも紳士を説き伏せちゃうんだもの。でもヘンリーは、それがまさに困りごとだって言うのよ。お父様はいつも女の子に説き伏せられちゃうから、一人にもさせておけないし、教会に一人で行かせることすらできないらしいの。というのも、最後に教会に一人で行ったときに、お父様ったら街角で女の子に説き伏せられて、帰ったときには持ってたお金がすっからかんだったんだって。お父様は募金のプレートに入れたって言ったけど、この五十年間でプレートに十セント以上を入れたことがなかったから、誰も信じなかったの。
つまるところ、ヘンリーのお父様が私とヘンリーの結婚に反対してるほんとうのわけは、お父様によるとヘンリーはいつもとっても楽しんでるのに、お父様自身が楽しもうとするとヘンリーに止められちゃうからなの。ヘンリーはお父様が病院で楽しく過ごすことすら許さないから、家でヘンリーが選んだ男性看護師に看てもらわなきゃいけないんだって。つまりお父様の反対はぜんぶゴケイ主義の精神によるものにすぎないってこと。でもヘンリーによると、お父様の反対もそんなに長くは続かないんだって。というのも、お父様はもうすぐ九十歳で、自然の摂理がいずれは働くだろうからって。
ドロシーったら、私がヘンリーのお父様に会えれば数か月で決着がついてペンシルベニアを手に入れられるようなものなのに、ヘンリーなんかに時間をムダにしてるだなんて言うのよ。でもドロシーの忠告を聞くべきじゃないわね。というのも、ヘンリーのお父様は鷹みたいに見張られてるし、ヘンリー自身がお父様の代理人なんだから、お父様と会ったところで何の得にもならないのよ。それに、ドロシーの言うことをどうして聞くべきなのかしら。ヨーロッパ中を旅したのに、ドロシーが持って帰ったのはバングル一つだけなのよ!
ヘンリーは夕方をアパートで過ごしたあとで、木曜の朝のためにペンシルベニアに戻らなきゃならなかったの。毎週木曜の朝には映画のケンエツを専門にした集会があって、彼はその一員なのよ。集会では、人々が見るべきじゃないキワどいものが映った場面をぜんぶ切り取るの。それから、その切り取ったシーンだけを繋げて、何度も何度も上映するんだって。だから、ヘンリーを木曜の朝の集会から引き離すのはとっても大変なことだし、彼は次の木曜の朝がとても待ちきれないみたい。映画のケンエツをあまりにも楽しんでるものだから、一度ケンエツされたあとの映画からはまったく興味を失うみたいなの。
ヘンリーが帰ったあと、私がいない間にアパートを見ていてくれてた家政婦のルルとしっかりおしゃべりしたわ。ルルによると、やっぱり私はスポファードさんと結婚すべきなんだって。ルルは私のトランクを荷解きしてる間、ずっとスポファードさんを観察してたらしいの。それでね、私がスポフォードさんから離れたくなったときには、床に座らせて、ケンエツするためのキワどいフランスのポストカードを渡しておけば、好きなだけ長く離れていられると確信してるんだって。
ヘンリーは週末に私をペンシルバニアに呼んで、家族に会わせる手配をしてくれてるの。でも、もしヘンリーの家族みんながヘンリーと同じくらい道徳心に満ちてるとしたら、いくら私でもものすごい試練になりそう。
六月十五日
昨日の朝は、洗練された女の子にとってものすごい試練。というのも、ぜんぶの新聞がヘンリーと私が婚約したことを載せたんだけど、どの新聞も私が社交界の女の子だってことに触れてなかったの。唯一の例外が、エルク慈善団体のカーニバルでデビューしたってドロシーが言ったのを引用した新聞だけ。だから、リッツにいるドロシーに電話して、ドロシーみたいな子は記者の前では口を閉ざすべきよって伝えたの。
そしたらね、たくさんの記者がドロシーに電話をかけ続けていて、ドロシーは記者たちに何も言わなかったんだって。ただし、ある記者が、私がお金を得るために何を使ってるのか訊いたときだけは、ボタンと答えたらしいの。ドロシーはそんなこと言うべきじゃなかったわ。というのも、かなりの人がアイズマンさんが私を教育してることを知ってるし、アイズマンさんったらシカゴ中にボタン王のガス・アイズマンとして知られてるから。一つのことから連想が繋がっていって、ある考えにたどり着いちゃうかも。
でもドロシーは、リトルロックでのデビューについては何も言わなかったんだって。つまるところドロシーも、私がほんとうはリトルロックでデビューしてないことを知ってるんだもの。ちょうどデビューする時期に、私のお友だちのジェニングスさんが撃たれちゃって、そのあとに裁判が終わって陪審員のみんなが私を無罪にしたあとは、デビューするにはくたびれ果ててたから。
それでドロシーが、今からパーティーを開いてデビューしてみんなを納得させようって。どうやらドロシーはパーティーがしたくてたまらないみたい。初めてドロシーがしたまともな提案ね。ヘンリーみたいな由緒ある良家の紳士と婚約してる女の子は、やっぱりデビューしてるべきだもの。だからドロシーに、すぐにこっちでデビューの計画を立てようって言ったの。でも、とってもこっそりと明日の夜に開くつもり。私がデビューするってヘンリーが聞いたら、ペンシルバニアから来てパーティーを台無しにしちゃうもの。ヘンリーったらパーティーに来るだけで台無しにしちゃうんだから。
それでドロシーがうちに来て、一緒に私のデビューの計画を立てたの。まず招待状を刷ってもらうことにしたんだけど、招待状を刷るにはちょっと時間がかかるものだし、そもそも私のデビューにお招きする紳士はみんなラケットクラブの方だから、わざわざ刷るのは馬鹿らしいわ。ただデビューのお知らせを書いてウィリー・グウィンに渡してラケットクラブの掲示板に貼ってもらえば十分。
それでウィリー・グウィンがクラブの掲示板にお知らせを貼って、そのあとに電話で、こんなに盛り上がったのはデンプシー対フィルポ[96]の試合以来だって教えてくれたの。ラケットクラブのみんなが参加してくれるんだって。だから次は、どの女の子をデビューにお招きするか計画しなきゃいけなかったわ。まだ社交界の女性にはあまり会ったことがなくて。ふつうはデビューが終わるまで社交界の女性には会わないで、デビューが終わったあとに社交界の女性たちがデビューした女の子を訪ねたり呼んだりするものだもの。でも、社交界の男性はほとんど知ってるの。だって、社交界の男性のほとんどはラケットクラブに所属してるんだもの。だから、デビューにラケットクラブを呼べば、あと社交界に入るには彼らのお母様や姉妹たちに会うだけでいいのよ。ラケットクラブの恋人たちみんなについては、もう知ってるから。
でもね、パーティーにたくさんの紳士がいるなら、女の子もたくさんいると楽しい、というのが私の考えなの。フォリーズの女の子たちがいるのもすてきだけど、彼女たちは私の交友関係から外れてるから招けないわ。だからよく考えて、こう思ったの。パーティーに彼女たちを招くのはエチケットに反しても、エンターテイナーとして雇うのはエチケットに反しないわよね。それなら、エンターテイナーになってもらったあとにパーティーに参加してもらえば、社交上の問題にはならないわ。
そうこうしてたら電話が鳴って、ドロシーが出たらジョー・サンギネッティからの電話だったの。彼はラケットクラブのお抱えのお酒の密売人のような人ね。ジョーによると、デビューについて聞きつけたらしくって、自分と、ブルックリンのシルバー・スプレー・ソーシャル・クラブの仲間を連れて行けるなら、ぜんぶのお酒を提供してくれるし、ラム船団[97]を玄関先まで連れてくることを保証してくれるって。
ドロシーったら来てもいいって答えて、その提案を私に伝えずに電話を切っちゃったの。ドロシーにはおかんむりになっちゃった。だって、シルバー・スプレー・ソーシャル・クラブは紳士録にすら載ってないし、女の子のデビューにふさわしくないから。でもドロシーによると、パーティーが盛り上がることには、自分がラケットクラブなのかシルバー・スプレー・ソーシャル・クラブなのかナイツ・オブ・ピティアス[98]なのかなんて、天才でもない限りわからなくなってるわよ、って。ドロシーにデビューの計画を手伝ってもらったことをほんとうに後悔しかけたけど、もし警察が来たときにドロシーがいると便利なのよね。ドロシーは警察の扱いが得意で、今までドロシーに恋しないで済んだ警官なんて一人も知らないわ。それからドロシーはぜんぶの新聞のぜんぶの記者に電話して、私のデビューにお招きしたの。彼らが自分の目で見られるように。
ドロシーは、私のデビューをぜんぶの新聞の一面に載せるつもりみたい。たとえそのために人を殺さなきゃいけなくても。
六月十九日
デビュー・パーティーがはじまってから三日が経ったわ。夕べはとうとうくたびれてパーティーを抜けて寝ちゃった。いつも二、三日でパーティーに飽きちゃうの。ドロシーはパーティーにまったく飽きない質(たち)で、今朝起きたときにはちょうど客の何人かにお別れしてた。ドロシーはほんとうに活力にあふれてるのよ。パーティーの最後の客は、一昨日にパーティーがロングビーチ[99]に泳ぎに出たときに参加した人たちだから、まだ元気なのもわかるわ。でもドロシーは、パーティーのはじまりから終わりまで、紳士だったら行かずにはいられないトルコ風呂にも行かずに、通しで参加してたのよ。私のデビューはとても目新しいものね。だって、パーティーの終わりにいた客が、はじまりにいた客とかなり違ってたから。それに、こんなにたくさんの種類の紳士がデビューに参加してくれるなんて、すごく目新しいことよ。ぜんぶの新聞が私のデビューについてたくさん書いてくれたから、ほんとうにとてもすごい成功。デイリー・ビューズ紙の一面の《ローレライのデビュー、圧巻!》って大きな見出しを見たときには、とても誇らしかった。すぐあとに出たジッツ・ウィークリー紙は、このパーティーが社交界への参加に過ぎないのだとしたら、私からデビューの控え目さが無くなったら社交界で何をするのか楽しみだって書いてくれてたの。
だから、ジョー・サンギネッティを私のデビューにお招きしたことについて、ドロシーに謝らなきゃいけなかった。彼がパーティーのぜんぶのお酒を持ってきてくれたのはとてもすばらしかったし、約束以上のことをしてくれたの。彼はお酒の密売人たちを波止場からタクシーでアパートまでまっすぐ送ってくれたし、彼が起こした困りごとなんて、お酒を届けたあとの密売人たちをパーティーから引き離せなかったことだけだもの。ジョーの密売人たちはラケットクラブの方が四重奏で歌うのを許さなかったものだから、クラブを無視してるってウィリー・グウィンが主張して、ついにはちょっとした喧嘩が起きたわ。ジョーのお酒の密売人たちは、ラケットクラブの男の子たちが無作法な歌を歌いたがってるのに対し、自分たちは聖母マリアについての歌を歌いたかったって言ったの。そうしてみんながそれぞれの側につきはじめたんだけど、フォリーズの女の子たちははじめからジョーのお酒の密売人たちの味方。私たち女の子はみんな涙を流して彼らの歌を聞いてたんだもの。それにラケットクラブが嫉妬して、ことがどんどん大きくなって、ついには誰かが救急車を呼んで、警察までやって来たの。
それで、ドロシーはいつも通り警察を味方につけたの。警察はね、禁酒法の事件を担当するかの有名なシュルツマイヤー判事から、いいパーティーになりそうなパーティーに押し入ったときには、いつでも連絡するようにって指示を受けていてたわ。というのも、シュルツマイヤー判事はパーティーが大好きなの。それで警察がシュルツマイヤー判事に連絡したら、すぐに現れたの。パーティーの間、ジョー・サンギネッティとシュルツマイヤー判事はどちらもドロシーに夢中になって、ジョーと判事の間にちょっとした喧嘩が起こったの。判事はジョーに、もしジョーの酒が飲めるようなしろものなら法で追いかけて没収するけど、ジョーの酒は紳士の胃に合わないから没収する価値もないし、それを没収するなんていう自分を貶める真似はしないって。シュルツマイヤー判事は朝の九時ごろに、法律を破った犯罪者を法廷で裁くために、ドロシーとジョーを一緒に残したままパーティーを抜けなきゃならなかったから、とってもおかんむりだった。その朝、シュルツマイヤー判事の前に出た人たちは気の毒ね。判事ったらみんなに九十日って言い渡して、十二時にはまたパーティーに戻ってきたの。そして、一昨日に私たちがロングビーチに泳ぎに出たときまでパーティーにずっと居たんだけど、判事の意識が無くなったみたいだったから、ガーデンシティ[100]のリョウヨウジョに降ろしていったの。
私のデビュー・パーティーはほんとうに社交シーズン最大の成功だった。デビュー・パーティーの二日目の夜に、ウィリー・グウィンの妹がロングアイランド[101]のグウィン邸で舞踏会を開いてたんだけど、ウィリー・グウィンによると、ニューヨークの有望な紳士がみんな不在で目立ってたらしいわ。みんな私のパーティーに来てたから。もしヘンリー・スポファード・ジュニア夫人になる決心をつけられれば、とても有名なホステスになれるわね。
さて、今朝ヘンリーから電話があって、ついにお父様が納得したから私が会っても大丈夫だって決めたみたい。だから、彼の家族に会って、それとペンシルバニアにある有名で由緒ある歴史的な家を見られるように、今日の午後に迎えに来てくれることになったの。彼は、フィラデルフィアのいくつかの新聞で触れられてたらしい私のデビュー・パーティーについて訊いてきたわ。私は、デビュー・パーティーはあまり計画されてなくて自然に発生したものだったから、社交のためだけにお父様と引き離して呼び出すような急な電話をする勇気がなかったのよと答えたの。
今は、ヘンリーの家族を訪ねる支度をしてるんだけど、私の将来ぜんぶがそれにかかってるように感じてるの。だって、もしヘンリーの家族がヘンリーよりも耐えようのない人たちなら、この一連の出来事は法廷に行きつくことになるでしょうから。
六月二十一日
週末をヘンリーの家族と一緒にフィラデルフィア郊外の由緒ある家族の邸宅で過ごしてるけど、やっぱり世の中には家族のほかにも大切なものがあると思いはじめてるわ。家族生活は耐えられる人にしか向いてない気がしてきた。例えばなんだけど、ヘンリーの家族はいつもとても早起きするみたい。何か早起きするわけがあるなら悪くないことだけど、早起きしてもすることがないときは意味がないように思えるわ。
昨日はみんなで早起きして、ヘンリーの家族みんなに会ったの。というのも、ヘンリーと私はペンシルバニアまで車で来て、到着したのが夜の九時過ぎだったから、みんな寝てたのよ。朝になると、ヘンリーのお母様が私の部屋に来て、朝ごはんに起こしてくれたの。というのも、ヘンリーのお母様は私のことをとっても気に入っていて、いつも私のガウンを真似したがるし、私の持ち物をぜんぶ見たがるの。リキュールをたっぷり含んだリキュールキャンディーの箱を荷物から見つけて、とてもよろこんでたわ。私がようやく着替えると、お母様は空になった箱を捨てたの。それから、お母様がダイニングルームに降りるのを手伝ったのよ。
ヘンリーは妹さんと一緒にダイニングルームで待っていて、妹さんとはそのときに初めて会ったの。どうやら、ヘンリーの妹さんは世界大戦から変わっちゃったらしく、世界大戦中に救急車を運転するまでは紳士用の襟とネクタイなんて着けたことがなかったのに、今ではぜったいに外そうとしないのよ。ヘンリーの妹さんは休戦から、ふつうの女性の服を女々しく感じるようになったみたい。妹さんは馬や自動車のことしか考えてなくて、ガレージにいないときは馬小屋にいるのが一番幸せみたいだわ。妹さんは家族の誰にもほとんど関心がないし、特にヘンリーにはあまり注意を払わないみたい。どうやら彼女は、ヘンリーの頭があまり男らしくないと思ってるようなの。それからみんなで、ヘンリーのお父様がいらして朝ごはん前に聖書を朗読するのを待ったの。
そしたら、まるで奇跡みたいなことが起こったの。どうも、ヘンリーのお父様は何か月も車いすに座りきりで、どこにいくにも男性看護師が押して行ってたらしいの。男性看護師が彼を車いすに乗せてダイニングルームに連れてきて、ヘンリーが「こちらがお父様の義理の娘になる人だよ」って言ったら、ヘンリーのお父様は私を一目見ただけで車いすから立ち上がって歩きはじめたのよ! みんなとってもびっくりしてたけど、ヘンリーはお父様のことをお見通しだから、そんなにびっくりしてなかった。それからみんなでお父様を落ち着かせようとして、お父様は聖書を読もうとしたけど、なかなか集中できなくて、ほとんど食事もできなかったの。ヘンリーのお父様みたいに体が弱ってる紳士が、片目で女の子を見ながらもう片目でシリアルとクリームを見ようとすると、うまくいかないものだから。ヘンリーはついに諦めて、部屋に戻らないと倒れるよってお父様に言ったの。そうして男性看護師が車いすで部屋に押してったんだけど、お父様は赤ん坊みたいに泣いていてかわいそうで。だから、ドロシーがヘンリーのお父様について忠告してくれたことを考え直したの。そして、もしヘンリーのお父様がみんなから離れて自分の時間を持てるようなら、ドロシーの忠告もそんなに悪くないかもって思いはじめたわ。
朝ごはんの後、みんなで教会に行く支度をしたの。でもヘンリーの妹さんは、毎週日曜日をガレージで、農場のフォード製の農業用トラックを分解しては組み立てて過ごすのが好きだから、教会には行かないの。ヘンリーは、世界大戦が妹さんのような女の子に与えた影響は、世界大戦そのものよりもひどいって言ってたわ。
それから、ヘンリーとお母様と私は教会に行ったの。教会から戻ってお昼をとったけど、ヘンリーのお父様が来られなかったほかは、ほとんど朝ごはんと同じだった。お父様は私に会ったあとにひどい熱を出しちゃったから、お医者様を呼ばなきゃいけなかったのよ。
午後、ヘンリーは祈祷会に行ったわ。私とヘンリーのお母様は、お夕食のあとにまた教会に行くために休めるように家に残されたの。ヘンリーのお母様は私のことを陽だまりのようだと思っていて、私から目を離すのも嫌みたい。というのもお母様は、一人になるとほとんど頭が働かなくなるから、一人でいるのが嫌いなのよ。お母様は私の帽子をぜんぶ試すのがとっても好きで、あと聖歌隊の男の子たちに見つめられちゃうことをおしゃべりするのが好きなの。もちろん、その話に同意しなきゃならないんだけど、耳トランペットを通して同意するのは声が枯れちゃうからかなり大変。
お夕食は、目新しさがすっかり薄れちゃった以外はほとんどお昼と同じだった。だからヘンリーに、頭痛がひどいから教会にはもう行けないって言ったの。ヘンリーと彼のお母様は教会に行って、私は自分の部屋に戻って座って考えたわ。そして、どんなにお金持ちな家族だとしても、家族の誇りのためにムダにするには人生は短すぎるって決心したの。だからヘンリーが私と結婚しないと決めるような策を考えて、貰えるものを貰って満足するのが一番いいわ。
六月二十二日
昨日、ヘンリーにフィラデルフィアで列車に乗せてもらったわ。ヘンリーには、お父様がまた体調を崩したときに近くにいられるようにフィラデルフィアに留まってって言ったの。それから列車で自分の客室に座って、どんな手を使ってでもヘンリーと別れるときが来たって決心したわ。それで、紳士をもっともうんざりさせるのはお買い物だろうって決めたの。女の子のお買い物のために生まれてきたようなアイズマンさんですら、何が起こるかをよく知っていても、私のお買い物によくうんざりするし。だから、ニューヨークに着いたらカルティエに行って、ヘンリーのツケでとても値の張るお買い物をすることに決めたわ。どうせ私たちの婚約はぜんぶの新聞で発表されてるし、ヘンリーのツケは私のツケと同じだもの。
そうこう考えてるうちに客室のドアからノックが聞こえたから入ってもらったら、ニューヨークで私を何度も見かけたっていう紳士だったの。共通のお友だちがたくさんいるから、前々から自己紹介したかったんだって。名刺をいただいたら、お名前はギルバートソン・モントローズさんで、お仕事はシナリオライターだった。それから彼に座るようにすすめて、文学的なおしゃべりをはじめたの。
昨日はほんとうに私の人生の転機だったのね。ついに、芸術家であり頭も良い紳士に出会えたんだから。彼ったら、何日も彼の足元に座ってしゃべるのを聞いてるだけで何かを学べるような紳士なの。知性のある紳士ほど、女の子にスリルを与えるものはないってこと。週末をヘンリーと過ごしたあとならなおさらね。モントローズさんはニューヨークまでおしゃべりし続けて、私はただ聞きつづけたの。モントローズさんの意見では、シェイクスピアはとても偉大な劇作家で、『ハムレット』はかなり有名な悲劇らしいわ。そして小説については、ほとんどの人はディケンズを読むべきなんだって。詩の話になったときは『ダン・マクグリューの撃ち合い[102]』を朗読してくれたんだけど、銃声が聞こえてくるみたいだった。
それからモントローズさんに、彼のことをすっかりしゃべってもらったの。どうやら彼はワシントンDCから帰る途中だったみたい。ワシントンDCでブルガリアの大使に会って、ドリー・マディソン[103]の性生活を題材にした歴史物のシナリオの資金提供をブルガリアに頼もうとしたらしいわ。モントローズさんはレキシントン・アベニューにあるブルガリアン・レストランでたくさんのブルガリア人に会ったことがあって、そこからブルガリアから資金を得るって考えが浮かんだみたい。モントローズさんは、シナリオにブルガリアのプロパガンダをたくさん盛り込めるって言ってたわ。ブルガリアの大使には、アメリカの映画好きがブルガリアについてどれだけ無知かを感じるたびに恥ずかしくなるって言ったらしいの。
私はモントローズさんに、彼みたいにブルガリアについてたくさん知ってる紳士とおしゃべりすると、自分がとても物知らずに感じるって言ったの。私がブルガリアについて知ってるのは、ほとんどズーラック[104]のことだけだからって。そしたらモントローズさんは、ブルガリアの大使は、現代のブルガリアにはドリー・マディソンはあまり関係がないと思ってたようだって。でも、モントローズさんは大使に、それは大使が演劇的な構成についてあまり知らないからだと説明したの。モントローズさんは、シナリオを修正して、ドリー・マディソンにはブルガリア人の恋人がいて、彼女と結婚したがってるって設定にできるって言ったんだって。そしたらドリー・マディソンは、もしブルガリア人と結婚したら自分のひ孫たちはどうなるのかと考えはじめて、一九二五年のブルガリアの光景を見るっていう設定にできるんだって。その光景は、モントローズさんがブルガリアを訪れて撮ることになるってわけ。ブルガリアの大使はその提案をぜんぶ却下したけど、モントローズさんにブルガリアの国民的な飲み物の大きな瓶をくれたの。その飲み物は水みたいに見えて、味もそんなに強くないけど、飲んでから五分くらい経つと見当違いに気づくの。でも私は、もしその見当違いをすることでペンシルベニアでの出来事を忘れられるなら、自分自身のためにもぜんぶを忘れてあげなきゃいけないと思ったわ。だから私たち、もう一杯飲んだの。
それからモントローズさんは、映画業界でやっていくのがとても大変だって言ったの。彼のシナリオはぜんぶ人には難しすぎるからだって。モントローズさんがセックスについて書くときはシンリガク的なことでいっぱいだけど、他のみんなが書くとスケスケのネグリジェやゴテゴテしたバスタブばかりになるらしいのよ。あと、映画がセックスにまつわるモチーフをちゃんと扱わない限り、そして二十五歳の女性も十六歳のフラッパーと同じくらいセックスにまつわる問題を抱えることがあることがわからない限り、映画には未来がないって言うの。というのも、モントローズさんは現実世界の女性について書くのが好きで、十五歳のちっちゃい女の子に現実世界の女性を演じさせたりしないの。彼女たちは人生について何も知らないし、少年拘置所に入ったことすらないからだって。
そうこうしてるうちにニューヨークに到着しちゃったの。そして、ロールスロイスでヘンリーと同じ移動をしたときには二十四時間かかったように感じたことを思い出したの。それで、お金がすべてじゃなくて、大切なのはおつむなんだって気づいたわ。モントローズさんが家まで送ってくれて、これからはプライムローズ・ティールームで毎日のようにお昼を一緒にして、文学的なおしゃべりを続けることになったの。
それから、どうやってヘンリーを後腐れなく追い払うか考えなきゃいけなかったわ。だからドロシーを呼んだの。ドロシーはお金持ちの紳士をとりこにするのはあまり得意じゃないけど、どうやって追い払うかについての考えはいっぱいあるはずだから。
はじめにドロシーは、なんでヘンリーと結婚してみないのって言ってきたの。ヘンリーが私と結婚したら、二週間後にはヘンリーは自殺してるかもって思ったらしいわ。だから、彼女に計画を教えたの。たくさんお買い物をしてからヘンリーを呼んで、私がアパートにいないときに来るように仕向けて、ドロシーが彼とおしゃべりをするの。そこでドロシーが、私のお買い物ぜんぶについてや、私がどれだけ浪費してるかをヘンリーに伝えて、私と結婚したら一年もしないうちに貧しくなるって教えるってわけ。
ドロシーったら、私がヘンリーにさよならの一瞥をくれてやったら、あとは任せてちょうだいって言ってくれたの。次に私が会うときに彼は証人台にいるだろうし、ドロシーが彼をかなり怖がらせるから、そのときには外見がすっかり変わっていて、その人とわからないかも、って言うのよ。だからヘンリーをドロシーに任せて、良い結果になるように祈ることにしたの。
七月十日
先月はまるで日記そのものみたいな日が続いて、私ったらいろいろと起こる女の子なんだなって感じはじめてきたわ。それと、やっぱり人生ってとてもすばらしいものだって認めなきゃいけないわね。ここ数週間でたくさんのことが起こって、まるで頭がぐるぐる回るような気分。
はじめにカルティエでお買い物をして、とてもすてきなスクエアカットのエメラルドと、かなり長い真珠のネックレスをヘンリーのツケで購入したの。それからヘンリーに長距離電話をかけて、すごく会いたいって伝えたわ。そしたらヘンリーったらとってもよろこんで、すぐにニューヨークに来るって言ってくれたの。
それからドロシーを呼んで、ヘンリーが来たときにここにいて、彼のツケで買ったものを見せながら、私がどれだけ浪費してるかと、それがどんどんひどくなってるように見えるってことを伝えてって頼んだの。私の品位を損なうようなことを匂わせない限り、好きなだけ話を盛って構わないって。私の品位が完璧に見えれば見えるほど、あとの展開がうまくいくかもしれないから。ヘンリーは一時二十分くらいにアパートに来る予定だったから、ルルに彼とドロシーのためにお昼を用意させておいたの。それから、ロシアの女大公だかなんだかがリッツで売ってるロシア帝国の宝冠を見に行ったってヘンリーに伝えてちょうだいってドロシーに言って出かけたの。
それで、プリムローズ・ティールームに行って、モントローズさんとお昼をとることにしたの。モントローズさんは計画についておしゃべりするのが大好きで、私はマダム・レカミエ[105]っていう女の子を思い起こさせるんだって。フランス革命が起こってたときにも知識人の紳士が計画をしゃべってた女の子だって。
それで、モントローズさんとおいしいお昼を楽しんだんだけど、モントローズさんと一緒にいると、いつも何を食べてるかなんて気にならなくなっちゃうの。モントローズさんがおしゃべりすると、女の子はただ耳を傾けたくなるものよ。でも、彼のおしゃべりを聞きながらもずっと、ドロシーがやり過ぎて、あとで困るようなことをヘンリーに言っちゃうかもって心配してたの。それでとうとうモントローズさんですら私の様子に気づいて「どうしたんだい、かわいいご婦人、君が考えてることを教えてくれないかな」って。
それで、モントローズさんにぜんぶを打ち明けたの。そしたら、彼はしばらく考え込んでから「スポファードさんとの社交生活に退屈してるなんてとても残念だ。スポファードさんはシナリオの資金提供者としてぴったりなんだが」って。それからモントローズさんは、私はドリー・マディソンを演じるのにぴったりだとはじめから思ってたって言ったの。それを聞いて私も考えて、あとからかなりのお金を手に入れるだろうから私が資金を提供するわって言ったの。でもモントローズさんは、いろんな映画会社がこのシナリオを手に入れようとしていて、すぐにでも契約されるだろうから、それでは遅すぎるって説明してくれたの。
だから、うろたえちゃったの。もし結婚するのと同時に映画のお仕事もするなら、ヘンリーとの社交生活もそんなに悪くないかもって急に思ったからよ。だって、私がいつも忙しければ、忙しくないときにヘンリーに耐えなきゃならないのもそんなに気にならないかもしれないもの。でもドロシーが何をしようとしてるかを思い出して、もう遅いかもってモントローズさんに言ったの。それで電話に急いで、アパートのドロシーに電話をかけて、ヘンリーになんて言ったのかを訊いたの。そしたらドロシーは、スクエアカットのエメラルドを見せてから、グリーンのドレスに合わせるためのちょっとしたお飾りとして買ったけど、ドレスにシミをつけちゃったからエメラルドもドレスもルルにあげるつもりらしいって言ったらしいの。それから真珠を見せて、白い真珠はありふれてるからピンクのを買えばよかったと後悔して、ルルにネックレスをほどいてもらってネグリジェに縫いつけてもらうつもりらしいって言ったんだって。それから、ロシア帝国の宝冠を買うつもりなのは不吉そうでちょっと気がかりだったけど、新月の夜にハドソン川に左肩越しに投げ込めば呪いが解けるだろうから平気って私が言ってたと伝えたそうよ。
ドロシーによると、ヘンリーは落ち着かなくなりはじめたらしいわ。それでドロシーは、私は不運なところがあって、婚約するたびにいつも婚約者に何かしら起こるから、ついに結婚することになってとてもうれしいって言ったの。そしたらヘンリーが、たとえば何があったのかって訊いたの。だからドロシーは、数人は精神病院にいて、一人は借金のために銃で自殺して、残りは農場のやっかいになってるって答えたの。ヘンリーがどうしてそうなったのか訊くと、ドロシーは浪費癖のせいって。それで、私がリッツで有名なブローカーとお昼を取るだけで次の日には市場が暴落するのに、ヘンリーがそのことを聞いたことがないのが意外だと伝えたの。それで、何も悪く言うつもりはないけどって前置きしながら、あるとても有名なドイツ人と食事をした次の日にドイツマルクが暴落しはじめたこともあったって。
それで私ったらすっかりうろたえちゃって、そこに行って説明するまでヘンリーをアパートに留めておいてってドロシーに頼んだの。ヘンリーが待ってくれるかをドロシーが確かめに行ってる間、受話器を握りしめてたわ。そしたら一分もしないでドロシーが戻ってきた。ドロシーによると、居間は空っぽだったけど、急いでブロードウェイに行けばペンシルベニア駅に向かってほこりが舞ってるのが見えるだろうし、それがヘンリーだろうって。
それでモントローズさんのところに戻って、何としてもペンシルベニア駅でヘンリーを捕まえなきゃって伝えたの。私たちがプライムローズ・ティールームを急いで出た、とだけ言うのは表現がつつましすぎるわね。ペンシルベニア駅に着いたら、フィラデルフィア行きの列車に乗り込むだけの時間はあったから、爪をかんで不安そうに立ち尽くしてるモントローズさんを残していったの。彼には、列車が着いたらすぐに結果を電話で知らせるからホテルに戻ってって言ったわ。
列車を歩いてると、一生忘れられないような表情でヘンリーが座ってるのを見つけたの。こちらを見たとき、いつもの半分くらいの大きさに縮んじゃったみたいだった。ヘンリーの隣に座って、ヘンリーの行動がとっても恥ずかしいし、もし私とドロシーがイタズラとして考えたテストにも彼の愛が耐えられないのなら、二度と口をききたくないって言ったの。そして、本物のスクエアカットのエメラルドと十セント店のものの違いがわからないなんて恥じるべきだし、白いビーズのネックレスがぜんぶ真珠だと思ってたならこうやって女の子の性格を見誤るのも無理はないって。それから私、ヘンリーから信頼されてなかったことに泣いちゃったの。彼は慰めようとしたけど、私ったらとっても傷ついてたから、ニューアーク[106]を過ぎるまでまともにお返事できなかったわ。でもね、ニューアークを過ぎたころにはヘンリーも泣いちゃっていて、私ったら紳士が泣いてるといつも心がとても優しくなっちゃうものだから、ついには彼を許してあげたの。もちろん、家に帰ってからすぐに買ったものをカルティエに返品しなきゃならなかったわ。
それからヘンリーに、私たちの人生を何か意味のあるものにしたいし、今まで以上に世界を良いところにしたいって説明したの。それから、ぜんぶの映画をケンエツしていて映画業界に詳しいヘンリーは、映画業界に入るべきだと思うって伝えたの。それで、ヘンリーみたいな紳士は、他の映画会社にお手本を示すことで、純粋な映画がどんなものかを世界に教えるために、純粋な映画を作る義務があるって言ったの。そしたら、ヘンリーはそれまで映画業界のことを考えたことがなかったから、とっても興味を持ちはじめたわ。それから、H・ギルバートソン・モントローズにシナリオを書いてもらって、ヘンリーがそれをケンエツして、私がそれに出演したら、最終的には芸術作品になるだろうし、ほとんどの芸術作品よりも純粋なものになるだろうって言ったの。フィラデルフィアに着くころにはヘンリーは乗り気になってたけど、私が出演するのは良くないと思ってたみたい。でも彼に、映画業界に入りたがる社交界の女性をたくさん見てきたし、一人くらい映画業界で成功したところで格が落ちることにはならないって伝えて、ついにはそれについても説き伏せたの。
ヘンリーの邸宅に到着して、私たちがヘンリーの家族みんなにその計画を伝えたら、みんながとってもよろこんでた。というのも、ヘンリーの家族が力を注げるものがあるのは、世界大戦以来だったから。特にヘンリーの妹さんは計画に飛びついてきて、スタジオのトラックを使えるように管理するって言ってたの。ヘンリーのお母様にすら、映画に出演できるって約束したわ。ときどきはクローズアップで映せるとも思う。やっぱり、たいていの映画には道化役が要るもの。ヘンリーのお父様には、スタジオを車いすで案内して、女優たちを見せてあげると約束したら、またしても体調を崩しそうになってたわ。そこで、モントローズさんに電話をかけて、ヘンリーと会って話し合うための約束をしたら、モントローズさんは「感謝しますよ、かわいいご婦人」って言ってくれたの。
みんなが私のことを陽だまりのようって言うのも、だんだん信じられるようになってきたわ。私と関わる人たちがいつも幸せになってるようなんだもの。ただし、アイズマンさんだけは別ね。ニューヨークに戻ったときに彼からの電報をぜんぶ開けてみたら、次の日にアクイタニア号で到着するみたいってことに気づいたの。それで、アクイタニア号で彼を迎えて、リッツのお昼に連れて行って、ぜんぶしゃべったわ。そしたら彼ったら、とってもしょげちゃって。しっかり教育した直後に結婚しちゃうなんて、ってね。でもね、かの有名なヘンリー・H・スポファードの妻としてお昼をいただいてる私をこの先リッツで見かけたら、私は必ず会釈するし、彼もお友だちに私のことを指さして、あの女性を育てたのはこのガス・アイズマンなんだって自慢できるから、私のことを誇りに思うべきだって言ってあげたの。それを聞いて、アイズマンさんは元気を取り戻したみたい。正直言って、彼がお友だちになんて言おうとどうでもいいわ。アイズマンさんのお友だちなんて知らないし、アイズマンさんがなんて言っても私の交友関係には響かないもの。でもアイズマンさんもお昼が終わったあとは、すごく幸せじゃないにせよちょっと安心はしたでしょうね。私のお買い物のことを考えたら、なおさら。
そのあと、ついに結婚式をして、ニューヨークやフィラデルフィアの社交界のみんなが集まってくれて、ほとんどみんながシナリオを書いてるものだから、みんな私にとても優しくしてくれたの。そして、私の結婚式がとてもきれいってみんなが言ってくれた。ドロシーでさえとてもきれいって言ってくれたんだけど、アルメニア人の虐殺[107]について考えてないとその場で大笑いしてしまいそうだったとも言ってたわ。でもそれは、ドロシーみたいな女の子にとっては結婚式さえも神聖じゃないってだけのことね。結婚式が終わったあとに、ドロシーがモントローズさんにしゃべってるのを耳にしたの。ドロシーったら、私が映画で成功するためには、よろこび、かなしみ、消化不良中、の三つの表情しかない役を書くと良いだなんて言ってた。だから、ドロシーは真の友だちじゃないかもね。
ヘンリーと私はハネムーンには行かなかったの。私たちの活動がこんなに求められてるのに、二人だけでどこかに行くのはひどいわがままよってヘンリーに言ったから。モントローズさんと一緒にシナリオを見直すのに、どうしたってかなりの時間を割かなきゃいけないもの。モントローズさんによると、私はアイディアでいっぱいなんだって。
モントローズさんと私がシナリオを作ってる間、ヘンリーにもすることをあげるために、エキストラの女の子たちに福祉連盟を作って、そこで彼女たちの問題をしゃべってもらって精神的に支えてあげてってヘンリーに頼んだの。これはとてつもない大成功。今のところ他のスタジオにはあまりお仕事がないから、エキストラの女の子たちも他にすることがないし、その連盟に入ってない子にはヘンリーがうちのスタジオのお仕事を与えないってことも分かってるから。彼女たちが打ち明ける、ヘンリーに出会う前の彼女たちが悪ければ悪いほど、ヘンリーはよろこぶの。ドロシーが昨日スタジオに行ったそうよ。それでドロシーによるとね、エキストラの女の子たちがヘンリーにおしゃべりするために自分たちについて書いたシナリオが、もし映画化されてケンエツを通ったら、傑作になるって。
ヘンリーによると、私がまったく新しい世界を開いたみたいで、人生でこんなに幸せだったことはないんだって。実際ね、私の知ってる人みんな、これまでの人生で一番幸せなのかもって思うの。たとえば、ヘンリーには、毎日スタジオにお父様を連れて来させてるの。どうせどのスタジオにもやっかい者は居なきゃいけないし、私たちの場合はそれがヘンリーのお父様でもいいかなって。だから電気技師のみんなに、彼にライトを当てないようにして、でも楽しい時間を過ごさせてあげてって言ってあるの。だって、お父様にとってはこれが初めての楽しい時間なんだからね。ヘンリーのお母様は、髪を短くして顔をリフトアップして、カルメンを演じる用意をしてるわ。なんでも新婚旅行のときにマダム・カルヴェ[108]って女の子がカルメンを演じるのを見たことがあって、それからずっと自分の方がもっと上手くできるって思ってたみたい。だから、彼女を気落ちさせないで楽しませてあげてるの。とはいえ、彼女のことは電気技師に言っておくまでもないわね。そしてヘンリーの妹さんは、ヴェルダンの戦いのあとにこんなに幸せになったことがないみたい。彼女は六台のトラックと十五頭の馬を世話してるわ。映画業界は、休戦からしてきた経験の中でもっとも戦争に近いんだって。ドロシーだってすごく楽しんでる。ドロシーによると、この一か月で、エディ・カンター[109]が一年で笑わせる数よりもたくさん笑ったみたい。でも誰よりも幸せそうなのはモントローズさん。私から理解と共感を得られてるから。
そして、私もとても幸せなの。やっぱり人生で一番大切なのは、みんなを幸せにすることだと思うから。みんながこんなに幸せなときこそ、日記を締めくくるのにちょうど良いわ。だって、モントローズさんとシナリオを見直すのに忙しくて、他の文学的な作業を続ける暇なんてないもの。それに、ヘンリーの人生に陽だまりをもたらすのにも忙しくて。これだけいろいろと成し遂げたんだから、もうこれ以上女の子がするべきことってないのかも。だから、やっぱり結局はぜんぶうまくいくものねって考えながら、この日記にさよならできるわ。
おわり
脚注
- ジョン・エマーソン:アメリカの脚本家、役者、プロデューサー、映画監督。著者アニタ・ルースの二番目の夫であり、長らく仕事上でのパートナーであった。↩
- コロニー:ニューヨーク市にあったレストラン。The Colony。↩
- リトルロック:アーカンソー州の州都。↩
- フォリーズ:ジークフェルド・フォリーズ。ブロードウェイで上映されていたレヴュー。↩
- チャップリン:チャールズ・スペンサー・チャップリン。イギリス出身で、映画界で俳優、監督、脚本家、プロデューサー、作曲家として活躍した。サイレント映画時代にコメディ俳優として人気を博した。↩
- オーソドックス:キリスト教の教派。正教会。なお、ここでは「orthodox」ではなく「authrodox」と綴り間違いをされている。↩
- ボルシェビキ:ロシアの社会民主労働党より分裂した左派集団。一九一七年の十月革命で政権を獲得した。↩
- D・W・グリフィス:サイレント映画の監督。代表作は『國民の創生』『イントレランス』など。著者のアニタ・ルースはトライアングル・フィルム・コーポレーションでグリフィスのために多くの脚本を執筆した。↩
- イントレランス:D・W・グリフィスによるサイレント映画。一九一六年公開。著者のアニタ・ルースも脚本家の一人として関わっている。↩
- コンラッド:ジョゼフ・コンラッド。イギリスの小説家。海洋文学で有名。代表作に『闇の奥』『ノストローモ』『ロード・ジム』など。↩
- マクグラス:ハロルド・マクグラスかと思われる。アメリカの小説家、脚本家。↩
- パームビーチ:フロリダ州にある町。温暖なリゾート地。↩
- 二十世紀特急:ニューヨークセントラル鉄道の特急列車。↩
- マダム・フランセス:フランセス・シュヴァルツブルク・スピンゴールド。高級仕立店の主人。↩
- ハンサムキャブ:小型馬車の一種。タクシーなどに使われた。↩
- サフラジェット:女性参政権論者。イギリスでは一九一八年に三〇歳以上の一部の女性に参政権が認められ、一九二八年に二十一歳以上の全女性への参政権が認められた。アメリカでは一九二〇年の憲法修正十九条により全土で女性参政権が認められたが、白人以外の国民は男女ともに黒人取締法などによる制限を長らく受け続けた。↩
- トロイアのヘレネー:ギリシア神話の人物。ヘレネーがトロイアの王子パリスにさらわれたことからトロイア戦争が起きたとされる。↩
- 五番街の美術館:おそらくメトロポリタン美術館。↩
- チェッリーニ:ベンヴェヌート・チェッリーニ。ルネサンス期のイタリアの画家、金細工職人、彫刻家。ここで言及されている自伝の和訳として、岩波文庫出版『チェッリーニ自伝:フィレンツェ彫金師一代記(上・下)』(一九九三)がある。↩
- ハーレム:ニューヨーク州ニューヨーク市内の地区。↩
- フローレンス・ミルズ:アメリカの歌手、ダンサー、コメディエンヌ。黒人女性であり、人種差別への正義を訴えた曲『I’m a Little Blackbird』などでも有名。↩
- ロード・ジム:ジョセフ・コンラッドの小説。一八九九〜一九〇〇年に連載。↩
- ナーシサス号のニガー:ジョゼフ・コンラッドの小説。一八九七年出版。黒人への差別語がタイトルに含まれることから、近年は『The Children of the Sea(海の子ども)』と改題されている。日本では、筑摩書房出版の『コンラッド』(一九六七)に「ナーシサス号の黒人」として収録。↩
- ニグロ:かつてアメリカ国内で黒人を指す単語として広く使われた。人種差別的なスティグマから、現在では広く使用が避けられている。↩
- フリーメイソン:友愛結社の一つ。↩
- ルドルフ・ヴァレンティノ:イタリア出身の映画スター。サイレント映画時代にブロードウェイで活躍した。代表作は『シーク』『椿姫』など。↩
- プルマン式車両:寝台式の特別客車。↩
- アシュタビューラ:オハイオ州の都市。↩
- 岩の上に座っていたことでドイツで有名になった女の子:ドイツのライン川における航行の難所であるローレライ岩山のこと。岩山の上にいる美しい女性が水難を起こしているという伝説がある。↩
- アンクル・サム:アメリカ政府を擬人化して指す言葉。↩
- フラットブッシュ:ニューヨーク市ブルックリンの地区。↩
- お酒の密売人:一九二〇年にアメリカ全土で禁酒法が施行されたことで、酒の密輸・密売が広く行われるようになった。この密売人をブートレガー(bootlegger)と呼ぶ。↩
- ディクタフォン:速記用の録音機。↩
- ウェールズ公:イギリスにおいて王位の第一継承者の男子に与えられる称号。この場合は、のちのエドワード八世。ウェールズ公時代のエドワード八世はプレイボーイとして有名であった。↩
- オナラブル:イギリスにおいて、ある階級の貴族の子息などに使われる称号。↩
- 貝殻の下に乾燥した豆を隠すゲーム:シェルゲームのこと。コップや貝殻などの容器を複数並べ、そのうちの一つに豆やコインなどのアイテムを入れた後、素早く容器の位置を変え、アイテムが入っている容器を当てさせる。いんちき賭博によく使われる。↩
- ネルソンさんっていう紳士の像:おそらくロンドンのトラファルガー広場にあるネルソン記念碑。↩
- 人が大騒ぎする塔:ロンドン塔。↩
- ある有名な女王がある朝に首を切られた:一五五三年にイングランド女王として即位したジェーン・グレイは、即座にメアリー一世により廃位され、ロンドン塔に幽閉されたのちに塔の敷地内で処刑された。↩
- エドワード国王:エドワード七世。一九〇一年から一九一〇年まで在位したイギリス国王。↩
- ホイッスラー:ジェームズ・マクニール・ホイッスラー。アメリカの画家。ここでは口笛(ホイッスル)を吹く人だと勘違いされている。↩
- エルクのあんちゃん:原文では「a good Elk」。Elkとは、エルク慈善団体(The Benevo-lent and Protective Order of Elks)という友愛団体のメンバーのこと。おそらくドロシーは「毛並みのいい紳士」程度の意味合いで使っているのではないか。↩
- ジェシー・ジェームズ兄弟:ジェシー・ジェームズとフランク・ジェームズ。アメリカ西部開拓時代に兄弟で強盗などを繰り返した。↩
- ハリー・ローダー:スコットランド人のテナー歌手、コメディアン。↩
- フラン:かつてフランスで使われていた通貨。なお、この小説では一部綴り間違いで「franc」ではなく「frank」となっている。↩
- サンチーム:百サンチームで一フラン。↩
- ドリー姉妹:ロージー・ドリーとジェニー・ドリーの双子。歌手、ダンサー、女優として活躍した。なお、二人をモデルにした『ドリー・シスターズ』という映画が一九四五年に公開されている。↩
- パール・ホワイト:アメリカの女優。サイレント映画時代に多くの連続活劇に出演したことで有名。↩
- メイベル・ギルマン・コリー:アメリカの女優。ブロードウェイなどで活躍した。↩
- ナッシュ夫人:メアリー・ナッシュ。アメリカの女優。↩
- コティ:香水ブランド。パリにてフランソワ・コティが創業した。↩
- ヴァンドーム広場:パリの広場。ナポレオン像が掲げられたアウステルリッツ戦勝記念碑が中央にある。↩
- 子爵:英語では「Viscount」、フランス語では「vicomte」。ここでは「veecount」となっている。↩
- アイフル塔:エッフェル塔の間違い。↩
- モマルト:モンマルトルの間違い。↩
- ビル・ハート:ウィリアム・S・ハート(ビルはウィリアムの愛称)。サイレント映画における西部劇スター。馬のフリッツも共演者として有名。↩
- ワシントン:ジョージ・ワシントン。初代アメリカ大統領。↩
- クリスチャン・サイエンス:アメリカで創設されたキリスト教の一派。↩
- 事務弁護士:イギリスでは通例、弁護士業務を「法廷弁護人」と「事務弁護人」で分けて担当する。↩
- ムーラン・ルージュ:パリのキャバレー。「赤い風車」という意味。↩
- フォンテーヌブロー:パリ郊外のコミューン。↩
- ルイ十六番:ルイ十六世。フランス革命で処刑されたフランス国王。↩
- 文法をよくご存知だったのね:ロベールを強盗(robber)と同じ綴りだと勘違いしての皮肉。実際は英語名のロバートと同じくRobert。↩
- フォリー・ベルジェールっていうお芝居:パリのミュージック・ホール。芝居ではない。↩
- ろうけつ画家:蝋を使って模様を作る染め。バティックとも。ここでの含意は不明。↩
- カフェ・ド・ラ・ペ:パリの有名なカフェ。↩
- ペティパ:プティポワ(petits pois)。グリーンピースのこと。↩
- プッレ:プレ(poulet)。若鶏のこと。↩
- シーク:アラビア語で部族などのリーダーを表すシャイフ(sheik)の英語読み。ここではおそらく「おしゃれ」という意味のシック(chic)と混同している。↩
- シロ:モンテカルロ、パリ、ロンドンなどにあったレストランチェーン。Ciro’s。↩
- ルー・ド・ラ・ペ:高級店が立ち並ぶ通り。Rue de la Paix。↩
- ヨーロッパのまんなか:中央ヨーロッパ(中欧)のこと。使われ方により線引きが異なるが、主にはドイツ、オーストリア、スイスや、その周辺国家を含む。↩
- オリエンタル急行:オリエント急行の間違い。↩
- ペギー・ホプキンス・ジョイス:アメリカの女優。多くの結婚と離婚を繰り返し、華やかな生活を送ったことで知られる。↩
- 長老派教会:キリスト教プロテスタントの一派。↩
- クローネン:クローネの間違い。かつて中欧や東欧で使われた貨幣の単位。↩
- フラッパー:「狂騒の二十年代」において流行したファッション・行動様式を取った若い女性。膝丈のスカートやショートヘアなどが主な特徴。↩
- 電動ピアノ:電動式の自動ピアノ。巻紙の譜面を読み取って演奏する。硬貨を入れると動くタイプもあった。↩
- ミュンヘン:ドイツの都市。英語名はミュニク(Munich)。↩
- キキ:アメリカのロマンチックコメディ劇。一九一八年に公開され、一九二一年にレノア・ウルリック主演で再構成された。↩
- レノア・ウルリック:アメリカの女優。ブロードウェイやサイレント映画などで活躍した。↩
- バミューダオニオン:甘口の玉ねぎ。二十世紀初頭に広く食べられた。↩
- デリカテッセン:食品店・惣菜店のこと。和製外国語「デリカ」の元。↩
- シューマン・ハインク:ドイツのオペラ歌手(コントラルト)。↩
- ハーフ・ブロー・ハウス:ホフブロイハウスの間違い。ドイツのビアホール。↩
- シャポー・ルージュ:キャバレー。フランス語で「赤い帽子」の意味。↩
- チロル:オーストリアとイタリアを跨ぐ山岳地域。↩
- フロイト博士:ジークムント・フロイト。オーストリアの精神科医。↩
- ヨーゼル:ドイツやオーストリアなどの茶話会であるカフィクラチ(kaffeeklatsch)を指していると思われる。どうしてヨーゼル(yowzer)と呼んでいるかは不明。↩
- デイメルズ:ウィーンにあるカフェ「デメル」のことか。↩
- 耳用トランペット:トランペット型の補聴器。↩
- プラーター:プラーター公園のこと。↩
- 聖書に出てくるらしいマグダレンって女の子:マグダラのマリアのこと。↩
- ママ・ラブ・パパ:一九二三年に公開されたフォックストロット。原題『Mamma loves Papa: Papa loves Mamma』。↩
- ブダ・ペスト:ハンガリーの首都、ブダペストのこと。ここではBuda Pestと分けて記載されている。↩
- デンプシー対フィルポ:一九二三年にニューヨーク市で開催されたボクシングの試合。世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーと、アルゼンチン選手ルイス・アンジェロ・フィルポが戦った。↩
- ラム船団:禁酒法時代において、酒の密輸に使われた船団を指す言葉。↩
- ナイツ・オブ・ピティアス:ワシントンにある友愛団体。↩
- ロングビーチ:ニューヨーク州の都市。↩
- ガーデンシティ:一般には田園都市。ここではおそらくニューヨーク州ロングアイランドにあるガーデンシティ(地名)のこと。↩
- ロングアイランド:ニューヨーク州にある島。なお、著者のアニタ・ルースはロングアイランドで暮らしていたことがある。↩
- ダン・マクグリューの撃ち合い:カナダの詩人ロバート・W・サーヴィスによる詩。原題『The Shooting of Dan McGrew』。↩
- ドリー・マディソン:アメリカの第四代大統領ジェームズ・マディソンの妻。↩
- ズーラック:原文Zoolack。何を指しているのか不明。↩
- マダム・レカミエ:ジュリエット・レカミエ。十九世紀フランスのサロンにおける有名人。↩
- ニューアーク:アメリカのニュージャージー州にある都市。↩
- アルメニア人の虐殺:第一次世界大戦中のオスマン帝国において、アルメニア人が組織的に虐殺された事件。↩
- マダム・カルヴェ:エマ・カルヴェ。フランスのオペラ歌手(ソプラノ・ドラマティコ)。↩
- エディ・カンター:アメリカの俳優、コメディアン、ダンサー、歌手。↩
あとがき・基本情報
著者紹介
アニタ・ルース(Anita Loos)は、一八八八年にアメリカ合衆国カリフォルニア州で生まれました。若くから文才を発揮し、一九一〇年代からはD・W・グリフィス監督作やダグラス・フェアバンクス主演作をはじめとした多くのサイレント映画の脚本を執筆しました。
ルースは、一九二四年に雑誌「Harper’s Bazaar」にてコメディ小説『Gentlemen Prefer Blondes』を連載します。翌年の一九二五年に少部数が書籍として発売されるもすぐに売り切れ、増版後は瞬く間にベストセラーとなりました。後にこの小説は何度もミュージカル化・映画化されており、特に一九五三年の映画(一九四九年のミュージカル版の映画化。マリリン・モンローが主人公ローレライ、ジェーン・ラッセルが友人ドロシーを演じた)は大ヒットとなりました。
なお、一九二七年に発表された続編小説『But Gentlemen Marry Brunettes』では、ドロシーの身の上が明かされています。
ルースは晩年まで精力的に活動し、小説や脚本、そしてハリウッドでの経験などを語る自伝を何冊も発表しています。一九八一年に九三歳で亡くなりましたが、そのユーモアと鋭い洞察力により紡がれた作品は、今もなお多くの人々に愛されています。
謝辞
制作にあたってはProject GutenbergおよびInternet Archiveのリソースを多く使用しました。このような開かれたアーカイブを支える全ての方へお礼申し上げます。また、校正に協力いただいた方や、「参考に」と貴重な絶版既訳(『メトロポリス/殿方は金髪がお好き』[秦豊吉訳 1928 改造社]、『殿方は金髪がお好き』[秦豊吉訳 生田耕作監修 1982 奢霸都館]、『紳士は金髪がお好き』[常盤新平訳 1982 大和書房])をお譲りくださった方、そして本書をお手に取っていただいた方に、心より感謝いたします。
本ページでの公開
本ページは、2024年12月1日に出版した翻訳本の内容を無料公開する目的で、2025年4月に作成されました。日刊ドラキュラの企画サイトに間借りしています。
底本
Loos, A. (2021). The Project Gutenberg eBook of “Gentlemen prefer blondes” : The illuminating diary of a professional lady, by Anita Loos. Project Gutenberg. Retrieved May 1, 2024, from https://www.gutenberg.org/ebooks/66829
主な参考書籍
- Loos, A. (1998). Gentlemen prefer blondes and but gentlemen marry brunettes. Penguin Books.
- Loos, A. (1974). Kiss Hollywood Good-by. Viking Press.
- Loos, A. (1966). A Girl Like I. The Viking press.
奥付
- 書名:紳士は金髪がお好き
- 著者:アニタ・ルース
- 翻訳・制作・発行:フマノヒト
- ロゴ制作:藤木堂植物園
- 原本出版:1925年
- 翻訳本出版:2024年12月1日
- 本サイト公開:2026年4月3日
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