9月20日

報告 パトリック・ヘネシー医学博士、王立外科医学会会員、アイルランド・キングスアンドクイーンズ医学会開業資格者、等等より、ジョン・スワード医学博士宛

九月二十日

謹啓

ご希望に従い、私がお預かりしている全ての事柄の状況報告を同封します。患者レンフィールドについては、追加でご報告があります。レンフィールドは、またもや恐ろしい結果を迎えかねなかった発作に見舞われましたが、幸いなことに不幸な結果を招くことはありませんでした。今日の午後、運送屋が二人乗りで、我々の病院に隣接する空き家を訪ねてきました。患者が二度逃げ出して向かった家です。二人は病院の門前で馬車を止め、地元民ではないのでしょうか、門番に道を尋ねていました。夕食後、一服しながら書斎の窓から外を見ていたところ、そのうちの一人が家に近づくのが見えました。男がレンフィールドの部屋の窓の前を通り過ぎたとき、患者は部屋内から彼を見定め、舌の上に乗せられる限りの汚い言葉で男を罵りました。その男はまともな人間のようで《口の悪い乞食め、黙りやがれ》と言うにとどめました。すると患者は、自分からの強奪や、自分への殺意について、男を責め立て、もし男が吊るし首になったとしても害を成してやると言いました。私は窓を開けて、患者を相手にしないよう合図しました。それで彼は、この施設をよく観察し、自分がどんな場所に来たかという知識を踏まえ、こう言って自身を納得させました。

「神のご加護を。俺は気狂いの屋敷で何を言われようと気にしねえよ。あんな荒っぽい獣と一緒に暮らすなんて、お前さんも旦那もかわいそうだ」

それから彼は礼儀正しく道を尋ね、私は空家の門の場所を教えました。彼は去っていきましたが、その後、患者は脅しや罵倒や悪口を言っていました。私は、患者の怒りの原因が何かわからないかと思い、階下に降りていきました。普段の彼はとても行儀が良く、激しい発作を起こした以外は、このようなことは一度もなかったからです。しかし驚いたことに、彼はいたって冷静で、とても温厚でした。彼にこの出来事を話してもらおうとしましたが、何を言っているんだと、平然と質問してきたので、この出来事を全く忘れているのだと思わせられました。しかし残念なことに、これも患者の狡猾さの一例に過ぎず、三十分もしないうちに再び彼の声を聞くことになりました。今度は自室の窓から外に出て、通りを走っていました。私は世話人達に付いてくるように言い、彼の後を追いかけました。何か悪巧みをしているのではと恐れたからです。その時、先ほど通ったのと同じ荷車が、大きな木箱をいくつか載せて道を下りてくるのを見たので、私の心配は的中しました。男たちは額の汗を拭きながら、まるで激しく運動したかのように顔を紅潮させていました。私が近寄る前に患者が二人に突進し、一人を馬車から引き離して、その頭を地面に打ち付け始めました。もし私がその瞬間に患者を捕まえなかったら、彼はその場でその男を殺していたでしょう。もう一人は馬車から飛び降りて、重い鞭の柄側でレンフィールドの頭を殴りました。ひどい一撃でしたが、レンフィールドはそれを気にする様子もなく、その男にも掴みかかり、そのまま私たち三人と格闘し、まるで私たちが子猫かのようにあちこち引っ張り回しました。ご存じのとおり私は体重が軽いわけでなく、他の二人は立派な体格の男でした。最初は患者は黙って戦っていましたが、我々が彼を制し始め、世話人達が彼に拘束衣を着せようとすると、叫び始めました。

「奴らの企みを挫いてやる! 奴らには奪わせない! 私をなぶり殺しにはさせない! 私は、私の大いなる君主のために戦うのだ!」

そしてあらゆる類似の支離滅裂な戯言を口にしました。このような状況下なので、世話人たちは患者を病院に連れ戻して緩衝材入りの部屋に入れるのに非常に苦労しました。世話人達の一人、ハーディーは指を骨折しました。でも、私がそれを治療してやったので、元気に過ごしています。

二人の運送屋は当初、損害賠償訴訟を起こすと大声で脅し、法のあらゆる罰則を私たちに浴びせることを誓いました。しかし、その脅し文句には、気のふれた狂人に二人が負けたことへの間接的な言い訳が混じっていました。重い箱を荷車に載せたり運んだりするのに体力を使わなければ、すぐにでも彼をやっつけられただろうと言っていました。また、埃っぽい職業であり、あらゆる作業現場と娯楽施設が遠く離れていたため、くたびれていたことも敗因だと言いました。私は彼らの意図を理解し、一杯グロッグを飲んだあと、いやもっと飲んだ後に、それぞれにソブリンを渡しました。そうすると彼らは、この事件を水に流し、この私のような《立派な旦那》に会うためなら、もっとひどい狂人にでもいつでも会いたいとまで言ったのです。万一に備えて、名前と住所を控えておきました。次のとおりです。グレート・ウォルワース、キングジョージ通りのダディング借家住人のジャック・スモレット。そしてベスナル・グリーン ガイドコート ピーター・パーリー通りのトーマス・スネリングです。二人ともソーホーのオレンジマスターズヤードにある運送屋のハリス&サンズ運送会社に勤めています。ここで起きたことはすべて報告しますし、重要なことがあればすぐに電報を打ちます。

ご信頼ください。

謹言

パトリック・ヘネシー

スワード博士の日記

九月二十日

今夜は決意と習慣だけを頼りにこの日記を録音している。あまりに惨めで、あまりに気力がなく、世界と、世界中のすべてのものと、人生そのものにうんざりしているので、この瞬間に死の天使の羽ばたきを聞いても気にならないだろう。死の天使は最近、何らかの目的のために、その恐ろしい翼を羽ばたかせている──ルーシーの母親、アーサーの父親、そして今回は──。録音を済ませてしまおう。

僕はヴァン・ヘルシングと、ルーシーの見守りの交代をした。僕たちはアーサーにも休んでもらおうと思ったが、当初彼は休息を拒んだ。僕が、アーサーには日中に手伝ってもらいたいこと、昼間に休息不足で体が動かずルーシーに迷惑がかかるのは得策ではないと言ったところ、場を離れることに同意してくれた。ヴァン・ヘルシングは彼にとても親切だった。

「さあ、我が息子よ」と彼は言った。「私と一緒に来なさい。君は衰弱しており、我々の知る例の体への負担のほか、多くの悲しみと精神的な苦痛を味わったのだ。一人でいてはいけない。一人では不安と緊張で一杯になってしまう。大きな暖炉と二つのソファがある客間に行こう。君は片方に、私はもう片方に寝よう。たとえ話さなくても、眠っても、共感がお互いの慰めになるだろう」

ローン生地よりも白い顔色の、枕の上のルーシーの顔を名残惜しげに見ながらも、アーサーは一緒に出て行った。ルーシーは微動だにせず横たわりつづけ、僕は部屋を見回して問題がないことを確認した。他の部屋と同様に、この部屋にも教授が徹底してニンニクを使ったことがわかった。窓枠全体からニンニクの臭いがし、ルーシーの首には、ヴァン・ヘルシングが巻いた絹のハンカチの上に、同じ香りの花でできた雑な花飾りがかかっていた。ルーシーの呼吸は荒く、表情は最悪で、開いた口からは血の気がない歯茎が見えていた。薄暗く不確かな光の中で、彼女の歯は朝よりも長く鋭く見えた。特に、光の悪戯で、犬歯が他の歯より長く鋭く見えた。彼女のそばに座ると、やがて彼女は落ち着かない様子で身じろぎした。それと同時に、窓のほうで鈍くはたいたり叩いたりするような音がした。僕はそっと窓のそばへ行き、ブラインドの隅から外をのぞいた。満月の月明かりのおかげで、その音は大きなコウモリが出したものだとわかった。薄暗いながらも室内の光に引き寄せられたのか、コウモリは旋回して飛び、翼を窓に時々ぶつけていた。席に戻るとルーシーが少し動いており、喉元からニンニクの花を引きちぎっていた。僕はできるかぎりそれを取り替えて、座って彼女を見守った。

やがてルーシーが目を覚ましたので、ヴァン・ヘルシングの指示通りの食事を与えた。彼女は少ししか食べず、それも遅々とした食べ方だった。このときのルーシーには、彼女の病気にこれまで顕著であった、生命と力を求める無意識化の努力がないようだった。彼女が意識を取り戻した瞬間に、ニンニクの花を体に引き寄せたのは不思議な気がした。呼吸が乱れて無気力な状態になるたびに花を自分から遠ざけ、目が覚めたときには握りしめているのは、明らかに奇妙なことだ。この観察は間違いではない。その後の長い時間の中で、彼女は何度も寝たり起きたりを繰り返し、花に纏わる動作のどちらも何度も繰り返したからだ。

六時、ヴァン・ヘルシングが交代しに来た。アーサーはその時まどろんでいたので、ヴァン・ヘルシングは慈悲深くも彼を寝かせたままにした。ヴァン・ヘルシングはルーシーの顔を見ると、息をスーッと吸い込む音を出し、そのあと鋭い囁き声で僕に言った。

「ブラインドを開けろ、光が欲しい!」

そして彼は身をかがめ、ルーシーの顔にほとんど触れるようにして注意深く観察した。彼は花を取り去り、シルクのハンカチを彼女の喉元から離した。同時に彼は後ずさった。「Mein Gott!」という叫び声が喉の奥でくぐもって聞こえた。僕も腰をかがめて喉元を見て、何か奇妙な寒気を感じた。

喉の傷が完全に消えていたのだ。

ヴァン・ヘルシングは五分間ほどずっと厳しい表情で彼女を見つめた。そして僕のほうを向き、こう言った。

「彼女は死にかけている。長くはないだろう。意識がある中で死ぬのと、眠ったまま死ぬのには大きな違いがある。あのかわいそうな坊やを起こして、最期に立ち合わせなさい。彼は我々を信頼しており、我々は彼に約束したのだから」

僕はダイニングルームに行き、アーサーを起こした。彼はしばらくぼんやりしていたが、雨戸の縁から差し込む日差しを見ると、自分が付き添いの番に遅れたのだと思い、恐れをなした。僕は、ルーシーはまだ眠っていると安心させたが、しかしながら、できるだけ優しくではあるが、ヴァン・ヘルシングも僕も死期が近いことを恐れている旨を告げた。彼は両手で顔を覆い、ソファのそばに膝をついて、おそらく一分ほど頭を埋めて祈り続けた。彼の肩は悲しみで震えていた。僕は彼の手を取り、体を起こさせた。

「さあ」と僕は言った。「友よ、ありったけの勇気を出してくれ。それが一番彼女のためになるんだ」

ルーシーの部屋へ行くと、ヴァン・ヘルシングがいつものように先見の明を持って部屋を整え、できる限り見栄えをよくしていた。彼はルーシーの髪も梳いてやっており、枕の上に太陽のような波紋を描いて髪が流れていた。僕たちが部屋に入ると、彼女は目を開けてアーサーを見て、そっとささやいた。

「アーサー! 愛する人、あなたが来てくれてとってもうれしい!」

アーサーはキスするために身をかがめようとしたが、ヴァン・ヘルシングが彼を差し止めた。

「いや、まだだ!」と彼はささやいた。「手を握ってあげなさい。その方が慰めになる」

アーサーが彼女の手を取り傍らにひざまずくと、天使のような美しい瞳に柔らかな輪郭があわさった彼女は、最高に美しく見えた。そして、彼女は次第に目を閉じて眠りについた。少しの間、彼女の胸は柔らかく動き、疲れた子供のように息をしていた。

そして、僕があの夜の間に気づいた奇妙な変化が、徐々に起こってきた。彼女の息は荒くなり、口が開き、血の気のない歯茎が縮み、歯がこれまで以上に長く鋭く見えるようになった。夢うつつでぼんやりとした、無意識であるような感じで、彼女は今や鈍く厳しくなった目を一気に開き、今までそう話すのを聞いたことがないような、柔らかく官能的な調子で言った。

「アーサー! 愛しい人、あなたが来てくれてとても嬉しい! キスして!」

アーサーは夢中で彼女にキスをしようと身をかがめた。しかしその瞬間、僕と同様に彼女の声の調子に驚いたヴァン・ヘルシングがアーサーに飛びかかり、両手で襟元を捕らえ、彼が持ち得るとは思っていなかった激しい力でアーサーを引きずり戻し、部屋の向こう側まで投げ飛ばしさえした。

「君の命のためだ!」と彼は言った。「君の生ける魂と、彼女の魂のためだ!」

そして、彼は追い詰められたライオンのように二人の間に立ちはだかった。

アーサーはびっくりして、一瞬、どうしたらいいか、何を言ったらいいかわからないようだった。そして、暴力的な衝動に駆られる前に、この場所と状況を考慮したようで、黙って立って待っていた。

僕はヴァン・ヘルシングと同じようにルーシーを見つめ続け、彼女の顔が痙攣すると同時に、怒りの表情が影のようによぎり、鋭い歯が噛み合わさるのを確認した。それから彼女は目を閉じ、荒い息をした。

その直後、彼女は穏やかな瞳を開き、哀れで青白い細い手を差し出して、ヴァン・ヘルシングの大きな褐色の手を取って引き寄せ、口付けた。彼女はかすかな声で、しかし語ることのできない哀しみを込めて、「私の真の友人ね」と言った。

「私と彼の真の友人! アーサーを守ってください、そして私に安らぎを与えてください!」

「そうすることを誓う!」

彼は厳粛にそう言って彼女のそばに跪き、誓いを立てる者のように片手を挙げた。そしてアーサーに向かい、こう言った。

「さあ、我が息子よ。彼女の手を握り、額に一度だけ、口づけをしなさい」

アーサーとルーシーは、唇の代わりに視線を合わせた。そして、二人は体を離した。

ルーシーは目を閉じ、ルーシーの様子を注視していたヴァン・ヘルシングは、アーサーの腕を取って彼を引き離した。

そして、ルーシーの呼吸は再び荒くなり、やがて息が止まった。

「もう終わりだ」とヴァン・ヘルシングは言った。「彼女は死んだ!」

僕がアーサーの腕を掴んで居間に連れて行くと、彼は座り込んで両手で顔を覆い、見ているだけで胸が潰れそうになる程に泣きじゃくった。

部屋に戻ると、ヴァン・ヘルシングが哀れなルーシーを見ていたが、その表情は以前にも増して厳しかった。彼女の身体には、ある変化が訪れていた。死が彼女の美しさの一部を取り戻したのだ。額と頬は流れるような輪郭を取り戻し、唇からも死による蒼白さが消えていた。まるで心臓を動かすのに必要なくなった血液が、死の過酷さを少しでも和らげるために身体中に流れたかのようだった。

 眠っているときは死んだようで、

 死んでいるときは眠っているようだ。

僕はヴァン・ヘルシングの横に立って、こう言った。

「そうか、かわいそうに、やっと安らかに眠れたんですね。これで終わりだ!」

彼は僕の方を向いて、重々しく厳粛にこう言った。

「そうではないよ、残念だが、そうではない! これは始まりに過ぎない!」

僕がどういう意味かと尋ねると、彼は首を振ってこう答えただけだった。

「まだ何もできない。待つしかないのだ」

スワード博士の日記(続き)

葬儀は、ルーシーと母親を一緒に埋葬するため、翌日に行われることになった。僕は葬儀のすべての手続きを執り行った。都会風の葬儀屋は、彼のスタッフと同じく、媚び諂った慇懃な態度に取り憑かれている──または祝福されている──ことを明らかにした。死者のために最後の仕事をした女性でさえ、死者の部屋から出てきたとき、内密な、専門家同士のような言い方で、僕にこう言った。

「彼女はとても美しい死体ですね、先生。支度をするのは大変な名誉です。彼女は、我が社の技術の信頼性を増してくれる人物であると言っても過言ではありません!」

僕は、ヴァン・ヘルシングが決してルーシーから遠く離れないことに気づいた。これは、家の秩序が乱れているからこそできることだ。ルーシーには身寄りもなく、アーサーは翌日には父親の葬儀に参列するために帰らなければならなかったので、本来なら知らせるべき人に訃報を知らせることができなかった。このような状況なので、僕とヴァン・ヘルシングは、書類などを調べることにした。彼は、ルーシーの書類を自分で見たいと言った。僕は、彼は外国人なので、英国の法的要件をよく理解しておらず、無知なために不必要な問題を起こすのではないかと心配になり、その理由を尋ねた。すると彼はこう答えた。

「君の言いたいことはわかってる。わかってる。私が医者であると同時に法律家であることを忘れているね。しかし、書類探しを行うのは法律のためとは言えまい。君が検視官を避けたのも、法のためではなかった。私には検視官以上に避けるべきものがある。もっとこのような書類があるかもしれないからな」

そうして、彼はポケットから、ルーシーの胸元にあった、彼女が寝ている間に破った手帳を取り出した。

「亡きウェステンラ夫人の事務弁護士について何か見つけたら、彼女の書類をすべて封し、今夜中に彼に手紙を書きなさい。私はこの部屋とルーシー嬢のかつての部屋に一晩中いて、こちらでも何かあるか探すとしよう。彼女の思いの丈が書かれたものが、他人の手に渡るのは好ましくない」

僕は自分の仕事を続け、三十分後にはウェステンラ夫人の事務弁護士の名前と住所を突き止め、彼に手紙を書いた。ウェステンラ夫人の書類はすべて整頓されており、埋葬地についても明確な指示があった。その手紙に封をするかしないかのとき、驚いたことにヴァン・ヘルシングが部屋に入ってきて、こう言った。

「ジョン君、何か手伝おうか。手が空いたから、よければ手伝おう」

「お探しのものは見つかりましたか」

僕は尋ね、それに対して彼は答えた。

「特定のものを探していたわけではない。ただ、何か見つかれば良いなと思っただけだけだ。いくつかの手紙といくつかの覚書、そして新しく書き始めた日記があるだけだった。なので、それら書類をここに持ってきた。そして我々は、今のところ、これらの書類について何も言うべきではないだろう。明日の晩にあの若者に会い、彼の許可を得ていくつか使用するつもりだ」

仕事を終えると、彼は僕にこう言った。

「さてジョン君、もう寝ようか。私も君も眠り、休んで回復すべきだ。明日はやることがたくさんあるだろうが、今夜はもうない。残念なことだが」

寝る前にルーシーを見に行った。葬儀屋は明らかにしっかりと仕事をしたようで、部屋は小さな遺体安置所に変わっていた。そこには美しい白い花が咲き乱れており、死に対する嫌悪感が緩和されていた。死装束の端が顔の上にかかっており、教授が身をかがめてそれをそっと捲ったとき、僕たちは目の前に現れた美しさに驚いた。背の高いロウソクは、美しさをよく観察するのに充分な明るさをもたらした。ルーシーの愛らしさは死によって蘇り、死後過ぎた時間は《腐敗の指》の痕跡を残すどころか、生前の美しさを取り戻していたのだ。僕は自分が死体を見ていると信じられず、目を疑ったほどだ。

教授は厳しい表情をしていた。彼は僕のようには彼女を愛していなかったので、目に涙を浮かべる必要はなかった。彼は僕に「私が戻るまでここにいてくれ」と言って部屋を出た。彼は広間に未開封で置かれていた箱から一掴みのニンニクの花を持って戻り、ベッドの上と周りにある花にそれを加えた。そして、襟の内側から小さな金の十字架を取り出し、ルーシーの口の上に置いた。そして、死装束を元の場所に戻し、僕たちはその場を離れた。

僕はその後、自室で服を脱いでいた。すると、前触れとして扉をノックした後、彼が入ってきて、すぐに話し始めた。

「明日、夜が来る前に、検死用のメスを一式持ってきてほしい」

「検死をしなければならないんですか」と僕は尋ねた。

「そうとも、そうでないとも言える。解剖をしたくはあるのだが、君が考えているような類ではない。今教えるが、他の人には一言も言ってはいけないよ。ルーシーの頭を切り落とし心臓を取り出したいんだ。ああ! 君は外科医なのに、とても衝撃を受けているね! 他のものを怖気付かせるような生死をかけた手術を行っても手も心も震えないあの君が。ジョン君、君が彼女を愛していたことを私は忘れていないよ。私は忘れてない。だから、君は手伝うだけで、私が施術するのだ。私は今晩にでも施術をしたいのだが、アーサーのために控えるべきだろう。アーサーは明日の父の葬儀の後、時間ができて、彼女に会いたがるだろう──彼女の遺体を見たがるだろう。そのあと、彼女が翌日のために棺桶に入れられ、皆が寝静まったときに行うべきだろう。棺桶の蓋を開けて手術をし、元に戻すのだ。我々以外には知られないようにするんだ」

「なぜそんなことを。彼女はもう死んでるんですよ。なぜ必要もなく死体を傷つけるんでしょうか。死後解剖の必要性もなく、それによって得るものもないのなら──彼女にとっても我々にとっても、科学にも人知にも何の得るものがないのなら──なぜそんなことをするんですか。得るものがないなら、とんでもないことです」

すると彼は僕の肩に手を置き、限りない優しさをもってこう言った。

「友よ、私は君の傷ついた心を憐れんでいるし、このことで君が傷ついているからこそ、より君のことを愛してる。できることなら、君が背負っている重荷を私が引き受けたいくらいだ。しかし君が知らないこともある。ただし、君が知ったとしたら、それが不快なことだったとしても、私のなすことを応援してくれるだろう。ジョン、我が息子よ、君はもう何年も私の友人であるが、私が正当な理由なしに何かをしたことがあるだろうか。私は人間に過ぎず、間違いを犯すかもしれないが、自分の行いすべてを信じている。大きな困難が起こったとき、君が私に連絡を取った理由はこれではないのかな。そうだろう! 私がアーサーにキスさせなかったとき──彼女は死にかけていたのに──私の全力を尽くして彼を防いだとき、君は驚かなかったかね、いや、恐がらなかったかね。 そうだろう! そして、彼女が私に感謝したのを見ただろう。とても美しい死にゆく瞳で、とても弱々しい声で、私の荒れた年老いた手にキスをして祝福してくれただろう。そうだろう! そして、君は私が彼女に誓うのを聞いた。それで彼女は感謝して、目を閉じたのではなかったかな。そうだろう!

「さて、私が行いたいことには充分な理由がある。君は長年にわたって私を信頼してきた。過去数週間、君が疑心を持ったであろう奇妙なことがあったときも、私を信じてきた。ジョン君、まだ少しだけ私を信じてくれ。もし君が私を信じないのなら、私は自分の考えを話さなければならないが、それはおそらく得策ではない。そして、もし私がこの仕事をするとき──たとえ君の信頼があろうとなかろうと私は仕事をするのだが──君が私を信頼してくれないならば、私は重い気持ちで仕事をするしかない。すべての助けと勇気が欲しいときに、とても孤独を感じるだろう!」

彼はしばらく間を置いて、厳粛にこう続けた。

「友よ。我々の前には、奇妙で恐ろしい日々が待ち受けている。我々は二人ではなく、一個のチームとなろう。そうすれば、良い結果につながる。私を信頼してもらえないかな」

僕は彼の手を取り、信頼を約束した。彼が去るとき、僕は扉を開けたままにしておき、彼が自室に入って扉を閉めるのを見送った。僕がそのまま動かずに立っていると、メイドの一人が静かに通路を通り──僕の方に背を向けていたので僕を見てはいない様子で──ルーシーが寝ている部屋に入っていくのが見えた。その光景に僕は感動した。献身とはごく稀なものであり、だからこそ僕たちは、頼まれもせず愛する人に献身を示してくれる人に感謝するのだ。ここでは哀れな少女が、死に対する生来の恐怖を捨ててまで、愛する女主人の棺のそばで一人見守り、永遠の眠りにつく前の哀れな土くれが寂しくないようにしてやっているのだ。

長く熟睡していたのか、ヴァン・ヘルシングが僕の部屋に入ってきて僕を起こしたのは白昼だった。彼は僕の枕元に来て言った。

「もうメスのことで悩まなくていい。我々は手術をしないだろうからだ」

「どうしてですか」

僕は尋ねた。前夜の彼の厳粛な態度は僕に強い印象を与えていたからだ。

「何故なら、」彼は厳かに言った。「遅すぎるから──もしくは早すぎるからだ。見てくれ!」

ここで彼は小さな金の十字架を掲げた。

「これは夜中に盗まれたんだ」

「どうして盗まれたなんて言うんです」と僕は不思議に思って尋ねた。「今お持ちなのに」

「これは、死者や生者から盗むような益体もなく浅ましい女性から取り戻したのだ。彼女へは必ずばちが当たるだろうが、私を通してではない。彼女は自分が何をしでかしたのか全く知らず、何も知らずにただ盗んだだけなのだ。こうなれば、今は待つしかない」

彼はその言葉を置き、僕に考えるべき新たな謎、格闘すべきパズルを残して去っていった。

午前中は退屈な時間だったが、正午に事務弁護士がやってきた。ホールマン・サンズ・マーカンド&リダーデール法律事務所のマーカンド氏だ。彼はとても親切で、僕たちがしたことにとても感謝してくれて、細かいことまで気を配ってくれた。昼食時に彼が言うには、ウェステンラ夫人は以前から心臓発作による突然死を予期しており、完全に身辺整理していたことを教えてくれた。そして、直系卑属がいないため、遠方の分家に相続されるルーシーの父親の財産を除き、不動産と個人の財産はすべて、アーサー・ホルムウッドに完全にゆだねられていることを教えてくれた。彼はそこまで話すと、こう続けた。

「率直に言うと、私たちはそのような遺言をやめさせるために最善を尽くしました。そして、夫人の娘さんが無一文になるか、あるいは結婚相手を自由に選択できないような、不測の事態が起こる可能性を指摘しました。実際、私たちがこのことを強く主張したので、危うく夫人の意見と衝突するところでした。私たちに、依頼人の望みを執り行う用意があるのかどうかを尋ねたのです。もちろん、私たちには要望を受け入れる以外の選択肢はありませんでした。私たちは原則的に正しいですし、百回中九十九回は、その後の出来事によって、私たちの判断が正確だと証明してきたはずでした。しかし率直に言って、本件は、他のどのような形の遺産分割であっても、夫人の願い通りにならなかったろうと認めざるを得ません。夫人が娘さんに先立って亡くなったことにより、娘さんが財産の所有者になります。しかし、たとえ娘さんが母親の死後五分長生きしたとしても、遺言がない場合──この場合の遺言は現実的に不可能なのですが──娘さんの財産は、娘さんの死後に遺留分として扱われただろうからです。その場合、ゴダルミング卿は、親しい仲であったとはいえ、その財産に対して何の権利も持たないことになります。また相続人は遠方にいるため、赤の他人に対する感傷的な理由で、正当な権利を放棄することはないでしょう。親愛なる紳士方、私はこの結果を心から喜んでいますよ。完璧に喜んでいます」

彼はいい人だったが、これほど大きな悲劇のほんの一端──自分が職業柄関心を寄せているほんの一端──に対して喜んだことは、共感的理解の限界を示す教訓となった。

彼は長くは留まらなかったが、後でゴダルミング卿に会いに来ると言っていた。しかし、彼が来たことで、僕たちのした行為についての敵対的な批判を恐れる必要がないことが確認でき、僕たちにとってある種の慰めとなった。アーサーが五時に来るというので、その少し前に遺体安置室を訪ねた。まさに遺体の安置という言葉通り、今、母娘はその中に横たわっているのだ。葬儀屋がその技術の真価を発揮して、持っている道具でできる限りの飾り付けをしたので、その部屋には霊安室のような雰囲気があり、僕たちの気分を落ち込ませた。ヴァン・ヘルシングは、ゴダルミング卿がもうすぐやってくるので、一人で見るときに婚約者の遺品が周りにあった方が寂しさが和らぐだろうと説明し、元の状態に戻すように伝えた。葬儀屋は自分の愚かさに衝撃を受けたようで、前の晩に置いてあったものを元の状態に戻そうと力を尽くしてくれ、その結果、いざアーサーが来ても、避けるように手配した類の衝撃は受けずに済んだ。

かわいそうに! その時のアーサーの表情は、とても悲壮感に満ち、壊れてしまいそうに見えた。頑強な男らしさも、ひどく草臥れた感情の影響で、いくらかしょげてしまったようだった。彼が心から献身的に父親を愛していたと知っている。このような時に父親を失ったのは彼には痛手であった。アーサーは僕に対しては相変わらず温厚で、ヴァン・ヘルシングに対しては礼儀正しかったが、何か我慢しているように思えてならない。教授もそれに気づき、彼を二階に連れていくように僕に命じた。僕は彼を二階に連れて行き、ルーシーと二人きりになりたいだろうと思ったため、彼を部屋の扉の前に残して去ろうとした。しかし彼は僕の腕を取って部屋の中に連れ込み、掠れた声でこう言った。

「君も彼女を愛していたんだよな。彼女がそのことを全て話してくれたんだ。そして、君ほど彼女の心に深く入り込んだ友人はいなかった。君が彼女にしてくれたこと全てについて、どうやって感謝すれば良いのかわからない。まだ何も考えられない……」

ここで彼は突然泣き崩れ、僕の肩に腕を回し、僕の胸元に顔を押し付けた。

「ジャック! ジャック! どうしたらいいんだ! すべての生命力が一気に私から消えてしまったようで、この広い世界で生きていく目的が何もなくなってしまったんだ」

できる限り彼を慰めた。このような時に男はあまり互いへの言葉を必要としない。手を握りあい、肩に回した腕に力を込め、一斉に嗚咽を漏らすことが、男にとって大切な共感の表現なのだ。僕はアーサーの嗚咽が消えるまで静かに立っていた。それから彼にそっと言った。

「彼女に会おう」

一緒にベッドの近くに移動し、彼女の顔から薄布を取り上げた。神よ! 彼女はなんと美しいのだろう。その美しさは一時間ごとに増しているようだった。これには僕も怖くなったし、驚いた。アーサーは震え上がり、ついには疑心暗鬼から、まるで寒気でそうなるかのように震え始めた。最終的に、長い沈黙の後、彼はかすかなささやき声で私にこう言った。

「ジャック、彼女は本当に死んだのか」

僕は、残念ながらそうだと断言し、さらに──こんな恐ろしい疑念を一刻でも長く生かしておけないと思ったので──死後に表情が柔らかくなり、若い頃の美しさに戻ることさえよくあることで、特に死の前に急性または長期の苦しみがあった場合は特にそうなのだと教えた。それで疑いが晴れたようで、アーサーはしばらくソファの横にひざまずいて、愛おしげに長々と彼女を見てから、そばを離れた。僕は、棺を用意するため、これでお別れしなければならないと言った。そこで彼は彼女の傍らに戻り、彼女の死んだ手を取ってそれにキスし、身をかがめて彼女の額にキスをした。彼は愛おしそうに彼女を振り返りながら去っていった。

アーサーを客間に残し、ヴァン・ヘルシングに彼がルーシーとの別れを告げたことを伝えた。ヴァン・ヘルシングは台所に行き、葬儀屋の男たちに、準備を進め、棺をネジで止めるように言った。ヴァン・ヘルシングが再び部屋から出てきたとき、僕はアーサーの質問のことを話し、彼はこう答えた。

「驚かないね。私も生きているのではと疑ったほどさ!」

僕たちは皆一緒に食事をした。哀れなアートが平常心でいるための最善を尽くそうとしているのが分かった。ヴァン・ヘルシングは夕食の間ずっと黙っていたが、私たちがタバコに火をつけたときにこう言った。

「ゴダルミング卿」

しかし、アーサーは彼を遮った。

「いえ、頼むからその呼び方はやめてください! とにかく今はまだやめてください。お許しください。私は悪意を持って断ったのではありません。父を失ったのがあまりに最近のことでしたから」

教授はとても優しく答えた。

「この称号を使ったのは、私がどう呼ぶべきか迷っていたからだ。私は君のことをミスターで呼ぶわけにはいかない。それに、私は君を、そうだ、愛しい坊や、君を、アーサーとして愛するようになってしまっているからね」

アーサーは手を差し出して、老人の手を温かく握った。そして、「私のことを何とでも呼んでください」と言った。

「今後も友人としてお付き合いください。あなたのルーシーに対する優しさには感謝する言葉もありません」彼はしばらく間を置いてから、こう続けた。「私よりもルーシーの方があなたの親切を理解していたと承知しています。あの時、私が無礼であったり、何か欠けたところがあったとしても──あなたがあのように振る舞われたときのことです──お覚えでしょう」教授はうなずいた。「私をお許しください」

彼は重厚な優しさでこう答えた。

「当時、君が私を信用するのが難しかったのは知っている。あのような暴行をされてもなお信用するには、理解する必要があるからだ。そして、君はまだ私を信頼してない──信頼できてない。理解していないからだ。けれども、君に信頼してほしいと思うときが再び来るかもしれないし、さらにその時、君は理解できず──理解し難く──そしてまだ理解すべきでないかもしれない。しかし、やがて私に対する信頼が完全になり、陽の光そのものが輝き照らしているかのように理解する時が来るだろう。そのとき、君は最初から最後まで私を祝福することになる。君自身と、他の人たちと、彼女に対して守ると誓った人たちのためにね」

「その通り、明らかにその通りです、先生」アーサーは温かく言った。「あらゆる面であなたを信頼します。あなたがとても崇高な心を持っていることは存じておりますし、信じています。あなたはジャックの友人であり、ルーシーの友人でした。あなたはあなたのお好きになさってください」

教授は、話そうとして何度か咳払いをしてから、ようやくこう言った。

「少しお願いしてもいいかな」

「もちろんです」

「ウェステンラ夫人が全財産を君に残したことはご存知かね」

「いいえ、思いもよりませんでした」

「君の財産なのだから、君に好きにする権利がある。ルーシー嬢の書類や手紙を読むことを許可してくれないか。只の好奇心で言うのではない。ルーシーにも納得してもらえるだろう動機がある。全部ここに持ってきてある。君のものだとわかる前に持ってきたのだ。他者の手が触れないように、他者の目が言葉を通して彼女の魂を見ないように。君もまだ目を通してないかもしれないが、私はこれを安全に保管するつもりだ。一語たりとも人に漏らさない。そして時が来れば、君にお返ししよう。難しいことだが、ルーシーのために許してくれないかね」

アーサーは先ほどのように心からこう言った。

「ヴァン・ヘルシング教授、お好きなようになさってください。こう許可を出すことで、ルーシーが望んでいたことを行っているように感じます。その時が来るまで、質問で煩わせるようなことはしません」

老教授は立ち上がりながら厳格にこう言った。

「その言葉は正しい。我々全員にとって苦難が待ち受けている。しかし、この先すべてが苦難ばかりではないし、今回の苦難が最後になるわけでもない。私たちも、そして君も──私の愛する坊やよ、とりわけ君は──甘露にたどり着く前に苦汁を飲まなければならない。しかし、勇敢な心と無私の心を持ち、自分の責務を果たせば、すべてはうまくいくのだ!」

その夜、僕はアーサーの部屋のソファで眠った。ヴァン・ヘルシングは一向に寝ようとしなかった。彼は、まるで家を見回るかのように歩き回り、ルーシーが棺に横たわっている部屋から目を離すことはなかった。棺にはニンニクの花が敷き詰められ、ユリとバラの香りを通して、重く、圧倒的な匂いを夜の間に放っていた。

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