第二章

ジョナサン・ハーカーの日記(続き)

五月五日

もし僕が完全に目覚めていたなら、この驚くべき場所の接近に気づいたに違いないので、寝てしまっていたのだろう。暗がりの中で、中庭は相当に大きく見えた。大きな丸いアーチの下からいくつかの暗い道が続いていたから実際より大きく見えたのかもしれない。この建築を昼間に見る機会は、まだ得ていないのだが。

小型馬車が止まると、御者は馬車から飛び降りて僕に手を差し出し、僕が降りるのを手伝ってくれた。このときにも、彼の驚異的な力を感じざるを得なかった。その手はまるで鋼鉄の万力のようで、その気になれば僕の手を握りつぶしてしまいそうだった。それから彼は僕の荷物を取り出して傍の地面に置いた。そして僕は、古い鉄の大釘が打ち付けられた、突出した石造りの奥にある大扉の近くに立った。薄暗い中でも、この石には巨大な彫刻が施されており、その彫刻は経年と風雨でひどく劣化しているとわかった。僕が立っていると、御者は再び馬車に飛び乗って手綱を振り、馬が前進して、暗い通路の中に馬車も何もかもすべて消えていった。

どうすべきかわからず、沈黙のうちに立ちつくした。呼び鈴やノッカーはない様子だった。この厳めしい壁と暗い窓を通して僕の声が伝わることはないだろう。待ち時間が果てしなく長く感じられ、疑問と恐怖が押し寄せてきた。僕はどんな場所に来て、どんな人たちの所にいるのだろう。どんな過酷な冒険の旅に乗り出したのだろう。これは、外国人にロンドンの不動産購入の説明をするために送り出された事務弁護士秘書の人生において、よくある出来事なのだろうか。事務弁護士秘書?! ミナは、そんな肩書は嫌がるだろう。ロンドンを発つ直前、試験合格の一報を受け、晴れて事務弁護士となったのだから、事務弁護士と書くべきだった。僕は目をこすり、自身をつねって目が覚めているか確かめはじめた。すべてが悪夢のように思えたため、今にも目を覚まして、自分が家におり、過労日の翌朝によくあるように、夜明けの陽射しを窓から受けていることに気づくだろうと思いはじめたのだ。しかし、僕の肉体はつねりに応え、僕は現実と対峙した。僕は、カルパチア山脈の中で、確かに目を覚ましていたのだ。今できることは、忍耐強く、朝の訪れを待つことだ。

この結論に達したとき、大扉の向こうから重い足音が聞こえ、扉の隙間から光が差し込むのが見えた。そして、ガチャガチャと鎖の音がして、巨大な閂が引き抜かれる音がした。長らく使われていなかったような耳障りで大きな音とともに鍵が回され、大扉が引かれた。

その中には、長く白い口髭を残して髭を剃り、頭から足先まで黒ずくめで、他に色味がない、背の高い老人が立っていた。老人の手には古風な銀のランプが握られていたが、その炎を覆う火屋も傘もなく、開いた扉の隙間風に揺らめきながら長く震える影を投げかけていた。老人は僕を右手で礼儀正しく招き入れ、素晴らしい英語で、しかし奇妙な抑揚で言った。

「ようこそ、我が家へ! ご自由に、ご自分の意志でお入りなさい!」

彼は僕と対面するために足を運ぼうとはせず、まるで歓迎の仕草が彼を石に変えてしまったかのように、彫像の如く立っていた。しかし、僕が敷居を跨いだ瞬間、即座に彼は前に進み、手を差し出して僕を怯ませる強さで僕の手をつかんだ。その手が氷のように冷たいという事実が更に僕を怯ませた──生者よりも死者の手のようだ。彼は再び言った。

「私の家へようこそ。ご自由に出入りしてください。そして、貴殿がもたらすだろう幸福の一部を残していってください!」

その握手の強さは、顔を見たことのない御者に対して僕が気づいた特徴とあまりに似ていたので、一瞬、僕が話している相手と御者が同一人物ではないのかと疑ってしまった。だから念のため、質問するように言った。

「ドラキュラ伯爵ですか」

彼は礼儀正しくお辞儀をして、こう答えた。

「私はドラキュラです。ハーカーさん、ようこそ我が家へ。夜の空気は冷たいので、食事と休息が入用でしょう」

彼はランプを壁のブラケットに置き、外に出て、いつのまにか僕の荷物を持って入ってきた。止めようとしたが、彼はこう言った。

「いえ、貴殿は私の客人です。もう遅いので使用人もいない。お手伝いさせてください」

彼は、荷物を廊下中ずっと運ぶと言ってきかず、廊下の次は大きな螺旋階段を登り、その後は別の大きな廊下に沿って進んだ。その廊下の石の床で、僕たちの足音は重く鳴った。そして最後に重い扉を開けると、明るい部屋の中のテーブルに夕食の用意がされ、大きな暖炉の上には補充されたばかりの薪の大きな火が燃え盛るのが見え、嬉しくなった。

伯爵は立ち止まって荷物を置いて、入ってきた扉を閉めた。伯爵が部屋を横切って別の扉を開けると、ランプが一つ灯る、窓のない小さな八角形の部屋に入った。彼はこの部屋も通り抜けて再び別の扉を開け、僕に入るよう合図した。それは嬉しい光景だった。そこには大きな寝室があり、よく照らされ、また別の薪の炎で暖められていた──この薪も最近加えられたものだが、上の薪は新鮮だったので先ほどの暖炉より後に追加したのだろう──その薪は広い煙突の上の空洞に轟音を送っていた。伯爵は荷物を中に置き、扉を閉める前にこう言って引き下がった。

「旅路の後は、身支度をしてすっきりする必要があるでしょう。お望みのものはすべて見つかるかと存じます。準備ができたら、もう一つの部屋へお越しください、そちらで夕食をお召し上がりいただけましょう」

光と暖かさ、そして伯爵の丁重な歓迎は、僕の疑念と恐怖をすべて解消してくれたようだった。そして平素の状態になった僕は、自分が空腹だと気づいて、急いで身支度をしてもう一つの部屋に入った。

すると、すでに夕飯が用意されていた。伯爵は、大きな暖炉の片側に立って、石造りに寄りかかり、優雅な手の一振りでテーブルを指して言った。

「どうぞ席について、お好きにお召し上がりください。ご一緒せずに申し訳ない。私はもう夕食は済ませましたし、晩食を食べないたちなのでご一緒しません」

ホーキンスさんから預かった封書を彼に渡した。彼はそれを開いて注意深く読み、それから魅力的な微笑みを浮かべて、僕に読むようにと手渡した。少なくともその中の一節は、僕に喜びを与えてくれた。

「私は痛風に苦しんでおり、今後しばらくは旅行ができません。しかし幸いなことに代わりの者を送ることができます。彼は私があらゆる面で信頼している者です。若い青年で、彼特有の活力と才能に溢れ、非常に誠実な性格の持ち主です。慎重で物静かな性格で、私の下で立派に成長した彼は、滞在中あなたのご希望があればいつでもお供しますし、すべての事柄についてあなたの指示を仰ぎます」

伯爵は自ら進み出て皿の蓋を取り、僕はすぐさま素晴らしいローストチキンにかぶりついた。これにチーズとサラダ、そして古いトカイワインを二杯飲んで、夕食とした。食べている間、伯爵は旅についていろいろと質問してきたので、自分が経験したことを少しずつ全て話した。

その後、晩餐を終え、家の主人の希望で暖炉のそばの椅子に座り、主人が差し出したタバコを吸い始めたが、彼は自分は吸わないのだと弁解していた。そこで彼を観察する機会を得て、彼は非常に特徴的な顔立ちをしていると分かった。

彼は非常に秀でた鷲鼻で、細い鼻梁が高く聳え、鼻孔が独特の弧を描いている。額は秀でている。全体の頭髪量は多いが、こめかみのあたりにはほとんど生えていない。眉毛は長く、ほとんど鼻の上で繋がるようですらあり、毛がカールして見える。口は、重い口ひげの下から見える限り、毅然としており、むしろ残酷な様子ですらあり、奇妙に鋭い白い歯がある。この歯は唇の上に突き出ており、その唇の著しい赤みが、彼の年齢の男性にしては驚くべき活力を見せていた。そのほか、耳は青白く、先端が極端に尖っている。顎周りの輪郭が頑丈で、頬はしっかりとしているがこけている。全体として、異常なまでの蒼白さだ。

それまで暖炉の明かりで、彼の膝にある手の甲が白いのには気づいていた。しかし間近に見て、その指が白いだけでなく、太くて曲がっていることに気づかざるを得なかった。不思議なことに、掌の中心部には毛が生えていた。爪は長く立派で、鋭く切ってあった。伯爵が僕の近くに身を乗り出し、その手が僕に触れたとき、震えを抑えることができなかった。伯爵の息が臭いせいかもしれないが、恐ろしい吐き気が襲ってきて、どうにもこうにも隠しきれなかった。伯爵は明らかにそれに気づいた様子で、身を引くと、突き出た歯をこれでもかと見せる不気味な笑みを浮かべて、再び暖炉の自らの側に腰を下ろした。しばらく二人とも黙っていた。僕が窓の方を見ると、夜明けの最初の光の一筋がぼんやりと見えた。静寂が訪れた。しかし、僕が耳を傾けると、まるで谷の下の方から聞こえるように、たくさんのオオカミの遠吠えが聞こえてきた。伯爵は目を輝かせて言った。

「夜の子供たちの声をお聞きなさい。彼らはなんという音楽を奏でるのでしょう」

僕が不思議そうな表情をしているのを見て、彼はさらに言った。

「ああ、貴殿のような都会人には、狩人の気持ちは分かりませんね」

そして立ち上がり、こう言った。

「どうやらお疲れのご様子。貴殿の寝室は整っておりますから、明日はよくお休みになってください。私は午後まで留守にせねばなりません。なので、よく眠り、よく夢を見てください!」

彼が丁寧なお辞儀をして八角形の部屋の扉を開けてくれたので、僕は寝室に入った。

僕はすっかり驚愕していた。疑いを持ち、恐れをなし、自分の魂にも告げられないような奇妙なことを考えてしまう。神様、僕の愛する人々のために、僕をお守りください!

五月七日

またもや早朝に書いているが、この二十四時間ゆっくりくつろいで過ごせた。遅くまで寝て、自分の意志で目を覚ました。着替えてから、夕食をとった部屋に行くと、冷たい朝食が並べられており、暖炉の上に置かれた鍋にはコーヒーが温めてあった。テーブル上に置かれた一枚のカードには、こう書かれていた。

《しばらく留守にしますので、どうかお待ちにならず。D》

よって僕は食事に取りかかり、心のこもった料理を楽しんだ。食後、使用人に食事が済んだと知らせるための呼び鈴を探したが、見つけられなかった。辺りに見られる異常なまでの富の証しから考えると、この家には奇妙に欠けているところがある。食器類は金製で、非常に美しい細工が施されているので、莫大な価値があるに違いなかった。椅子やソファーの布地や、カーテン、ベッドの飾り布は、最上級の美しいもので、今となっては状態が良いと言えども年季物だが、作られた当時は驚くほどの価値があったに違いない。ハンプトンコートで見たことのある似た家具は、擦り切れて虫食い状態だった。それにしても、どの部屋にも鏡がない。僕の部屋のテーブル上には身支度のための鏡すらなく、髭を剃るにも髪をとかすにも、鞄から小さな髭剃り鏡を取り出さなければならない。まだどこにも使用人を見かけず、城の近辺からはオオカミの遠吠え以外の音を聞かない。午後五時から六時の間なので朝食か夕食か分からないが、とまれ食事を終えてからしばらくして、何か読むものはないかと探してみた。伯爵の許可を得る前に城を散策するのは気が引けたのだ。その部屋には、本も新聞も筆記用具さえもなかった。そこで部屋の別の扉を開けると、書斎のようなものがあった。反対側の扉も試してみたが、鍵がかかっていた。

嬉しいことに書斎には、棚一杯の膨大な英語の本と、雑誌、製本された新聞があった。中央のテーブルには英国の雑誌や新聞が散らばっていたが、どれもそれほど新しくはない。歴史、地理、政治、政治経済、植物学、地質学、法律など、英国や英国の生活、習慣、風俗に関するさまざまな種類の本が並んでいた。ロンドン商工業者名録、赤書【訳注:国家公務員録】、青書【訳注:議会刊行物】、ウィッテカー年鑑、陸海軍人名録、それに、見かけると何となく嬉しくなる法律家名録といった参考書まであった。

僕がこれらの本を見ていると、扉が開いて伯爵が入ってきた。伯爵はにこやかに僕に挨拶し、僕がよく眠れたかどうか尋ねた。そして、こう続けた。

「貴殿がここに辿り着いたことを嬉しく思います。貴殿の興味を引くものがたくさんあるはずですから。この友人たちは」彼は本の何冊かに手を置いた。「私にとって良き仲間であり、私がロンドンに行くことを思い立って以来、何年も前から、何時間も私に喜びを与えてくれています。この子たちを通して、貴殿の偉大な英国を知るようになったのですが、英国を知ることは英国を愛することでした。私は貴殿の偉大なロンドンの混雑した道を通り抜け、人々の渦と奔流の中に身を置き、その生、変化、死、そのすべてを共有することを切望しているのです。しかし、残念なことに、まだ本を通してしか貴殿の言語を知りません。友である君には、私が英語を話せるように見えるかもしれませんが」

「しかしながら、伯爵、あなたは英語が完璧にお分かりですし、流暢にお話しされていますが」と、僕は言った。

彼は深々と頭を下げた。

「友よ、嬉しいお言葉をありがとうございます。しかし、私はまだまだ未熟者です。確かに文法や単語は知っていますが、どう話せばいいのかわからないのです」

「そんなことありません。お上手に英語を話していらっしゃいますよ」と僕は言った。

「そうでもありません」と彼は答えた。「もし私がロンドンに引っ越して会話をすれば、私をよそ者と見なさない人はいないでしょう。それでは駄目なんです。この地では私は貴族であり、ボイエールであり、民は私を知り、私は民の主人なのです。しかし、異邦にいる異邦人である私は、何者でもありません。人は私を知らない。知らないということは、軽んじられるということです。私は英国人と同等になれれば満足です。私を見ても誰も立ち止まらず、私の言葉を聞いて、《ははん! 余所者だな!》と話しを止める者もいなくなれば満足です。私は長い間主人であったので、これからも主人でいたい。少なくとも他の誰かが私の主人になってはならないのです。貴殿は友たる【訳注:事務弁護士の正式な呼称にMy friend…というものがある。】ピーター・ホーキンズの代理人として、ロンドンの新しい領地のことを教えるためだけに、ここに来たのではないのです。しばらくここで一緒に過ごし、こうして話しながら英語の抑揚を学びたいのです。私が話すときにはどんな些細な間違いでも教えてください。今日は長らく留守にせねばならなかったこと、申し訳なく思っています。しかし、重要な用事がたくさんあるものですから、お許しいただけることと願います」

もちろん、僕はできる限りのことをする意向を示し、好きなときにこの部屋に入ってもいいかと尋ねた。彼は答えた。

「ええ、もちろん」そして、付け加えた。「城の中の好きな場所にお行きください。ただし、鍵がかかっている場所にはもちろん入ってはいけません。私の立場に立てばよく理解いただけるのでしょうが、全ての状態に理由があるのです」

僕はこの言葉に対してもっともだと言い、それから彼は言葉を続けた。

「私たちはトランシルヴァニアにいますが、トランシルヴァニアは英国とは違います。私たちの作法は英国の作法と違うので、貴殿には奇妙に思えることがたくさんあることでしょう。いや、すでにお話しいただいた経験から、貴殿はどんな奇妙なことがあるかご存知のはずです」

この話をきっかけに、多くの会話が生まれた。彼が会話のための会話をしていることは明らかだったので、僕は、すでに僕の身に起こったこと、あるいは目に留まったことについて、多くの質問をした。彼は時々話をそらし、あるいは理解できないふりをして話をはぐらかしたが、概して僕の質問に率直に答えてくれた。時間が経つにつれて、僕はいくらか大胆になり、昨夜の奇妙な出来事についていくつか尋ねた。たとえば、なぜ馬車は青い炎を見た場所に行ったのか、そこには金が埋蔵されているというのは本当か、といったことだ。そして彼は、一年のうちある夜、つまりすべての悪霊が野放しになるとされる昨晩に、宝が隠された場所に青い炎が見えると、一般に信じられていることを説明してくれた。

「その財宝が隠された場所とは、貴殿が昨夜通った地帯で間違いないでしょう、あそこは何世紀にもわたってワラキア人、ザクセン人、トルコ人が争ってきた土地なのですから。この地域には、人々、愛国者、侵略者から流れた血によって豊かにされなかった土壌は一フィートもないのです。昔は、オーストリア人とハンガリー人が大挙して侵略してきて、愛国者たちは、老若男女問わず彼らに対峙しに向かい、街道の上の岩場で彼らの到来を待ち、人為的に雪崩を起こして敵軍を一掃したものです。侵略者が勝利したときも、侵略者はこの土地でわずかな宝しか見つけられませんでした。なぜなら、宝は故国の大地の中に埋められ、守られていたからです」

「しかし、どうしてこんなにも長い間未発見のままなのでしょうか。人が探そうと思いさえすれば、確実に手がかりがあるでしょうに」と、僕は言った。伯爵が微笑むと、唇が歯茎の上を走り、長く鋭い犬歯が奇妙に露出した。伯爵はこう答えた。

「下賤のものは臆病で愚かだからですよ! 炎が見えるのは一晩だけですが、その晩は誰も戸外に出ようとしません。そして、もし戸外に出たとしても、何をすべきかわからないでしょう。貴殿がおっしゃる、炎の場所に印をつけた愚か者でさえ、昼間はどこを見るべきかわからないでしょうね。貴殿も、その場所を再び見つけることはできないでしょう?」

「その通りです」と僕は言った。「探すってことについては、僕は死者と同じくらい無力ですね」

それから他の話になった。

「さあ。ロンドンと、私のものになる家のことを教えてくれませんか」と伯爵は言った。

僕は不手際の失礼を詫びながら自室へ行き、鞄から書類を取り出した。書類を整理していると、隣室から陶磁器や銀がかちゃかちゃと動く音が聞こえてきた。その部屋を再び通り抜けると、テーブルが片付けられており、その頃には完全に暗くなっていたためランプが点いていることに気がついた。書斎にもランプが灯っており、伯爵がソファに横になっていて、よりによって英国ブラッドショー・ガイドブック【訳注:列車の時刻表】を読んでいた。僕が入っていくと、彼はテーブルの上の本や書類を片付けており、一緒にあらゆる種類の図面や証書や数字を検討した。彼は何にでも興味を示し、この地所とその周辺について数え切れない質問をしてきた。彼は、この近辺について事前に調べられることは全て調べていたようで、明らかに僕よりずっと多くのことを知っていた。僕がそう言うと、彼は答えた。

「しかし友よ、私が調べるのも当然でしょう。私は英国に行くと一人になってしまうし、私の友人のハーカー・ジョナサン──いや、失礼。私の国の習慣で、貴殿の姓を先に呼んでしまいました。とまれ、私の友人のジョナサン・ハーカーは、そばで間違いを正したり助けたりしてくれたりしないのですから。そのころの貴殿は何マイルも離れたエクセターで、ピーター・ホーキンズ殿と、おそらく法律の書類を作っていることでしょうね。と、いうわけで!」

僕たちはパフリートの地所購入の商談に注力した。僕が説明し、必要な書類に署名してもらい、それに添えてホーキンスさんに郵送できるよう手紙を書いていると、彼は、どういう経緯でこんなに適した地所に出くわしたのかと尋ねはじめた。僕は当時書いた覚書を読み聞かせた。ここに内容を書きつけておく。

《パフリートで、ある脇道を歩いていたら、ちょうど適した場所に出くわした。そしてそこには、その場所が売りに出されているというさびれた看板が掲げられていた。高い石垣に囲まれ、重たい石で造られた古い建物で、もう何年も修繕されていない。閉ざされた門は重く古いオーク材と鉄でできており、鉄部分はすべて錆で覆われている。

《この地所はカーファックスと呼ばれているが、これは間違いなく古いクアトルフェイスの訛りで、家が四つの面をもち、これが東西南北と一致しているからだろう。全部で二十エーカーほどの広さがあり、前述の堅固な石垣で完全に囲まれている。そこには多くの樹木があり、ところどころ陰鬱な雰囲気を醸し出している。また、深くて暗い感じのする池、いや、小さな湖がある。水は澄んでおり、かなり大きな流れとなって流れているため、明らかに泉が湧いているようだ。家はとても大きく、一部は非常に厚い石造りで、わずかな窓が高いところだけにあり、鉄格子で厚く囲われているため、中世の時代までさかのぼることができそうだ。城の本丸の一部にも似ている。古い礼拝堂か教会が付随している。家へ通じる扉の鍵を持っていなかったため、中に入ることはできなかったが、コダックのカメラでいろいろな場所からその様子を撮影した。この家は雑然と増築されており、家の敷地面積は非常に大きいものと推測される。近くに数軒の家があるが、そのうちの一軒は最近増築されたばかりの非常に大きな家で、私立の精神病院になっている。しかし、その病院を敷地内から見ることはできない》

僕が読み終わると、彼はこう言った。

「古くて大きな家でよかったです。私は古い家系の出なので、きっと新しい家に住むと死んでしまいます。家は一日では住めるようにはなりませんし、一世紀といった時間を作り上げるのにどれほど多くの日がかかることか。古い時代の礼拝堂があるのも嬉しいものです。トランシルヴァニアの貴族は、自らの骨が一般の死者の間に埋もれているとは思いたくないものなのです。私は、派手さも楽しさも求めていません。若い人たちが喜ぶような、太陽の光や水のきらめきといった明るい官能も求めていません。私はもう若くはありません。私の心は、長年に渡り死者を悼んで草臥れており、陽気な気分とは相容れないのです。加えて私の城は、壁が崩れており、暗がりが多く、壊れた城壁や柵から風が冷たい息を吹きかけてきます。私は日陰と影を愛していますし、可能な限り一人で物思いにふけりたいのです」

そう言いながらも、彼の言葉と表情は一致しないようだった。それとも、彼の顔の作りが、彼の微笑みを悪意に満ちた悪魔のように見せているのだろうか。

まもなく彼は、書類をまとめてくれと言い残し、言い訳をしながら僕のもとを去った。彼が離れている間、周囲の本を何冊か見始めた。一冊はよく使われた様子の地図帳で、当前ながら英国のところを開いていた。その地図を見ると、ところどころに小さな丸が描かれており、それを調べてみると、一つはロンドンの東側の近く、明らかに彼の新しい領地がある場所だと気づいた。他の二つはエクセターと、ヨークシャー海岸のウィトビーだった。

伯爵が戻ってきたのは一時間以上経ってからだった。

「おや!」と彼は言った。「まだ本を読んでいたのですか。よろしい。でも、ずっと働いていてはだめですね。さあ、晩餐の用意ができたようなので、行きましょう」

彼に腕をとられて隣の部屋に向かうと、そこには素晴らしい晩餐が用意されていた。伯爵は、家を留守にしている間に自分は外食したのだと、再び弁解した。しかし彼は昨晩と同じように座り、僕が食事をしている間、話をした。晩餐の後、僕は昨晩と同じようにタバコを吸ったが、伯爵は僕のそばにいて、考えうる限りのあらゆる話題について、何時間も話をしたり、質問をしたりしていた。もうかなり遅い時間だと感じつつ、何も言わなかった。あらゆる面で主人の希望に応えなければと思ったからだ。昨日の長い眠りのおかげで全く眠くはなかったが、夜明けとともにやってくる、一種潮の満ち引きのような寒気を感じずにはいられなかった。死期が近い人は、だいたい夜明けや潮の満ち引きのときに死ぬという。疲れて自分の持ち場に縛られているときに、この空気の変化を体験した人ならば、誰でもそれを信じられるだろう。朝の澄み切った空気の中で、鶏の鳴き声が異様なほど大きく聞こえてきた。

ドラキュラ伯爵は飛び上がってこう言った。

「もう朝なのですね! このように貴殿を長時間寝かせなかったのは不注意でした。私の愛する新しい国、つまり英国に関する会話を、もっとつまらなくしなければなりませんね。でないと時を忘れてしまう」

そして、丁寧なお辞儀をして去っていった。

僕は自室に入ってカーテンを開けたが、窓は中庭に面しており、見えるのは明るみつつある空の暖かい灰色だけで、ほとんど何もわからなかった。そこで再びカーテンを引き、この日のことを書き記した。

五月八日

この日記が冗長になりすぎていることが心配だった。しかし今は、最初から詳細に書いておいてよかったと感じる。この城と城内のすべてに、何か奇妙なものを感じ、不安で仕方がない。この場所の外にいられたらとか、いっそ来なければ良かったと考える。この奇妙な夜が僕の考えに影響を及ぼしているのかもしれない、それだけならいいのだが! 話し相手がいれば耐えられるが、誰もいない。話す相手は伯爵だけだし、伯爵ときたら! この地の生ける魂は僕だけではないだろうか。事実が散文的に起こる限り、散文的に書きつけることとする。そうすればこの状況に耐えられるし、想像力が暴走することもない。想像力を抑えつけられなくなったら僕はおしまいだ。僕がどのような状態にあるのか、あるいはどのような状況にあるように思えるか、書くこととする。

ベッドに入ってから二、三時間しか眠っていなかったが、もうこれ以上眠れないと感じて起き上がった。窓際に髭剃り用の鏡を立てかけて、髭を剃り始めようとしたところ、突然肩に手が触れたと思ったら、「おはよう」と伯爵の声がした。鏡に反射して部屋全体が見えるので、彼の姿が見えないのが不思議で、思わず立ち上がった。その時、自分の頬を少し切ってしまったが、その瞬間には気づかなかった。伯爵の挨拶に答えたのち、僕は再び鏡の方に向き直り、自分がどう勘違いしていたかを確かめた。今度は見間違いではない。彼は僕の近くにおり、振り向いたら肩越しに彼を視認できる。しかし、鏡には彼の姿は映っていない! 背後の部屋全体が映し出されていたが、そこに自分以外の人影はなかった。これは衝撃的なことで、多くの奇妙なことよりもさらに奇妙であり、近くに伯爵がいるときにいつも感じる漠然とした不安感を増幅させはじめていた。しかしその時、剃刀で頬を斬ってしまったのに気づいた。顎から血が垂れはじめていた。カミソリを置き、そのまま振り向いて絆創膏を探した。伯爵は僕の顔を見ると、悪魔のような凶暴さで目をぎらつかせ、突然僕の喉に手をかけてきた。僕が身を引くと、伯爵の手は十字架を支えるビーズの紐に触れた。その時、彼から一瞬にして激しさが消え、その激しさがあったことが信じられないほどだった。

「気をつけなさい」と彼は言った。「切り傷にお気をつけなさい。この国では、貴殿が考えている以上に危険なことですから」

そして、髭剃り用の鏡を手に取り、こう続けた。

「そして、これが災いをもたらした愚劣な物です。人間の虚栄心のための、益体もない代物だ。さあ、消え失せろ!」

そして、伯爵が重い窓を恐ろしい手の一振りで開け、鏡を投げ捨てると、鏡は遥か下の中庭の石の上に千々に砕け散った。そして、伯爵は一言も無く去っていった。懐中時計の裏や、幸いにも金属製だった髭剃りポットの底でも見ない限り、どうやって髭を剃ればいいのか分からないので、非常に困っている。

ダイニングルームに行くと朝食が用意されていたが、伯爵はどこにも見当たらない。そこで一人で朝食をとった。不思議なことに、まだ伯爵が食べたり飲んだりしているのを見たことがない。彼はとても変わった人なのだろう! 朝食の後、城の中を少し探索した。階段で外に出て、南向きの部屋を見つけた。そこからの眺めは素晴らしく、僕が立っていた場所からはあらゆる角度の景色を確認できた。この城は恐ろしい断崖絶壁の端にあった。窓から落ちた石は、何にも触れることなく千フィートも落ちていく。見渡す限り、緑の樹木の海が広がり、時折、深い裂け目ができている。森を流れる川は、深い渓谷を曲がりくねりながら、あちこちに銀色の糸を引いている。

しかし美しさを表現する気にはなれない。この景色を見た後、更に探索したところ、扉、扉、扉だらけで、すべて鍵や閂がかかっていた。城壁の窓のどこにも脱出口はない。

城は正真正銘の牢獄であり、僕は囚人だ!

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