9月26日

ジョナサン・ハーカーの日記

九月二十六日

この日記はもう書かないと思っていたが、書く時が来た。昨夜帰宅するとミナが夕食の準備を終えていた。そして、二人での食事中に、ヴァン・ヘルシングの訪問のことと、二冊の日記の写しを渡したこと、そして彼女がどれだけ僕を心配しているかを話してくれた。彼女は、僕が書き留めたことすべてが真実だと医師からの手紙で示してくれた。その手紙のおかげで僕は心機一転できた。このようなことが本当にあったのだろうかという疑念に押し潰されそうになっていたのだ。僕は無力で、何もわからず、何も信じられなかった。しかし真実だと知った今は、伯爵さえも怖くはない。それでは結局、伯爵はロンドン渡航の計画を成功させたのであり、僕が見たのは伯爵だったのだ。彼は若くなっていたが、どのようにしたのだろう。もしヴァン・ヘルシングがミナの言うような人物であれば、伯爵の正体を暴き、追い詰められる人物だ。僕たちは遅くまで起きて、そのすべてを話し合った。今、ミナは着替えている。僕は数分後にホテルに電話し、彼をお呼びすることとする。

彼は僕を見て驚いたようだ。彼のいる部屋に入って自己紹介をすると、彼は僕の肩を掴み、僕の顔を光に向けさせ、鋭いまなざしで見つめた後に言った。

「ミナ奥様から、君が衝撃で倒れたことと、病気であることを聞いていたのだがな」

この親切で確固とした顔立ちの老人に、妻が《ミナ奥様》と呼ばれているのを聞いて、おかしく感じた。僕は微笑んでこう言った。

「ええ、病気でしたし衝撃も受けました。でも、あなたのおかげで、もう治りましたよ」

「どうやってかな」

「昨夜のミナへの手紙によって、です。僕は疑心暗鬼になっていて、それによりすべてが非現実味を帯びてきて、自分の知覚したことを含め、何を信じていいのかわからなくなっていたんです。何を信じていいのかわからなかったので、どうしたらいいのかわからず、ただ、これまでの人生で形作られた枠組みの中で働き続けるしかなかったんです。しかし、その試みも役に立たなくなり、自分自身に不信感を抱くようになっていました。全てを信じられないのが、自分さえも信じられないというのがどういうことか、先生はご存じないでしょう。ご存じないはずです。あなたのような眉では、ご自身を疑うのは無理でしょう」

彼はこの言葉を嬉しがって、笑って言った。

「そうか! 君は人相学者なんだね。私はこの地で一時間ごとに多くを学ぶようだよ。喜んで君の家に朝食をいただきに伺うとしよう。そして、年寄りの称賛を許してくれるといいが、君は奥さんに恵まれているな」

彼がミナを褒め続けるのを一日中聞いていたい気持ちだったので、僕はただ頷き、黙って立ち続けた。

「彼女は神の手による女性の一人であり、私たち男性や他の女性に、私たちが入ることのできる天国が存在すること、そして天国の光は地上にもあることを示すために、神の手によって造られたのだよ。とても誠実で、とても優しく、とても崇高で、自己中心的でない──とても懐疑的で利己的な人が多い時代において、大したことなのだよ。そして君については──私は哀れなルーシー嬢宛の手紙をすべて読んだのだが、そのうちのいくつかは君に関する記述があった。なので、数日前から他者を介して君を知っていたが、本当の姿は昨夜知ったのだ。握手をしてくれないかね。そして、生涯の友となろうではないか」

僕たちは握手をした。彼はとても真剣でとても親切だったので、僕は胸が詰まるようだった。

「それでは」と彼は言った。「もう少し力を貸してもらえるかね。私はなすべき大仕事があるのだが、それはまず知ることから始まるのだ。これは、君に手助けできることだ。君がトランシルヴァニアに行く前のことを教えてくれるかね。後でもっと別の助けを依頼するかもしれないが、手始めはこれでいいだろう」

「少しよろしいですか」と僕は言った。「あなたの仕事とは、伯爵に関係することですか」

「そうだ」と彼は厳粛に答えた。

「それでは、僕は心からあなたと共にあります。十時半の列車で発つのでしたら今読む時間はないでしょうが、書類を一束を取ってきます。お持ちになって、列車の中でお読みください」

朝食後、彼を駅まで見送った。別れ際に彼がこう言った。

「私が連絡を送ったら、君もロンドンに来てくれ。ミナ奥様も一緒に」

「その時は二人で参ります」と僕は答えた。

僕は朝刊とロンドンの昨日の夕刊を彼に渡し、車窓越しに話しながら列車の発車を待っている間、彼は新聞をめくっていた。その中の一紙、『ウェストミンスター・ガゼット』──紙色でそうだとわかった──に彼は突然目を止め、顔色を蒼白にした。彼は熱心に何かを読み、自分自身にうめき声を上げた。

「Mein Gott! Mein Gott! こんなにも早いのか! こんなにも早いのか!」

その時は、僕がいることを忘れていただろう。ちょうどその時、笛が鳴り、列車が走り始めた。それで彼は我に返り、窓から身を乗り出して手を振って呼びかけた。

「ミナ奥様によろしく伝えてくれ。できるだけ早く手紙を書くよ」

スワード博士の日記

九月二十六日

真に終焉を迎えるものなどない。僕が《完》と記録してから一週間も経ってないのに、再び新しく記録を始めている。いや、同じ記録を続けている。今日の午後まで、終わった出来事を振り返る必要などなかった。レンフィールドは今までにないほど正気になっていた。彼はすでにハエ集めを順調に進めており、クモの収集も始めたばかりで、僕には何の迷惑もかけていなかった。アーサーから届いた日曜付の手紙によると、アーサーはよく状況に耐えているようだ。クインシー・モリスがアーサーと一緒にいるのが助けになっているようである。クインシーは活気に溢れているからだ。クインシーからの一筆もあり、それによるとアーサーは以前のような活気を取り戻しつつあるとのことで、彼らに関しては安心していた。僕自身はというと、以前のように仕事に熱中し、ルーシーが僕に残した傷は次第に傷跡となりつつあった。しかし今、すべては再開された。そして、どのような結末となるかは神のみぞ知るのだ。ヴァン・ヘルシングも、自身が結末を承知している気でいるようだが、彼は好奇心を刺激する程度にしか語らないだろう。彼は昨日エクセターへ行き、一晩そこに滞在した。今日はこちらに帰ってきて、五時半頃に部屋に飛び込んできて、昨夜の『ウェストミンスター・ガゼット』を僕の手に突きつけた。

「それについてどう思うかね」

彼は腕組みをして、少し離れて立ったまま聞いてきた。

彼が言いたいことが本当に分からなかったので、その新聞に目を通しはじめた。しかし彼は僕から新聞を取り上げ、ハムステッドで子供たちがおびき出されているという段落を指さした。その段落は僕にはあまりピンと来なかったが、やがて子供たちの喉に小さな刺し傷があると書かれた箇所にたどり着いた。そこで僕は思いあたり、顔を上げた。

「どうだね」と彼は言った。

「ルーシーと同じですね」

「それで、どう思うんだね」

「ただ共通する原因があるというだけです。彼女を傷つけたものが何であれ、同じものが彼らを傷つけたのでしょう」

彼の返事は、よく理解できないものだった。

「その回答は、間接的には正しいが、直接には正しくないね」

「教授、どういう意味ですか」

僕は尋ねた。僕は彼の深刻さを軽くとらえる気になっていた──結局のところ、四日間の休養と、焼けつくように苦しい不安からの解放は、精神の回復に役立つのだ──しかし彼の顔を見たときの、その表情は僕を真剣にさせるものだった。今まで一度も、ルーシーについて絶望していたときですら、彼がこれほどまでに厳しい表情をしたことはなかった。

「教えてください!」と僕は言った。「僕には何も分かりません。何を考えたらいいのか分からないし、推測の根拠となる情報もないんですから」

「ジョン君、君はルーシーの死因について何の疑いも持たないのかね。事件だけでなく、私からも手がかりを得たというのに」

「大量出血、もしくは失血による神経衰弱でしょう」

「それでは、出血や失血の原因は何だね」

僕は首を横に振った。彼は僕に歩み寄って横に座り、こう続けた。

「ジョン君、君は賢い男だ。理路整然としており、機知に富む。しかし、あまりに先入観に満ちている。その目で見ず、その耳で聞かず、日常生活の範疇にないものは無関係と決め込んでいる。自分には理解できないものも存在するとは思わないのかね、他者には見えないものが見える人間がいるとは思わないのかね。新旧を問わず、人の目に映り得ないものがある。なぜなら人は、他者の発言を元に物事を知るから──あるいは、知っていると思い込むからだ。これは我々の科学の欠点なのだが、すべてを説明しようとし、説明できない場合は説明すべきことは何もないと言うのだ。我々の周りでは日々新しい信念が芽生えるが、自らを新しいと思い込んでも、若いふりをした古いものに過ぎないのだ──オペラ観劇におわすご婦人たちのように。君は物体移動【訳注:corporeal transference。テレキネシスに類する。】を信じていないのだったね。物質化【訳注:materialisation。霊的なものが具体的な形を持つこと】も信じないのかな。アストラル体【訳注:astral bodies。体から離脱できる魂の部分のこと】も信じないのかね。読心術【訳注:reading of thought。メンタリズムに類する】をも信じないとでも。催眠術も──」

「催眠術は信じてます」と僕は言った。「シャルコー【訳註:Jean-Martin Charcot。神経科医】が明快に証明していますから」

彼は微笑みながら続けた。

「では、君は催眠術については納得しているのだね。そうだろう? そしてもちろん、君は催眠術がどのように作用するかを理解し、偉大なシャルコーの信念に従い──残念ながら彼はもう亡くなったが──彼が催眠術をかけた患者の魂の内部を知ることができる。そうだろう? では、ジョン君、君は単に事実を受け入れるのみに留まり、前提から結論までが空白であることに納得していると受け止めていいのかな。そうではないと? それなら、教えてくれ──私は脳の研究者なのだからね──なぜ君は催眠術を受け入れ、読心術を拒否するんだい。友よ、君に教えてあげよう。電気科学の分野で今日行われていることは、電気を発見した人々によって穢らわしいとされただろうことだ──電気を発見した人々も、少し昔までは魔法使いとして焼かれていただろう。人生には常に謎が存在する。メトセラ【訳注:旧約聖書に登場する人物】は九百年、オールド・パー【訳注:長生きしたとされる英国人】は百六十九年生きたのに、四人の男の血を受け継いだ哀れなルーシーは、なぜ一日も生きられなかったのだろうか。あと一日生きていれば、救えたかもしれないのに。君は生と死の神秘をすべて知っているとでも言うのかな。比較解剖学の全容を知り、なぜある人間には獣の性質があり、他の人間にはないのか回答できるとでも言うのかね。他の蜘蛛は小さくすぐに死んでしまうのに、どうしてとある大きな蜘蛛は何世紀もスペインの古い教会の塔の中で生き続け、どんどん大きくなり、下へ降りてきて教会のすべてのランプの油を飲めるまでになったのか、君は私に説明できるのかな。パンパスなどには、夜になるとやってきて牛や馬の血脈を開いて吸い取るコウモリがいるのはなぜか、言えるのかね。大西洋のいくつかの島では、一日中木にぶら下がっているコウモリがいる。そのコウモリを見た人は巨大な木の実や豆のサヤのようだと説明する。そして、暑さのあまり船員が甲板で寝ていると、飛び降りてきて──朝になると、ルーシー嬢のように蒼白の遺体が見つかるのはなぜだろうね」

「まさか、教授!」僕は立ち上がりながら言った。「ルーシーがそのようなコウモリに噛まれたと言うのですか、そしてそんなものが十九世紀のこのロンドンにいると言うのですか」

彼は手振りで僕を黙らせ、言葉を続けた。

「なぜ亀は何世代もの人間より長生きするのか。なぜ象は何代もの王朝にわたって生き続けるのか、なぜオウムは猫や犬に噛まれる以外で死なないのか、説明できるかね。許される限りずっと生き続ける者が少数いると、死ぬことのない男女がいると、古今東西の人が信じているのはなぜか、教えてくれるかな。何千年もの間、岩の中に閉じ込められているヒキガエルがいたこと、世界がはじまった頃から彼だけが入っているとても小さな穴に閉じ込められていることを、我々は皆知っている──科学がその事実を保証しているからだ。インドの苦行者が死に、埋葬され、墓に封印され、上に小麦が蒔かれ、小麦が熟し刈り取られ蒔かれ熟し刈り取られ、そののちに人が来て、破られていなかった封印を取り除くと、そこにインドの苦行者が横たわって生きており、以前のように蘇り彼らの間を歩き回るようなことを、君はどう説明するのかね」

ここで僕は話を遮った。僕は困惑していた。彼は、自然の奇抜さと、実際にあった不可解な出来事の一覧を僕の頭に詰め込み、それにより僕の想像力はどんどんかき立てられたのだ。昔アムステルダムの彼の書斎でやっていたように、僕に何か教育をしているのだと薄々感づいた。その時の彼は、しっかり物事を教えてくれたので、僕は常にその思考対象を念頭に置けた。しかし今は、この助けがない。それでも彼を理解したかったので、僕は言った。

「教授、僕をもう一度あなたの愛弟子にしてください。あなたの知識を生かすために、その論旨を教えてください。今のところ、僕は、正気ではない狂人がある考えを追いかける時のように、頭の中で点から点へと思考を飛ばしています。まるで霧の中の沼地をのろのろと進み、行き先もわからずにただやみくもに草むらから草むらに飛び移る青二才のような気分です」

「良い描写だね」と彼は言った。「さて、お話ししよう。私の論旨はつまり、信じてほしい、ということだ」

「何を信じろと言うんです」

「信じられないようなことを信じるんだ。説明しよう。あるアメリカ人が信仰をこう定義したと聞いたことがある。《真実でないことが明らかな物事を、それでも信じられる能力》。私はその人と同意見だ。これは、常識にとらわれるなという意味なのだ。つまり、小さな石が鉄道の行き先を阻むように、大きな真実の流れを小さな真実で牽制してはいけないのだ。我々はたいてい、小さな真実を先に手に入れる。これはいいだろう! 私たちはその小さな真実を保存して価値づける。しかし同時に、その真実が全宇宙の真実だと思ってはならない」

「奇妙な問題に対して、既設の確信を元に、心の受容性を損うことを避けよ、ということでしょうか」

「君はまだ私のお気に入りの生徒だね。教え甲斐がある。今、君は理解しようと努めており、つまり理解するための第一歩を踏み出したのだ。さて、子供たちの喉に開いたあの小さな穴は、ルーシー嬢に穴を開けたものと同じものが開けたと思うのだったね」

「そのようです」

彼は立ち上がり、厳粛に言った。

「それなら、君は間違っている。ああ、君の言う通りであればいいのだが! なんということだ! 同じものが開けたのではない。もっと悪い、ずっとずっと悪いのだ」

「一体全体、ヴァン・ヘルシング教授、どういうことですか」僕はそう叫んだ。

彼は絶望した仕草で椅子に身を投げ、テーブルに両肘をつき、両手で顔を覆いながらこう言ったのだ。

「あれらの穴はルーシー嬢が開けたものなのだ!」

スワード博士の日記(続き)

しばし怒りに支配された。まるで彼が生前のルーシーの顔を殴ったかのようだった。僕はテーブルを強く叩き、立ち上がりながら彼に言った。

「ヴァン・ヘルシング博士、気でも狂ったんですか」

彼は頭を上げて僕を見つめたが、その表情の優しさに、なぜか僕は一気に落ち着いた。

「そうだったら良いのだが!」と彼は言った。「このような真実に比べれば、狂気などたやすいものだ。友よ、なぜ私はこんなにも遠回りに話したと思うのだね、こんなにも簡単なことを話すのに時間がかかったと思うんだい。私が君を生涯ずっと嫌っていたからかね。君に苦痛を与えたかったからかね。今更ながら、恐るべき死から私の命を救ってくれた時の復讐をしたかったとでも。まさか!」

「許してください」と僕は言ったが、彼は続けた。

「友よ、真実を告げるにあたり、君に優しくしたかったからだ。君があの美しい女性を愛していることを知っていたからね。しかし、まだ君が信じてもらえるとは思ってない。これまでずっと不可能と信じてきた、そんなことが可能なのかと疑ってしまうような抽象的な真実を、すぐに受け入れるのはとても難しいことだ。とても悲しく具体的な真実、特にルーシー嬢にまつわるものを受け入れるのはさらに難しいことだ。今晩、私は真実を証明しに行く。一緒に来る勇気はあるかね」

これは僕をぐらつかせた。人はこのような真実を証明することを好まないものだ。バイロンがその範疇から除かれたのは、嫉妬によってであった。

《そして、彼自らが最も忌み嫌う真実を証明する》

彼は僕の迷いを見て取り、こう言った。

「論理は単純なものだ。今回は、霧の沼地で草むらから草むらへ飛び移るような、狂人の論理ではない。もしこの説が真実でなかったなら、その証明は安堵に繋がるだろうし、最悪の場合でも害はないだろう。もし本当なら、恐怖を抱くことになる! しかし恐怖は私の大義を助けるはずだ。信じるしかなくなるからね。さあ、提案させてくれ。まず、今すぐ出かけて病院にいる子供に会いに行こう。子供がいると新聞にある北病院のヴィンセント先生は私の友人だ。君はアムステルダムのクラスで一緒だったのだから、君の友人でもある。二人の友人ならともかく、二人の科学者にはこの子を診せるだろう。我々は彼に何も告げず、ただ学びたいとだけ告げるのだ。そして――」

「そして?」

彼はポケットから鍵を取り出して掲げた。

「そして、ルーシーが眠る教会墓地で一晩を過ごすんだ。これは墓にかかっている鍵だ。棺桶屋から、アーサーに渡すようにと預かったのだ」

何やら恐ろしい試練が待ち受けているようで、気持ちが沈んだ。しかしどうしようもないので、できる限り気持ちを奮い立たせて、午後も過ぎつつあるので急いだ方がいいと言った。

僕たちが向かうと、子供が目を覚ましていた。睡眠をとり、食事をして、すっかり元気だった。ヴィンセント医師は、その喉から包帯を取り、刺されたような跡を露わにした。ルーシーの喉の傷に明らかに似ていた。差異は、この傷の方が小さく、傷口が新しいことだけだ。僕たちはヴィンセントに、この傷は何だと思うか尋ねた。彼は、何かの動物、おそらくネズミにかまれたのだろうと答えたが、彼自身は、ロンドンの北の高台にたくさんいるコウモリの一種だという説に揺れていた。

「多くは無害だが」と彼は言った。「無害な群れの中に混じって、南方から来たもっと悪質な種の荒々しい個体が持ち込まれているかもしれないね。船乗りが持ち帰ったものが逃げ出したのかもしれない。動物園から若い個体が逃げ出したのかもしれない。動物園でヴァンパイアから繁殖させたものが逃げ出したのかも。そういうことがあるんだ。つい十日ほど前にもオオカミが逃げ出し、私の考えではこちらの方角にたどり着いた。それから一週間、この《キレイなお姉さん》騒ぎがやって来るまで、子供たちはヒースのあらゆる路地で赤ずきんちゃんごっこをしてた。《キレイなお姉さん》騒ぎ以来、子供たちはとてもはしゃいで時間を過ごすようになった。このかわいそうな子も、今日目が覚めると、世話人にもう行ってもいいかと尋ねたんだ。彼女がなぜ行きたいのかと尋ねると、《キレイなお姉さん》と遊びたいと言ったんだ」

「私の考えだが」とヴァン・ヘルシングは言った。「その子を家に帰すときには、厳重に見守るように親に言付けてほしいね。このような迷子は非常に危険だ。もしこの子がもう一晩外にいたら、おそらくこの子の命にかかわっていただろう。しかし、いずれにせよ、何日かは病院の外に出さないつもりかな」

「少なくとも一週間はだめだ。傷が癒えなければ、もっと長期になるだろうね」

病院への訪問は予想以上に時間がかかり、外に出る前に日が暮れてしまった。ヴァン・ヘルシングは、その暗さを見て、こう言った。

「急ぐことはない。思ったより遅くなったな。さあ、どこか食べられそうな場所を探して、それから向かうこととしよう」

《ジャック・ストローの城》で、自転車乗りの集団や他の愛想よく賑やかな人たちと一緒に食事をした。十時頃、僕たちは宿を出発した。その時にはとても暗くなっており、それぞれ離れて立つ街灯は、各街灯の照らせる範囲外に出た時に、闇をより深くした。教授は行くべき道を知っていたようで、臆せず進んでいった。僕はといえば、方向感覚的にかなり混乱していた。さらに進むと、人に会うことも少なくなっていき、ついには、郊外をいつものように巡回している騎馬警察に出会った時でさえいささか驚くほどに、人けが無くなった。そしてついに教会墓地の塀にたどり着き、それを乗り越えた。少々手こずったが──とても暗く、その場所自体もかなり見慣れなかったためだ──ついにウェステンラ家の墓を見つけた。教授は鍵を取り出し、きしむ扉を開け、少し後ろに下がり、丁寧に、しかし全く無意識に、僕に先に行くように合図した。このようにぞっとする機会において先を譲る、この申し出の礼儀正しさには、皮肉めいたものがあった。僕の仲間である教授は、すぐについて来て、錠がバネ式ではなく落下式だと慎重に確認した後、慎重に扉を引き寄せて閉めた。バネ式の場合、僕たちはひどい目に遭うところだった。そして、彼は鞄の中を探って、マッチ箱とロウソクの切れ端を取り出して、火をつけた。昼間に生花で飾られた墓でさえ、充分に陰惨に見えたものだ。しかし、その数日後、花が枯れて垂れ下がり、花弁の白は錆色に、葉の緑は茶色に変わり、蜘蛛と甲虫が平素の支配を取り戻し、経年で色褪せた石、埃にまみれたモルタル、錆びて湿った鉄、変色した真鍮、曇った銀メッキがロウソクの弱い光を反射している今、その効果は想像以上に陰惨なものとなったのだ。その光景は、生命──動物の生命──が、この世から消える唯一のものではないことを、否応なしに伝えていた。

ヴァン・ヘルシングは計画的に仕事を進めた。棺の板が読めるようにろうそくを持ち、つまり滴った鯨脂が金属に触れて凝固して白い斑点となるように持って、ルーシーの棺を確かめた。再度鞄の中を探って、ネジ回しを取り出した。

「何をするんですか」僕は尋ねた。

「棺桶を開けるのさ。君はまだ納得していないようだからね」

彼はすぐにネジを外し始めた。蓋を開けると、その下には鉛の箱が見えた。その光景は衝撃的だった。死者への冒涜であり、ルーシーが生きていて寝ている間に服を脱がすのと同様と思ったからだ。僕は彼の手を握って止めようとさえした。しかし、彼はこう言っただけだった。

「今にわかる」

そして再び鞄を探って、小さな糸鋸を取り出した。僕は思わず息をのんだ。彼はすばやくネジ回しを下向きに鉛に突き刺した。そうして開いた小さな穴は、鋸の刃先を通すには充分な大きさだった。僕は、一週間前の死体からガスが噴出するものと思った。職務上の危険を勉強してきた僕たち医者は、このような知識に慣れなければならないのだ。僕は扉の方に引き下がった。しかし、教授は一瞬たりとも手を止めることなく、鉛の棺の片側に沿って二フィートほど鋸で切断し、次に横側に横断するように切り、そしてもう片側を下向きに切断した。そして、ゆるんだ縁の端を持って、それを棺の足元側に曲げて開け、ろうそくを開口部に掲げて、僕に見るように合図した。

僕は近くに寄って見た。棺桶は空っぽだった。

僕は驚き衝撃を受けたが、ヴァン・ヘルシングは動じない。彼は自身の立場への信頼を深め、自分の任務を進める決意を固めたのだ。

「ジョン君、納得したかね」と彼は尋ねた。

それに答えながら、生来の不屈の論争性が自身に目覚めるのを感じた。

「ルーシーの死体があの棺桶にないことには納得しました。ただ、この事実はある一つのことしか証明しません」

「ジョン君、それは何かね」

「遺体がない、ということだけです」

「いい論理だ」と彼は言った。「ここまでのところはね。しかし、死体がない理由をどう説明する──説明できる──というのかな」

「おそらく遺体泥棒でしょう」と僕は示唆した。「葬儀屋一味の誰かが盗んだのでは無いでしょうか」

自分でも愚かなことを言っていると思ったが、示唆できる中で唯一の現実的な原因であった。教授はため息をついた。

「そうか!」と彼は言った。「もっと証拠が必要だな。一緒に来なさい」

彼は再び棺桶に蓋をし、荷物をまとめて鞄に入れ、灯りを吹き消してロウソクも袋に入れた。僕たちは扉を開け、外に出た。出た後で、彼が扉を閉めて鍵をかけた。彼は僕に鍵を渡し、こう言った。

「持っていてくれるかね。納得してもらうためにね」

僕は笑い──明るい笑いではなかった──彼に鍵を持っているよう仕草しながらも、こう言わずにはいられなかった。

「鍵は重要ではありません」と僕は言った。「合鍵があるかもしれない。それに、あの種の錠を開けるのは難しくないですから」

彼は何も言わずに、鍵をポケットにしまった。そして、僕に教会墓地の片側を見張るように言い、自分は反対側を見張るからと言った。僕はイチイの木の陰に陣取り、彼の暗がりでの姿が墓石や木々に隠れるまで動いているのを見つめた。

孤独な夜だった。僕が陣取った直後、遠くの時計が十二時を打つのが聞こえ、やがて一時と二時が打たれた。僕は寒気に襲われ、無気力になり、こんな用事で僕を連れてきた教授と、ついてきた自分自身に腹が立った。寒くて眠かったので熱心に見張ることができなかったが、眠って信頼を裏切るほどには眠くなかったので、まったくもってつまらない、惨めな時間を過ごした。

僕が振り返った際に、突然、白い筋のようなものが、教会墓地内でルーシーの墓の反対側にある、二本の黒いイチイの木の間を移動するのを見たように思った。同時に、暗い塊が教授側からイチイの木の方へ駆けるように移動するのが見えた。そこで僕も移動したが、墓石や柵に囲まれた墓を回り込まなければならなかった上、墓につまずきつつ進むことになった。空は曇り、どこか遠くで早起きの鶏が鳴いている。少し離れて、教会へ続く道沿いに散らばって生えたネズの並木の向こう側で、白いおぼろげな人影が墓の方向へ飛んでいった。墓自体は木に隠れていて、どこに消えたか見えなかった。最初に白い人影を見た場所で何かが動く音を聞き、近づいてみると、教授が小さな子供を抱いているのを見つけた。彼は僕を見ると、子供を差し出し、言った。

「これで納得したかな」

「いいえ」と僕はどこか攻撃的な感じで言った。

「この子供が見えないのか」

「ええ、これは子供ですね。で、誰が連れてきたんですか。あと、怪我はしてますか」僕はそう尋ねた。

「確認しよう」と教授は言い、怪我を確かめるために僕たちは教会墓地を出た。教授は眠っている子供を抱えて移動した。

少し離れたところで、僕たちは林に入り、マッチをすって子供の喉を見た。傷一つない。

「僕が正しかったのでしょうか」僕は勝ち誇ったように尋ねた。

「間に合っただけだよ」と教授は感謝するように言った。

僕たちは、この子供をどうするか相談した。もし警察署に連れて行くとしたら、今夜の行動を説明しなければならないし、少なくとも、どうやってその子を見つけたかについて、何らかの供述をしなければならないはずだ。最終的に、ヒースまで子供を連れて行って、警官が来るのが聞こえるまで待ってから必ず見つかる場所に置いて、できるだけ早く家に帰ろうと決めた。全てうまくいった。ハムステッドヒースのはずれで警官の重い足音が聞こえたので、子供を小道に寝かせて、警官がランタンの明かりで照らして子供を見るまで待った。僕たちは、彼が驚き仰天する声を聞いてから、静かに立ち去った。偶然にもスパニアーズの近くで馬車を拾えたので、街まで戻った。

眠れないので、この記録をしている。正午にヴァン・ヘルシングが迎えにくることになっているので、二、三時間は眠らないといけない。彼は、別の遠出にも僕が同行することを強く望んでいるのだ。

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