第二十章

ジョナサン・ハーカーの日記

十月一日、夕刻

ベスナル・グリーンの彼の家でトーマス・スネリングに会ったが、残念ながら何も覚えていない状態だった。僕の来訪に備えて開かれたビールの誘惑が大きすぎて、期待に反して早くも酩酊状態に入ってしまっていたのだ。しかし、まともな人物と見受けられる彼の妻から、トーマス・スネリングはスモレットの助手にすぎず、二人のうちスモレットが責任者だと知った。そこで僕がウォルワースに馬車を走らせると、ジョセフ・スモレット氏が家にいて、ワイシャツ姿でソーサーから遅めの紅茶を飲んでいた。彼はまっとうで知的な男で、明らかに善良で信頼できる類の職人であり、彼独自の分別をつけていた。彼は箱の出来事についてすべて覚えていて、ズボンの尻部分にあった不可思議な収納口から取り出した、半ば掠れて消えている鉛筆により太く象形文字のように記入されている、角が折られた素晴らしい手帳から、箱の行き先を教えてくれた。カーファックスで受け取った荷物の中には、マイルエンドニュータウンのチックサンド通り197番地に配送した六個と、バモンジーのジャマイカ通りに配送した六個があったという。もし伯爵がロンドン中にこのおぞましい住処をばらまくつもりなら、これらの場所は最初の受け渡し場所として選ばれただけで、後からもっと充分に分配できるようにしてあったのだろう。その計画的なやり口を考慮すると、ロンドンの二箇所にとどまるつもりはないのだろうと思われた。伯爵は今やロンドンにおいて、北岸の東の果て、南岸の東側、そして南側に陣取っていたのだ。ロンドンの北と西を、彼の極悪非道な計画から外すつもりはないはずだ──ましてやシティ・オブ・ロンドンや、南西と西にある社交の中心地はなおさらだ。僕はスモレットへ、カーファックスから他に箱が持ち出されたことがあるかどうか尋ねた。

スモレットはこう答えた。

「さて旦那、あんたは俺をとっても大切に扱ってくださったんだから」──僕は彼に半ソブリンを渡していた──「俺が知っているこたあ、ぜんぶお話ししちゃうね。ブロクサムって男が四日前の夜、ピンチャーズ・アレイの《ウサギと猟犬》店で、パフリートのボロ屋で仲間と珍しい埃まみれの仕事をしたって言ってんのを聞いたのさ。そんな仕事はそうそうないだろうから、サム・ブロクサムなら何か教えてくれるんじゃないかと思うね」

その男がどこにいるか教えてくれないかと尋ねた。もし住所を教えてもらえれば、もう半ソブリン分の価値があると伝えた。そこでスモレットは残りのお茶を飲み干すと、すぐに捜索を開始すると言って立ち上がった。彼は扉の前で立ち止まり、こう言った。

「いいかい、旦那、あんたをここに閉じ込めておいても意味がねえんよ。つまり、サムはすぐに見つかるかもしれねえし、見つからねえかもしれねえから。でも、どっちにしろ、奴さんは今夜、あんたに多くを話せる状態じゃねえだろうさ。サムは酒を飲み始めると途端におかしくなるから。切手を貼って住所を書いた封筒をくれたら、サムの居場所を探し出して今夜にでも投函するがね。でも、早起きしないとサムは見つけられねえかもしれねえな。サムは前の晩の酒を気にしねえで、早くから出かけるから」

これはすべて実利的なことだったので、子供たちの一人が一ペニーを持って封筒と紙を買いに行き、そのおつりを駄賃としてやることになった。彼女が戻ってくると、僕は封筒に宛名を書き、切手を貼って、スモレットが居場所を見つけたら投函することを再びしっかりと約束した後に、家路についた。とにかく軌道には乗った。今夜は疲れたので眠りたい。ミナはすでに寝ており、顔色も悪い。まるで泣いていたかのような目をしている。かわいそうに、何も知らされずにいるのは不安だろうし、僕や他の人たちのことが余計に気になるのだろう。でも、このままが一番いい。神経が参ってしまうより、今こうして失望したり心配したりする方がましなのだ。医師たちが、この恐ろしい仕事に彼女を関わらせないようにと主張したのは、まったく正しいことだった。沈黙という重荷を背負うことになるのだから、断固とした態度で臨まねばならない。どんなことがあっても、彼女とはこの話題に触れないようにしよう。実際、これは難しい仕事ではないかもしれない。というのも、ミナ自身がこの話題に消極的になっており、僕たちの決定を伝えて以来、伯爵やその行いについて話さなくなったからだ。

十月二日、夕刻

長く、試練に満ちた、刺激的な一日。朝一番の郵便で、僕宛の封筒を受け取った。封されていた汚い紙切れには、大工の鉛筆で、伸びやかな字でこう書かれていた。

《さむ・ぶろくさむ、こーくらんす、4、ぽたーずこーと、ばーてるどおり、うぉるわーす。かーりしあにといあわせのこと》

ベッドで手紙を受け取り、ミナを起こさずに起き上がった。ミナは体が重く、眠そうで、顔色も悪く、体調が良いとは到底思えなかった。彼女を起こさず、この新たな探索から戻ったら、彼女がエクセターへ帰れるように手配しようと決めた。我が家にいて日々の仕事に追われている方が、僕たちと一緒にいて何も知らされずにいるより、幸せなことだろう。スワード博士に少しだけ会って行き先を告げ、何か分かったらすぐに戻ってきて他の人に話すと約束した。ウォルワースまで馬車で行き、少し苦労してポッターズコートを見つけた。スモレット氏の綴りに惑わされて、ポッターズコートではなくポターズコートの場所を尋ねてしまったのだ。しかし、一度コートを見つけると、コーコランの下宿を見つけるのに苦労はしなかった。玄関に来た男性に《カーリシア氏》を尋ねると、彼は首を横に振って言った。

「知らないね。そんな奴はここにゃあおりません。生まれてこのかた聞いたこともありゃしません。ここにもどこにも、そんな人はいねえはずだね」

僕はスモレットの手紙を取り出し、それを読みながら、ポッターズコートの綴り間違いから得た学びが導線になるかもしれないと思った。

「あなたは何者ですか」僕は尋ねた。

「管理者だ」と彼は答えた。

僕はすぐに、自分が正しい道を歩んでいることを悟った。発音通りの綴りが、またしても僕を惑わせたのだ。半クラウンのチップで管理者の知識を自由に使えるようになった。前夜コーコランの店でビールの残りを飲み干したブロクサム氏が、その日の朝五時にポプラでの仕事に出発したことが分かった。彼はその仕事場がどこにあるかはわからなかったが、《新しいタイプの倉庫》のようなものだという漠然とした見当をつけていた。そのような頼りない情報を元に僕はポプラに向かうことになった。その建物について満足できるような手がかりを得たのは十二時を回ってからだった。手がかりは、何人かの労働者が夕食を取っていたコーヒー店で得たものだった。その中の一人が、クロスエンジェル通りに新しい《冷蔵倉庫》が建設中だと示唆し、これが《新しいタイプの倉庫》の条件にぴったりだったので、すぐにそこへ馬車を走らせた。不機嫌な門番と険悪な雰囲気の現場監督の二人と面会し、両者を王国の貨幣でなだめすかし、ブロクサムの行方を掴んだ。私的な問題について彼にいくつか質問する特権を得られたら彼の日当を現場監督に払ってもよいと提案すると、ブロクサムを寄越してきたのだ。ブロクサムは口調も態度も荒いが、なかなか賢い男だった。僕が情報に対してお金を払うと約束し、手付金を渡すと、カーファックスとピカデリーの家の間を二度往復し、カーファックスの家から後者の家に九つの大きな箱──「すげえ重いの」──を、この目的のために雇った馬と荷車で運んだことを教えてくれた。ピカデリーにあった家の番地を教えてほしいと頼むと、彼はこう答えた。

「ええと、旦那、番地は忘れたけど、大きな白い教会か何かのすぐそばだったね。建って間もない奴。埃っぽい古い家だが、俺たちが箱を運び出してきた家の埃っぽさには及ばねえな」

「どちらも空き家なのに、どうやって入ったんですか」

「パフリートの家で待っていた年寄りがいたんだ。箱を持ち上げて車に積むのを手伝ってくれた。驚いたことに、今まで会った中で一番強い男だな。白い口髭を生やした年寄りで、影もできねえんじゃないかってほど痩せててよ」

この言葉に、どれほど興奮したか!

「どうやってか奴の側の箱の端をお茶の束みてえに軽々持っちまってさ、俺は自分のを片す前に息も切れ切れだってのに──俺だって弱っちくねえのに」

「ピカデリーの家にどうやって入ったんですか」僕は尋ねた。

「奴はそこにもいたんすよ。俺より先に出発してそこに着いたに違いねえな。呼び鈴を鳴らしたら、奴さんが扉を開けて、廊下に箱を運ぶのを手伝ってくれてさ」

「九箱全てをですか」僕は尋ねた。

「ああ。最初の荷物が五つ、二番目の荷物が四つ。実に疲れる作業で、どうやって家に帰ったのかよく覚えてないね」

僕は彼の言葉を遮った。

「箱は広間に置いたんですか」

「そうとも。大きな広間で、他には何もなかったね」

僕はもう一度、状況を確認した。

「鍵は持っていなかったんですか」

「鍵も何も使っていねえな。あの老紳士が扉を開けて、俺が走り去るとまた扉を閉めたんでね。二回目は覚えてねえけど──ビールのせいだろうな」

「家の番号も覚えていないのでしょうか」

「そう。でも、何の問題もねえよ。高台にあって、正面はへさきのついた石造りで、正面扉まで高い階段があるやつさ。銅貨を稼ぎに来た三人の奴らと一緒に箱を運んだから、階段は覚えてる。老紳士は奴らに報酬を与えて、奴らは報酬があまりに多かったんで、もっと欲しがった。でも老紳士はそのうちの一人の肩を掴んで、階段の下に投げ捨てようとしてね。で、奴らは罵りながら立ち去ったってわけ」

この説明で家を見つけられると思い、この友人に情報料を支払ってピカデリーへ出発した。僕は新たな苦い知識を得た。伯爵が自分で土の箱を扱えることが明らかとなったのだ。もしそうなら、時は貴重だ。伯爵は、ある程度の分配ができたのだから、好きな時間に、人知れず作業を完了できる。ピカデリーサーカスで馬車を降り、西に向かって歩いた。ジュニア・コンスティテューショナルを越えたところで、僕は説明された家に出くわし、これがドラキュラの手配した次の隠れ家であると確信した。その家は、長い間、人が住んでいないようだった。窓は埃にまみれており、雨戸は閉まっていた。窓枠はすべて経年で黒くなり、鉄からはほとんど塗装が剥げ落ちていた。つい最近までバルコニーの前に大きな看板があったことがわかった。その看板は乱暴に引き剥がされたらしく、支えていた支柱がまだ残っていた。バルコニーの手すりの裏側には、端が白く見えた状態で、板が何枚か残っているのが見えた。もし、この看板がそのままの形で残っていたら、この家の所有者を知る手がかりになったかもしれない。僕は、カーファックスを調査して物件を購入したときのことを思い出し、前の所有者を見つけることができれば、この家に入るための何らかの方法が発見できるかもしれないと感じずにはいられなかった。

ピカデリー側からは今のところ何も分からず、どうすることもできないので、僕は家の裏側に回って、こちらから何か情報を集められないかと考えた。ピカデリー側の家並はほとんど入居しており、路地は活発だった。その辺で見かけた馬丁や小間使いに、空家について何か知っていることはないかと尋ねた。そのうちの一人が、最近この家が買われたと聞いたが、売り手は分からないと言った。しかし、最近まで《売り物件》の掲示板があったこと、そして、おそらくミッチェル・サンズ&キャンディという住宅代理店の名前をその掲示板に見た覚えがあるので、何か教えてくれるかもしれないと言っていた。あまり熱心だと思われるのも、情報提供者にあまり多くを知られて推測されるのも嫌だったので、普通にお礼を言いながら、ゆっくりと歩き去った。夕暮れ時になり、秋の夜が迫ってきたので、時間を無駄にしないようにした。バークレーにある名簿でミッチェル・サンズ&キャンディの住所を知り、すぐにサックヴィル通りにある彼らの事務所に向かった。

僕が会った紳士は、とても上品な物腰だったが、それと同じくらい口が固かった。彼は、ピカデリーの家──それを彼は《邸宅》と呼んでいたが──が売れたと伝えた後、用件は終わったと思ったらしい。誰が買ったのかと尋ねると、彼は少し目を見開いて、数秒の間をおいてこう答えた。

「売約済みですよ、お客さま」

「御免ください」と僕は同じくらい丁寧に言った。「特別な用件があり、ぜひご購入者がどなたか知りたいのです」

彼はさらに間を置き、さらに眉を上げた。

「売約済みです、お客さま」と、またもやそっけない返事だ。

「そうでしょうとも」と僕は答えた。「あまりお気に留めず、お教えくださいませんか」

「気にしますよ」と彼は答えた。「ミッチェル・サンズ&キャンディでは、顧客の情報は絶対に安全なのですから」

明らかに第一級の堅物なので、議論しても仕方がない。そこで、彼と同じ土俵で話をするのが一番だと思い、こう言った。

「あなたの顧客は、毅然とした態度の秘密の守護者がいて、幸せですね。専門家ですからわかります」ここで僕は名刺を渡した。「本件、好奇心で動いているのではありません。最近売りに出されたと把握している物件について、何かしら知りたいとお考えのゴダルミング卿のために行動しているのです」

この言葉は状況に変化を及ぼした。

「ハーカー様、可能であればあなたにご協力したいところです。特にゴダルミング卿にはご協力したいと考えます。以前、あの方がアーサー・ホルムウッド閣下であったとき、我が社は閣下のために部屋をお借りするといった些末なことを手配いたしました。もしゴダルミング卿のご住所をお教えいただければ、この件に関して会議に諮り、その結果の如何にかかわらず今夜の郵便で閣下にご連絡を差し上げるつもりです。我が社の規定を逸脱してでも、閣下に必要な情報をお伝えできれば幸いです」

敵ではなく友人を作りたかったので、礼を言い、スワード博士の家の住所を伝えて立ち去った。もう辺りは暗く、僕は疲れて空腹だった。エアレイテッド・ブレッド・カンパニーでお茶を飲んで、次の列車でパフリートに戻った。

他の人たちはみんな家にいた。ミナも疲れて青白い顔をしていたが、明るく振舞おうとしているのがいじらしかった。僕の隠し事でミナが動揺したと思うと、胸が痛む。ミナが僕たちの会議を窺って、秘密にされているのを不安がるのも、今夜が最後となるだろうから、本当によかった。過酷な仕事に彼女を巻き込まないという賢明な決断を遵守するには、僕の全勇気が必要だった。彼女はどうやら前より納得したようだ。あるいはこの話題そのものが嫌になってしまったのかもしれず、何か偶発的に話が持ち上がると身震いしている。彼女がこのように感じる状況では、知識が増えることは拷問に等しいことだろうから、決断が間に合ってよかった。

その日の発見を伝えるのは、僕たちだけになるまでできなかった。だから夕食後──体裁を保つために少し音楽を聴いてから──僕はミナを部屋に連れて行き、彼女をベッドに寝かせおいた。ミナはこれまで以上に僕に愛情を注ぎ、僕を引き留めるかのようにしがみついた。しかし話すべきことがたくさんあったため、僕はその場を離れた。ありがたいことに、言葉を交わさなくなったからといって、僕たちの仲には何の変化もない。

再び階下に赴くと、他の人たちは書斎の暖炉を囲んでいた。列車でこれまでの日記を書いてきていたため、それを読み聞かせるのが自分の情報を知ってもらう一番いい方法だと思った。読み終えるとヴァン・ヘルシングが言った。

「今日はよく頑張ったな、ジョナサン君。間違いなく、我々は行方不明の箱の行方を追跡できている。もし、その家で全部見つかれば、我々の仕事は終わりに近い。もしいくつか欠けているものがあれば、それを見つけるまで探さなければならない。そのあとで、最後の一手を加え、あの悪党を真の死まで追い詰めるのだ」

僕たちはしばらく黙っていたが、おもむろにモリス氏が言った。

「なあ! その家にどうやって入るんだい」

「もう一つの家には入ったじゃないか」とゴダルミング卿はすぐに答えた。

「でも、アート、これは違うぜ。カーファックスの家には侵入したが、夜だったし塀に囲まれていたし敷地もあった。ピカデリーで忍び込むのは、昼でも夜でも、まったく違うことだろうさ。正直言って、その代理店の奴が何らかの鍵を用意してくれないと、どうやって入っていけばいいのかわからないね。明日の朝、手紙を受け取ればわかるかもしれねえけど」

ゴダルミング卿は眉をひそめ、立ち上がって部屋の中を歩き回った。やがて立ち止まった彼は、僕たちの各人に向き直りながら言った。

「クインシーに一理あります。この不法侵入は本格的なものとなるでしょう。一度はうまくいったものの、今回は困難な条件がある──伯爵の鍵箱が見つからない限りは、ですが」

朝までに何もできることがなく、少なくともゴダルミング卿がミッチェル・サンズ&キャンディから連絡を受けるまで待つのが望ましいので、朝食の時間までは積極的な活動をしないこととした。それから結構な時間、僕たちは座ってタバコを吸いながら、この問題について様々な角度から議論した。僕はこの機会を利用して、この日記を今この瞬間まで書き進めた。とても眠いので寝ることとする。

一行だけ追記。ミナはぐっすり眠っていて、呼吸は規則正しい。寝ていても考え事をしているのか、おでこに小さなシワが寄っている。まだ顔色は悪いが、今朝ほどやつれた感じはない。明日はきっと元に戻るだろう。エクセターの家では本来の彼女に戻るはずだ。ああ、眠い!

スワード博士の日記

十月一日

レンフィールドについて改めて困惑している。また、彼の気分は急速に変化するので、把握が難しいと感じている。彼の気分は常に彼自身の健康状態以上の何かを意味するため、興味深い研究対象以上のものとなっている。今朝、彼がヴァン・ヘルシングを退けた後に会いに行ったとき、彼の態度は、まるで運命を支配する男のようだった。彼は実際、彼の主観において、運命を支配していたのだ。彼は、地上の物事に無関心で、雲の中から、僕たち哀れな人間の弱さや欲望をすべて見下ろしていた。この機会を利用して何かを学ぼうと思い、彼に尋ねた。

「最近、ハエはどうですか」

彼はかなり優越的な感じで僕に微笑みながら──マルヴォリオのような微笑みだ──答えた。

「親愛なる先生、ハエには一つの顕著な特徴があります。その羽は、霊体の飛行力を表しています。古代の人々が魂を蝶に見立てたのは慧眼だったと言えましょう!」

彼の比喩を論理的な方向にできる限り導こうと思い、すかさずこう言った。

「ああ、今は魂を追い求めているんですね」

彼の狂気が理性をくじき、困惑した表情が彼の顔に広がった。めったに見たことのない断固とした態度で頭を振りながら、彼は言った。

「いや、いや! 魂はいらない。命だけでいいんです」ここで、表情が明るくなった。「私は今のところ、命についてかなり関心がないんです。人生うまくいっているし、欲しいものはすべて手に入れていますから。ゾウオファガスについて研究したいのなら、新しい患者を見つけなければなりませんよ、先生!」

この言葉に少し戸惑ったので、僕は彼を引き留めた。

「では、あなたは生命を司っているんでしょうか。自分が神だとでも?」

彼は、何とも言えない優越感に満ちた笑みを浮かべた。

「いいえ! 神の属性を自らに課すのは、私には縁遠いことです。私は、神には、特に神の霊的な行いには、関心がありませんから。私の知的立場を主張しましょう。私は、地上の事柄に関する限り、エノクが精神的に占めていた立場にいるのです!」

これは難解だった。エノクの特徴が今ひとつ思い出せなかったので、簡単な質問をする羽目になったが、そうすることで狂人の目から見た自分自身を貶めている気さえした。

「どうして、あなたがエノクと同じなんですか」

「エノクは神と共に歩んだからです」

僕はその比喩がわからなかったが、それを認めたくなかったので、彼が否定したことに立ち戻った。

「では、あなたは生命に関心がなく、魂も欲していないのですね。どうしてですか」

僕はこの質問を、素早く、やや厳しく、彼を狼狽させる目的で行った。その試みは報いられた。しばし、彼は無意識のうちに以前の卑屈な態度に戻り、僕の前に低く身をかがめ、媚びを売りながら答えたのだ。

「魂なんていりませんよ、本当に! いらないんです。持っていたとしても使えない、私にとって使いでのないものです。食べられないし──」

彼は突然言葉を止め、以前のような狡猾な表情が、風が水面を撫ぜるように、その顔に広がっていった。

「先生、生命なんて結局のところ何ということもありません。必要なものをすべて手に入れ、この先決して欲しないとわかっていれば、それで十分ではないでしょうか。私にも友がいます──良い友人です──スワード博士、あなたのようなね」これは言いようのない狡猾な表情を浮かべて言われた。「今後の私は、生命を得る手段を欠くことはないと、分かっているんです!」

狂気で曇った目ながら、僕の中に何らかの敵対心を認めたようだった。つまり、レンフィールドはすぐに、彼のような人間の最後の避難所に──つまり、執拗な沈黙に逃げたのだ。しばらくもせずに、今彼と話しても無駄だと悟った。彼が不機嫌だったので、立ち去った。

後日、彼に呼びつけられた。普段なら特別な理由がなければ行かないのだが、今の僕は、快く引き受けるほどに彼にとても興味があった。それに、何か暇つぶしになればうれしい。ハーカーは手がかりを追って出かけた。ゴダルミング卿とクインシーも同様だ。ヴァン・ヘルシングは僕の書斎でハーカーが作成した記録に目を通している。すべての詳細を正確に知ることによって、何か手がかりが得られると考えているようだ。ヴァン・ヘルシングは、理由もなく仕事の邪魔をされるのを嫌がる。彼を連れて患者に会いに行くこともできたが、前回のレンフィールドの拒絶からもう行きたくないかもしれないと思い直した。更にもう一つ理由がある。レンフィールドは第三者の前では、二人でいるときほど自由に話せない可能性があるのだ。

対面した時、レンフィールドは床の真ん中でスツールに座っていた。これは通常、彼が何らかの精神力を有していることを示す体勢だった。僕が中に入ると、彼はまるでその質問をするのを待っていたかのように、すぐにこう問いかけた。

「魂についてどう思いますか」

その時、推測が正しかったことが明らかになった。狂人であっても、無意識のうちに脳が働いていたのだ。僕はこの問題を解決することを決意した。

「あなたにとってはどうなんですか」と僕は尋ねた。

彼はしばらく返事をしなかったが、答えの糸口を見つけることを期待しているかのように、自分の周りをくまなく見回し、上下に目をやった。

「魂なんていりません!」

彼は弱々しく、言い訳がましく言った。この問題は、彼の心に食い込んでいるようだったので、それを利用しようと決心した──《人の為にのみ残酷さを行使せよ》。そこで僕は言った。

「あなたは生命が好きで、生命を欲しているのですね」

「そうです! でも生命については別にいいんです。あなたが心配する必要はありませんよ!」

「でも」と僕は尋ねた。「魂を手に入れることなく、どうやって命を手に入れるんですか」

この質問は彼を困惑させたようだったので、僕は続けた。

「何千ものハエやクモ、鳥や猫の魂があなたの周りを賑やかに飛び交う、楽しい時間が過ごせることでしょう。彼らの生命を得たということは、彼らの魂を我慢しなければならないんですよ!」

何かが彼の想像力に作用したようで、彼は指を耳に入れて、まるで小さな男の子が顔を洗われるときのように、目を固く閉じた。その姿はどこか哀れで、胸に迫るものがあった。その顔立ちは衰え、顎の無精ひげは白くなっていたものの、目の前にはほんの子供がいるようだった。この態度には学ぶべきこともあった。彼が心に何らかの変調をきたしていることは明らかだったし、以前から彼の気分が一見無縁な事柄たちを解明してきたことを知っていたので、できる限り彼の心に入り込み、共に経験しようと考えた。まず信頼を回復させることが大切なので、閉じた耳から聞こえるように、かなり大きな声で彼に尋ねた。

「ハエを捕まえるのに、砂糖はいりませんか」

彼は一気に目を覚ましたように、首を横に振った。そして笑いながら答えた。

「必要ないですね! 結局のところ、ハエなんてつまらないものです!」間を置いて、彼はこう付け加えた。「でも、あいつらの魂が私の周りを飛び回るのは嫌ですね」

「クモは?」僕は続けた。

「クモなんざ! クモをどうするっていうんですか。奴らが食べるものもないし──」

まるで禁断の話題を思い出したかのように、彼は突然言葉を止めた。

「さて、さて!」 僕は心の中でこう思った。「彼が《飲む》という単語を言い止めるのは、これで二度目だが、どういうことなのだろうか」

レンフィールドは、自分が過ちを犯したことを自覚しているようで、僕の注意をそらすかのように、先を急いだ。

「そういうのに興味はないんです。シェイクスピアに言わせれば、《ドブネズミやネズミなどの取るに足らない小物》【訳注:Rats and mice and such small deer】、つまり《食料庫の鶏の餌》とでもいうべきものです。そのたぐいの戯言はもうたくさんです。目前のご馳走を知っている私に、劣等な食肉へ関心を持たせようとするのは、箸で分子を食べるように頼むのと同じことですよ」

「なるほど」と僕は言った。「歯を噛み合わせられるような大きなものがいいんですね。象を朝食として食べるのはいかがかな」

「何をバカなことを言ってるんです!」

彼の意識がかなりはっきりしてきたので、強く迫ってみようと思った。

「ゾウの魂はどんなものだろう!」と僕は思案しながら言った。僕が望んだ効果は得られた。彼はすぐに高慢な態度をやめ、子供のような態度に戻ったのだ。

「象の魂なんていらない、どんな魂もいらない!」

彼はそう言った。しばらく彼は落ち込んで座っていたが、突然、目を輝かせながら、脳を興奮させた様子で立ち上がった。

「あなたもあなたの魂もくそくらえだ!」と彼は怒鳴った。「なぜ、魂のことで私を悩ませるんですか。魂のことを考えるまでもなく、心配事や苦痛や気が散ることがもう充分あるのに!」

彼はとても敵意のある表情をしていたので、また殺人を犯すのではないかと思い、僕は笛を吹いた。しかし、途端に彼は冷静になり、申し訳なさそうに言った。

「お許しください、先生。我を忘れていました。助けを呼ぶ必要はありません。悩んでいるので、ついつい苛立ってしまうんです。私が直面している問題、そして取り組んでいることを知りさえすれば、私を憐れみ、寛容になり、許してくれることでしょう。どうか拘束しないでください。考え事をしたいのですが、体が拘束されていると自由に考えることができません。きっとわかってくださるはずです!」

彼には明らかに自制心があった。世話人達が来たとき、僕は気にしないようにと言い、彼らは引き下がった。レンフィールドは彼らが去るのを見送り、扉が閉まると、かなりの威厳と優しさをもってこう言った。

「スワード博士、とても親切にしてくれましたね。とても感謝しています!」

彼をこの気分のままにしておくのが良いと思い、その場を後にした。この男の状態には、考えさせられるものがある。きちんと順序立てて整理しさえすれば、アメリカのインタビュアーが言うところの《報道》を構成するポイントがいくつかあるようだ。それを並べてみよう。

《飲む》ことについて触れない。

何かの《魂》を担わされることを恐れている。

将来《生命》を手にいれることに何の焦りもない。

下等な生命を全く軽蔑しているが、その魂に取り憑かれることは恐れている。

これらは全て、論理的に一つのことを示している! 彼には、自分がより高等な生命を獲得するというある種の保証があるのだ。彼はそれにより発生する魂の負担を恐れている。では、彼が求めているのは人間の生命なのだろう!

手に入る保証があるということは──?

ああ神よ! 伯爵は彼のところに来ており、何か新たな恐怖の計画が進行中なのだ!

その後。

回診後、ヴァン・ヘルシングの元に赴き、僕の疑いを報告した。彼はとても深刻な表情になり、しばらく考えた後、レンフィールドのところに連れて行ってほしいと頼んできた。僕はそうした。扉の前まで来ると、中の狂人が、今ではずいぶん昔のことのように思えるが、かつてそうしていたように、楽しげに歌っているのが聞こえた。中に入って驚いたのだが、彼は昔のように砂糖を広げていた。秋になって不活発になったハエが、部屋の中に羽音を立てて入り込み始めていた。僕たちは彼に先ほどの話をさせようとしたが、彼は応じようとしなかった。まるで僕たちがその場にいないかのように、歌い続けていた。彼は紙切れを持っており、それを手帳に折り込んでいた。僕たちは、入室時と同じぐらい無知なまま帰らねばならなかった。

彼は実に興味深い症例だ。今夜は彼を見守らなければならない。

手紙 ミッチェル・サンズ&キャンディよりゴダルミング卿宛

十月一日

閣下

閣下のご希望に沿うことが我々の喜びです。ハーカー氏より代理でお伝えいただいた閣下のご要望の事案、つまりピカデリー347番地の売買に関して、以下の情報を提供させていただきます。元の売り手は故アーチボルド・ウィンター=サフィールド氏の遺言執行者です。購入者は外国の貴族、ドゥ・ヴィル伯爵です。このような低俗な表現を使うことを閣下にはお許しいただきたいのですが、購入金を《現ナマ》で支払って自ら購入された方です。それ以上のことは何も存じ上げません。

閣下の謙虚な奉仕者

ミッチェル・サンズ&キャンディ

スワード博士の日記

十月二日

昨夜は廊下に人を配置し、レンフィールドの部屋から聞こえるかもしれない音を正確に記録するように言い、何かおかしなことがあれば連絡するように指示を与えた。夕食後、皆で書斎の火を囲んで──ハーカー夫人は寝た後だったのだが──その日の試みや発見を話し合った。ハーカーが唯一成果を出した人であり、僕たちは彼の手がかりが重要なものであることを大いに期待している。

寝る前に病室を回り、覗き窓から中を覗いてみた。彼はぐっすり眠っていて、規則正しい呼吸で心臓が上下していた。

今朝、当直の男が、夜半過ぎに彼が落ち着かず、大きめの声でお祈りを続けていたと報告してきた。僕はそれだけかと尋ね、彼はそれしか聞こえなかったと答えた。その態度に何か不審な点があったので、僕は率直に寝ていたのか尋ねた。彼は、眠ったことを否定したが、しばらく《うつらうつら》していたことは認めた。見張られていない人間というのは、信用できないのが辛いところだ。

今日、ハーカーは手がかりを追って外出し、アートとクインシーは馬の世話をしている。ゴダルミングは、我々が求める情報を得たときに時間を無駄にしないよう、常に馬を備えておいたほうがいいと考えているようだ。日の出と日没の間に輸入品の土をすべて浄化しなければならない。そうすれば、伯爵が最も弱っていて、逃げ場がないときに捕らえられる。ヴァン・ヘルシングは大英博物館へ行き、古代医学の筋を調べている。古代の医師は、後世の医師が受け入れないようなことを考慮に入れていた。教授は魔女や悪魔の治療法を探していたので、後で役立つかもしれない。

時々、僕たちは皆狂っていて、正気に戻って目覚めた時には拘束衣を着ているのではと考える。

その後。

僕たちは再び集合した。ようやく軌道に乗ったようで、明日の仕事が終わりの始まりになるかもしれない。レンフィールドが静かなのは、これと何か関係があるのだろうか。彼の気分は伯爵の動向に左右されるので、きたるべき怪物の滅亡は、何か微細な形で彼に伝わっているのかもしれない。僕が今日彼と議論してから、彼がハエ取りを再開するまでの間に、彼の心の中で何が起こったのか、何かヒントが得られれば、それは貴重な手がかりになるかもしれない。彼は今、しばし静かにしているようだ。今のは彼だろうか。あの荒々しい叫び声は、彼の部屋から聞こえたような気がするが。

世話人が僕の部屋に飛び込んできて、レンフィールドがどうにかして事故に遭ったことを教えてくれた。世話人が叫び声を聞き、部屋に行くと、彼が血まみれで床にうつぶせに横たわっているのを見つけたそうだ。すぐにでも行かなければならない。

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