エイブラハム・ヴァン・ヘルシングの覚書
十一月五日、朝
君と私は奇妙なものを一緒に見てきたが、そんな君も本件の記述については、私、ヴァン・ヘルシングが狂っているのだとまず思うかもしれない──多くの恐怖と神経への長い負担が、ついに私の脳を変えてしまったのだとね。なので、すべてにおいて正確に記載する。
昨日は丸一日ずっと旅を続け、どんどん山に近づき、ますます自然豊かで人跡の無い土地に移動した。険しい断崖や多くの滝があり、まるで自然が催すカーニバルのようだ。ミナ奥様はまだ眠り続けている。私が空腹を感じてそれを鎮めたときさえも、彼女を起こすことはできなかった──たとえ食べ物のためであっても起こせなかったのだ。この場所の致命的な呪縛が、あのヴァンパイアの洗礼に染まった彼女を支配しているのではと心配になり始めた。
「まあ、」と私は自分に言い聞かせた。「彼女が一日中眠るのなら、私は一晩中眠らないことにしよう」
荒れた道、それも古くて不完全な道路を旅しながら、私は頭を下げて眠った。再び、罪の意識と時間の経過を感じて目を覚ますと、ミナ奥様はまだ眠っており、太陽は低く沈んでいた。ところが、すべてが一変していた。険しい山々はさらに遠ざかり、我々は切り立った丘の頂上にさしかかっており、その頂上にはジョナサンが日記で語ったような城があったのだ。私は喜びと恐怖を感じた。良くも悪くも、今、終わりが近づいているのだ。私はミナ奥様を起こし、再び催眠術をかけようとしたが、残念なことに手遅れである時間になるまでに効かなかった。そのあと、大きな暗闇が我々を襲う前に──日没後も、天は消えた太陽を雪の上に映しており、すべてはしばらくの間、満遍ない薄明の中にあったのだ──私は馬を連れて、できる限り風が防げる場所で彼らに餌をやった。それから火を焚いた。今や目を覚ましており、以前にも増して魅力的になったミナ奥様を、焚き火のそばの敷物の中に快適に座らせておいた。私は食べ物を用意した。しかし、彼女は食べようとせず、ただ空腹ではないと言うだけだった。彼女が聞かないことを知っていたので、無理強いはしなかった。しかし私は、今こそ皆のために強くならなければと思い、食べた。それから、何が起こるか分からないという恐怖に駆られ、ミナ奥様が座っている場所の周りに、彼女の安全のために大きな輪を描いた。そして輪の上に聖餅をいくつか置き、それを細かく砕いて、全体がしっかり守られるようにした。彼女はずっとじっとしていた──死んだようにじっとしていた。そして彼女は、雪とそう変わらないほどまでに、ますます顔色を白くした。彼女は一言も話さなかった。しかし私が近づくと、彼女は私にしがみついた。彼女の哀れな魂が、こうして感じるのが苦痛なほどの震えで、彼女の全身を振動させていることがわかった。彼女が少し落ち着いた頃、こう言った。
「もっと焚き火のそばに行ったらどうかな」
彼女に何ができるか試したかったからだ。彼女は素直に立ち上がったが、一歩踏み出したところで立ち止まり、まるで打たれたように立ち尽くした。
「どうして行かないんだい」
私は尋ねた。彼女は首を横に振ると、戻ってきて元の場所に座った。そして、眠りから覚めたかのように目を見開いて私を見つめながら、ただこう言った。
「できないんです!」
そして、そのまま黙っていた。私は喜んだ。彼女ができないことは、我々が恐れている彼らの誰もができないことだと知っていたからだ。彼女の肉体が危険に晒されていても、魂は安全だ!
やがて馬が嘶き始め、私が行って落ち着かせるまで、手綱を引っ張っていた。私の手を感じると、馬たちは喜びのあまり小さく嘶き、私の手を舐めて、しばし静かになった。自然全てが鳴りを潜める寒い時間になるまで、私は夜中に何度も彼らのところへ行った。私が行くたびに彼らは静かになった。寒い時間になると、火が消えそうになった。今度は雪が舞ってきて、冷たい霧が立ち込めたので、私は薪を補充するために足を踏み出そうとした。暗闇の中でも、雪の上に常時見られるような何らかの光があった。あたかも舞い散る雪と霧の渦が、たなびく衣をまとった女性の形をとっているようだった。すべてが死んだような、重苦しい沈黙の中、まるで最悪の事態を恐れているかのように、馬が嘶き、身を縮めた。私は恐怖を抱いた──恐ろしい恐怖を。しかしその後、私が立っているその輪の中では、安全が確保されていることを感じた。更には、夜と、暗闇と、これまでの緊張と、恐ろしい不安が、これらの想像を引き起こしたのだと思うようになった。まるでジョナサンの恐ろしい体験の記憶が私を惑わせたかのようだった。雪片と霧が輪を描いて旋回し始め、ジョナサンに口づけしようとした女性たちの姿がおぼろげに垣間見えた。馬は低く低く身を縮め、男が痛みに耐えるときに呻くように、恐怖に呻いた。馬は恐怖を感じた時の狂気を持たないため、彼らは逃げ場がなかった。この奇異な人影が近づいてきて周りを取り囲んだとき、私は愛するミナ奥様の身を案じた。彼女を見たところ、彼女は落ち着いて座っており、私に微笑んだ。火を焚きつけるために火に歩み寄ろうとすると、彼女は私を掴んで引き止め、夢の中で聞く声のように、とても低くささやいた。
「ダメ! ダメです! 私を残して行かないでください。ここなら安全です!」
私は彼女の方を向き、目を見て言った。
「あなたはどうなんだね。そちらを心配してるんだ!」
これに彼女は笑った──低く、浮世離れした笑いだった──そして彼女はこう言った。
「私のことは心配なさらないで! どうして心配するんですか。私は、彼女たちに対して世界一安全なのに」
どういう意味か考えていると、一陣の風がふいて炎が燃え上がり、彼女の額の赤い傷が見えた。そして、なんということだろう、私は理解したのだ。そのとき理解せずとも、すぐに分かっただろう。霧と雪の織りなす渦の人影が近づいてきたが、聖なる輪には決して近づかなかったからだ。そして、彼らは実体化し始めた──この目でそれを見たのだから、神が私の理性を奪ったのでなければ確かなことだった──私の前には、彼女たちがジョナサンの喉にキスしようとしたときにジョナサンが部屋で見たのと同じ三人の女性が、生身の姿でいたのだ。私はその揺らめく丸みを帯びた姿、輝く鋭い目、白い歯、赤らんだ肌、官能的な唇を知っていた。彼女たちが哀れなミナ奥様に微笑んだ。彼女たちの笑い声が夜の静寂を通して響く中、彼女たちは互いに腕を絡ませて彼女を指差し、ジョナサン曰く《グラス・ハープが撫でられた時のような、ひりつく甘美な音》のような、ひりつく甘美な声色でこう言ったのだ。
「おいでなさい、妹よ。こちらへいらっしゃい。来なさい! 来なさい!」
恐怖のあまり、私は哀れなミナ奥様の方を向いた。そして、私の心は喜びで炎のように躍った。彼女の優しい瞳に宿る恐怖、反発、怯えが、私の心に希望を与えてくれたのだ! 神よ、彼女がまだ彼女たちの仲間でなかったことを感謝する。私はそばにあった薪をいくつか手に取り、聖餅を何枚か取り出して、火のほうへ向かって進み、彼らに近づいた。彼女たちは私から身を引き、低くおぞましい笑い声を上げた。私は薪をくべた。自分たちの守りの中では安全だと知ったので彼女たちを恐れなかった。彼女たちは、武装している私に近づくことができなかった。また、輪の中に残っているミナ奥様にも近づけなかった。彼女たちが輪に入ることができないように、ミナ奥様も輪を離れることができなかったのだが。馬は鳴きやみ、地面にじっと横たわっていた。雪がそっと降り積もり、馬は白くなっていった。あの哀れな動物たちは、もう恐怖を感じることがないのだと思った。
そして我々は、夜明けの日が雪の薄暗がりを赤く染めるまで、そこに留まった。私は孤独で、恐怖しており、悲嘆と恐れでいっぱいだった。しかし、その美しい太陽が地平線を登り始めると、再び気力を取り戻した。夜明けとともに、恐ろしい人影は渦巻く霧と雪の中に溶け、透き通った暗がりによる渦は城のほうへ遠ざかっていき、消えてしまった。
夜が明けたので、私は反射的にミナ奥様のところへ行き、催眠術をかけようとした。しかし、彼女は突然深い眠りにつき、そこから起こすことができなかった。彼女の眠りを通して催眠術をかけようとしたが、彼女は何も、かけらも反応を示さなかった。そして夜が明けた。まだ移動するには心配だった。火を焚き、馬を見たが、皆死んでいた。今日はこの地で行うことが多いので、太陽が高く昇るまで待機する。たとえ雪と霧で隠れたとしても、太陽が安全策となるような場所に、行かなければならないかもしれない。
まず朝食で力をつけ、そして恐ろしい仕事に取り掛かるつもりだ。ミナ奥様はまだ眠っている。そして、神に感謝すべきことだが、彼女は眠りの中で落ち着いているようだ。
スワード博士の日記
十一月五日
ティガニーの一団が、荷馬車で川から急いで逃げていくのを、夜明けとともに目の当たりにした。彼らは荷馬車の周りを群れをなして取り囲み、あたかも追い詰められたかのように急ぎ足で進んでいく。雪は小降りであり、不思議な高揚感が感じられる。僕たち自身の高揚なのだろうが、ふしぎと憂鬱にも感じる。遠くからオオカミの遠吠えが聞こえる。雪が原因で山からオオカミが降りてきたので、四方から危険が迫っているのだ。馬の準備はほぼ整っており、もうすぐ出発することとなる。僕たちは、ある人物の死に向かって走るのだ。死ぬのは誰か、どこか、何によるのか、いつか、どのようになるのか、それは神のみぞ知ることだ。
ヴァン・ヘルシング博士の覚書
十一月五日、午後
少なくとも私は正気だ。正気だと証明するのは苦労したが、とにかく神の慈悲に感謝しよう。私はミナ奥様を聖なる輪の中で眠らせたまま、城へと向かった。ヴェレスティから馬車で運んだ鍛冶屋のハンマーが役に立った。扉はすべて開いていた。しかし、何かの悪意や不運で閉じてしまい、中に入って出られなくなってはいけないので、錆びた蝶番を壊しておいた。ジョナサンの苦い経験がここで役立った。彼の日記を思い出しながら、古い礼拝堂に辿り着いた。そこにすべきことがあると思ったからだ。空気は重苦しかった。硫黄の煙が立ち込めているようで、そのせいで時折めまいがした。耳鳴りがしていたか、もしくは遠くからオオカミの遠吠えが聞こえた。その時、愛するミナ奥様のことを思い出し、ひどく悩んだ。ジレンマに苦しめられたのだ。彼女をこの場所に連れてくる勇気がなかったので、ヴァンパイアから安全な聖なる輪の中に残してきた。しかしヴァンパイア以外にもオオカミがいるのだ! 私の任務はここにあり、オオカミについては、それが神の意志であるならば従わなければならないと決意した。それにオオカミが来たとしても、死とその先にある自由だけの問題に過ぎない。だから彼女のために選んだのだ。自分のためだけだったら、選択は簡単だった。ヴァンパイアの墓よりも、オオカミの口の中の方が、安らかな眠りにつけるだろう! こうして、私は自分の任務を続けることを選択した。
少なくとも三つの墓を見つける必要があることは分かっていた──彼女たちが住む墓だ。探して、探して、最後にはそのうちの一つを見つけた。その女性はヴァンパイアの眠りについていた。あまりの生命力と官能的な美しさに、私は自分が殺人を犯しに来たのではないかと身震いするほどだった。その昔このようなことがあったとき、私と同じ仕事をしようとした多くの男は、最後の瞬間に心に迷いが生まれ、そして次に神経に迷いが生じたに違いない。そのため、その者たちは手を下すのを遅らせて、さらに遅らせて、はたまた遅らせて、最終的には不死者が持つたんなる美しさとふしだらな魅力が彼をとりこにしてしまっただろう。そして、日没が来てヴァンパイアの眠りが終わるまで、彼はずっとそこにとどまったのだ。そして、綺麗な女性の美しい目が開き、愛しげに彼を見つめ、官能的な口がキスをしようとする──そして、男というのは弱いものだ。こうして、ヴァンパイアの仲間にもう一人犠牲者が加わる。不死者の陰惨な集団にまた一人加わるのだ!
この女性のような存在に心を動かされるのは、確かに何かしら惹かれるものがあるからだ。たとえ、歳月で摩耗して何世紀もの塵に覆われた墓に彼女が横たわっていたとしても、伯爵の隠れ家のような恐ろしい臭いがしていたとしてもだ。そう、私は惹かれたのだ──このヴァン・ヘルシングが、あらゆる目的と憎むべき動機をもってしてもなお──私の力を麻痺させ、私の魂そのものをむしばむような、先送りをすることへの切望に惹かれたのであった。自然な睡眠への欲求と、奇妙な重苦しい空気が私を圧倒しはじめていたのかもしれない。私が眠りについてしまったのは確かだ。甘美な誘惑に屈した者のように目を開けたまま眠っていると、雪で凍った空気の中から、悲痛と哀れみに満ちた長く低い慟哭が聞こえ、まるでクラリオンの音のように私を目覚めさせた。それは、私の愛するミナ奥様の声だった。
それからは再び恐ろしい任務に気を引き締めて取り掛かり、墓の蓋をこじ開けて、姉妹のもう一人、肌の色が暗い女を発見した。先ほど彼女の姉妹を見たように、立ち止まって彼女を見ることは、あえて避けた。再び魅惑され始めるのを防ぐためだ。探し続け、やがて、まるで愛する人のために作られたかのように背の高い大きな墓で、もう一人の美しい姉妹を見つけた。霧の粒子からその身を集めるのを、ジョナサン同様に私も見たことがあった。彼女はあまりにもきれいで、輝くように美しく、非常に官能的であった。私の中の人間の本能が、私の性の一部を呼び起こして彼女の一人を愛し保護しようとした。この新しい感情で私の頭はかき回された。神に感謝すべきは、私の愛するミナ奥様の魂の叫びが耳から消えなかったことだ。その呪縛が私をさらに苦しめる前に、残酷な仕事に神経を集中させた。この時までに、礼拝堂のすべての墓をわかる限り調べていた。そして、あの夜に我々の周りにあったのは三つの不死者の幻影だけだったので、それ以上に活性化した不死者は存在しないのだと考えた。他のどの墓よりも立派な、巨大で高貴なたたずまいの墓が一つあった。その墓には、ただ一個の単語が記されていた。
DRACULA
それならばこの墓は、多くの者が仕えている、ヴァンパイアの王である不死者の家なのだ。空の墓は、私が知っていることを雄弁に語り、証明していた。恐ろしい処置によってこの女性たちを元の死した姿に戻す作業を始める前に、ドラキュラの墓に聖餅をいくつか置き、不死者としての彼をその墓から永遠に追放したのだ。
それから恐ろしい作業を始め、ひどく恐怖することとなった。一体だけだったら、比較的容易だったろう。しかし、三体だ! 恐るべき行為を経験した後に、さらに二度取り掛かるとは。優しいルーシー嬢に対しても恐れを感じたのだ。何世紀も生き延びて、年月の経過によって強められた見知らぬ者たちに対して、恐れを感じないわけがない。彼女たちは機会が許せば、その穢れた命のために歯向かってきたのだろうから。
ジョン君、これは屠殺者の仕事だった。他の死者や、恐怖のどん底にある生者のことを考えて神経を尖らせていなかったら、続けることができなかっただろう。今でも身震いしている。しかし、神に感謝すべきことだが、すべてが終わるまで私の神経は耐えきった。最後の溶解の直前に、魂が救われたことに気づいた彼女による安堵と感謝の表情が現れなければ、途中で屠殺をやめていただろう。杭が打ち込まれるときの恐ろしい金切り声、胸に穴が開いてもがき苦しむ姿、血まみれの泡を吐く唇に耐えることはできなかっただろう。私は恐怖のあまり逃げ出し、自らの任務をやり残したかもしれない。しかし、もう任務は終わった! 今、私は哀れな魂達を憐れみ涙することができる。それぞれが穏やかな死の眠りにつき、まもなく消え去るのだろうから。ジョン君、私のナイフがそれぞれの頭を切り離すやいなや、体全体が溶け出し、本来の塵に崩れ落ちたのだ。まるで、何世紀も前に訪れるはずだった死が、ついにその姿を現し、《我、ここにあらん!》と大声で言い放ったかのようだった。
城を去る前に、その入り口を固定し、もう二度と伯爵がそこに不死者として入ることができないようにした。
ミナ奥様の眠る輪の中に入ると、ミナ奥様は眠りから覚めて、私を見て、私が耐え難い思いをしたことに対する苦しみから号泣した。
「さあ!」と彼女は言った。「このひどい所から離れましょう! こちらに向かっているに違いない私の夫に会いに行きましょう」
彼女は痩せて青ざめて弱っているようだったが、その目は澄んでいて、熱を帯びて輝いていた。彼女の青白さと不調を見るのが嬉しかった。なぜなら私の心は、あの血色の良いヴァンパイアの眠りへの新鮮な恐怖で満たされていたからだ。
そして、信頼と希望とともに、しかし恐怖に満ちつつ、我々は友人たちに──それと、ミナ奥様がこちらに向かっていると確信している彼に──会うために東に向かうのだ。