ミナ・ハーカーの日記
十一月一日
一日中、私たちは良い速さで旅を続けている。馬は自分たちが親切に扱われていることを知っているようで、自らすすんで最速で全行程を進んでいる。何度か馬を交換したが、絶えず同じ結果になるので、この旅は簡単なものだと思い始めてきた。ヴァン・ヘルシング博士は寡黙だった。彼は農民たちにビストリッツに急ぐと告げ、馬の代金として充分な報酬を払った。温かいスープやコーヒー、紅茶をもらい、出発した。ここは素敵な国だ。想像しうるあらゆる美しさに満ちていて、人々は勇敢で強く、素朴で、素晴らしい資質に満ちているようだ。彼らはとっても迷信深い。最初に立ち寄った家では、給仕の女性が私の額の傷跡を見たときに、十字を切り、邪悪な目を避けるために指を二本私に向けた。そのとき彼らはわざわざ余計にニンニクを入れたのだろうが、私はニンニクを受け付けない。それ以来、私は帽子やベールを脱がないようにしているので、今のところは疑われていない。私たちは迅速に旅をしており、噂話を広げる運転手を連れていないので、噂が伝わっていくよりも早く移動していっている。しかし、邪悪な目への恐怖の噂がずっと私たちの後ろをついて回るだろう。教授は疲れ知らずだ。私を長い間眠らせたが、彼自身は一日中休んでいない。日没時に私は催眠術をかけられ、私はいつものように《闇、打ち寄せる水、きしむ木》と答えたそうだ。つまり敵はまだ川の上にいるのだ。ジョナサンのことを考えるのが怖いが、なぜか今は彼のことも自分のことも心配してない。この文章は、農家で馬の支度を待っている間に書いている。ヴァン・ヘルシング博士が眠っている。哀れな彼はとても疲れていて、老いて、髪も灰色に見える。しかし彼の口は支配者のようにしっかりと引き結ばれている。眠っていても決意に燃えているのだ。順調に出発したら、私が馬を操縦することで、彼を休ませなければならない。これから何日もかかるのだから、彼の力が最も必要とされるときに、決して体調を崩してはダメだと言っておこう。準備万端、間もなく出発だ。
十一月二日、朝
説得に成功し、私たちは一晩中交代で操縦した。今、私たちの上に、寒いけれども明るい日の光が出ている。空気には奇妙な重苦しさがある──《重苦しさ》よりもいい言葉がありそうだが。つまり、私たち二人を圧迫していると表現したいのだ。とても寒く、暖かい毛皮だけが私たちを快適にしてくれる。夜明けにヴァン・ヘルシングに催眠術をかけられた。彼によると私は《闇、きしむ木、とどろく水》と答えたというから、川を上昇するにつれて川は変化しているのだろう。愛しい人が危険な目に遭わないように願う──必要以上の危険に遭わないようにという意味だ。しかし、私たちは神の手に委ねられている。
十一月二日、夜
一日中、馬を走らせた。国土は進むにつれて自然そのものとなってゆき、ヴェレスティでは遠く地平線上に低く見えたカルパチア山脈の大きな突起が、今では私たちの周りに集まり、正面にそびえ立って見える。私たちは二人とも元気そうだ。お互いに相手を元気づけようと努め、そうすることで自分たちも元気になっているようだ。ヴァン・ヘルシング博士によると、朝までにはボルゴ峠に着くだろうとのことだ。今ここには家が非常に少なく、教授は、私たちが最後に手に入れた馬は、交換できないかもしれないので、最後まで一緒に行かなければならないと言っている。彼は交換した二頭の他に、追加で二頭を手に入れ、今私たちは簡素な四頭馬車になっている。可愛い馬たちは辛抱強く、良い子で、何の問題も起こさない。他の旅行者に気を遣うこともないので、私でも運転することができる。昼間には峠に着くだろう。それ以前に到着するのは避けたい。だからのんびりと進み、順番に長い休息をとっている。明日はどうなるのだろうか。哀れな夫が苦しんだ場所を訪ねるのだから。神よ、我らをお導き下さい。そして、夫と親愛なる友人たちを、死の危険にさらされている人々を、お見守りください。私はといえば、神の目にはふさわしくない。残念なことだ! 私は神の目には穢れており、神の怒りを招かない人々の一人として神の前に立つことを許されるまで、そうあり続けるだろう。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシングの覚書
十一月四日
これは私の古くからの友人である、ロンドン、パフリート在住のジョン・スワード医学博士に宛てたものだ。万一彼に二度と会えなかった時のために記す。この書面が説明となるだろう。朝になったので、一晩中絶やさないようにしていた火のそばでこれを書いている──ミナ奥様が火を守る手助けをしてくれている。寒い、寒い。とても寒い上に、灰色で曇った空は雪で満ちている。雪が降ったら、地面はすでに凍って硬くなっているので、冬の間ずっと残り続けるだろう。雪がミナ奥様に影響したようで、一日中頭が重たそうで、彼女らしくなかった。彼女は眠り、眠り、ふたたび眠り続けていたのだ! いつもは活発な彼女が、一日中文字通り何もしていない。食欲さえ失ってしまった。休憩ごとにしっかりと書いていた小さな日記帳にも書き込んでいない。何かが私に、万事順調でないと囁いている。しかし、今夜の彼女はより元気だ。丸一日の長い睡眠が彼女を快復させ、今ではすっかり優しく、明るくなった。日没後、催眠術をかけようとしたが、残念なことに効果はなかった。日ごとに催眠術のかかりが弱り、今夜は完全に失敗した。まあ、神の意志は成し遂げられるだろう──それが何であろうと、我らをどこへ導こうとも!
さて、今までの記録に移ろう。ミナ奥様が速記をしないなら、私が面倒な古いやり方で書き記し、我々の日々が記録されずに終わらないようにせねばならないのだ。
昨日の朝、日の出直後にボルゴ峠に着いた。夜明けの兆しを見て催眠術の準備をした。我々は馬車を止め、邪魔が起こらないように馬車から降りた。私は毛皮で長椅子を作った。ミナ奥様はそこに横になって、いつものように、しかしこれまで以上にゆっくりと時間をかけて、短時間だけの催眠術の眠りについた。前と同じように答えが返ってきた。《暗闇と波打つ水》だ。その後、彼女は目を覚ました。明るく晴れやかな様子だった。我々は道を進み、すぐに峠に着いた。この時に彼女の態度が熱心になった。何か新しい導きの力が現れたのか、道を指差してこう言ったのだ。
「この道です」
「どうしてわかるのだね」私は尋ねた。
「知っていて当たり前です」と答えると、彼女は間を置いてこう付け加えた。「ジョナサンも通ったことがあるって、旅の記録を残してませんでしたか」
最初は奇妙に思ったが、すぐに該当する脇道が一本しかないことがわかった。ブコビナからビストリッツに向かう、もっと広くて堅くて利用されている馬車道とは全く異なり、少ししか使われていない様子だった。
我々はその道を下った。他の道が現れたとき──放置された道であり、小雪が降っていたため、道であるといつも確信が持てるわけではなかったが──馬だけが道を知っているようであり、我々は道がわからなかった。私は馬たちを自由にさせ、馬たちはとても辛抱強く進んでいった。やがて我々は、ジョナサンがあの素晴らしい日記に記したものをすべて見つけることができた。そして、何時間も何時間も旅を続けた。最初、私はミナ奥様に眠るよう進言した。ミナ奥様は眠ろうとし、無事に就寝した。彼女はずっと眠っていた。最終的には、私は不審に思い、彼女を起こそうとした。しかし、彼女は眠り続け、起こそうとしても彼女を起こせなさそうだった。彼女に害を為したくなかったため、あまり無理強いしたくはなかった。彼女は多くの苦しみを抱えており、時には睡眠をとることが重要だと知っているからだ。私はそのまま眠ってしまったようだ。というのも、私が何かをしでかしてしまったような罪悪感を突然覚えたからだ。私は手綱を持ったまま勢いよく身を起こしたが、賢い馬たちはこれまで通り走っていた。下を見ると、ミナ奥様はまだ眠っていた。日没まであとわずかだった。雪の上を太陽の光が大きな黄色く染め上げ、我々の場所は山が険しくそびえる場所に大きな長い影を落としている。我々は上へ上へと登っていく。すべてが自然に満ち、岩だらけで、まるでこの世の果てのようだ!
このとき、ミナ奥様を起こした。今回はそれほど支障なく目覚めた。それから私は彼女を催眠術で眠らせようとした。しかし、彼女は寝ない。まるで私が何もしていないかのようだ。それでも私は試行を続けたが、やがて彼女も私も暗闇の中にいることに気がついた。あたりを見回すと、太陽が沈んでいた。ミナ奥様が笑ったので、私は振り返って彼女を見た。彼女はすっかり目が覚めていて、あのカーファックスで初めて伯爵の家に入った夜以来見たことのないほど元気そうだ。私は驚いたが、安心はできなかった。しかし、彼女はとても明るく、優しく、私を思いやってくれるので、すべての不安を忘れることができた。我々は薪を持ってきていたので、私は火をつけ、彼女が食事の用意をしている間に馬を馬車から外して、風が防げる場所に繋いで餌を与えた。焚き火に戻ると、彼女は私の晩餐を用意してくれていた。食事の支度の手伝いをしようと近づいた。しかし彼女は微笑みながら、自分はもう食べたと言った──待ちきれないほどお腹が空いていたのだと言うのだ。私はそれに納得できず、深刻な疑念を抱いた。しかし彼女を動揺させるのが怖いので、そのことは黙っていた。彼女は私の配膳をし、私は一人で食事をした。それから我々は毛皮にくるまり、火のそばに横たわった。彼女には、私が見張りをしている間に眠るように言った。しかし、やがて私は見張りをすっかり怠ってしまった。ふと見張りを思い出すと、彼女が静かに横たわっており、しかし目を覚ましていて、とても明るい目で私を見ているのに気がついた。このようなことが一度、二度と続き、私は朝方までぐっすり眠ってしまった。目を覚ましたときに彼女に催眠術をかけようとした。残念なことに、彼女は素直に目を閉じたが、眠らなかった。太陽が昇り、昇り、昇った。それからやっと眠ったのだが、今度はその眠りが深すぎて彼女の目が覚めない。馬に馬具をつけ、準備を整えたところで、彼女を持ち上げ、馬車の中に寝かせなければならなかった。奥様はまだお休みで、寝顔は前より健康そうで血気がある。それが気に入らない。不安で、不安で、不安で仕方ない!──あらゆることが不安なのだ──考えることさえも不安だが、しかし道を進まなければならない。我々の勝負は生と死をかけたもの、あるいはそれ以上がかかっているものであり、たじろいではならないのだ。
十一月五日、朝
君と私は奇妙なものを一緒に見てきたが、そんな君も本件の記述については、私、ヴァン・ヘルシングが狂っているのだとまず思うかもしれない──多くの恐怖と神経への長い負担が、ついに私の脳を変えてしまったのだとね。なので、すべてにおいて正確に記載する。
昨日は丸一日ずっと旅を続け、どんどん山に近づき、ますます自然豊かで人跡の無い土地に移動した。険しい断崖や多くの滝があり、まるで自然が催すカーニバルのようだ。ミナ奥様はまだ眠り続けている。私が空腹を感じてそれを鎮めたときさえも、彼女を起こすことはできなかった──たとえ食べ物のためであっても起こせなかったのだ。この場所の致命的な呪縛が、あのヴァンパイアの洗礼に染まった彼女を支配しているのではと心配になり始めた。
「まあ、」と私は自分に言い聞かせた。「彼女が一日中眠るのなら、私は一晩中眠らないことにしよう」
荒れた道、それも古くて不完全な道路を旅しながら、私は頭を下げて眠った。再び、罪の意識と時間の経過を感じて目を覚ますと、ミナ奥様はまだ眠っており、太陽は低く沈んでいた。ところが、すべてが一変していた。険しい山々はさらに遠ざかり、我々は切り立った丘の頂上にさしかかっており、その頂上にはジョナサンが日記で語ったような城があったのだ。私は喜びと恐怖を感じた。良くも悪くも、今、終わりが近づいているのだ。私はミナ奥様を起こし、再び催眠術をかけようとしたが、残念なことに手遅れである時間になるまでに効かなかった。そのあと、大きな暗闇が我々を襲う前に──日没後も、天は消えた太陽を雪の上に映しており、すべてはしばらくの間、満遍ない薄明の中にあったのだ──私は馬を連れて、できる限り風が防げる場所で彼らに餌をやった。それから火を焚いた。今や目を覚ましており、以前にも増して魅力的になったミナ奥様を、焚き火のそばの敷物の中に快適に座らせておいた。私は食べ物を用意した。しかし、彼女は食べようとせず、ただ空腹ではないと言うだけだった。彼女が聞かないことを知っていたので、無理強いはしなかった。しかし私は、今こそ皆のために強くならなければと思い、食べた。それから、何が起こるか分からないという恐怖に駆られ、ミナ奥様が座っている場所の周りに、彼女の安全のために大きな輪を描いた。そして輪の上に聖餅をいくつか置き、それを細かく砕いて、全体がしっかり守られるようにした。彼女はずっとじっとしていた──死んだようにじっとしていた。そして彼女は、雪とそう変わらないほどまでに、ますます顔色を白くした。彼女は一言も話さなかった。しかし私が近づくと、彼女は私にしがみついた。彼女の哀れな魂が、こうして感じるのが苦痛なほどの震えで、彼女の全身を振動させていることがわかった。彼女が少し落ち着いた頃、こう言った。
「もっと焚き火のそばに行ったらどうかな」
彼女に何ができるか試したかったからだ。彼女は素直に立ち上がったが、一歩踏み出したところで立ち止まり、まるで打たれたように立ち尽くした。
「どうして行かないんだい」
私は尋ねた。彼女は首を横に振ると、戻ってきて元の場所に座った。そして、眠りから覚めたかのように目を見開いて私を見つめながら、ただこう言った。
「できないんです!」
そして、そのまま黙っていた。私は喜んだ。彼女ができないことは、我々が恐れている彼らの誰もができないことだと知っていたからだ。彼女の肉体が危険に晒されていても、魂は安全だ!
やがて馬が嘶き始め、私が行って落ち着かせるまで、手綱を引っ張っていた。私の手を感じると、馬たちは喜びのあまり小さく嘶き、私の手を舐めて、しばし静かになった。自然全てが鳴りを潜める寒い時間になるまで、私は夜中に何度も彼らのところへ行った。私が行くたびに彼らは静かになった。寒い時間になると、火が消えそうになった。今度は雪が舞ってきて、冷たい霧が立ち込めたので、私は薪を補充するために足を踏み出そうとした。暗闇の中でも、雪の上に常時見られるような何らかの光があった。あたかも舞い散る雪と霧の渦が、たなびく衣をまとった女性の形をとっているようだった。すべてが死んだような、重苦しい沈黙の中、まるで最悪の事態を恐れているかのように、馬が嘶き、身を縮めた。私は恐怖を抱いた──恐ろしい恐怖を。しかしその後、私が立っているその輪の中では、安全が確保されていることを感じた。更には、夜と、暗闇と、これまでの緊張と、恐ろしい不安が、これらの想像を引き起こしたのだと思うようになった。まるでジョナサンの恐ろしい体験の記憶が私を惑わせたかのようだった。雪片と霧が輪を描いて旋回し始め、ジョナサンに口づけしようとした女性たちの姿がおぼろげに垣間見えた。馬は低く低く身を縮め、男が痛みに耐えるときに呻くように、恐怖に呻いた。馬は恐怖を感じた時の狂気を持たないため、彼らは逃げ場がなかった。この奇異な人影が近づいてきて周りを取り囲んだとき、私は愛するミナ奥様の身を案じた。彼女を見たところ、彼女は落ち着いて座っており、私に微笑んだ。火を焚きつけるために火に歩み寄ろうとすると、彼女は私を掴んで引き止め、夢の中で聞く声のように、とても低くささやいた。
「ダメ! ダメです! 私を残して行かないでください。ここなら安全です!」
私は彼女の方を向き、目を見て言った。
「あなたはどうなんだね。そちらを心配してるんだ!」
これに彼女は笑った──低く、浮世離れした笑いだった──そして彼女はこう言った。
「私のことは心配なさらないで! どうして心配するんですか。私は、彼女たちに対して世界一安全なのに」
どういう意味か考えていると、一陣の風がふいて炎が燃え上がり、彼女の額の赤い傷が見えた。そして、なんということだろう、私は理解したのだ。そのとき理解せずとも、すぐに分かっただろう。霧と雪の織りなす渦の人影が近づいてきたが、聖なる輪には決して近づかなかったからだ。そして、彼らは実体化し始めた──この目でそれを見たのだから、神が私の理性を奪ったのでなければ確かなことだった──私の前には、彼女たちがジョナサンの喉にキスしようとしたときにジョナサンが部屋で見たのと同じ三人の女性が、生身の姿でいたのだ。私はその揺らめく丸みを帯びた姿、輝く鋭い目、白い歯、赤らんだ肌、官能的な唇を知っていた。彼女たちが哀れなミナ奥様に微笑んだ。彼女たちの笑い声が夜の静寂を通して響く中、彼女たちは互いに腕を絡ませて彼女を指差し、ジョナサン曰く《グラス・ハープが撫でられた時のような、ひりつく甘美な音》のような、ひりつく甘美な声色でこう言ったのだ。
「おいでなさい、妹よ。こちらへいらっしゃい。来なさい! 来なさい!」
恐怖のあまり、私は哀れなミナ奥様の方を向いた。そして、私の心は喜びで炎のように躍った。彼女の優しい瞳に宿る恐怖、反発、怯えが、私の心に希望を与えてくれたのだ! 神よ、彼女がまだ彼女たちの仲間でなかったことを感謝する。私はそばにあった薪をいくつか手に取り、聖餅を何枚か取り出して、火のほうへ向かって進み、彼らに近づいた。彼女たちは私から身を引き、低くおぞましい笑い声を上げた。私は薪をくべた。自分たちの守りの中では安全だと知ったので彼女たちを恐れなかった。彼女たちは、武装している私に近づくことができなかった。また、輪の中に残っているミナ奥様にも近づけなかった。彼女たちが輪に入ることができないように、ミナ奥様も輪を離れることができなかったのだが。馬は鳴きやみ、地面にじっと横たわっていた。雪がそっと降り積もり、馬は白くなっていった。あの哀れな動物たちは、もう恐怖を感じることがないのだと思った。
そして我々は、夜明けの日が雪の薄暗がりを赤く染めるまで、そこに留まった。私は孤独で、恐怖しており、悲嘆と恐れでいっぱいだった。しかし、その美しい太陽が地平線を登り始めると、再び気力を取り戻した。夜明けとともに、恐ろしい人影は渦巻く霧と雪の中に溶け、透き通った暗がりによる渦は城のほうへ遠ざかっていき、消えてしまった。
夜が明けたので、私は反射的にミナ奥様のところへ行き、催眠術をかけようとした。しかし、彼女は突然深い眠りにつき、そこから起こすことができなかった。彼女の眠りを通して催眠術をかけようとしたが、彼女は何も、かけらも反応を示さなかった。そして夜が明けた。まだ移動するには心配だった。火を焚き、馬を見たが、皆死んでいた。今日はこの地で行うことが多いので、太陽が高く昇るまで待機する。たとえ雪と霧で隠れたとしても、太陽が安全策となるような場所に、行かなければならないかもしれない。
まず朝食で力をつけ、そして恐ろしい仕事に取り掛かるつもりだ。ミナ奥様はまだ眠っている。そして、神に感謝すべきことだが、彼女は眠りの中で落ち着いているようだ。
ジョナサン・ハーカーの日記
十一月四日、夕刻
船の事故は、僕たちにとって大変なことだった。あの事故がなければ、とっくに船に追いついていただろう。そして、愛するミナは自由になっていたはずだ。このような状況下において、ミナのことを思うと恐ろしくなる。馬を用意して道を辿ることとなった。ゴダルミングが準備をしている間に、僕はこの書き付けをしている。僕たちは武器を持っている。ティガニーたちに交戦する心づもりがあれば、気をつけなければならない。ああ、モリスとスワードが一緒だったら良いのに。希望を持たねば! もしこれ以降に書けない場合に備えて、さようなら、ミナ! 君に神のご加護があることを願おう。
スワード博士の日記
十一月五日
ティガニーの一団が、荷馬車で川から急いで逃げていくのを、夜明けとともに目の当たりにした。彼らは荷馬車の周りを群れをなして取り囲み、あたかも追い詰められたかのように急ぎ足で進んでいく。雪は小降りであり、不思議な高揚感が感じられる。僕たち自身の高揚なのだろうが、ふしぎと憂鬱にも感じる。遠くからオオカミの遠吠えが聞こえる。雪が原因で山からオオカミが降りてきたので、四方から危険が迫っているのだ。馬の準備はほぼ整っており、もうすぐ出発することとなる。僕たちは、ある人物の死に向かって走るのだ。死ぬのは誰か、どこか、何によるのか、いつか、どのようになるのか、それは神のみぞ知ることだ。
ヴァン・ヘルシング博士の覚書
十一月五日、午後
少なくとも私は正気だ。正気だと証明するのは苦労したが、とにかく神の慈悲に感謝しよう。私はミナ奥様を聖なる輪の中で眠らせたまま、城へと向かった。ヴェレスティから馬車で運んだ鍛冶屋のハンマーが役に立った。扉はすべて開いていた。しかし、何かの悪意や不運で閉じてしまい、中に入って出られなくなってはいけないので、錆びた蝶番を壊しておいた。ジョナサンの苦い経験がここで役立った。彼の日記を思い出しながら、古い礼拝堂に辿り着いた。そこにすべきことがあると思ったからだ。空気は重苦しかった。硫黄の煙が立ち込めているようで、そのせいで時折めまいがした。耳鳴りがしていたか、もしくは遠くからオオカミの遠吠えが聞こえた。その時、愛するミナ奥様のことを思い出し、ひどく悩んだ。ジレンマに苦しめられたのだ。彼女をこの場所に連れてくる勇気がなかったので、ヴァンパイアから安全な聖なる輪の中に残してきた。しかしヴァンパイア以外にもオオカミがいるのだ! 私の任務はここにあり、オオカミについては、それが神の意志であるならば従わなければならないと決意した。それにオオカミが来たとしても、死とその先にある自由だけの問題に過ぎない。だから彼女のために選んだのだ。自分のためだけだったら、選択は簡単だった。ヴァンパイアの墓よりも、オオカミの口の中の方が、安らかな眠りにつけるだろう! こうして、私は自分の任務を続けることを選択した。
少なくとも三つの墓を見つける必要があることは分かっていた──彼女たちが住む墓だ。探して、探して、最後にはそのうちの一つを見つけた。その女性はヴァンパイアの眠りについていた。あまりの生命力と官能的な美しさに、私は自分が殺人を犯しに来たのではないかと身震いするほどだった。その昔このようなことがあったとき、私と同じ仕事をしようとした多くの男は、最後の瞬間に心に迷いが生まれ、そして次に神経に迷いが生じたに違いない。そのため、その者たちは手を下すのを遅らせて、さらに遅らせて、はたまた遅らせて、最終的には不死者が持つたんなる美しさとふしだらな魅力が彼をとりこにしてしまっただろう。そして、日没が来てヴァンパイアの眠りが終わるまで、彼はずっとそこにとどまったのだ。そして、綺麗な女性の美しい目が開き、愛しげに彼を見つめ、官能的な口がキスをしようとする──そして、男というのは弱いものだ。こうして、ヴァンパイアの仲間にもう一人犠牲者が加わる。不死者の陰惨な集団にまた一人加わるのだ!
この女性のような存在に心を動かされるのは、確かに何かしら惹かれるものがあるからだ。たとえ、歳月で摩耗して何世紀もの塵に覆われた墓に彼女が横たわっていたとしても、伯爵の隠れ家のような恐ろしい臭いがしていたとしてもだ。そう、私は惹かれたのだ──このヴァン・ヘルシングが、あらゆる目的と憎むべき動機をもってしてもなお──私の力を麻痺させ、私の魂そのものをむしばむような、先送りをすることへの切望に惹かれたのであった。自然な睡眠への欲求と、奇妙な重苦しい空気が私を圧倒しはじめていたのかもしれない。私が眠りについてしまったのは確かだ。甘美な誘惑に屈した者のように目を開けたまま眠っていると、雪で凍った空気の中から、悲痛と哀れみに満ちた長く低い慟哭が聞こえ、まるでクラリオンの音のように私を目覚めさせた。それは、私の愛するミナ奥様の声だった。
それからは再び恐ろしい任務に気を引き締めて取り掛かり、墓の蓋をこじ開けて、姉妹のもう一人、肌の色が暗い女を発見した。先ほど彼女の姉妹を見たように、立ち止まって彼女を見ることは、あえて避けた。再び魅惑され始めるのを防ぐためだ。探し続け、やがて、まるで愛する人のために作られたかのように背の高い大きな墓で、もう一人の美しい姉妹を見つけた。霧の粒子からその身を集めるのを、ジョナサン同様に私も見たことがあった。彼女はあまりにもきれいで、輝くように美しく、非常に官能的であった。私の中の人間の本能が、私の性の一部を呼び起こして彼女の一人を愛し保護しようとした。この新しい感情で私の頭はかき回された。神に感謝すべきは、私の愛するミナ奥様の魂の叫びが耳から消えなかったことだ。その呪縛が私をさらに苦しめる前に、残酷な仕事に神経を集中させた。この時までに、礼拝堂のすべての墓をわかる限り調べていた。そして、あの夜に我々の周りにあったのは三つの不死者の幻影だけだったので、それ以上に活性化した不死者は存在しないのだと考えた。他のどの墓よりも立派な、巨大で高貴なたたずまいの墓が一つあった。その墓には、ただ一個の単語が記されていた。
DRACULA
それならばこの墓は、多くの者が仕えている、ヴァンパイアの王である不死者の家なのだ。空の墓は、私が知っていることを雄弁に語り、証明していた。恐ろしい処置によってこの女性たちを元の死した姿に戻す作業を始める前に、ドラキュラの墓に聖餅をいくつか置き、不死者としての彼をその墓から永遠に追放したのだ。
それから恐ろしい作業を始め、ひどく恐怖することとなった。一体だけだったら、比較的容易だったろう。しかし、三体だ! 恐るべき行為を経験した後に、さらに二度取り掛かるとは。優しいルーシー嬢に対しても恐れを感じたのだ。何世紀も生き延びて、年月の経過によって強められた見知らぬ者たちに対して、恐れを感じないわけがない。彼女たちは機会が許せば、その穢れた命のために歯向かってきたのだろうから。
ジョン君、これは屠殺者の仕事だった。他の死者や、恐怖のどん底にある生者のことを考えて神経を尖らせていなかったら、続けることができなかっただろう。今でも身震いしている。しかし、神に感謝すべきことだが、すべてが終わるまで私の神経は耐えきった。最後の溶解の直前に、魂が救われたことに気づいた彼女による安堵と感謝の表情が現れなければ、途中で屠殺をやめていただろう。杭が打ち込まれるときの恐ろしい金切り声、胸に穴が開いてもがき苦しむ姿、血まみれの泡を吐く唇に耐えることはできなかっただろう。私は恐怖のあまり逃げ出し、自らの任務をやり残したかもしれない。しかし、もう任務は終わった! 今、私は哀れな魂達を憐れみ涙することができる。それぞれが穏やかな死の眠りにつき、まもなく消え去るのだろうから。ジョン君、私のナイフがそれぞれの頭を切り離すやいなや、体全体が溶け出し、本来の塵に崩れ落ちたのだ。まるで、何世紀も前に訪れるはずだった死が、ついにその姿を現し、《我、ここにあらん!》と大声で言い放ったかのようだった。
城を去る前に、その入り口を固定し、もう二度と伯爵がそこに不死者として入ることができないようにした。
ミナ奥様の眠る輪の中に入ると、ミナ奥様は眠りから覚めて、私を見て、私が耐え難い思いをしたことに対する苦しみから号泣した。
「さあ!」と彼女は言った。「このひどい所から離れましょう! こちらに向かっているに違いない私の夫に会いに行きましょう」
彼女は痩せて青ざめて弱っているようだったが、その目は澄んでいて、熱を帯びて輝いていた。彼女の青白さと不調を見るのが嬉しかった。なぜなら私の心は、あの血色の良いヴァンパイアの眠りへの新鮮な恐怖で満たされていたからだ。
そして、信頼と希望とともに、しかし恐怖に満ちつつ、我々は友人たちに──それと、ミナ奥様がこちらに向かっていると確信している彼に──会うために東に向かうのだ。
ミナ・ハーカーの日記
十一月六日
午後遅くに教授と私は、ジョナサンが来ることが分かっていた東側に向かって進んだ。道は急な下り坂だったが、重い毛皮や羽織を持たなければならなかったので、速くは進まなかった。寒気と雪に囲まれ、暖を取れずに取り残される可能性に直面するのは避けたかったのだ。食料も少しは持っていかなければならなかった。ここは完全に孤立した場所で、降雪の中で見渡せる限り、人が住んでいる気配さえなかったからだ。一マイルほど行ったところで、私が歩き疲れたので座って休んだ。私たちが振り返ると、ドラキュラ城の鮮明な輪郭が空を断ち切っているのが見えた。城のある丘のはるか下にいたので、遠近感によりカルパチア山脈が城の下に見えていた。私たちは城の壮大な姿を見た。城は千フィートの断崖の頂上にそびえており、両側に隣接する山の急斜面と城がある崖の間には大きな谷があるように思われた。何だが荒れていて不気味な感じがした。遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきた。オオカミは遠くにいるようだったが、降りしきる雪の中で不明瞭であっても、その声は恐ろしさに満ちていた。ヴァン・ヘルシング博士が探索している様子から、攻撃されたときに身を隠せる戦略的拠点を探しているのだと分かった。荒れた道はまだ下へ続いていて、吹雪の中でもそれをたどることができた。
しばらくして教授が合図をしたので、立ち上がって合流した。彼は素晴らしい場所を見つけていた。岩の中に自然にできたくぼみのような場所で、二つの岩の間に戸口めいた入り口がある。彼は私の手を取り、その中に引き入れた。
「ほら!」と彼は言った。「ここならあなたも安全だ。もしオオカミが来ても、一匹ずつ戦える」
彼は私たちの毛皮を運んできて、私のために快適な寝床を作り、いくつかの食料を取り出して私に押し付けた。しかし、私は食べることができなかった。食べようとすることにさえ嫌悪感を覚えた。彼を喜ばせたいとは思ったが、食べる気になれなかったのだ。彼はとても悲しげな顔をしたが、責めることはしなかった。彼は、ケースから野外用双眼鏡を取り出し、岩の上に立って、地平線を探し始めた。突然、彼は叫んだ。
「見なさい! ミナ奥様、見ろ! 見るんだ!」
私は飛び上がって、岩の上にいる彼の横に立った。彼は私に望遠鏡を渡し、指さした。雪はさらに激しく降り積もり、強風が吹き始めたため、激しく渦を巻いていた。しかし、舞う雪が時折降り止み、遠くまで見渡せる合間があった。私たちのいる高台からは遥か遠くまで見渡すことができた。そして遠くの、白い雪の塊の向こうには、黒いリボンのように曲がりくねった川が見えた。私たちのすぐ目の前、それほど遠くないところに──実際、今まで気づかなかったのが不思議なくらい近くに──馬に乗った一団が急いでやってきていた。一団の中に馬車、それも長い荷馬車があり、道ががたつくたびに、犬の尾のように左右に揺れていた。積もった雪に映えて彼らの服装が見えたため、農民かジプシーの類だとわかった。
荷車の上には大きな四角い箱が乗っていた。それを見たとき、終わりが近づいていることを感じた私の心臓は跳ね上がった。夕刻に差し掛かっていた。そして日没になると、それまでそこに閉じ込められていた《もの》が新たな自由を手に入れ、様々な形ですべての追跡から逃れられることを、私はよく知っていた。私は恐る恐る教授の方を向いた。驚いたことに、彼はそこにいなかった。一瞬の後、彼が下にいるのを見つけた。彼は岩を囲むように、昨夜避難したような輪を描いていた。それを終えると、再び私のそばに立ち、こう言った。
「少なくともあなたは、ここにいる限り彼から安全だ!」
彼は私から望遠鏡を取り上げると、次に雪が途切れた時に、目下の空間全体を見渡した。
「見なさい」と彼は言った。「奴らはすぐに来るぞ。馬に鞭を打って全力で疾走している」
彼は一旦言葉を止め、それからうつろな声で続けた。
「彼らは夕暮れ時に間に合うよう駈けているのだ。我々は遅すぎるかもしれない。神の思し召しのままに在らんことを!」
その時、また激しい雪が降ってきて、景色一面が見えなくなった。しかし、その雪はすぐに過ぎ去り、再び望遠鏡は平原に向けられた。その時、彼は突然の叫びを上げた。
「見ろ! 見てくれ! 見るんだ! ほら、二人の騎乗した男が、急いで南からやって来る。クインシーとジョンに違いない。望遠鏡をお持ちなさい。雪で見えなくなる前に見るんだ!」
私は望遠鏡を受け取って見た。その二人は、確かにスワード博士とモリス氏かもしれない。しかし、どちらもジョナサンではないことは確かだった。同時に、ジョナサンがそう遠くないということも分かっていた。周りを見回すと、こちらに向かってくる一行の北側に、猛烈な速さで走ってくる他の二人の男がいた。一人はジョナサンだとわかり、もう一人はもちろんゴダルミング卿に見受けられた。彼らも荷車を引いた一団を追っていたのだ。教授に伝えると、彼は学童のように歓声を上げ、雪で視界が利かなくなるまで熱心に見た後、私たちの避難所の入り口にある岩にウィンチェスターライフルを構えて使用する準備をした。
「みんな集まってきた」と彼は言った。「その時が来れば、ジプシーを四方から阻むことになるだろう」
私たちが話している間に、オオカミの遠吠えが大きくなり、こちらに近づいてきたので、私はリボルバーを手元に構えた。雪が少しおさまった瞬間に再び平原を見た。私たちのすぐそばで雪が激しく降り積もっているのに、その向こうでは、山頂に向かって沈むにつれて太陽がますます明るく輝いているというのは、不思議だった。望遠鏡を覗き込んで周囲を見渡すと、あちこちに点が、二つ、三つ、あるいはそれ以上の数で見えた──オオカミが獲物を求めて集まっているのだ。
私たちが待っている間の一瞬一瞬が長く感じられた。風は激しくなり、雪が渦を巻いて押し寄せてきた。ある時は、手の届く距離も見えないほどであった。ある時は、空虚な音を立てて風が通り過ぎては周囲の空気が晴れ、遠くまで見渡せるようになった。私たちは最近、日の出と日没を確認することに慣れていたので、日没がいつになるかはかなり正確にわかった。そして、間もなく太陽が沈むこともわかっていた。
様々なものが近くに集まりだすまで岩の避難所で待っていた時間が、私たちの時計では一時間未満だったとは信じがたいことだった。風は、より激しく、より厳しく、より堅調に北から吹いてきた。風は雪雲を追い払ったようで、雪は時々激しく降る程度であった。私たちは、追う者と追われる者、各団をはっきりと見分けることができた。不思議なことに、追われる側は自分が追われていることに気づいていないか、少なくとも気にしていないようだった。しかし、太陽が山頂でどんどん低くなるにつれ、彼らは速度を増して急いでいるようだった。
彼らはどんどん近づいてきた。教授と私は岩陰に身をかがめ、武器を構えた。教授には彼らを通さないという決意が見て取れた。全員が私たちの存在に気づいていない。
一度に二つの叫び声がした。
「止まれ!」
一つは私のジョナサンの声で、激情で上擦っていた。もう一つはモリス氏が強く毅然とした口調で発した静かな命令だった。ジプシーは英語を知らないかもしれないが、どんな言語であれ、その語調を読み違えることはないだろう。彼らは思わず停止した。そのとたん、ゴダルミング卿とジョナサンが一方から、スワード博士とモリス氏がもう一方から駆けつけてきた。ジプシーのリーダーは、まるでケンタウロスのように騎乗した見事な出で立ちの男であり、迫ってきた男たちを振り払うと、激しい声で仲間に進むようにと指示を出した。彼らは馬に鞭打ち、馬は前進した。しかし四人の男はウィンチェスターライフルを構え、誤解しようがない方法で馬を止めるように命令した。それと同時に、私とヴァン・ヘルシング博士が岩陰から立ち上がり、武器を彼らに向けた。囲まれたのを見て取り、男たちは手綱を締めて馬を止めた。リーダーが彼らに向かって一言言うと、ジプシー一行は皆、ナイフやピストルなど自分の持っている武器を引き抜き、臨戦態勢に入った。一瞬で事が始まった。
リーダーは手綱を素早く動かして彼の馬を前方へ出し、まず太陽──今や山頂に迫っている──を指さし、次に城を指して、私には理解できないことを言った。それに応じて、私たちの一行の四人は馬から飛び降り、荷車に向かって駆け出した。ジョナサンが危険な目に遭っているのを見たのだから、私はひどい恐怖を感じるべきところだった。しかし戦いの熱気が他の者たちと同様に私にも迫っていたのだろう。恐怖は感じず、ただ何かしなければという荒々しい願いがわき上がっていた。私たちの素早い動きを見て、ジプシーのリーダーが指示を出した。彼の部下が即座に秩序のなく荷車の周りに陣取ろうと試みた。各人が肩を突き合わせたり、他の人を押したりして、命令を遂行しようと躍起になっていた。
そんな中で、彼らの輪の片側にジョナサン、もう片側にクインシーが来て、無理やり荷車に近づこうとしているのが見えた。日が沈む前に任務を終えようとしているのが明らかであった。何も彼らを止めたり、妨げたりするものはないようだった。正面のジプシーが構える武器もナイフの一閃も、背後のオオカミの遠吠えも、彼らの注意を引く気配すらない。ジョナサンの勢いと、明確でひたむきな目的意識が、彼の前にいる人々を圧倒しているようだった。彼らは反射的に尻込みし、脇へ寄って彼を通らせた。彼は一瞬にして荷車に飛び乗り、信じられないような力で大きな箱を持ち上げ、車輪を越えて地面に投げ捨てた。その間にモリスさんは、彼側のティガニーの輪を力ずくで通り抜けなければならなかった。私は息を呑んでジョナサンを見つつも、モリスさんが必死に前進するのを目の端で見ていた。そしてモリスさんが道を切り開いたときに、ジプシーたちのナイフが彼に切りかかるのを目撃した。モリスさんがボウイナイフで攻撃をはじいてかわしたので、最初は無事に切り抜けたかと思った。ジョナサンが車から飛び降りると、モリスさんが左手で脇腹を押さえ、指の間から血が噴き出しているのが見えた。それでも彼は遅れをとらず、ジョナサンが必死に箱の片方を叩き、ククリナイフで箱の端を攻撃して蓋を取ろうとした時に、箱のもう片側をボウイナイフで必死に攻めた。二人が力を合わせたことで、蓋がゆるみ始め、釘が鋭い音を立てて引き抜かれ、箱の上部が投げ出された。
その時点でジプシーたちは、自分たちがウィンチェスターに囲まれ、ゴダルミング卿とスワード博士のなすがままだと見てとり、降参し、何の抵抗もしなくなった。山頂では日がほとんど落ちており、一行の影が雪の上に長く落ちていた。伯爵が箱の中で土の上に横たわっているのが見えた。荷車から落ちた木の破片が彼の上に散らばっていた。彼は死人のように蒼白で、蝋人形のようであり、赤い目は私のよく知る怨嗟の眼差しで睨みをきかせていた。
その目は沈みゆく太陽を映し、彼の表情は憎しみから勝利を確信したものに変わった。
しかし、その瞬間、ジョナサンの大きなナイフが一閃した。そのナイフが喉を切り裂き、同時にモリスさんのナイフが心臓に突き刺さったのを見て、私は悲鳴を上げた。
まるで奇跡のように思われた。私たちの目の前で、ほとんど息をつく間もなく、体全体が粉々に砕け、私たちの目の前から消えていったのだ。
最後の消失の瞬間、その顔に想像もしなかったような安らかな表情があったことを、生涯にわたってうれしく思うだろう。
ドラキュラ城は今や、赤い空に際立ち、その壊れた城壁のすべての石材もが夕日の光に照らされて、明瞭に形を表していた。
ジプシーたちは、私たちが死者の驚くべき消失の原因であると思い、何も言わずに身を翻して、あたかも命惜しむかのように走り去ってしまった。馬に乗っていない者は、荷馬車に飛び乗り、騎手に見捨ててくれるなと叫んだ。安全な場所に退避していたオオカミたちが後を追い、私たちだけが残された。
地面に倒れたモリス氏は、肘をついて脇腹に手を当てた。指の間からまだ血が噴き出していた。私は彼のもとに飛んでいった。もう聖なる輪が私を引き止めることはなかった。二人の医師も同様であった。ジョナサンは彼の後ろにひざまずき、傷ついたモリスさんは彼の肩に頭をもたれさせた。彼はため息をつきながら、弱々しい力で、私の手を、汚れていないほうの手で握った。心痛を私の表情に見たのだろう、私に微笑みながらこう言った。
「少しでもお役に立てたなら嬉しいね! ああ、神よ!」
彼は突然叫び、必死になって体を起こして座り、私を指し示した。
「これだけでも死ぬ価値があったな。見てくれ! 見てくれよ!」
太陽が山頂にちょうど沈み、赤い光が私の顔に降り注ぎ、バラ色の光に包まれた。その瞬間、男性方はひざまずいた。モリスさんの指を目で追った皆さんから、「アーメン」と重く真剣な声が上がった。
死にゆくモリスさんはこう語った。
「神よ、すべてが無駄でなかったことを感謝する! 見てくれ! お嬢さんの額は雪よりも綺麗だ! 呪いは過ぎ去った!」
そして、私たちの悲嘆すべきことに、モリスさんは笑顔で、静かに、勇敢な紳士として亡くなったのだ。