訳者あとがき

Translator’s Afterword 

ブラム・ストーカー作『Dracula』新訳を日毎に配信する『日刊ドラキュラ』企画を行った(2023年5月~11月)。

なお、現在は章ごと(原文通りの順番)で読むことができるページも作成してある。

『Dracula』邦訳と、本企画の位置付け

『Dracula』の完訳は、本企画以前に3作存在し、本企画途中(10月)に1作刊行された。それぞれについて簡単に紹介する。

『吸血鬼ドラキュラ』翻訳:平井呈一(1971)  1971年に創元推理文庫から出版。
多くの怪奇小説の翻訳紹介を手がけた平井氏による訳。長らくDracula邦訳は平井版のみだったため、日本のDracula観に大きく寄与した。
テキストからはアメリカ版を参照したことが読み取れる。翻訳はやや妙訳寄りであり、文章が細かく省略されたり、読みやすいように改変されている。
2023年現在絶版だが、今でも図書館などに多く置いてあるので、世代を問わず読んだ人は多い。

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『ドラキュラ 完訳詳注版』翻訳:新妻昭彦&丹治愛(2000)  2000年に水声社から出版。
長らく待ち望まれていた新訳であるばかりか、英文学者の新妻氏と丹治氏による研究書でもある。
イギリス版がベースにされた翻訳は、とても堅実で読みやすく、物語の雰囲気を伝えるものだ。詳細な注釈が添えられており、『Dracula』の舞台の知識も得ることができる。
以上の理由で、『Dracula』を日本語で読みたい方にはこの本がおすすめされることが多いが、2023年現在絶版。いつか復刊されてほしい一冊。

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『吸血鬼ドラキュラ』翻訳:田内志文(2014) 2014年にKADOKAWAから出版。
平井版も新妻&丹治版も絶版であった中で出版された新訳であり、『Dracula』に興味を持つ人々の手に広く渡ることとなった。
概して読みやすく、文庫本ということもあり手に取りやすい書籍。

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『ドラキュラ』翻訳:唐戸信嘉(2023) 2023年10月に光文社から出版。
先月発売された待望の新訳。大変丁寧な翻訳であり、訳注も詳細で楽しく読むことができる。水声社版が絶版となっている今、『Dracula』を読むのならばこちらの本をぜひおすすめしたい。

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そして、2023年5月に本企画『日刊ドラキュラ』が公開された。本企画はWEBサイトであり、加えて日付毎に切り分ける処理を施してあるため、上記の4作とは立ち位置が異なる。しかしながら、読者の方が「Draculaを完読した!」と言えるよう、不肖ながらも細心の注意を払って翻訳した。

もちろん、妙訳や部分訳、児童向けの省略版などを含めると、『Dracula』の邦訳の数は大きく膨れ上がる。そして、『Dracula』が日本語圏の人口に膾炙する上で、これらの書籍が果たした役割は計り知れない。
拙訳の電子版を販売開始した。買う必要はない。詳細は後述。

『Dracula』の「リアル日付配信」史

Draculaをインターネット上でリアルタイム配信する試みは、その分割方法こそ違うものの、以前から存在した。

Q&A:先行事例」及び「奥付:謝辞」に記載の通り、本企画は先行企画を参考にしている。

・『Dracula Blogged』Bryan Alexander氏(2005-)

・『Dracula Feed』Whitney Sorrow氏(2009)

・『Dracula Daily』Matt Kirkland氏(2021-)

上記のうち、『Dracula Daily』は2022年に英語圏インターネットで大きな話題となった。雑誌連載作品や連続ドラマが持ち得ていた「みんなで同時に読む」「時間をかけて物語が展開する」からこそのエンタメ性が、古典作品からも得られることの証左であった。

読み物に登場する人物が、自分と同じ速度で一日を過ごす状況は、どこか血の通った共感を呼び起こす。異なるライフサイクルで時を過ごしてきた登場人物と読者が、「今日は生きているが、明日生きているかは分からない」という強烈な共通点を持つからかもしれない。

『日刊ドラキュラ』制作過程の助け

古典翻訳の実績がないままに挑むには、『Dracula』は高い壁であった。無事に完訳できたばかりか、時に勿体無い評価をいただくことができたのは、主に次の4点のおかげである。

『Dracula』の文献資料 100年以上読み継がれてきた『Dracula』には、無数の研究や批評が存在し、訳文に迷った際に非常に役立った。特に詳釈本である『The Annotated Dracula』 (L. Wolf)はたいへん頼りになり、これ無しには『日刊ドラキュラ』の質は見栄えしないものとなっていただろう。興味のある方は副読本としてぜひ手に取ってほしい。また、水声社版の注釈にも助けられた。
その他、主なものは参考文献として「奥付:参考文献」に記載している。
協力者 英文読解に戸惑ったときに助けてくださった方々、訳文のチェックを行っていただいた方々、進捗を見張っていただいた方々など、それぞれに改めて厚くお礼申し上げる。
また、サイト作成や宣伝を含めた全過程において相談に乗っていただいた友人2名と、本企画を読んでくれた妹たちにも深く感謝する。
そして、毎回の記事公開時に訳文のエラーを報告していただいた読者の方々には、格別の感謝を申し上げたい。今後とも、エラー発見時にはぜひ問い合わせフォームよりご一報ください。
Project Gutenberg Project Gutenbergは、著作権切れの書籍を電子化して無償で公開している団体だ。日本語圏で例えると『青空文庫』と理念を近しくする。
質の良い原文テキストファイルは、翻訳作業に取り掛かる上で欠かせないものであり、本企画を根底から支えるものであった。
他のプロジェクトや作品 『Dracula』と全く関係のない作品/書籍からも、色々と参考にしたり励みを得た。感謝と共にご紹介する。
  • 『ジェイン・オースティンの読書会』
    この本に憧れて、別ジャンルの読書会に参加させていただいたことは、本企画を取り行ったきっかけの一つ。人の感想を聞くのは楽しいことに気づいた。
  • Kentucky Route Zero
    私家翻訳として公開された新訳への感動が、Dracula翻訳を手掛けるきっかけの一つとなった。
  • 『フロベールの鸚鵡』
    動物に関する記述のみ抜粋した章が、本企画にサイト内検索を作った遠因である。読者が好きな箇所だけ抜粋して再読できたら面白いと思ったため。
  • Disco Elysium
    リプレイ性(定義が曖昧な単語だが、ここでは「何度プレイしても楽しかった!」程度の意味)が高い名作。2022年は余暇をほとんど『Dracula』翻訳とDisco Elysiumに費やしていたため、『日刊ドラキュラ』の思い出は全てDisco Elysiumと共にある。

展開

章ごとに読めるページの追加(2023.Nov.08 済) 訳文を章ごとに読むことができるようにした。本サイト上部のメニューからアクセスできる。
日付ごとの配信が向いてないと感じた方や、原作通りの順番で読んでみたい方は、ぜひ確認してほしい。
電子書籍版の販売(2023.Oct.31 済) 電子書籍版(Kindle)を販売した。
本サイト上ではCSSで字下げを行っているため、鉤括弧も字下げされてしまっている。電子書籍版では、一般の小説と似た感覚で読めるよう、字下げを含めた細かな調整をした。
本サイト掲載とほぼ同文であり、誤字修正もサイトの方がはやい。サイトはしばらく置いておくので、あえて買う必要はない。
青空文庫へのURL掲載(2023.Dec.25 済) 青空文庫に『日刊ドラキュラ』のURLを登録いただいた。

最後に

上記「展開」及び他の事項について、何か動きがあればTwitterに投稿します。記事の配信は一旦終了したので、Twitter、Mastodon、及びメール購読機能のフォローは外していただいて大丈夫です。

アクセス解析していないので肌感覚となりますが、企画書段階での目標は無理なく達成できたようで嬉しいです。半年間ありがとうございました。

以上

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